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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第44章 過去からの使者

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第770話 幾つもの真実 ――勇者の怒り――

 魔導機に乗ってアイギスを戦場から後にさせた後。どうやら二人の大将軍達はカイトにしか興味が無いらしい。カイトが魔導機から出ると飛び去ったアイギスには目もくれず、ただカイトとの間に無言の応酬があっただけだ。


「・・・ちっ」

『・・・』


 やり取りは、刃のみ。カゲタカとカイトの間で数度の無言かつ無音のやり取りが行われる。剣戟の音さえ、カゲタカは鳴らさなかった。カイトの狙いは、真紅の宝玉ただ一つ。その攻撃を全て、カゲタカが防いでいたのだ。

 『死魔将(しましょう)』の影に隠れているが、8人の大将軍や12人の軍団長達とて幾つもの国を滅ぼした。十二分にカイト達からしても強敵だったのだ。そして、状況も悪かった。


「街の上では全力は出せん。ふん・・・哀れな。弱者なぞ切り捨てれば良いものを」

「うるせ。弱い奴守んのが、オレ達のやり方だ」


 アグラの言葉に、カイトが苛立ちを滲ませる。わかりきった話だ。街の上では誰も、それこそクオンもバルフレアもバーンタインも全力を出せるはずがない。喩え命令とて拒否する。

 無辜の民や避難出来ていない各国の重役達も巻き添えにしては何の意味も無いのだ。この戦いに勝てば良いのではない。この先も勝ち続けねばならないのだ。

 そしてこれで攻撃をしてくるのならまだしも、アグラは一切手出しをしない。カイトとまともに戦って勝ち目がない事は理解しているし、カイトの腕前であればカウンターで真紅の宝玉を破壊する事も容易なのだ。戦うはずが無かった。戦士であると同時に、彼は軍人でもあるのだ。勝利条件をきちんと理解していたのである。

 と、そんなアグラが、無造作に真紅の宝玉を放り投げる。そのいきなりの行動に、カイトが思わず目を見開いた。


「ほらよ」

「っ! 何処へやった!」

「わかるだろう?」


 大斧を構えたアグラが笑いながら、カイトへと問いかける。この場に居る大将軍は二人。そして生き残っている大将軍は三人。であれば、最後の三人目が転移術を使って回収したのだろう。

 そして、いきなりの事である上にここは戦場だ。カイトであってもどうがんばっても、何処に消えたかはわからなかった。ここにティナが居れば変わったかもしれないが、居ないものは言った所で無駄だ。


「・・・ちっ。吐かせるか」

「出来るのならな!」


 カイトの言葉に合わせて、アグラが轟音と共に虚空を蹴る。そうしてそれをきっかけに、音もなくカゲタカも虚空を蹴った。


「・・・近接戦じゃ、オレがてっぺんだ」


 そんな二人からの無数の刃を、カイトはふた振りの刀で全て防ぎ切る。敵が攻撃に入った途端、一気に攻守が逆転した。

 当たり前だ。彼こそが最強なのだ。そして圧倒的な戦闘力を持つ先代魔王を更に圧倒的な戦闘力で倒してみせたのだ。喩え一方的に制限を食らおうと、敵に300年の月日という加算があろうと問題はない。

 彼とて数年とは言えど、地球でも技術は磨いてきた。そしてその師達はエネフィアを見通した所で劣る事の無い程の実力者であり、それら以上に優れた技術を持つ武芸者達だった。ならば、喩え二人相手だろうと、300年の月日という差があろうと、負ける道理は無かった。


「おぉ!」


 カイトは一瞬気迫を漲らせると、強烈な力で二人を吹き飛ばす。そうして吹き飛んでいった二人だが、それを、二人の『死魔将(しましょう)』が駆る魔導機がキャッチした。

 そしてそれと同時に、ティナとクラウディアが現れた。魔導機がある上に個人としても『死魔将(しましょう)』以上のティナはともかく、クラウディアは額から血を流し、顔には苦いものが浮かんでいた。

 どうやら、この数分でかなりの激闘を演じたのだろう。そもそも彼女ではどうあがいたとて『死魔将(しましょう)』達に勝てる道理は無いのだ。この苦渋に満ちた表情は当然の事だった。


