第763話 ティナの焦燥
桜達が数日に渡ってなんとか天桜学園への追求を躱していた頃。ティナは、というと楓が連れ帰ってきた三人組を引き連れて、情報収集へとひた走っていた。
「『死魔将』・・・私達で抗い得る相手ではない・・・ですか?」
「うむ・・・そも、『死魔将』とは何か知っておるか?」
ホムラの問い掛けに対して、ティナが問いかける。ソラ達には何も知らせない。が、調べて貰う者達へは、知っておいてもらわねばならなかった。彼らの能力はソラ達とは段違いだ。
一度膝を付かせる事が出来たからといって、それは幾つもの条件が重なっての事だ。全力でやれば姿さえ確認出来なかっただろう、というのが現実だ。
「『死魔将』・・・単体戦闘能力であれば、かつての英雄達に匹敵する化物達・・・思い出すだけでも苦笑しか出ぬわ。余を4人がかりでも押さえつけられる、じゃからな」
「・・・」
密偵達は何も言わない。だが、気配には驚きが滲んでいた。ティナを4人で抑えきれる。紛うことのない最強級の実力だろう。まあ、それも当然だ。なにせルクス達が全力で応ずる唯一の敵と言えたのが、この『死魔将』の四人組だった。
「可能かどうか、か?」
「はい」
ホムラがティナの問い掛けに応ずる。冗談や少し過剰な言い方の可能性があったのだ。というよりも、そう信じたかった。
「・・・クオンもかつて『死魔将』と全力で戦った。が、決着は・・・知っておろう?」
「世に言う『剣の死魔将』との戦い、ですか?」
「うむ・・・剣姫モードのクオンと三日三晩戦い抜いてついぞ決着がつかず、というあれじゃな・・・クオン相手にならば、余も全力を尽くす。それをして、引き分けしかならなんだ。しかも、まだ余裕があった、というからのう・・・おそらく、じゃが4人総掛かりであれば、余も押さえきれるじゃろう」
あくまでも推測だ、と明言しながらも、ティナは『死魔将』達の実力について明言する。一体全体これほどの強者達が何処に潜んでいたのか。全く不明だ。まあ、わからないからこそ、彼らはティステニアが異世界から呼び出した存在なのだ、と言われているのである。
「怪しいと思しき存在を見ても、決して戦うな。これは厳命じゃ」
密偵達に対して、ティナは改めて厳命、という形で命令を与える。確実に死ぬのがわかっていて、安易に突っ込ませるのはティナの指針からは外れる。カイトの指針からも、だ。死兵は好みではないのだ。
「御意。ではあくまでも他の密偵と同程度に振る舞うべき、と」
「うむ。どちらかと言えば疑問を得ても、それを見せてはならん」
「御意」
ティナの指示を受けて、密偵達が消える。すでにクズハ達に命じて、ステラ達も動かしている。だが、今は少しでも手が欲しい。これからが、勝負なのだ。
「・・・すでに数日・・・警戒態勢はかなり戻っておる」
ティナが一人、呟いた。スクウェアら嫌な気配を感じた今の軍高官達やイグザードの大使達と掛け合える者達が敷いた警戒網は、すでにゆっくりとだが解かれていた。
当たり前だろう。幾ら英雄が相手だからと言っても、いつまでも警戒態勢を上昇させていられるわけがない。なにせ根拠は勘だ。普通は取り合わない。取り合われているのは彼らが英雄であるが故、そしてまるで示し合わせたかの様に英雄達が警戒しているからだ。
「狙うなら、今・・・じゃろうな。『道化の死魔将』。お主であれば、何を狙う? いや、それ以前に何が狙いじゃ?」
『死魔将』は四人。その一人の中でも道化師と言われる男に、ティナは思考を巡らせる。ティナもウィルも天才的な戦略家と言われるが、全戦全勝というわけがない。敗北も経験している。知略でだけは、誰もが対等に立てる。ティナ達に敗北を刻ませる事が可能なのだ。
そしてその敗北の中でも最も数を刻ませたのが、この道化師とも言える『死魔将』だった。その動きも然りだが、思考が全く読めないのだ。
「・・・余らの転移があれらの意図的な物であったとして・・・いや、それ以前になぜまだ帰っておらぬ。それとも、異世界から何かを持ってきていたのか・・・」
考えれば考える程、理解ができなくなる。わかっているのは2つだけ。一つは、何かが狙いである事だ。そうでなければわざわざ各国大使が集まる所へ来る理由がない。そしてもう一つは。これはティナ自身の事だ。
「じゃが・・・今度は、逃さぬ」
逃がさない。絶対の意思を込めて、ティナがつぶやく。彼女はそれだけを考えていた。彼らだけが、唯一ティステニアのクーデターの真実に繋がる手掛かりだ。真実を知りたい彼女にとって、逃がす事が出来る相手では無かった。
