第764話 凛の遭遇
ティナが焦りを滲ませながら『死魔将』達を捜索していた頃。やはりそれを知らされなかったアルはこの日、非番だった。当然だが何処の軍だって輪番制だ。何時も何時でも仕事をしているわけではない。基本的には週休二日制だ。と、言うわけで今日は凛とのデートだった。
「と、言うわけで外に来ているんですが・・・」
凛が不満げに口を尖らせる。非番の日には二人でデートに行くのが、彼女らの常だ。場所や予定はその時々。普通に行楽デートに出掛ける事もあれば、家デートもある。
ここの父親はブラスとは違って息子の真剣な交際には非常に嬉しく思っているので、完全に一家揃って受け入れムードだった。まあ、今回は流石に家デートは出来ないので今日はちょっと何時もと雰囲気を変えて神社へ出向くか、と考えたわけだが、そこでの一幕だった。
「どうして幼馴染優先してるのー!」
冒険部が宿泊している旅館の外れに、凛の絶叫が響き渡る。まあ、そういうわけだ。少々の理由があり、アルは現在実家へと連絡をしていたのだ。しかもそこでどうにもリジェに見付かったらしく、そのまま一緒に出かけていた、というわけだ。
いや、一緒に出かけている、というのでは誤解がある。強引に連れ出された、というのが真実だ。バーンタインも丁度休みなので紹介してやる、というわけだったらしい。
基本的に強引さであれば、幼馴染5人の中ではリジェが一番強い。なので何時もの例に漏れず、とリィルが謝罪していた。その連絡を今受け取った、というわけであった。
「おい、凛」
「え? あ、お兄ちゃん」
「・・・五月蝿い」
「あ・・・」
半眼の瞬の窘めに、凛が頬を赤らめさせる。かなり注目を浴びていた。そうして、瞬が少し茶化す様に笑いながら問い掛けた。
「どうした? アルがすっぽかしたか?」
「なぜかこの兄はこういう所でばかり勘が働く、と・・・」
「う・・・す、すまん」
凛から睨まれた瞬は図星だった、と頬を引き攣らせて謝罪する。が、何時もの手帳は置いてきた為、凛は脳内のメモ帳に兄の悪評を書き込んでおく。ちなみに、兄妹揃って非番にしていたので、今日は瞬も休みだそうだ。リィルは非番ではないが、こちらに来る用事があったので偶然だ。
「えーっと・・・あ、そ、そうだ。多分リジェが一緒なんだろう?」
「・・・うん」
「な、なら多分道場の近くへ来ると思う・・・ぞ?」
妹から半眼で睨まれた瞬はなんとか話題を逸らそうとリジェのこの後の予定を告げる。それに、凛が首を傾げた。なぜそうなるのかがわからなかった。
「?」
「いや・・・リジェと一緒にこれから道場へ行く事にしていたからな」
「・・・外堀が段々埋まっている事を理解してい・・・るわけないよね、お兄ちゃんだし」
「うん?」
凛の言葉に今度は瞬が首を傾げる。何が言いたいか全くわからなかった。が、傍から見れば、瞬は確実にリィルと付き合う為の幾つもの外堀が埋められている様子だ。
すでに母親には気に入られ、父の上司達はやっかみながらけしかけ、弟とも仲が良い。すでに外堀は完全に埋まっていた。というよりも内堀も埋まっている。当人達もすでに恋愛感情を自覚している。二人共外堀も内堀も埋まっている事に気付いていないので歩かないだけだ。朴念仁、ここに極まれりである。
「えーっと・・・行くか?」
「ん」
凛は残念ながら、武蔵の稽古場を知らない。なので瞬の申し出に少し不満げに応ずると、二人揃って歩き始める。不満げなのは歩くのが兄だからだ。基本的に、妹とは彼氏が出来れば兄の順位は下がる。それが美丈夫と讃えられる瞬でも、それは変わらなかった。
まあ、それはさておき。暫く二人が歩いた所だ。案の定、とある路地裏の通路でアルの横顔が見えた。騎士の鎧に騎士の兜を身に着けていた。完全武装と言うか、英雄の子孫として相応しい姿だ。
