第774話 英雄召喚 ――黄昏の再来――
神社の中の聖域を後にしたカイトは、笑みを零す事が抑えられなかった。
「これの為にすっげ修行したんだよ、オレ」
「にしし」
カイトの笑みを見て、ユリィが笑う。その頑張りを、彼女も知っていた。
「さぁて・・・ユリィ。アウラ達と一緒に待ってろ。世界が、歪むぞ」
「うん!」
ふわっ、とユリィが浮かび上がり、神社に結界を展開しているアウラの下へと飛んでいく。ここからは、カイト一人の仕事だ。邪魔するわけにはいかないし、何より、家族を家族で待つのだ。術者のカイトの側ではなく、アウラの側にいる事が重要だった。そうして、カイトが騎士の様に大剣を構える。
「時は満ちた・・・時乃。空亜。時間と空間を隔離しろ・・・範囲はレインガルド周辺100キロ。全域封鎖だ」
『良かろう』
『はいな』
カイトの言葉を受けて、二人の大精霊が時間と空間を世界から隔離する。そうして、ゆっくりと世界が、歪んで行く。そして、隔離された空間の中。大剣を構えたカイトがゆっくりと浮かんでいく。それを、戦場全ての者達が、目の当たりにする。
もはやカイトの姿を隠す意味はない。封印の解除と同時に、本来はカイトの幻影が全て成す事になっているからだ。カイトその人と幻影。常人にどちらがどちらか、なぞ区別出来るわけがない。
「あれが・・・勇者カイト・・・」
「なんっつー・・・」
「神・・・だ・・・勇者カイトとは、神だったのか・・・」
戦士達が、戦いの手を止めてカイトの姿を凝視する。思ったのは、全員同じだ。ただ一言、神々しい。純白のロングコートをたなびかせ、漆黒の衣服を身に纏う蒼き美丈夫。それが神々しい神気と共に虹を纏い真剣な顔つきをするだけでここまで勇ましいのか、と思ったのだ。
そして、同時に理解もする。これで崇められない方が可怪しい、と。カイトは自分が神格化されるのを断固として拒絶したが、それでもこれは戦士達にとって何よりもの希望に見えた。
戦士全ての希望。戦場に散り、涙を残す者達が願う最後の一瞬。誰しもが最愛の者に届けてくれ、と願う最後の言葉。しかし、誰も受け取れぬそれを受け取る者であると、誰もが理解した。
まさに、戦士の極点。全ての戦う者達の守護神。彼らにとってはそれしか言いようがなかった。そうして、カイトが口を開いた。
「我は戦場に在りし全ての者の願いを手繰る者」
『・・・さぁ、野郎ども。目覚めの時間だ』
片や今を生き、未来に進む生者達にしか聞こえない声が。片や過去に散り、過去に沈んだ死者達にしか聞こえない声が。現在も未来も過去も無く、隔絶された世界に響き渡る。
「我は生者の祈りを束ね、死者へと願いを届ける者」
『どうにもこうにも、オレ達の大切な奴らが挫けそうらしい』
「我は死者の想いを手繰り、今へと呼び寄せる黄昏の使者」
『情けねぇよな。死んだ奴にもすがりたい、なんてさ。だけど、よ・・・オレ達は好きだったんだろ?』
2つの声が、生者達と死者達へと声を届けていく。そうして、カイトは上に向けていた大剣を逆立てて、ざん、と虚空に突き立てる。そして大剣の切っ先を中心として、巨大な魔法陣がレインガルド上空へと展開された。
「来るぞ!」
「不甲斐無いとこ見せるなよ! 笑い者にされるぞ!」
「すでに数人笑い者確定だけどな! さぁ、総大将! こっちの準備はできてるぜ!」
『無冠の部隊』の面々が。かつてカイトの下に集った英雄達が。カイトの最後の一言を待ちわびる。
だが、不甲斐ない所なぞ見せるつもりはない。自分達には必要が無い。そう言い張るが為に死力を尽くす。これから来るのは、自分達が大丈夫だから、と言った相手。自分達は大丈夫なのだ、と見せなければならないのだ。
だがそれでも、無辜の民を守る為に力を借りる。これは自分達の為ではない。力無き無辜の者達の為だ、と言い張る為に死力を尽くす。
