第769話 死魔将
弥生が冒険部の騒動を鎮めていた頃。真紅の宝玉が上空へと浮かび上がったとほぼ同時だ。カイトはシャリクにシャーナ女王を引き渡していた。流石にカイトも『死魔将』が出現してまで変な手加減するつもりはなく、一番初めに到着したのが彼だった。
「よく陛下をお連れしてくれた」
「いえ・・・それで、私は?」
「君は街に入り、魔物の討伐をしたまえ。こちらの警護に加わった所で、連携が取れぬ君では邪魔にしかならん。それより街に出て被害を食い止めてくれる方が我々の被害も減る」
「わかりました・・・シャーナ様。では一時、私は戦場へ」
「・・・ありがとうございました。そして、ご存分に」
「御意」
カイトがシャーナ女王の激励を背に、僅かに身を屈める。隠蔽用の魔術を展開すると同時に地面を蹴って転移術を行使して、一気に標的へと向かうつもりだった。転移前に地面を蹴るのは妨害を予防するためだ。
向かう先は、真紅の宝玉だ。あれが何かをしているぐらいあの場に居れば誰でも分かることだ。が、そうしてカイトが力を入れたその次の瞬間、グワン、という奇妙な感覚を得た。
「ぐぅ!?」
「なんだ・・・っ! 何が起きた!」
どうやら感じられたのはカイトだけではなく、シャリクもシャーナ女王も感じたらしい。シャリクが急いで部下に状況の報告を問いかける。
「わかりません! 飛空艇にて詳細を観測中!」
「急がせろ!」
「ちっ・・・」
何が起きているかはわからない。わからないが、とりあえず原因だろう真紅の宝玉を破壊してしまえば良いのだ。なのでカイトは再度身を屈める。
と、更にその次の瞬間だ。前を向いたカイトと、いつの間にか会議場を後にした『道化の死魔将』の視線が交差して、カイトが思わず目を見開いた。
「拙い! 待て!」
カイトが声を荒げる。膨大な魔力が『道化の死魔将』の右腕に蓄積していたのである。転移術で移動しようとも考えたが、どうやら空間を歪められてしまっていたらしい。
転移術は空間を超越しているわけではない。空間を歪められると、即座の転移は不可能になってしまうのだ。食い止める事も出来なかった。そうして、彼はカイトの見ている前で笑いながら南側へと腕を振るった。
「・・・え?」
シャーナ女王の間抜けな声が響く。腕を振るった。『道化の死魔将』のやった事はそれだけだ。そしてそれと同時に強大な破壊が起きたのだ。あまりにあり得ない。呆けるのも無理はなかった。
「嘘・・・」
「状況は!」
「は・・・? うそ・・・だろ・・・か、艦の観測結果! マギーア艦隊の4割が轟沈! 残りの艦隊の2割も損傷! 大半が動けません!」
「な・・・に・・・?」
思わず、シャリクが絶句する。現実だとは思えなかった。たった、一撃。しかもほぼ手抜きの一撃だ。たったそれだけで、大国が誇る最新鋭の――と言っても護衛の旧式や小型艇も含むが――艦隊の4割が轟沈させられたのだ。このために持ってきた大国の威信がかかった飛空艇だ。
本来は、艦砲射撃の撃ち合いになれば何処の国とてタダではすまない戦力のはずなのだ。それが、呆気なく轟沈させられた。ふざけるのも大概にしろ、と思わず聞いていた軍高官の誰もが怒鳴りたくなった。
だが、全て現実だ。これが、『死魔将』の実力。世界を地獄に貶めた最悪の軍勢の中でも更に最悪と言われる者達。カイト達と互角に戦い合う化物達の実力だった。
「ふっ!」
そんなシャリク達を背に、カイトが一気に虚空を蹴る。後々を考えても、これ以上飛空艇を沈ませるわけにはいかなかった。そうして、カイトは虚空を何度か蹴って一瞬で『道化の死魔将』の前へと躍り出ると、問答無用に刀を抜き放った。
「ああ、失礼致しました。先王陛下にご挨拶をしておきながら、貴方さまへ忘れるとは・・・あなたにもご挨拶をせねばなりませんでし」
「はぁ!」
「ふっ!」
問答無用のカイトの連撃に対して、『道化の死魔将』は何ら迷うこと無く曲刀を取り出す。それは道化師がサーカスなどでジャグリングなどで使う曲刀だ。彼の愛用の武器の一つだった。