バーンスタインが相手のお目見えであれば正装を、と考えるのは不思議ではなかった。と、まあ彼氏が見えたわけなので、凛が駆け出す。勿論、顔は完全に怒っていた。
「アルー! 何彼女ほったらかしで出かけてるんじゃ!」
「いたっ!」
どごん、という音が似合うぐらいに綺麗に、アルの後頭部に凛の一撃が決まる。
「う、うわー・・・アル・・・こんな妹だが、よろしく頼む・・・」
ぱん、と手を合わせて合掌した瞬は吹き飛んだ――と言っても大きくたたらを踏んで前のめりになった程度――アルに対して、冥福を祈る。じゃれ合いの一環が見えた気がした。ここはここで尻に敷かれている様子だった。
「いつつ・・・一体なんなんだ、いきなり・・・」
「うん?」
顔を顰めたアルが、兜の内側に手を入れて後頭部をさすりながら、いきなりの襲撃に振り向く。が、そこで何か凛が違和感を感じる。口調が少し違う様子だったのだ。だが、少しの違和感故に二人はスルーした。とは言え、次の一言は、スルー出来なかった。
「えーっと・・・お嬢さん? 俺を誰かと間違えていらっしゃるのでは・・・」
「はい?」
「うん?」
苦笑気味に告げたアルに、凛も瞬も首を傾げる。流石にこれは違和感を確信するに足る一言だった。そうして、首を傾げる二人に、アル?も首を傾げた。
「えーっと・・・どうされました?」
「アル・・・?」
「おい、どうした・・・? 熱でもあるのか? それとも仕事か? なら、悪かったんだが・・・」
あまりに可怪しい。それに瞬が事情を問いただす。幸いにしてこの場には人気は無く、兄妹とアル?しか居ない。と、そうして覗き込んで、瞬が違いに気付いた。比喩ではなく、目の色が違うのだ。
アルの目の色は赤。だが彼の目の色は青だ。そして、彼が兜を脱いで、違和感が更にはっきりと理解出来た。髪色が全く違ったのだ。兜を着用していたので、髪色が違う事に気付けなかったのだ。
「・・・うん?」
「どうしました?」
「あ、いたいた。どうしたの?」
「あ、瞬。お前も一緒か」
と、そこにもう一つ、アルの声が響いてくる。そうしてやって来たのは、やはり赤目のアルとリジェだった。案の定、アルも騎士の正装だった。が、彼の方は暑いからと兜は脱いでいたが、もし着用していればほとんど見分けが付かないだろう。
「「っ!」」
二人のアルが、いや、アルとルーファウスが――ついでにリジェも――お互いの顔を見て絶句する。そして同時に、理解した。お互いこそが常に比較される相手なのだ、と。そして理解して、もう一つ理解した。
それは比較もされるだろう。お互いがお互いにまるで鏡を見ているのではないか、というぐらいに顔がそっくりだったのだ。
「・・・お前が」
「君が・・・」
「アルフォンス・ヴァイスリッターか」
「ルーファウス・ヴァイスリッター・・・」
二人はお互いに、お互いの名を呼び合う。同時に感じてたのは相容れない、という感情だ。あまりに、正反対。顔立ちが似ているだけで性質がここまで正反対であれば、お互いに見ただけで理解してしまうのだ。
こいつとは折り合いがつかない、と。そして後に、両者を知るカイト達も笑っていた。お前らだけで前期ルクスと後期ルクスだな、と。ルクス当人なぞ自分同士のやり合いを見ている様らしく、大爆笑だった。
折り合いがつかないのは、当たり前。ルクスでも折り合いはつかないだろう。片や教えに忠実で生真面目。片やそれから脱して教えはあくまで教えと参考程度に留めている、少し陽気なおちゃめさん。それで根が同じであれば、前者も後者もお互いに認めにくいだろう。
「・・・はじめまして。僕はアルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッター」
「・・・ルーファウス・ヴァイス・ヴァイスリッターだ」