だが、それでも。やっぱり会える事には変わりが無い。なので顔には再会を心待ちにする笑みがあった。語りたい事はいっぱいある。戦いが終わって死者が還るまでの一時は、話し合えるのだ。
だから、ここからは全力だ。この戦いなぞ彼らにとっては祝勝会の為の前座に過ぎない。さっさと終わらせる。そういう想いが全員にあった。
そうして、誰もが次の一言を待ちわびる。何時もはここで終わりだったのだ。だが、ここからが、カイトの修行の成果だった。
「今ここに、8の大精霊は舞い降りる」
『ウンディーネ。シルフィード。サラマンデル。ノーム。雷華。雪輝。ソル。ルナ』
生者の代表として、死者の代表として。カイトが8人の大精霊を降臨させる。それは、今の人々がはじめて見る大精霊の降臨。この世で最も尊いとされる者の顕現だった。
「其の力を、我に貸し与えよ」
『オレに力を貸してくれ』
8人の美女が頷くと、各々から8色の光が放たれてカイトを包み込む。そうして、彼の背に虹色の8枚の翼が現れた。
「は・・・?」
神々しさを更に増したカイトに、かつてを知る者達さえ思わず呆気にとられる。いや、それどころか、魔物達さえ、あまりの神気に動きを止めた。生者も死者も全てが、動きを止める。桁違いの覇気と、神気。それが今のカイトから発せられていた。
そしてその灯りを頼りに、死者達が緩やかに目覚め始める。そしてその死者達には、見えていた。カイトの背に更に4枚の、合計6対12枚の虹色の翼が生えていた事が。そうして、その死者達へと、カイトは死者達にのみ届く声を発した。
『さぁ、てめぇら。約束、果たすぜ。まだ暴れ足りない。あそこに残してきた者が居る。守りたい奴が居るってんなら、オレが力を貸す・・・存分に、暴れてやれ。そして、ケツを蹴っ飛ばせ。自分達が居ないと駄目なのか、ってな』
『『『おぉおおお!』』』
カイトの声に呼応するように、死者の軍勢が雄叫びを上げる。そしてその声は、死者達の聞こえぬ声であるはずなのに、生者達の耳にも響いていた。
「あ・・・」
誰かが、屈しそうになった顔を持ち上げる。死んだ友の、死んだ家族の、死んだ仲間の声が、聞こえた気がしたのだ。それは自分を叱り、激励する声。ここで膝を屈するな、と叱り、まだ行けるだろう、と励ます声だ。その声に導かれて、誰もが屈しそうになっていた膝を上げる。
「くっそ! こんな所で死ねるか! まだ告白もしてねぇんだよ!」
「あんたにあいつはやらねぇ! こいつは今は俺の女なんだよ!」
「立て! 死ぬんじゃねぇぞ! お前は俺が殺すんだよ!」
「うるせぇ! んな事わかってんだよ! わざわざ死んだ奴が出てくんな!」
「「「ここは俺達/私達だけで十分だ!」」」
戦場のそこかしこで、涙が落ちて声が上がる。誰もが、死者達の前で誓ったのだ。自分は生きる。生きて生きて、最後に天寿を全うするまで生きてやる、と。それを、死者達は聞いていた。
そして、改めて誓い直す。自分達にはここが死に場ではない、と。そして、カイトが笑みを、獰猛な笑みを浮かべる。その言葉こそを、待っていたのだ。
「汝らの想い、確かに死者達に届けよう!」
『さぁ、てめぇら! オレ達の大切な奴らがまだ生きたいって言ってやがるぜ! あれを見過ごせるわけがねぇよな! あいつらがここに来るにゃ、まだ早いんだからよ! この世に還る為の力なら、貸してやる! 存分に行って来い!』
「『今ここに! 生と死の境目は砕け散る! 死者達よ! 生者達の想いに応ずるのなら、その道をこの我が照らし出そう! 生者達の下へと向かうが良い!』」
カイトの宣誓と共に、彼の足元に展開していた超巨大な魔法陣が砕け散る。そして砕けた魔法陣の欠片は、見る見るうちに形を変えていく。それは、彼らが捧げた死者達の武器。それが、無数の雨よりも遥かに多く、レインガルド全域へと降り注ぐ。
そうして、ゆっくりとカイトも地面へと舞い降りる。そこにはすでに、自らが率いた『無冠の部隊』が待機していた。
「たっだいま」