「つっ・・・」

『すまぬ、カイト。あの女も途中から加わってのう。仕留めきれなんだ』

「ラウルとマイは?」

『なんとか、無事じゃな。今は修復の為に空母に戻した。一時間で応急処置は終わるじゃろう』

「ちっ・・・」


 そもそもラウルとマイに期待することが間違いで、逆に『死魔将(しましょう)』を相手に数十秒でもしのげた事を賞賛すべきだろう。

 『死魔将(しましょう)』が相手ならば、そもそもクラウディアでさえ相手にならないのだ。彼女でさえ、8人の大将軍クラス。『死魔将(しましょう)』には遠く及ばない。

 そうして敵も味方も役者が揃った事で、一時期的に戦いが中座する。こちらは、たった3人。敵は4人。負傷したクラウディアはお荷物なので実質倍だが、負ける道理は無い。が、戦いを中断してさえこちらに来た所を見ると、何らかの意図があっての事のはずだ。そこを、読まねばならなかった。


『ああ、やっとお二人が揃いましたか』

「・・・何か言いたい事があるようだな」

『ええ、ええ。ありますよ、ありますとも。ざっと300年も言おうかどうか悩み抜いて、ようやく決心が着いた事。ずっと待ち続けていたんです。是非とも、あなた達には聞いていただきたかった』


 非常に嬉しそうな顔で、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』がカイトの言葉に応ずる。どうやらティナとの戦闘を切り上げてまでこちらに来たのは、カイトと話す為だったらしい。


『とは言え。その前に・・・あなた達の方にも聞きたい事があったのではないですか? どうぞ、ご安心を。ここには結界を張り巡らせております。誰も我々には注目しておりません』

「っ・・・ならば」

「教えろ。ティスは・・・余の弟は・・・お主らが操っておったのか?」


 クラウディアが口を開くよりも前に、ティナがコクピットから出て口を開く。それはカイトさえも止める事が出来ない程の速さだった。それに、カイトが僅かに顔を歪める。おそらく、答えは語られるだろう。彼女よりも先に聞いて起きたい所だったが、そうもいかない様子だった。

 そうして、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』もコクピットから顔を出した。目を見て真実を見極めろ、とでも言わんばかりだった。


「いいえ? 私共は何もしておりません。私どもは彼に従っただけ・・・何もしておりません」

「「っ!」」


 ティナの顔に嘆きが浮かび、クラウディアの顔に辛そうな感情が滲む。信じたくはなかった。信じていたかった。それが、裏切られた。本当に悲しそうな顔だった。クラウディアはそれを察しての事だ。それほどまでに、道化師の顔は悪辣に歪んでいた。これには、一切の嘘は存在していなかった。

 が、そこに、カイトが更に問い掛けた。『道化の死魔将(どうけのしましょう)』は一つ、言及していない事がある。それは普通に読み解けば読み解けない事だ。だが、ティステニアの死を唯一看取った彼だからこそ、そしてその後も真実を追い続けた者だからこそ、気になる事があった。


「・・・その彼、とは誰だ?」

「ふふふ・・・彼は、彼ですよ」


 意味深な笑みを、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が浮かべる。そしてその意味を、カイトは理解していた。肯定だった。

 『道化の死魔将(どうけのしましょう)』は決して一度も『彼』の事をティステニアだ、とは明言していない。勝手にティナとクラウディアがティステニアと思っているだけだ。そしてそうであれば、悪辣な道化師が嘘を吐いていない事にも筋が通る。


「そうか・・・やっぱりな」

「・・・は?」

「・・・え?」


 笑みを浮かべたカイトの言葉に、ティナとクラウディアが思わず驚愕する。何が面白いのか、と思ったのだ。そうして、カイトが更に続けた。それは一切の憚る事もなかった。


「なるほど。確かに、お前らが操ったわけじゃあねぇのな・・・あの大戦は誰が、何の意図を持って引き起こしたんだろう? なら、その『彼』とは誰だ? そいつこそが、ティステニアを操った犯人だ」