アルの名乗りを受けて、ルーファウスも名乗りを返す。どういう思いがあれど、お互いに騎士である事を標榜しているのだ。名乗られて名乗らなければ騎士の恥だ。が、そうして名乗り合いを受けて、凛が疑問を抱いた。家名は同じなのだ。そう思うのも無理はない疑問だった。
「・・・誰? 他にお兄さん居たっけ?」
「・・・いや、違う。俺は本家の人間だ・・・申し訳ない。名の知らぬお嬢さん。名をお聞かせ願えるか?」
「あ・・・凛・一条です。さっきはごめんなさい。で、こっちは兄の・・・」
「瞬・一条だ。先程は妹が失礼した。あまりに似すぎていたものだから、間違えてしまったらしい」
凛につづいて、瞬もルーファウスへと謝罪する。どんな事情があろうとも、無礼を働いたのは事実だ。であれば、謝罪もする。
とは言え、ルーファウス側も流石にこれほど似ているとは思っておらず、そして瞬達が人間であった事から、笑顔でそれを許した。そこまで目くじらを立てる事でもなかったらしい。
基本的には、彼も良い人なのだろう。相手が一族ぐるみで因縁のある相手だから、ここまで険悪なムードになっているだけだ。
「いや、良いんだ。ここまで似ているとは俺も思わなかったからな」
「あの、それでさっきの本家って・・・」
凛も瞬も事情がわからず、首を傾げるだけだ。基本的にルーファウスはルクセリオ教団の騎士だ。なので人間相手に邪険にせずに、普通に振る舞う。というわけで、柔和な笑顔で凛の疑問に逐一答えてくれた。
「俺は背教者ルクスが出て行った本家の者だ。彼らのヴァイスリッター家は勝手に名乗っているだけだ」
「弟のレイフォード様が継がれたんだよ・・・で、ご先祖様を背教者呼ばわりはやめてくれないかな。別に勝手に名乗ってる事は否定しないけども」
「背教者でなければなんだという? 彼は確かに、教えに背いている。あまつさえ聖剣を持ち出し、なぞどんな言い逃れも出来ん」
「ご先祖様はそれでも、正しい事をなさった。だからこそ騎士の中の騎士、と言われるんだけど」
お互いに物言いが刺々しい。まあ、ルーファウス側からすれば祖先からして印象は悪いのだ。というよりも、ルーファウス達の側からすれば我慢ならない、としか言いようがないのだろう。
なにせ背教者とも言われる男が世界では『騎士の中の騎士』や英雄と讃えられ、崇められるのだ。出奔された実家側としては腹立たしい事この上ない。と、そんな険悪なムードを見て、リジェが口を開いた。が、これは少々悪手だったようだ。
「あー・・・少し良いか?」
「貴様の発言を聞くつもりはない。貴様はバーンシュタットの者だろう。レイフォード様の遺言で、貴様ら一族の言葉には耳を貸すな、と言われている」
「なっ・・・」
一刀両断。取り付く島もないとはこの事だ。完全にバッサリと切って捨てられて、リジェが思わず絶句する。ちなみに、まだ勇者カイトは良いらしい。彼は建前上は人間として認識されている。なので話を聞くな、とは言われていない。いや、それでもかなりの恨み言を遺されていたらしいが、バランタイン達よりは遥かにマシだ。
というのも、カイトとルクス以外の勇者カイト御一行はほぼ全員、今の彼らから見れば悪と見なせる異種族達だ。とどのつまり、ルクスもカイトもそれらに誑かされた、というのが今の教国での考え方だった。
その中でも特にバランタインは出自等を含めてかなり睨まれており、この対応も致し方がない所だったのだろう。
「そ、そりゃ嫌われている事は理解していたが・・・まさかそこまで睨んでるのかよ」
「・・・はぁ。当たり前だろう。貴様ら皇国は我々から次期騎士団長と目されていたルクス卿を奪った。恨まれていないと考える方がどうかしている。レイフォード様の苦言がどれだけ残されていたと思っている」
ここで自分が何も言わないというのは流石に、と考えたようだ。ルーファウスは少し呆れ気味にリジェの問い掛けに答える。言葉に耳を貸さないだけで、きちんと疑問に答えるあたり確かにまだカイトと旅をしていた頃のルクスにそっくりだった。やはり、基本的に根は真面目なのだろう。