「へい、お帰りなさい。それと、只今戻りやした」
「おうさ。副長。調子はどうだ?」
「昔よりも、随分良い。相当腕上げられましたね」
「だろ?」
「随分男前度も上がった様子で」
カイトを出迎えたのは、『無冠の部隊』の副長。ラシードという30代中頃の男だ。彼の手には、かつてカイトが使った鋭い爪の鉄甲があった。と、そこに一条の光が迸る。
「おっしゃ、おさき・・・うげっ!」
「せめて挨拶ぐらいはしてきやしょうぜ」
「はーい、何時も通り一番やりどうも」
「あぁ! 俺の一番が! 俺の仕事が!」
「誰も取らないから・・・」
ラシードの手に首根っこを掴まれてぶらぶらと揺れる小柄な少年に、部隊のそこかしこで呆れが巻き起こる。死者達は誰も、変わらない。変わったのは、生者の方だ。と、そこに笑い声が響き渡った。
「ぶっあっははははは!」
「ぎゃーっはははは! はっら痛えー!」
「あ? どしたー?」
「ちょ、総大将! こいつの腹!」
「三段どころかよんだ・・・あー、駄目だ! もうダメ! ぎゃっははは!」
「ぐっ・・・貴様ら・・・」
300年ぶりに見た仲間の変わり果てた姿に、蘇った仲間達がばんばん、と笑い転げる。まあ、簡単に言えばかなり肥え太っていたのであった。結婚して幸せになって、という事情があるので、いわゆる幸せ太りというやつだ。
が、そうであるが故に、誰も笑いしか出せなかったのである。自分達は得られなかったが、仲間はこうして幸せになってくれている。良い事だ。仲間を守った甲斐があるというものだ。ならば、笑ってそれをネタにしてやるのが、彼らの在り方だった。
「ぐっ! 見ていろ! 俺とて鍛錬を怠っていたわけではない!」
「ぎゃはは・・・は?」
「これでどうだ」
「「「きゃー!」」」
「・・・戻れ」
「チェンジ!」
「てめぇ、それ出来るから安心して飯食ってやがったな!」
「貴様ら! いたっ! 痛いぞ! ちょ! 本気で殴るな!」
太っていた隊員がかつての姿に戻る――魔術で強引に痩せた――と同時に巻き起こった黄色い歓声に、笑っていた隊員達が一斉に彼を殴り始める。実は彼はかつては部隊でも有数の美丈夫だったのである。それが元通りになれば、それは誰だってそう言うだろう。
「はぁ・・・」
ただでさえ纏まりが無いのが更に纏まりがなくなる。それに、カイトがため息を吐いて首を振る。そしてそんなカイトに、声が掛けられた。
「あはは。楽しくて良いじゃん」
「クズハは?」
「あっち」
舞い降りたのは、ユリィだ。カイトの肩の腰掛けると、彼女はクズハの居場所を指し示す。そこでは、クズハが蘇った女性隊員達にもみくちゃにされていた。彼女は部隊全体の妹分だ。こうなるのが必然だった。
「あー・・・」
「お兄様! 助けて!」
「・・・頑張れ」
「そん・・・な・・・」
カイトから見捨てられて、クズハが絶望に沈む。何時もはカイトを見捨てているのだから、自業自得である。そしてそんな二人に、更に人が集まってくる。それは言うまでもなく、かつての仲間達だ。
「やれやれ・・・この間も僕ら呼ばれた様な気がするんだけどね」
「まあ、それだけ英雄として偉大だってんだから、諦めろや」
「死人にまで鞭打つ英雄を英雄と呼んで良いかは微妙だろう」
「大丈夫大丈夫。オレ、勇者だから。英雄じゃないでーす」
ウィルの言葉に、カイトが笑う。屁理屈ではある。と、そんなカイトに、後ろから頭を少し強めに撫ぜる手があった。が、それがどこかやりにくそうなのは、カイトが成長したから、なのだろう。
「おっと・・・こりゃ、もう私じゃ届かないか。ちょっと予想外に背が高くなったかな」
「っ・・・」
10数年。人生の半分よりも更に前に消えた声だ。それに、カイトが泣きそうになる。しかし、涙は見せられない。彼女は笑顔で死んだ。笑顔を返せなかった。ならば、笑顔を返すだけだ。そうしてカイトは涙を堪えながら、振り向いた。