「少々、本気で動く事にするかのう・・・クー」
『なんでございますか?』
「お主に指揮は任せた・・・見付かるとは思えん。思えんが、それでもやらぬのは道理に反する」
『わかりましたな』
小さな小鳥の形態であったクーが、一気に舞い上がる。そしてそれに合わせて、ティナの使う動物型の使い魔達が一斉に動き始める。敵の姿は彼らも知っている。カイトと違って彼女の使い魔はほぼ全てが動物型だ。街を彷徨いていても誰にも疑問に思われない。並の密偵では見破る事さえ出来ないだろう。
「・・・では、余は行く事にするかのう」
動き始めた使い魔達を背に、ティナが歩き始める。かつてを知る者達は全員、嫌な予感を感じている。そしてそのままにしておくわけではないのが、『無冠の部隊』だ。
皇国に属する者達だけは、集めておいたのである。そうして、『無冠の部隊』もまた、動き始めたのだった。
動きはじめてから更に数日。桜や瞬に対する調書も一時的に一段落した時の事だ。その頃になり、ティナは僅かな焦りを見せていた。
「ちっ・・・なぜ何も見付からん・・・」
「うっわ・・・」
見るからに苛立ちを浮かべるティナに、隊員達は思わず顔を顰める。全員、違和感を感じているのだ。だと言うのに、この面子が揃いも揃って数日かけてなお、何も見つからない。
いや、ティナとてわかっているのだ。相手は自分達をして強敵と言わしめる相手で、今のこちらにはルクスやバランタイン達を欠いている、ということは。だがそれでも、わずかに近づいた様に見えるクーデターの真実が、彼女に焦りをもたらしていたのである。そんなティナを見かねて、オーアが告げる。
「はぁ・・・ティナ。あんたちょっと一度備えたらどうなのさ?」
「何をじゃ?」
「準備だよ、準備。奴らが来るなら来るなりに、色々とやっとかないといけないことあるだろ」
オーアの指摘は『死魔将』達が来ていた場合に備えての事だ。が、そんなことをティナが怠っているはずはなかった。
「すでにやっとる。皇国はすでに皇帝レオンハルトに奏上して、警戒レベルを上から二番目に変更させた。皇帝レオンハルトからもこの会議の間は警戒レベルを2で固定、そして帰還までの間警戒レベルを1で固定、と勅令が出ておる」
クオンからの奏上にティナからの一筆、そしてハイゼンベルグ公ジェイクの助言。それらが組み合わさった結果、皇帝レオンハルトはこの決断を下したのだ。
自国に『無冠の部隊』の多数を抱えていれて、そして自らも優れた武人であればこそ、彼らの勘をバカに出来ない事を理解していたのである。こういう時の戦士の勘というのは、生命さえ左右しかねない。従うのは道理だった。
「それ以外は?」
「クラウディアが動いてもおる。姉上達も密かに警戒してくれておる」
「う・・・そ、そか」
ティナの言に、オーアは何も言えなくなる。ティナは本当に出来る事は全部やっていた。というわけで、問いかけるのはそのクラウディアについて、だった。
「あー・・・クラウディアはなんて?」
「余が会った時には相当険しい顔じゃったな。おそらくあれも感じておるんじゃろう。なんというか・・・異物感、というべきものじゃな。この場の雰囲気にそぐわぬ別種の気配。それが、この勘の正体じゃろう」
「あー・・・なるほど。そう言われれば、そんな感じかも」
ティナの解説を受けて、オーアも納得する。勘、と一言で言えば馬鹿げている様に感じるが、彼女らが感じている違和感の正体とは所謂異質感の事だ。場数を踏んだ彼女らには、その中でも生命の危険をもたらす異質感には何より敏感だったのである。直感というよりも経験から来る勘というべきだった。
その場の雰囲気というものがあるが、それが何か本来在るべき姿から別種の何かに変質しているような気がしていたのだ。その差こそが、彼女らの嫌な予感の正体なのだ。何度も生死の境で戦った彼女らだからこそ、わかることだった。
「誰が来ると思う?」
「来るなら、確実に道化は来るじゃろう。こんな策を打つとすれば、あれしかおるまい。間違いなく余の勘が告げておる。これは、あれの策じゃ・・・まぁ、こっちは完全に勘じゃがのう」
「なら、見つかりっこないって。何度私らが辛酸を嘗めさせられた? 一度や二度じゃ無いだろ?」
「・・・わかっておるよ」
焦っている事自体は、ティナも自覚していた。だからこそ、改めてのオーアの指摘にティナは苦々しい顔で同意しか出来ない。
「それに、今はルクスもバランも居ない。今あいつらと戦えるのは総大将とあんただけだって」