そしてこの様子なら、この対応も一族としての先入観や教義に依るものなのだろう。彼個人も家訓や遺言等としてバーンシュタット家とヴァイスリッター家への塩対応を残されているが故に塩対応しているのであって、彼が個人として何か思っている所はさほど感じられなかった。
勿論、彼個人に思う所があるのも事実だ。環境を考えれば無い方が可怪しいだろう。だが、それでもそこまでではない。十分仕方がないレベルではあった。そこらを考慮すれば、まるで相似形のようなアルは特例、と考えるべきだろう。
「俺らが奪ったわけじゃねーし」
「関係ない。祖先の咎は貴様らにも引き続いている」
「はぁ・・・」
四角四面なルーファウスに対して、リジェが呆れ返る。とは言え、それが彼の性格だ。仕方がないといえば、仕方がない。かつてのルクスもそうだった。それに何か反論をリジェがしようとした所で、後ろから声が掛かった。
「ルー。どうした? 揉め事か?」
「あ、父さん。いえ、何も。少々、道を聞かれただけです」
声を掛けてきたのは、ルーファウスの父親だった。彼らは知る由もないが、どうやら一人で居たわけではなく偶然一人になっていたらしい。教国の要人達の会議に出席する為に降りてきていたそうだ。
が、偶然時間が空いたので羽根を伸ばす為に少し散策に出た結果、ここでアルとの運命的に遭遇を果たした、という事なのだろう。因縁や因果があるのなら、これはそうだろう。
「そうか・・・行くぞ。司教様を待たせている。あまり待たせるべきではない」
「はい」
どうやら父親にはアルの顔はリジェの影に隠れてはっきりとは見えなかったようだ。なので彼は殆ど何の反応も示す事無く、それだけ告げると踵を返す。それに、ルーファウスも続いていく。それで、終わりだった。
「感じわる」
「・・・別に悪い人じゃ無いと思うよ」
舌を出した凛に、アルが少し苦笑気味に明言する。自分も色々と感じ悪い反応をしてしまったが、少なくとも、ルーファウスが悪い人物では無いとアルは感じていた。遺言に従った、あくまでも杓子定規の考え方を持つだけだ。そこをアルも理解していたようだ。近いが故に、直感で理解出来たらしい。
そして確かにルーファウスの言葉の節々にはバーンシュタット家に対しての感情があっても、リジェ本人に対して何らかの憎悪や嫌悪感を向けている、という事は無かった。
そしてそれは彼らが宗家である限り、当然の反応ではあっただろう。あれだけ大揉めした末の出奔だ。言いたいことが無い方がどうかしている。そこらに今までの教義の変遷等があり、特別バーンシュタット家へのあたりが強くなっただけと見るべきだろう。
「・・・行こ、アル」
「あ、うん。ごめんごめん。遅れちゃった」
「ううん」
アルの顔を見て若干ルーファウスの評価を上方修正した凛は気を取り直して、アルへと告げる。そうして、二人は歩きだす。少々予定とは違ってしまったが、まだ昼にはなっていない段階だ。そして天気は幸い快晴で、デートには悪くはない。と、そうして瞬とリジェに背を向けて、アルが口を開いた。
「・・・リジェ。さっきはありがとう・・・で、彼とは僕が戦う。だから・・・」
手は出さないで。言外の言葉を、瞬もリジェも受け取る。そしてその気持は彼らも戦士だからこそ、理解出来た。自らと比較されて、そして自らとここまで似ているのだ。己の手で決着を、と思うのは、道理だった。
そうして、それを受けてリジェも瞬も今までの事をすっぱりと水に流す事にして、当初の予定通り武蔵の稽古場へと足を向ける事にする。こうして、一つの因縁が紡がれる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第765話『学者との会合』