そこに居たのは、艶やかな深いスリットの入った服を着た褐色の肌の美女。耳は尖っていて、人間ではない事を物語っていた。背丈は170センチ程で、背中には彼女の身の丈以上の傷だらけの大剣があった。ダークエルフの大剣士アルテシアだった。
「よう、姉貴。やっと、来てくれたか。酷いじゃん。呼んだらいつでも来てやるっつったのに」
「たはは・・・ちっ。これはしくじったなー」
「ん?」
「イイ男になったじゃないか。手放すんじゃなかった。初物食って喜んで満足するんじゃなかったなー・・・私最大最後の大ミスかー・・・まあ、イイ男の初物食えたから良しとするかー」
「っ・・・だろ?」
カイトの顔が、涙で歪みそうになる。だが、彼はそれを必死で堪えて、笑顔を浮かべる。誇れ。イイ男になれ、と最後に残した彼女に今の自分が胸を張れるのであれば、涙ではなく、最高の笑顔を見せるべきだった。が、そんなしみったれた感情は、次の一瞬で吹き飛ぶ事になる。
「ひゃあ!」
「おっと。杖がここらにあったんじゃが・・・どこ行ったかのう・・・」
「・・・爺さん? 死んだ後に耄碌したってのは、聞いたことがないぞ、私は・・・」
そのさらに後ろ。そこには、老賢人ヘルメスが立っていた。簡単に言えば、彼がアルテシアの尻を撫ぜたのである。それに、アウラとユリィが気付いた。いや、気付いていたのだ。声を出せなかっただけだ。
「・・・お爺ちゃん」
「じいちゃん・・・」
「ほっほ・・・二人共、元気しとったか?」
「ん・・・」
「うん・・・」
アウラにとっては、ミースら浮遊大陸に残る以外では最後の唯一の肉親だ。そして、浮遊大陸の者達には滅多に会える事はない。そうして、その目には涙が浮かび、ゆっくりとヘルメス翁へと抱きつく。
「おぉ、大きくなったのう・・・すまんのう。カイトを守るだけで、精一杯じゃった」
「ん・・・それで、十分。陛下にもあった」
「おぉ、そうかそうか」
ヘルメス翁はアウラの頭をかつてと同じように優しく撫でながら、優しい表情で彼女の言葉を聞いていく。それを、ユリィが涙を流して見守っていた。彼女の再会は、その後だ。再会にも順番があった。なお、彼らは意図的にカイトが送ってくれる死後の情報をシャットアウトした。カイト達から聞くために、だ。
そうしてふと、ユリィはもう二人に気付いた。それはこちらに向けてVサインを送っていた一人の少年から青年になりかけの男と、腕組みした寡黙そうな少し大柄な男だった。アンリとヘクセンである。
「あー! ばかばかばかばかばか!」
「いたたたたた!」
アンリの頭を、ユリィが連続で殴打する。彼が最後に、騙されて眠りに落ちる直前のユリィをカイトの側へと横たえたのだ。文句の一言もあろう。ちなみに、眠らせたのはヘルメス翁なのだが、そこはそれ、という所なのだろう。
「た、隊長! なんとかして!」
「・・・頑張れ」
「ちょい!」
「文句あるのそっちもいっしょ! 素知らぬ顔すんなー!」
「・・・痛いぞ」
激励しか送らなかったヘクセンに対して、ユリィが急速に接近して耳を引っ張る。文句があるのはこちらも一緒だった。そうして、そんなヘクセンとカイトの視線が、交差する。
「・・・ヘクセン・アルマ・カーラ中尉・・・任務・・・遂行中です」
「・・・よくやった、カイト。引き続き、任務を続行しろ」
「・・・はい」
ヘクセンの言葉をカイトが感慨深げに受け入れる。十数年前に下されたヘクセンの最後の命令。それは、ただ一言。『生きろ』だった。
一度は、失敗しかけた。だが、今はしっかりと生きている。だからこそ、万感の想いを込めての、経過報告。これが最終報告になるのは、カイトが彼らの下へと行く時だ。いつになるかはわからない。だがその時までは、その詳細な報告はおあずけだった。そうして、その次に。カイトが唐突に思い出す。
「あ、そうだ! 爺さん!」
「おお、なんじゃ」
「おーい! クズハ返してくれー!」
「「「えー!」」」