「わかっておる。それでも・・・」
「っ・・・そうだね。すまなかった」
それでも、抑えられない。ティナの辛そうな顔に、オーアが思わず少し言い過ぎた、と謝罪する。ティナとてわかってはいたのだ。今もし『死魔将』が襲撃して来れば抑えられるのは自分達二人だけだ、と。
おまけに一番危険なのが『死魔将』であって、敵は彼ら4人だけではないのだ。他の20人の最高幹部の中には生き残りも居る。カイトとティナという最高戦力が居なくなった所為で、全員を完璧に討伐出来たわけではないのだ。それらが重なり合って、彼女の焦りになっていた。
「まあ、話を戻そう。道化の策じゃが、それ故、違和感もある。ここまで何も見付からぬ事が可怪しい」
「・・・まあ、それは確かに」
「・・・考えたくは無いが・・・内通者がおる、のじゃろうな」
ティナが最後に結論を下す。居ることは確実だ。ここまでの異質感を感じるとすれば、それは道化と呼ばれる『死魔将』しか居ない。彼らがここまで警戒する程には、彼に辛酸を嘗めさせられている。が、それ故に可怪しいと思ったのだ。なぜ、ここまで何も見付けられないのか、と。
「っ・・・何処だと?」
「わからぬ。否定出来るのは、皇国と千年王国、そして魔族領だけじゃ」
自らが入り込み、そして『死魔将』の恐怖を何処よりも知っている皇国。カイトが内側に入り込んでいる千年王国、彼らを憎悪にも等しいレベルで敵視しているクラウディア達四天王率いる魔族領。ここだけが、確実に無いと言い切れる。近付かれてもわからないが、長引けば分かるのだ。ここまで長く居てわからない筈はないだろう。
だが他については確定を出せない。いや、それ以前に与する事が無くても、正体を隠して近づいて信頼を得て、何も知らぬ者達を協力者に仕立て上げている事もある。これはよくやられた手だ。行く先々でやられた、と言っても良い。一度は彼女ら自身も騙された。
変幻自在の姿に、変幻自在の性格。仮面を外して素顔を見せた事もあるが、それが素顔かどうかは誰にもわからない。カイト達の前では素を見せているのか道化師の様に振る舞うが、それが真実だったかもわからない。完璧な道化。顔を仮面で覆い隠した道化師。それが、彼らの敵だった。
「騙されておるなら、まだ良いがな・・・与したとなれば、今回の一件。大事になる」
彼らは英雄であるが、それでも何でもかんでも出来るわけではない。当たり前だが絶対的な確証も無く各国の調査が出来るわけではないのだ。もし調査を拒まれれば、その時点で何もできなくなる。
そしてそもそも、勘だけが頼りなこんな状況では各国に調査を要請する事は出来るわけがない。敵が姿を見せるならまだしも、現状では打つ手無し、だ。
「・・・来るとすれば、そこで確実に来る、だろう?」
「じゃろうな。ここまで狙い目は他にはそうそうあるまい」
「・・・皇国以外で最後の警戒態勢が解けるのは?」
「3日。部隊の隊員が軍高官を務めておる所は最後まで、と言うところじゃろう」
全員、考えは一緒だ。だからこそ、最後まで警戒を解く事はしたくはない。が、それももって後数日だろう。感覚として敵の襲撃を理解している彼らはまだしも、何も知らない末端がいつまでも警戒態勢を維持出来るはずがない。そしてそれが解けるのが後3日、というわけだ。
「3日・・・いや、4日か5日か」
「じゃな。初日に動く事はまず無いじゃろう」
何度も、辛酸を嘗めさせられた。敵が動くならこの日だ、というのが感覚的に理解出来ていた。が、だからこそ、敵はこちらの動きも理解している可能性も、彼らは理解していた。
だからこそ、警戒は最大に。会議が終わるまで一瞬たりとも警戒を解くわけにはいかない。そんなティナ達に、遠くの影がため息を吐いた。
『やれやれ・・・そこまで警戒しなくて良いのにね』
『・・・我ら4人が揃っている事を理解しているか』
『相手は主が認められた勇者の下に集った英傑。当然でしょう?』
『300年ぶりの『死魔将』の集結か・・・嫌なものだ』
仮面の4人組は、ティナ達の動きを把握していた。ティナが帰還していることも、そしてカイトが帰還している事も、だ。
『・・・全ては、我らが陛下の為に』
『『全ては、我らが陛下の為に』』
『律儀だね、君達も』
道化の様な男が、口々に忠誠を誓う他の三人に苦笑する。彼こそが、ティナが告げた道化。一番注意すべき敵だ。そうして、遂に300年前の因縁が動き始めたのだった。
お読み頂きありがとうございました。遂に本作全編を通しての敵の登場です。
次回予告:第764話『凛の遭遇』