「さぁ・・・あの大戦の意図はお教え出来かねます。彼に聞かない事には、私共にはわかりません、勿論、ティステニアを操った意図もわかりません。興味がありませんでした故・・・」

「っ!」


 今のやり取りで、二人も全てを理解した。何より道化師自身が明言していた。ティステニアは操られていた、と。ティナの信じた義弟は裏切ってなぞいなかったのだ。彼らの仕える『誰か』が、ティステニアを操ったのだ。

 つまり、あのクーデターも大戦もはじめから彼を貶める意図を持って仕組まれた物だったのだ。何らかの意図、なぞカイト達にはわからない。それは操った彼らしかわからないことだ。


「何故じゃ! なぜティスでなければならなかった! 余を操ればそれでよかろうに!」

「ふ・・・ははは! だから、知りませんって! 私共は所詮、あのお方に仕えている者! 従者風情にすぎないのですよ! 彼の考えなぞ、私共には全くわかりません! わかるつもりもありませんけどね!」


 ティナの絶叫にも近い悲痛な問い掛けに対して、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』は笑いながら知らぬ存ぜぬを押し通す。そして彼のこの楽しげな物言いだ。本当に知らないのだろう。そして、轟音が鳴り響いた。


「ぐっ!?」

「クラウディア!」

「困りますねぇ・・・まだ、お話し合いは終わっていないのですよ? それなのに暴力沙汰とは・・・魔族の礼儀作法が疑われるではないですか」


 一撃。それで、クラウディアが昏倒させられる。どうやら、あまりの激怒に思わず攻撃しようと動いてしまったのだろう。元々のダメージもあったのだろうが、それでもやはり実力差は歴然だった。そうして、それを抱きとめたティナが、号令を発する。


「集え。我が四天よ」

「「はっ!」」


 ティナの前に、ミレーユとナシムが現れる。二人の顔には、憎悪が滲んでいた。全てを、彼らも聞いていたのだ。裏切ったと思った者は、実は裏切ってなぞいなかった。自分達の家族が、不当にも貶められた。落とし前は付けなければならなかった。


「クラウディアはおまかせを・・・ご存分に、魔王さま」

「お供いたします・・・カイト。ぬかるなよ」

「誰に言ってんだ? お前こそ遅れるなよ」


 クラウディアを受け取ったミレーユに対して、ナシムは彼の代名詞である黄金の剣を構える。答えないのなら、答えさせるまで。主しか知らないのなら、その主を吐かせれば良いのだ。そうして、カイト達が戦闘の態勢を整えたのを見て、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が笑った。


「おや・・・その前に、あなたは我々に聞かねばならないことがあるでしょう? そこの方にも関わる話だ。ここでしないのは彼に対する罪でしょう?」

「それも、お主を捕らえて吐かせれば良いだけの話じゃろう。大方天桜学園の転移に関する事なのじゃろうからな」

「・・・え?」


 ティナの言葉に、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』がきょとん、と目を丸くする。それはあまりに予想外で、思わず呆気に取られたと言うような顔だった。

 そうして、その『道化の死魔将(どうけのしましょう)』の顔に、頭に血が上っていたはずのティナでさえ毒気を抜かれる。天桜学園の転移はもしかしたら彼らが引き起こした物。そう考えていたのだが、違うらしい。


「な・・・に・・・? 違うというのではなかろうな!」

「・・・あ、はい。違います」

「素じゃと!?」


 思わず道化師の演技を忘れてしまう程だったらしい。目を瞬かせた『道化の死魔将(どうけのしましょう)』がこくん、と頷く。そして、彼は驚きを浮かべたティナを見て、今度は素で笑いを上げた。


「くっくく・・・あーっはははは! い、いや、まさか変な所で抜けているとは思いませんでしたよ! 当たり前では無いですか! ええ、ええ! 私が関わったのは、そちらの彼の方ですよ! なぜわざわざ貴方方をお荷物と一緒に呼び寄せねばならないのですか! バカではあるまいし! 貴方方は守る者が居る方が強くなる! バカでもなければそんな事をするはずが無いでしょう!」