そうして、三撃目の応酬で、どんっ、と『道化の死魔将』が一瞬だけ力を込めて、カイトを吹き飛ばした。
「せめてご挨拶ぐらいはさせてもらいたいものですね」
「貴様らの挨拶なんぞ知るか。現状、最悪に輪をかけた最悪の状況だ。まぁ、斬撃の間の遺言ぐらいには、聞いてやる。何、長い付き合いだ。そのぐらいはしてやるよ」
吹き飛ばされたカイトは虚空に刀を突き立てて強引に身体を押しとどめると、再度肉薄して鍔迫り合いに持ち込む。力ならば、カイトが上だ。とは言え、『死魔将』は伊達ではない。即座に押し込める相手では無かった。
「ふふ・・・」
「ちっ・・・」
『道化の死魔将』の顔の半分に浮かんだ笑みを見て、カイトが間合いを離す。そしてその次の瞬間、カイトの顔があった所に道化の蹴りが飛んだ。つま先には刃が取り付けられており、顔面に直撃すれば痛いでは済まないだろう。何らかの致死の力が乗っていると見て良い。
何をしてくるかわからない。それが、道化の所以だった。そうして若干出来た間に、改めて『道化の死魔将』が口を開いた。
「・・・ちぃ」
カイトは下を見る。するとそこでも戦いが起きていた。どうやら、会議場にも魔物が入り込んでしまったようだ。流石にクオンもバルフレアもこの状況では見逃すのが上策と判断して、王侯貴族達の避難に協力するしかなかったらしい。更にはティアもグインも避難の援護に手一杯だった。援護は望めそうにない。
「では、改めて・・・勇者カイト殿。お久しぶりです」
「はん・・・慇懃無礼な態度はやめろよ。オレたちの仲だろ?」
「これは失礼」
間合いと間隔を測りながらカイトが告げれば、道化師もそれに楽しげに応ずる。と、その次の瞬間。二人の間に巨大な鳥の様な魔物が割り込んできた。
「はぁ!」
「ちぃや!」
カイトと『道化の死魔将』が同時に斬撃を放つ。それで哀れにも飛び込んできた魔物が消し飛ばされて、カイトが再び地面を蹴った。が、蹴ったのはカイトだけではなかった。『道化の死魔将』もまた背後へと地面を蹴って、カイトから距離を取っていた。
「ちっ!」
何が目的かはわからないが、距離を離して良い事なぞ何もない。なのでカイトは再度虚空を蹴って、『道化の死魔将』へと肉薄する。が、そうして放った斬撃は、今度は再度間に入り込んだ巨大な海魔に命中するだけだ。
「ちっ! やりにくい! バルフレア! クオン! どっちでも良いからなんとかあの宝玉を破壊しろ!」
『無理よ、こっちは。お誘いが来た』
『こっちも無理だな』
カイトの言葉に応じて、二人が声を返す。そしてなぜ無理なのか、は次の瞬間に理解出来た。
「っ・・・そういうことか」
街の一角で次元が幾重にも切り裂かれ、その次元が拳によって強引に塞がれる。どうやらクオンもバルフレアも、そしてアイゼンら<<八天将>>達も王侯貴族の避難の為に援護に出たり、『死魔将』達との戦いや強い魔物達との戦いに入ってしまったようだ。
とりあえず各国の上層部達には是が非でも逃げてもらわなければ、ここで勝った所で帰った後に国が混乱に陥る。カイトとしてはそれだけは避けたい所だった。
使者や王者達が死去して起きる大混乱は天桜学園にとって非常に有り難くない。一人死ぬだけで後釜に据える者をどうするか、等で忙しくなり、その分こちらへ協力が望めなくなるのだ。ジリ貧を覚悟でも、カイトとしても無限増援は暫くは諦めるしかなさそうだった。
「ちぃ・・・数が多い! クラウディア!」
「なんでしょうか」
更に幾度かの交戦の後、でかい魔物を切り飛ばしたカイトだがその血で数多魔物が引き寄せられる。何度も足止めを食らっていた所為で、いつの間にか道化師の姿が見えなくなってしまった。あまりに鮮やかな撤退だったので、初めから逃げるつもりだったのかもしれない。
そうして、これ以上の追撃は不可能と悟ったカイトがクラウディアを呼び寄せる。彼女にだけは、伝えなければならない事があった。
