第759話 瞬の言葉
戦いの終了から、少し。瞬はクオンに引き摺られて、中心部にある会議場へとやって来ていた。
「はい、到着ー。もう、休暇中に呼ばないで欲しいのよね」
「うわあ!」
どがん、という音と共に、ぷんすかと少し怒り気味なクオンが扉を蹴破る。蹴破ったのは扉の解錠を待つのが面倒だったかららしい。怒っている理由は語るまでもなく、休暇中に呼び出されたからだ。
そうして、瞬が中へと放り投げられる。そして彼は二回転ほどして、見事に天桜学園に割り当てられたオブザーバー席へと着席した。
「え、えーっと・・・お、遅れました・・・」
「・・・の、のようだな・・・」
あまりの出来事に注目を一身に集めた瞬だが、偶然視線が会った皇帝レオンハルトへと謝罪を入れる。王侯貴族達が居る前で、この所業。クオンでなければ大いに議会が紛糾した事だろう。
が、クオンなので誰も何も言えない。言った所で無駄なのは誰しもが聞いているし、そもそも無法者相手に礼儀作法を説くのが阿呆だ。
「まあ、悪くはない判断だった」
「いえ・・・」
瞬が遅れている理由は当然だが、議会に告げられている。というわけで、皇帝レオンハルトは良い、と笑って認めてくれた。が、そうであるのは、半数程度だった。遅れた事に怒っている者も多かった。だからこそ、この顛末もある種、当然だったのだろう。
「君は一体この会議をどう考えているのかね」
ある国の大使が、少しの不快感を滲ませながら瞬に問いかける。とは言え、この叱責は普通といえば普通なのだ。普通に考えて、この会議は重要な会議だ。王侯貴族達が入っている。
人数故に出入りの順番があり、大国の格などで待たされるのは仕方がない。これは全員が貴族や政府の高官故に当然と捉えている。だが、小規模な組織の人間が遅れてくるのはダメだ、という感じだった。
ましてや各国の王侯貴族よりも後から入ってくるなぞ言語道断の行いだ、とさえ考えている者も少なくなかったのだ。そして、そこにもまた一つの道理が存在すればこそ、この叱責は正しくある。
「どう、とは? 重要な物と考えていますが・・・」
質問の意図が理解出来ず、瞬が首を傾げる。当たり前だろう。彼は彼に出来る事をしたのだ。非難される言われはない。
「ふむ・・・ならばなぜ、遅れたのかね」
「? ですから、事情はお伝えした通り、港町での救援作業に、と」
ユニオンの職員も、そしてここに来た桜田校長達もその事については伝えていたのだろう。だからこそ、唐突なこの質問に、首を傾げるしかなかった。
とは言え、これは当然だった。彼らが忘れていた、というわけではない。ここは異世界だから、というわけではない。そしてここは彼らが、それこそ桜田校長さえ経験していない多国間会議なのだ。
国に応じて人の命の重さが異なる事に彼らは、気付いていなかった。自分達が当たり前と思う事でも、国や文化風習に応じては当たり前ではないのだ。だからこそ、時として人命救助が間違った事になる。
「それが、君がこの会議を軽視している証だろう」
「は・・・?」
「君が本当にこの会議を重要な物、と捉えているのであれば、君は何を差し置いてもここに来たはずだ。それをしなかったのだから、軽視している、と取られても致し方があるまい」
あまりの結論に、瞬が呆気にとられ、最早絶句も忘れて二の句が継げなくなる。しかも何より驚くのは、それに一定の理解者が居た事だ。
これは決して瞬を貶めようという物ではない。指弾した者だけではなく賛同している者の中には、皇国の提案に好意的な国もある。単に瞬の無礼を指弾する、という彼らからすれば当然の物だったのである。
『諦めろ。これが、現実だ』
そこに、カイトが念話を送る。所詮この会議場の防備はティナが整えたもので、そして300年も前の物だ。念話が禁じられた会議場であるにも関わらず、カイトには無意味だったようだ。勿論、ティナにも無意味だ。彼女は今の状況も覗き見しているだろう。単に声を返したのが彼というだけだ。そして、そんな彼は更に続けた。
『人の命を重視する王と、こういった利益こそを至上とする王。理由を認めて遅参を尚良とする者と、如何な理由も認めず遅参を遅参として指弾する者。どちらが正しいか、なぞ誰にも言えない。まあ、それでも己が正しいと思うのなら、主張すると良い・・・かつて、オレがやった様にな』
最後に、カイトが笑う。どうするのも、瞬の自由。このまま叱責を受けるのも良いし、自論を展開するのも良い。ここは会議だ。それをする場だ。なのでそれを明言する。そして同時に、これはこの会議場を見守っていたバーンタインもまた、着目していた。