 目の端に涙を浮かべて戦場の轟音に負けないぐらいに大笑いしながら、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』がカイトを指差す。その笑い様は周囲の彼の仲間が呆れる程の笑いだった。それに、置いてきぼりを食らったカイトが首を傾げる。


「・・・オレ? オレがどうした?」

「待て! それはありえん! なぜ、カイトが呼ばれる事になる! 意味がわからん!」

「???」


 自らを置いてきぼりにして進む会話にカイトが一向に流れが見えず、思わず首を傾げる。何がなんだかさっぱりだった。


「くくく・・・いや、これは驚きました。まさかそんな奇妙な結論に達しているとは・・・まさか。天桜学園の転移に私は関わっておりませんよ」


 目の端に浮かべた涙を拭い、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が呼吸を整えて断言する。が、これの方が、ティナからすればどうかしていた。

 今でこそカイトは英雄だが、あの当時のカイトは本当に単なる少年だ。何の力も持たない一個人。それを呼ぶ意味が理解出来なかったし、そもそもカイトでなければならない理由が何処にもない。意味が無いのだ。


「ですが、今世には魔王ユスティーナと呼ばれる者よ。あなたとて可怪しい、と思っているのではありませんか? この2つの転移は何処かが可怪しい、と」

「っ」


 図星だろう、と言わんばかりの得意げな顔での指摘に、ティナがまさしく図星という顔をする。数日前に疑問を得たばかりなのだ。だがそうして指摘を受けて、疑問が氷解した。


「! そうか! そうじゃったのか! 可怪しいわけじゃ! そりゃ、わからんわな!」

「流石魔王さまです!」

「いや、わかるように言ってくれ。あと絶対お前わかってないだろ」

「魔王さまが気付いていらっしゃればそれで良い!」


 どん、と胸を張って断言したナシムに、カイトが呆れ気味に首を振る。聞くだけ無駄だった。考える事さえしていない。まあ、だから親衛隊だの四天王だの言われるのだ。あそこは全員そうなのだから、気にしたって無駄だ。なので、一人疑問が氷解して嬉しそうなティナへと先を促した。


「・・・はぁ・・・で?」

「お主だけ、可怪しいのよ! お主だけが仲間外れじゃ!」

「はぁ?」


 勝手に一人だけ『道化の死魔将(どうけのしましょう)』の言葉が正しい事を理解したティナに、カイトが顔を顰める。ことここに至っても、彼には何のことだかさっぱりだ。


「わからんか? お主、一番初めに転移した時の事をもう一度語ってみい」

「うん? 夜喉乾いて台所行って、扉開けたらこっちに迷い込んでた」

「それが、可怪しいのよ。お主、ひび割れは? 音は? 閃光は?」

「・・・あ」


 ティナから指摘されて、ようやくカイトも理解した。彼の転移だけは、仲間外れだ。歴史上、世界の衝突による転移では必ずと言って良い程、世界の割れた様な現象が引き起こされている。

 それは『道化の死魔将(どうけのしましょう)』自身が明言していた。これに嘘はない。各国もそれ故、天桜学園は事故だ、という事で一応の一致はしている。

 だが、カイトだけはそれらが無いのだ。彼の場合は扉を開けると、異世界にたどり着いた。異変は何も感じられなかったという。そしてだからこそ、彼は一度自分が転移しているにも関わらず天桜学園の転移の際に何の現象かわからなかったのだ。

 彼だけは、明らかに異質なのだ。であれば、考えられる事はただ一つ。それが別の要因によってなされている、ということだ。つまり、事故ではないという事である。

 実のところ、大使達は完全に逆だったのだ。天桜学園が意図して呼ばれたのではなく、その前の勇者カイトの転移こそが、彼らの意図によって為された事だったのである。そして、ティナが方法を口にした。


「理解した。お主ら、扉という概念を利用して、異世界への門としたわけか。余も一度は考えた・・・まさか、余よりも先に実現しとったとはのう」

「ご明察です」


 ティナの指摘に、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が笑みを浮かべる。そうして、彼は明言した。