「お兄様!」
「あ!」
「逃げられた!」
カイトの求めを救いの手として脱兎の如くに逃げ出したクズハに、女性隊員達が不満げに口を尖らせる。とは言え、こちらに用事があるのだ。返却はしない。
「む? これは・・・クズハミサ王女?」
「お久しぶりです、老賢人ヘルメス様。今はクズハ・マクダウェル・・・お兄様・・・カイトお兄様の義妹です」
「・・・そうかそうか。儂の気づかぬまに、家族が増えとったか」
「ああ。オレとアウラの自慢の妹だ」
カイトからの言葉を受けたクズハの幸せそうな笑顔。たったそれだけで、ヘルメスはおおよそを理解する。初代宰相というのは伊達ではなかった。
「ああ、そうだ。爺さん・・・あれ」
「!? あれは・・・そうか」
ヘルメスはカイトの指差す方向を見て、目を見開く。そこに居た女性を、彼が見間違えるはずもない。自らが敬愛した男女の遺児。ユスティーナ・ソフィーティア・エンテシア。エンテシア皇国第一皇女その人だ。母そっくりの彼女を、喩え耄碌しようと見間違えるはずもなかった。
その復活と、そして今の幸せそうな顔が、彼にとっては何よりもの幸福だった。自分が守った生命が家族を救い、遂には敬愛する男の遺児さえも幸せにしているのだ。これほど満足な事はなかった。
ちなみに、そんな彼女は自分のかつての部下達との再会を喜んでいた。と、そんなヘルメスに、カイトが告げねばならないことを告げる。
「ああ・・・で、まぁ、色々とあるけど、あいつと結婚する事にした」
「・・・流石儂の孫。一度触って・・・いや、流石にそれは儂でもならぬか」
自分が敬愛した王の娘。如何にエロ爺こと老賢人ヘルメスでもさすがに無理だったらしい。少し苦笑していた。とは言え、カイトの見立ては素直に、賞賛に値した。
「カイト。儂の教えは忘れとらんな」
「「「あ・・・」」」
ヘルメス翁の言葉を聞いた瞬間。カイトが何かを答えるよりも前に、カイト以外の家族が一斉に目の色を変える。今までは感極まって忘れていたが、忘れてはならぬ事を思い出したのだ。そしてそんな変貌に、ヘルメス翁が目を丸くする。
「・・・む?」
「お爺ちゃん。ちょっと後で話ある。と言うか、弁護人は無し」
「そうですね。じっくりと、家族会議をせねばなりませんね」
「紐とか用意しとかないと・・・」
「・・・儂、何かやったかのう・・・」
何が何だかさっぱりなヘルメス翁を見て、カイトがゆっくりとその場を後にする。が、そもそも遅すぎた。後ずさりし始めた時点で、ユリィが声を上げる。その小さな手には、重厚感のある鎖があった。
「カイトー。逃げられると思わないでね」
「何!? オレがもう捕まってる!?」
首にいつの間にか嵌められていた首輪に、カイトが驚愕する。とはいえ、こんな馬鹿な挨拶は少しの間だけだ。そうして、各々の再会が果たされた後。アルテシアが告げた。
「さて、カイト・・・あんたが、下しな」
「おう」
カイトが指を鳴らす。これは時限制の夢だ。いつまでも駄弁ってはいられない。まずは、やることをやらないといけないのだ。そうして、カイトが大きく息を吸い込んだ。号令は、全ての戦士達の御旗である勇者が下すべきだろう。
「全ての英雄達よ! 全ての勇者達よ! 全ての戦士達よ! 我が声を聞け! 『無冠の部隊』が勇者カイトの名の下! 諸君らに命を下す! 魔の軍勢への反撃を開始せよ! 人類の意地を見せ付けてやれ!」
「「「おぉおおお!」」」
無数の魔物の軍勢に対して、人類の軍勢が鬨の声を上げる。そうして、生者と死者の軍勢による魔物の軍勢に対する反撃が、開始されたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第775話『反撃開始』
2017年4月11日 追記
・誤字修正
『簡単に言えば~』の一文において、ヘルメス翁を指し示すのに『彼』が『彼女』になっていた所を修正しました。