「さて・・・どうでるか」
「楽しそうですね、バーン殿」
「来る前に会ったが・・・弁の立たん男だろう、とは思っていた。が、だからこそ、この場でなんと発言するか・・・気にはなる」
ウルカ共和国大統領に問われたバーンタインが笑う。彼は瞬の事を買っている。だからこそ、どう出るのか、というのが興味の的だったのだ。
「ここで何も言えなければ、あの小僧の力量はそこまで、という事だ。英雄足り得ん・・・が、自らが正しいと思うのなら、言ってやれ。自らの道を、な」
バーンタインの言葉を聞いていたわけではないだろう。そもそも彼に聞けるだけの聴覚は無い。状況でも無い。だが、それでも瞬はほぼそれと時同じく、口を開いた。
「正しい事をして、何かいけませんか」
「む?」
瞬からの言葉に、指弾した大使が耳を傾ける。彼らとて大使として来ているのだ。よほどの馬鹿げた意見でもない限り、傾聴する。
「人を助ける事。この会議に出席する事。どちらも大切です」
「つまり、君は身知らずの者達と仲間が同等、と?」
「そうは言っていません」
「いや、そう言っている。だからこそ、君たち自身の命運を決めるこの会議に遅参したのだから。どちらかを選べ、と言われて君は目の前の生命を救う事を選んだ。ここで不利になることがわかっていられるはずだ」
瞬の返答を、しかし大使はその意見を認めなかった。そして、間違いとも言いにくい。いや、念のために言っておく。彼とて瞬の行動そのものを非難しているわけではない。
遅れた事そのものに、状況を弁えていない事を指弾しているのだ。ちなみに、カイトの影響か些か瞬というよりも日本人全体の事を買いすぎ、という感があるのは否めないだろう。だからこそ、彼はこうなる事も理解出来たはずだ、と告げていたのだ。
とは言え、これは桜田校長達さえ、見通せていなかった事だ。考えるのが苦手だ、と明言する瞬があの場でそこまで考えられていなくても仕方がない。
あの場ではただ一人、ユニオンの職員だけが理解出来ていた事だった。だから、彼は言ったのだ。覚悟だけはしてください、と。この流れが見えていたからこそ、だった。
「っ・・・」
そんな大使の言い方は、一部の道理を含んでいるが故に瞬は何も言えない。これは抗議ではない。瞬の為を思えばこその叱責だったのだ。それ故に反論もしにくい。
そして桜達はこの場では発言権が無い故に、フォローが出来ない。僅かに押されているのが現状だった。だが、それでも僅かな逡巡の後、瞬はなんとか口を開いた。
「・・・それでも、目の前で困っている人を見捨てる事は出来ませんでした」
「別に困っている人を見捨てろ、とは言っていない。状況を弁え、埠頭の冒険者達に任せるべきだっただろう、と言っているだけだ。あの状況と事の顛末については私も聞き及んでいる。なればこそ、君が手を出すまでもなかっただろう、と言うだけだ。もしくは最後まで残る必要は無かったはずだ」
「う・・・」
僅かに強くなった再度の物言いに、瞬が再度押し黙る。道理だ。最後まで残る必要はどこにもなかった。そして本来、瞬が手を出した理由は遠距離で手を出しあぐねていたが故だ。
変に義侠心を出して最後まで残らなければ、この大使とて何も言わなかっただろう。仕方がないだろう、と彼も逆に賞賛したはずだ。
そしてそれがわかるだけの知性があればこそ、瞬も黙るしか無かったのだ。少々手間を掛けすぎたわけだ。そしてこれ以上の反論は今の瞬では、少々無理だ。こういうことには場数が必要なのだ。桜田校長達きちんと準備してきた者達の領域になる。
ここの所、この大使は上手かった。要らぬ反論をされぬ様に、敢えて瞬だけに標的を見定めていたのだ。こうなっては、桜田校長達に為す術はない。同意を求められたり意見を求められれば、まだ口出しも出来る。だが、何も無いからこそ、手を出せない。議会での基本スキルといえば、基本スキルだった。
とは言え、一方的に指弾されているままでは有り難くない。下手に評判を落とすのは天桜学園の今後として有り難くない。なので、カイトが行動に移る。別に為す術がないわけではないのだ。
「シャーナ女王陛下。どうか、私に発言の機を頂きたく」
カイトは横を向いて、シャーナ女王へと申し出る。幸いにしてカイトの立場はこの場の警護の一人であると同時に、オブザーバーの一人だ。許可さえあれば、発言権は得られた。
「・・・良いでしょう」
「有難う御座います」
大大老達を見て、シャーナ女王がカイトへと許可を与える。カイトがどういう発言をするのか、というのを調査する為だ。そして純粋に彼らも興味があった。この状況でどう流れを変えるのか、と。一歩間違えれば一気に評判を落とす。よほどの自信が無ければ自ら申し出るなぞあり得ないのだ。