「道化野郎が居た・・・わかっているだろう?」
「・・・ええ。必ず、捕らえます」
カイトの求めに応じたクラウディアが、その意図する所を理解する。『死魔将』達だけは、捕らえなければならない。今は最早責任の追求はされない。ならば、捕らえて真相を吐かせるべきだろう。他ならぬティナの為にも、だ。そうして、カイトが指示を与えた。
「お前は反対側へ行け。こっちはオレが。見つけ次第すぐに言え」
「わかりました」
カイトの言葉を受けて、クラウディアが街の中心を基点として反対側へと移動する。そこで、彼女も『道化の死魔将』を探すつもりだった。
と、そこへアイギスが魔導機に乗って、飛来した。肩には魔導殻に乗った三人娘も一緒だ。どうやら、皇帝レオンハルトが寄越してくれたらしい。
『マスター!』
「援護します」
「助かる! アイギス! 現状、仕方がないが魔物の掃討を行う! ハッチを開けろ! そして同時に道化師を探せ! 奴が首謀者だ!」
『了解! この子に最後のお仕事を!』
「ああ!」
もうどうしようもない。すでに数多の魔物に囲まれて、討伐しなければどうにもならない状況だった。街の住人の避難もまだ終わっていない。まずは、被害を抑える事。それが最優先だった。と、そこに無数のミサイルが飛来した。
「ホタルか!」
『肯定します』
彼女はどうやら『一式鉄騎』を空母型の上に乗っけて、援護射撃をしてくれていたらしい。どうにも『死魔将』達が居るかも、という疑念がよぎった時点でティナが呼び寄せたらしい。正解だった。そうして、カイトは一度魔導機に乗り込んで魔物の掃討戦に入る事にする。
「おぉおおおおらあああああ!」
カイトは裂帛の気合と共に、大剣を振りかぶる。するとそれだけで、周囲の100体程の魔物が消滅した。どうせこれがこの魔導機の最後の一戦なのだ。盛大にやらせるつもりだった。
『うぉ!?』
『すっごっ!?』
そんなカイトの斬撃を受けて、皇帝レオンハルトの警護についていたラウル達が目を見開く。彼らの戦闘能力はこの場でこそ有用だ。皇帝レオンハルトの直援として向かったらしい。
と、そんなカイトにカヤドが声を送る。幸い彼らはアイギスだけで動いていた魔導機の中にカイトが居ると思っていたらしく、何ら疑問も無くスルーしていた。
『あまり無茶をするな! 陛下がまだ避難されていないんだぞ!』
「っ! アイギス! 各機の位置を表示しろ! ついでに陛下とシアの位置も出せ!」
「イエス!」
カイトの指示を受けて、アイギスが半魔導機の位置を表示させる。どうやら当人達が優れた武人であった事が幸いして、かなり空母型飛空艇の近くにまで来ている様子だった。
『カイト。聞いておるな』
「んだよ、爺! 忙しいから後にしろ! それかティナ通せ!」
『あの子ならば、冒険部の防衛に手一杯よ』
「わかってるって! で、何!?」
ティナが動けない理由なぞ考えるまでもない。この乱戦状態で、敵は一撃で最新鋭の飛空艇の艦隊を轟沈させる様な相手だ。天桜学園の面々はパニック寸前だった。それの立て直しに奔走していたのである。
『どうやらあの宝玉に引き寄せられて、周囲からも魔物が大挙して集まっておるな。内側からの無限増援に加えて、外側も完全に包囲されつつある』
「ちぃ! 魔物でドーナッツなんて冗談じゃねぇぞ!」
カイトはハイゼンベルグ公ジェイクからの連絡に盛大に舌打ちをする。幾ら彼や彼率いる『無冠の部隊』だろうと、流石にそうなるとどうにも出来ない。数百の艦隊が動けなくなるのだ。まともに戦えたものではない。
あくまでも彼らは少数精鋭。総大将や敵中枢へ向けての強襲作戦が基本だ。護衛任務や民衆の援護等、数を守る事には向いていないのだ。となると、もし包囲されれば後は各国共に損耗覚悟の乱戦になる。そんな各所から寄せられる苦境に、皇帝レオンハルトが決断を下した。
『・・・仕方がない。俺の魔導機を出せ。今のままではお荷物にしかならん』
『っ! 陛下!?』