「勇者カイトと呼ばれし者よ。あなたは呼ばれたのですよ、この世界に。我々の手によって」

「呼んだ? 何のためにさ。どうでも良いガキ一人・・・バカみたいなリソース使って呼ぶ意味無いだろ」

「うむ。そこじゃ、そこが余も疑問じゃ。カイトなぞ呼ぶ理由は無いじゃろうに・・・お陰でお主らはティスを喪った。意図が見えん。それ故、余も考えてもみなかった」

「いえ、きちんと、あなたでなければならない理由があった・・・それに、そろそろいい加減にしたらどうですか? 疑念ぐらいは、抱いているのでしょう?」


 『道化の死魔将(どうけのしましょう)』は顔の笑みを今までで一番深める。そうして、一つの白地の旗を取り出して、その単語を告げる。


「・・・<<白の聖女>>。これは彼女の旗です」

「っ!? それを何処で知った!?」

「?」


 理解出来ぬティナに対して、今度はカイトが驚きを浮かべる。今度はカイトが知っていた。が、そうであるが故に、驚きしかない。有り得ない。それが彼の顔に滲んでいた。そうして彼は有り得ない、と断ずる。


「有り得るわけがないだろ! そもそも思い出したのだってティナとの初夜の後だぞ!? まさかジャンヌ・ダルクがこの世界に居るとでも言うんじゃねーだろうな!」

「まさか・・・ジャンヌ・ダルクと呼ばれた聖女は確かに、地球で生まれ、地球で死んでいます。フランスの国士達により因果を操られてあの時代に生まれた彼女は、あなたと出逢う事無く聖女としての使命を全うした。あなたと出会わない限り、彼女はまったき聖女だ。誰もそれを疑わない。これはコンピエーニュで彼女が落とした旗を我々が回収した物ですよ」


 ジャンヌ・ダルク。それは地球で言う所の1400年台中頃に活躍した聖少女とも言われるキリスト教の聖人の事だ。どうやら彼女こそが、二人の言う<<白の聖女>>だったらしい。が、そう言われて一気にティナは理解が及ばなくなる。もはや何が何だか分からないのだ。


「ジャンヌ・ダルク・・・? なぜ地球の聖女の名がここで出て来る? いや、それ以前になぜお主らがそれを知っている?」

「・・・おや。もしや、まだ何も思い出していない? <<真紅の王>>にして勇者終生のライバルである<<真紅の英雄>>レックス、<<翠の賢人>>サルファ。そして何より、あなた最大の恋敵たる<<白の聖女>>ヒメアのことも? もう一人の<<蒼の巫女>>にして貴方の魂にとっての姉たるルイスの事は?」

「ルイス・・・はアヤツの事か・・・? が、なぜルイスなんじゃ? それに<<蒼の巫女>>とはどういうことじゃ・・・?」


 何が何だかわからない様子のティナに対して、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が重ねて問いかける。それは知っているだろう、と訝しんでいる様子さえあった。

 が、やはり何のことだかさっぱりわからない様子のティナを見て、彼が再度笑いを上げた。それは何処か、嘲りが滲んでさえ居た。


「くくく・・・あぁはははは! これはこれは! あの世界の事を知った時に私は思ったのですけどね! <<蒼の巫女>>ソフィアは<<白の聖女>>ヒメアに取って代わろうとして<<白き皇>>の娘に転生したのでは、と!」

「・・・あ?」


 その瞬間。世界が激変した事をその場の全員が悟る。強烈な魔力の暴風が吹きすさび、蒼い風が奔る。それは、道化の顔を殴打して、遥か彼方の大海原に巨大な水柱を作った。何かが、カイトの逆鱗に触れたのだ。


「ぐっ!」


 虚空を蹴ったカイトは無言で、カイトが再度道化師の顔面を殴りつける。技も何もあったものではない。ただ、怒りに任せた一撃。衝撃を無効化する障壁を張っていれば簡単に防げる様な攻撃だ。