「イオシアの国の大使よ。少々よろしいでしょうか」
「うん?」
シャーナ女王の言葉に、先程まで瞬に叱責を加えていた大使が彼女の方を向いた。
「彼の者が発言したい、と」
「・・・良いでしょう。傾聴致します」
頭を下げたカイトを見て、大使は発言を聞く事にする。カイトの弁舌はこの間の一件で信頼に足る、と判断したのだ。それ故の判断だった。
「そも、一条は間違った事をしていません。それは大使殿も認めていらっしゃる・・・であれば、これ以上の叱責は大使殿の不明へと繋がりましょう。彼を思っての叱責で恐悦至極でありますが、これ以上は御身の不利益にもなる。差し出がましい様子ですが、口を挟んだ事をお許し下さい」
「うん?」
頭を下げたカイトから言われた事が理解出来ず、大使が首を傾げる。そして、大半がそうだった。半分程度の大大老達でさえそうだった。
だが残る半分は、カイトの指摘した事に気付いてぞっとした。この時代で日本人であるにも関わらずそこに考えが至らせられるのか、と思ったのだ。
「彼が成した事。それは人として正しい事をしております。目の前の苦境を見過ごせず、助力を成す。確かにそれでも会議に遅れている故、叱責は道理でありましょう・・・ですが、それもほどほどにせねば、この会議の創設者達に疑問を投げかけている様にも取られかねないのでは、と思った次第です」
「どういうことかね」
「はい・・・皆様はご存知かと思われますが、勇者カイト・フロイライン、ウィスタリアス・ユリウス・エンテシア、ユリシア・フェリシア、ルクス・ヴァイスリッター、バランタイン・バーンシュタット。この五名こそを、この大陸間会議は創設者とされております。彼らが集めて集った人員。それが、皆様です」
カイトの言葉は、全員が知っている事だ。改めて言われる事も無い事だった。が、そこにこそ、この叱責を止める鍵があった。
なお、ティナとクズハ、アウラが含まれていないのは、彼女らは会議の設立に主体的な役割を果たしていないからだ。また、ティナは魔族という種族的な立場、先代魔王を育てた者などの政治的な要因もあった。記す事が出来なかった、という事が大きかった。
ユリィも主体的な役割を果たしたとは言い難いが、彼女はカイトの相棒だ。それ故、ここの創設者として記される事になっていたのだ。それ故、彼女は個人で名誉オブザーバーとして名を連ねている。今の猫かぶりを見れば、誰もそれを疑問視しないだろう。
「大使殿も知っての通り、勇者カイト以下ウィスタリアス陛下を除いては全員が連合軍より除籍を命ぜられています。その時の経緯。それこそが、この大陸間会議の理念でしょう。それに沿った行動です。ならば、あまりの叱責は・・・」
「カイトに喧嘩を売っとる、というわけじゃな」
「っ!」
カイトの言外の言葉をざっくばらんに補足したティアの言葉を理解して、大使が思わず目を見開いた。そして、カイトの温情とティアの指摘に感謝した。
本当に彼にとっても、ここがギリギリのラインだった。少し叱責が長引いていた事を理解して、更には少し語調が強くなっていた事も自覚した。
見過ごせぬ故に叱責を加えて、そしてそれは正しい物だが、それも行き過ぎれば道理を損なう。これ以上語調が強くなれば、威圧とも取られかねない領域に入りかけていた。この場では、あまり瞬の行動に対して強く叱れない道理があったのだ。
「・・・少々、熱が入ってしまったようだ。私もエネフィアの民。世界を救った日本人と興奮し、期待していた事も大きいだろう。いや、実に我々が思い描く日本人らしい行動、とも言える。次に注意してくれれば、それで良い」
「お情け頂き有難う御座います」
少し引きつったような笑顔を見せた大使の言葉に、カイトが頭を下げる。聡い者は総じて、これ以上の叱責が自分達の身にも火の粉が降り掛かりかねない、と理解した。だからこそ、ここでのこれを決着としたのだ。
「各国大使も少々手間を取らせた。私としては、これで問題が無い・・・異論がなければ、彼に座ってもらうがどうか」
瞬を叱責していた大使が各国の大使達に問いかけて、それは異論なく受理される。そうして、瞬が座らせられる事になった。
「どういう事なんだ?」
「さぁ・・・」
急に終わった叱責に、瞬が首を傾げる。が、桜へと問い掛けても、何もわからない。当たり前だろう。大使達も勿論根幹まで知っていたが、それ故に忘れてしまっていたのだ。どうでも良い部分だ、と見做せるからだ。カイトの指摘はそれほどに些細な事だったのである。