皇帝レオンハルトからの言葉に、艦隊のオペレーターが目を見開く。皇帝レオンハルト直々に出る、なぞ嫌すぎる状況だった。が、それ以外にない事は、カイトにもわかっていた。だから、彼は己の本来の指揮権を行使する事にした。
「ホタル! 引っ張り出して放り投げてやれ! アイギス! 後はこちらからやれ! 魔力の融通はオレからやる!」
「イエス!」
『了解です』
『えっ! ちょ!』
勝手にゴーサインを出したカイトに、オペレーターが思わず目を見開く。とは言え、現状ではそれが最適だ。皇帝レオンハルトは自分でも戦えるだけの力を持つ。
そして現状では守られているだけ、というのは一番の悪手だ。自分で自分の身を守ってもらわねばならなかった。それを考えれば、下手に飛空艇の中よりも魔導機に乗って貰った方が幾分安全だった。
『構わん。俺が許可を下ろした。文句があるなら俺に言え・・・ハイゼンベルグ公よ、援護は任せた』
『かしこまりました。艦砲射撃用意! 斉射三回!』
『は、はい! 各機は援護に!』
すでに『道化の死魔将』は消えた。ならば皇帝レオンハルトとシアの援護に入るべき。そう考えたカイトも移動を開始する。が、それを皇帝レオンハルトが押し留めた。
『いや、少尉は何名かの魔導機乗りを引き連れて宝玉の破壊に向かえ! この場で一番の戦力と成り得るのは我が軍しか無い! 破壊に向かえ! 飛空艇の護衛は俺に任せろ!』
「っ! 了解! ご武運を! 一葉! お前らは陛下とシアの警護を行え! この乱戦だ! 万が一が一番怖い! どちらにせよ魔導殻じゃ魔導機の最大速度にはついてこれん!」
『了解』
『貴公も気をつけろ』
カイトと皇帝レオンハルトは一瞬で取り決める。そうして、カイトは三人娘を残す事にすると皇帝レオンハルトから真紅の宝玉へと進路を変更する。
『カヤド隊長は即座に面子を見繕え! 少尉の援護に入らせろ!』
『はっ! 一番近くにいるのは・・・ラウルとマイか! 二人はカイム少尉の援護に入れ!』
『『了解!』』
カヤドの言葉を受けて、ラウルとマイがカイトの援護へと入る。魔導機と半魔導機2機による突撃。幾ら無数の魔物だろうと、巨大な魔物でもない限りは突破出来る。そして、一人はカイトだ。現状で打てる最善の一手だった。
そうして、そこに更に西側から援護射撃が入った。ヴァルタード帝国が誇る巨大戦艦からの砲撃だった。どうやらこちらの意図を読んで、援護をしてくれたらしい。
『進路上の援護をさせてもらおう』
「感謝します!」
入り込んだ通信を繋いで、カイトがおそらくヴァルタード帝王の言葉に謝辞を述べる。そしてその援護を受けて、カイト達三人は更に飛翔機に火を入れる。が、その次の瞬間。アイギスが驚愕を浮かべた。
「え?」
「なんだ!?」
「いえ、その・・・しょ、所属不明機を確認! 南東から急速に接近してきます! でも、在りえません! 反応! 魔導機と同一!」
「は!? っ!」
カイトが目を見開く。だが次の瞬間に感じたのは、空間の歪みだ。転移術の兆候だった。そしてそれと同時に、カイトとアイギスを衝撃が襲った。
「ぐぅ!?」
『まったく。私を無視してこんな玩具で遊ぶなんて・・・酷いじゃないですか』
「くっ・・・またおま・・・」
衝撃を押し殺して前を向いて、カイトが固まる。そこに浮いていたのは、彼の認識に当て嵌めれば魔導機としか言いようのない機体だった。姿は道化。道化型の魔導機だった。
少なくとも、カイトは知らない。ティナも知らないだろう。そして、どうやらラウルも知らないらしい。皇国所属ではないのだろう。勿論、現状でカイトに攻撃するのだから味方でない事も確定だ。
『あー・・・カイム? なんだか魔導機が浮いている様に見えるんだけれど・・・』
「オレにもそう見えるな・・・」
『ああ、貴方方もこれを魔導機、という名にしたのですか・・・では、あなた達だけが、魔導機を開発出来たと思って頂いては困りますね』
道化のような声が、3機の通信機の中から聞こえてくる。その声は、『道化の死魔将』の物だった。