 が、それが何より、彼の怒りを表していた。我を忘れた一撃の連続。それは海を割って再度自分の逆鱗に触れた道化を吹き飛ばして、数百メートル下の海底へと激突させた。


「・・・これは失礼。今のは無かった事にさせて頂きたい。素直に、謝罪致しましょう。今のは少々過ぎた侮辱だった。皮肉のつもりが、些か侮辱になったようだ」

「・・・」


 轟々と強烈な虹を纏うカイトに対して、かろうじてなんとか防いだ『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が提案する。仮面は勿論の事、彼の額は割れていたし目には怯えが見た。障壁が無効化される程に強烈な力が加わっていたらしい。

 それほどまでに、カイトの激怒した状況は恐ろしかった。何かはわからないが、何かがカイトの逆鱗に触れたのだ。それが、彼を突き動かした。

 そうして、そんなカイトは殴りつけていた仮面から手を引いた。そしてそれと同時に、仮面がバラバラになって砕け散る。が、まだ殺気のこもった視線は外さない。


「・・・間違えんじゃねぇよ・・・何処でてめぇがティナの本当の名と魂の意味を知ったかはこの際どうでも良い・・・あのツンデレヤンデレ馬鹿女に成り変わる? はっ! 馬鹿言うなよ。あいつは真正面から迎え撃つタイプだ・・・今こそが、あいつの選択だ。だからこそ、オレは何も言わない。あいつらが選んだ事だ。真正面から迎え撃つってな。それを侮辱するというのなら・・・」


 カイトの風格が変わる。そうして、異変が起きた。カイトの右目が、真紅に染まっていく。ティステニアを殺した時より更に後に手に入れた圧倒的な力。それを、僅かにだが顕現させる。彼はティナを侮辱した。彼女さえ知らない理由により、侮辱したのだ。ならば、男としてそれが許せるわけがない。


「覚えておけ・・・喩え今のオレが万全でなかろうと、後でどんなデメリットが訪れるとも、オレの『原初の魂(オリジン)』を使えばてめぇら如き叩き潰す事なんぞ造作もない」


 カイトから、圧倒的な圧力が放出させる。それは割れた海さえも押しとどめる程だった。


「覚悟しろ。オレは・・・いや、輪廻転生全ての『カイト(オレ達)』はあいつら三人への侮辱は何があっても、許す事は無い。そしてあいつらも同じだ。揃ってなかった事を感謝しとけ。あいつらが同じ立場の女への侮辱を許す事はない。輪廻転生で紡がれる縁を知りつつそれへの侮辱は、死と同義と覚えておけ」

「ぐっ・・・これが、始まりの地において悪鬼羅刹と恐れられた魔王の・・・原初の勇者の力・・・あなたの<<原初の魂(オリジン)>>・・・」


 あまりの圧力に、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が後ずさる。顔は青ざめ、歯がガチガチと鳴っていた。魂そのものに、カイトへの恐怖が刻まれていた。それが、呼び起こされたのだ。

 彼の言う通り、少々調子に乗りすぎたのだろう。とはいえ、一呼吸で、彼は我を取り戻した。やはり、彼も並ではないのだろう。


「全てを理解した、と豪語した意味・・・理解しましたよ。あなたは確かに、全てを理解している。輪廻転生に纏わる全てを、貴方は理解している」

「まぁ、全部ってわけじゃあねぇが・・・敢えて言おう・・・一度だけだ。二度目は無い。次にあいつを侮辱してみろ・・・その時は容赦なく、てめぇを殺す」

「・・・今は素直に、温情に感謝しましょう」


 カイトの許しを得て、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』が心の底から感謝を滲ませる。演技も何も無い。心の底からの感謝だった。すんでのところで虎口を逃れたのだ。

 そして、カイトにしても彼を殺す事は出来ない。真実を知らねばならないのだ。300年前の全てに決着を付けるために。そうして、カイトはその場を後にして、再度元いた数十キロ向こうのレインガルドへと戻る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。ちなみに、これだけやっても道化師は死魔将最弱です。

 次回予告:第771話『転移の真実』


 2017年4月4日 追記

・誤字修正

 <<蒼き巫女>>になっていた所を修正しました。<<蒼の巫女>>が正解です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この時、道化はかなり皮肉を言ってましたけど、もしティナが蒼の巫女としての記憶と力をすでに取り戻してたとしても逃げられる自信があったんですか?それとも道化はソフィアの力を甘くみていたんで…
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