桜達の場合は知っていても大して気のも留めなかったが故に、ここに気付いていなかった。というわけで、席に戻ったカイトに変わって、相変わらず魔術で会議を覗き見していたティナが解説してくれた。
『簡単じゃな。この会議はそもそも、カイト達を旗印として集まった物じゃ・・・さて、その上で少しの過去を語ろうかのう。カイト達は目の前の民の困窮を見過ごせず、軍規に背いた。これは今では英雄的な行動、そして大戦においては極少数の人数で街一つを守り抜いた歴史的な戦いとして、記されておる。俗に言う『アスタリアの戦い』じゃな』
ティナは説明をする前に、まずはそれを明言する。これは瞬達とて知っていた。カイトその人から聞いてもいたし、常識を学ぶ上で学んでもいた。戦局から見れば小さな勝利だが、戦争として見れば大きな勝利でもあった、と歴史書が書き記している。
そしてそれは誰もが疑わないし、こちらの軍略家達さえこれを否定しない。この勝利があればこそ、同盟軍は士気を高める事が出来た、と言っている。勝利としては小さくても、敗北一辺倒だった流れを変える為の意義として大きいのだ。
『その時、カイトは軍令に背いた。それは簡単に言えば、撤退命令じゃ。大事の前の小事、と街を見捨てるのが、連合軍の命令じゃ。実際、重要人物の護衛に彼奴らは割り当てられておった。が、そこでカイトは啖呵を切ったのよ。目の前の人を捨てて何の意味がある、と』
ティナの言った事は、たしかに瞬の成した事と同じだ。規模や状況こそ違うが、瞬は手を拱いていた冒険者達と襲われていた船を見過ごせず、手を出した。実際には殆ど徒労に終わったが、それでもあの状況での彼の活躍が目覚ましかった事は、誰もが明言するだろう。
『そして、この会議が開催される折りにカイトが告げたのは、目の前の者を救う事からはじめてくれ、じゃ。大義に見過ごされる小義を見過ごすな。政治家故、軍の上層部故、どうしても犠牲ありきで語らねばならぬ。それはカイトも余も変わらぬよ。じゃがその犠牲は本当に救えぬのか、今日の10人の死は明日の100人を救うための絶対に必要な犠牲なのか、110人救う術は無いのかもう一度見直してくれ、と言うたわけじゃ』
ティナは前段階を説明して、改めて本題に入る。確かに、この言葉に従えば瞬の行動はカイトの行動理念に従った物だった。
とは言え、ならばなぜ今までカイトが黙っていたのか、という事に疑問が出る。それはまた別の道理を考えれば、わかることだった。
『とは言え、命令やルールに背いておるのじゃから、叱責や処罰は必要じゃろう。だから、カイトも何も言わなんだ。カイト達自身、幾らか思惑があれどもそれは同盟軍からの除籍という形で贖われておる。であれば、叱責は必要。じゃが目の前の者を救ったお主をあまり強く叱責しては、逆にカイトの理念に喧嘩を売っとるようなものなんじゃ』
「じゃあ、大使達はそれを理解したから、ここで止めた、と?」
『うむ』
桜の問い掛けに、ティナが頷く。カイトに喧嘩を売るのだけは、非常に拙い。曲がりなりにも、そして表向きだけとしても、勇者カイトの理念に集った、というのがこの大陸間会議の大義名分だ。
それに沿った行動に対してだけは、何処の国もここではそれがどれだけ正しかろうと強く叱責を与えられないのであった。ルール違反で救える生命があったのだから、それで良しとしておく。その程度のお目こぼしはしなければならなかったのだ。そうして、そこらの説明を終えたティナは、瞬へと苦言を呈した。
『お主はもう少し、弁舌の方を学ぶべきじゃな。何より所々で言い淀んでしまったのが拙い。あの時堂々と何が悪いか、と言えば、大使も何も言わなんだだろう。考えるのが苦手でも良い。じゃが、堂々としていられんのは拙いのよ。今後も指導者としての立ち位置に立つのであれば、お主は弁の方を鍛えるべきじゃな。言葉では何も変えられんのよ。変えるのは、弁。雄弁に語れるだけの胆力と知性を身に着けろ』
「・・・ああ」
ティナの指摘に、瞬が苦々しい顔で小さく頷く。彼が語ったのは、言葉だ。そこに感情や道理は込められていた。だが、態度が備わっていなかった。かなり申し訳なさそうにしてしまっていたのだ。
カイトの様に堂々と、何ら悪びれる事なく語る必要があったのだ。そうして、この日の事はカイトが立て直してくれた事により、なんとかギリギリ評価を立て直して終わる事ができたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第760話『過去の残滓』