「ティナ・・・魔導機の情報が漏れた可能性は?」
『こちらからも見ておる・・・まぁ、出来ぬとは思わんよ。あれらならば、のう・・・が、大方違うじゃろうな。自分達で開発した。随所に余とは違う技術が使われておる』
カイトの問い掛けを受けて、ティナが明言する。自分達に匹敵する敵。それが彼らなのだ。300年の月日による技術の収集があれば、同じ技術水準に立てる可能性は十二分にあった。
そもそも、彼らは300年前当時のティナの技術を何度か鹵獲している。そして、それを解析出来る奴らでもある。ならば、出来ない方が不思議だろう。
「ちっ・・・公開前からパクられんのかよ・・・」
『パクリというか、リバース・エンジニアリングの一種と考えるべきかもしれん。勿論、別物の可能性も非常に高いがのう』
『なあ、カイム・・・聞きたかないんだけど、お知り合い? 味方じゃないっぽいけど・・・』
「知り合い、か・・・知り合いだな・・・」
「マスター! 南東部からの機体反応再出現! 一直線に向かってきます! もう一機、来ます!」
「っ! しまっ」
陽動。カイトは道化師以外にもまだ『死魔将』最後の一人が居た事を思い出して、大慌てで防御体勢を取る。そして、それと同時。カイトへと鞭が絡みついた。
『『カイム!』』
『お久しぶりね? 勇者さま?』
「ぐっ・・・!」
『まさか、私が来ていないなんて、思わないわよね?』
鞭に締め上げられて動きを封じられた魔導機のモニターの中に、中世ヨーロッパの仮面舞踏会で使われるような仮面と顔の輪郭を覆い隠すを布を身に付けた女が現れる。彼女こそが『死魔将』の紅一点にして、最後の一人だった。
『カイム! 今外す!』
『じっとして!』
ラウルとマイが急いで、カイトへと近付く。が、彼女ら程度ではこの鞭はどうしようもない。敵が圧倒的すぎるのだ。
「来るな! おぉおおお!」
ラウルとマイを制止して、カイトが裂帛の気合を放つ。そうして魔力を漲らせると、絡みついた鞭を強引に引きちぎった。どうやら、この鞭は魔力で出来ているらしい。引き千切られた鞭は消滅して、残った柄の部分から元通り生えてきていた。
「ふぅ・・・」
『あらあら・・・力比べでは、勇者様には勝てないものね』
『勇者?』
『どういうこと?』
楽しげに告げた『鞭の死魔将』の言葉に、ラウルとマイが疑問を呈する。当たり前だが、二人はカイトが勇者カイトだとは知らない。とは言え、今は答えていられる状況では無かった。
「疑問は後にしろ! この二人はオレがなんとかする! お前らは先に行って破壊しろ!」
『あら。そういうわけにはいかないわよ?』
『せっかく完成したおもちゃを使っているんですから、お相手願いたいものですね』
立ち塞がる態勢を見せたカイトに対して、二人の『死魔将』が同時に行動に移る。道化型の魔導機がカイトへと肉薄して、鞭を手にした女性型の魔導機はラウルとマイを同時に鞭を絡みつけて、強引にカイトから引き剥がした。
「ちっ!」
『その玩具。いつまで持ちますか?』
「ちっ・・・」
お見通し、か。まぁ、見きれないはずはないとは思っていた。カイトは苦々しい顔を浮かべる。鞭を引きちぎる為に使った力の影響と、一番初めの大剣での一撃。それでかなりフレームにひび割れが生じていた。この様子だと、骨格に当たる内部にまで影響は出ているだろう。このままでは後数発持つかどうか。何時まで、と言われれば戦闘には耐えられない、とアイギスは言うだろう。
とは言え、仕方がない。今回は観艦式の為だけに持ってきたのだ。そもそも『死魔将』との戦いなぞ想定外の話どころではない。とは言え、運は彼を見放していなかった。
『なら、余とクラウディアが加わればどうじゃろうな』
ティナの声が響いて、真紅の魔導機が顕現する。どうやら、ティナが全ての手はずを終えてこちらの援護に来てくれたらしい。そうして、轟音が2つ鳴り響いた。
「ようやく・・・見付けましたよ。大戦の真実・・・ティステニアの真実を」
『行け! そやつでも後一撃ぐらいは保つじゃろう!』
「助かる!」
『カイム! こっちは任せろ! 魔王陛下となんとか頑張ってみる!』
カイトは背後から『道化の死魔将』に強襲を仕掛けたティナの援護を受けて、その場を脱する。ラウルとマイは二人とクラウディアを信じるしかない。
クラウディアも単体では『死魔将』には及ばないが、魔導機2機の援護があれば、なんとか耐えられるかもしれない。今は前に進む時。信じる事も重要だった。
「届け!」
カイトの全力での飛翔を受けて、魔導機のフレームの各所にひび割れが生じていく。が、それでもなんとか、最後まで保ってくれていた。そうして、あと一歩。大剣が届く所まで、カイトが辿り着いた。
「ああ、悪いな。その一歩は届かない」
どごん、という音が響いて、魔導機が大きく揺れる。だが、それでもなんとかカイトも魔導機も耐えきった。
「っ! 悪い! 止めきれなかった!」
「不覚!」
カイトを攻撃したのは、豪腕の巨躯。『豪腕の死魔将』だった。どうやらアイゼンとバルフレアが二人がかりで抑えきれなかったらしい。『死魔将』達は総じて、300年前よりも遥かにパワーアップしていたようだ。
まだ無事だったカイトとその魔導機に、『豪腕の死魔将』が思わず目を見開く。とは言え、流石に魔法銀製の装甲は外側にまでひび割れが侵食していた。本当にギリギリ、と言うところだった。後一撃。それが限界だろう。
「っ! これでもまだ駄目ってっか! さすがは先王殿と言うところか!」
「アイゼン、合わせろ!」
「ああ! カイト、今度は食い止める! やれ!」
「ああ・・・これで終わりだ!」
『豪腕の死魔将』を吹き飛ばして追撃に入ったアイゼンの声を受けて、カイトが大剣を振り下ろす。が、それが真紅の宝玉に直撃することは、無かった。それは、敵が4人だけでは無かったからだ。
「ふぅ・・・危ない所だった」
「8将のアグラ!?」
「その声を聞くのも久し振りか・・・勇者よ」
声は、砕かれた魔導機の右腕の半ばから発せられていた。声の主は、同じく大幹部の一人。8人の大将軍の一人だ。その中でも生き残っていたアグラという角の生えた男だった。彼の持つ巨大な戦斧が魔導機の右腕を砕いていたのだ。
アグラは武力こそが全て、という一族出身の男だった。その中でも更に修羅の道を歩んだ男が彼である。それ故、ティナの方針にははじめから納得しておらず、自らクーデターに参加したティステニア派とも言うべき男だった。
「8大将軍も半数以上が死んだが・・・まだ、我ら数人は生き残っていた」
「っ!」
更に轟音が響いて、魔導機の逆側の腕が破壊される。また別の大将軍が攻撃を仕掛けたのである。それに、カイトが顔を顰める。
「ちぃ・・・このやり方・・・カゲタカか」
『・・・肯定する』
まるで影から滲み出て、影に染み渡る様な声が響く。それは8大将軍の中でも特に暗殺や隠密などを担っていた大将軍だった。名はカゲタカ。忍の様な男だった。油断していた、とは思わないが焦りがあったのだろう。こんな所に誰も配置していない、と疑問に思うべきだった。
「アイギス。お前は魔導機を空母へ持ち帰れ。それで部隊へのオペレートをしてくれ・・・これ以上はもう駄目だな」
「・・・イエス。マスターは?」
「この状況だ。流石にオレの事を誰も見ていられんだろうさ。一応、魔術で姿は隠すがな・・・外に出て戦う」
「イエス・・・ご武運を」
アイギスは魔導機がなければ彼ら相手には戦闘能力は皆無と言って良い。それに対して、カイトはその身一つでも十分な戦闘力を持つ。ならば、ここからは彼一人で戦うしか無いだろう。
それに、これで終わりではないのだ。まだ一人、8大将軍は生きている。それが来ていないと考えるのがどうかしていた。そうして、カイトは外に出て身一つで戦いを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第770話『幾つもの真実』




