第757話 海難事故
少しだけ、話は大陸間会議から横道に逸れる。言うまでもない事かもしれないが、大陸間会議には数万という人が集まる。それだけの人を賄うだけの食材や日常品をレインガルドは用意出来ない。
であれば、どこかから持ってくるしかない。それは大半はマクダウェル、ひいては皇国からの輸送だが、一部には他大陸から直に持ってくる事もある。
そして、その輸送となればやはり船便が基本だ。幾ら飛空艇があろうとも、輸送では船の方が大量に運べる。遅いが、その分安価に大量の荷物を運べる。そこは地球もエネフィアも変わらない事だ。
「今日は・・・ウルシアを経由した大型船が来る予定か。他は小型の船が幾つか、と・・・」
ユニオンから派遣された埠頭の管理者の一人が、今日到着する予定の船のリストを見ながらそうつぶやく。GPSは無いが通信機は存在していて、それは船で数日の距離は十分に範囲内だ。勿論、これは何も無いし気象として何も起きない海の上が限定だ。
とは言え、海の上なら使えるわけで到着の数日前には港へ向けてこれぐらいで到着しそうだ、と告げるのがエネフィアでの船乗り達のマナーだった。そしてそれは、その時に起こった。
「うん?」
港の埠頭からウルシアの大型船が来ると思しき南を見た時に、彼は気付いた。南の空に変な黒い点々が浮かんでいる様に見えたのだ。そしてそれに気付いて、彼は備え付けの双眼鏡を手に取った。
「あれは・・・」
目を凝らして、遠く南の空を睨む。そして、すぐにその黒い点々の正体に気付いた。それは無数の魔物だった。どうやら船体にもかなりの被害を受けている様子で、戦闘は確実だった。
「船が襲撃を受けているぞー! 戦闘準備ー!」
声を張り上げて、埠頭に待機している冒険者達へと戦闘用意を通達する。
「通信は!」
「無い! おそらく通信機が破壊されてるんだろう!」
職員は双眼鏡を見ながら、埠頭の冒険者のまとめ役をしている中年の冒険者――男――の問い掛けに答える。と、そうして船の周囲を観察して、それに気付いた。どうやら案の定、通信機は破壊されてしまっていたらしい。こちらに向けて古くからある旗での信号が掲げられていたのだ。
「手信号確認! 救援求む!」
「おっしゃ! 上の飛空艇船団に連絡! ちょっと離れとけ!」
「了解! 連絡送ります!」
埠頭を取り纏める冒険者の指示を受けて、即座に戦闘の用意が整えられていく。残念ながら、飛空艇は各国が保有する飛空艇の警護に忙しく、救援に動いてはくれない。
あそこには本国へと連絡を取り合う各国の大使達が居るのだ。仕方がない話だが、そちらが優先になってしまうのであった。
とは言え、だからこそ冒険者達が居るのだ。当たり前だが各国共に魔物に襲われた状態で港に近づく事は考慮済みだ。魔物が居る以上、それは仕方がない。流石に沈没してしまってはどうしようもないが、ある程度まで近づいてくれれば、援護も救助もしようもある。そしてその距離までは、あと少しだった。
「あと少し・・・」
冒険者達が見守る前で、船が所々で火を上げながらも必死で近づいてくる。相対距離はおよそ5キロという所だろう。まだ、少しどんな攻撃にしても届かない程に遠すぎる。船で近づこうにもあそこまで多いと二次災害が怖い。近付けない。なので戦闘の準備を整える事だけが、今の彼らに出来る事だ。
そしてその一方、後ろでは戦えない船員達の避難や、もし万が一沈んだ場合に救助を行う船の準備が進められるのだった。
楓が情報を持ち帰り、ホムラ達密偵三人組が動きはじめて2日。瞬、桜、桜田校長ら天桜学園の組織としての上層部が会議のオブザーバーとして呼び出された日の事だ。
瞬は移動中の馬車の中でも慣れない会議の資料を読み込みながら、必死で勉強を行っていた。そんな時の事だ。急に馬車が止まって、にわかに騒がしく成り始めた事に気付いた。
「・・・なんだ? 渋滞があるから、と迂回したんじゃなかったのか?」
「さぁ・・・渋滞は回避しているはず、だと思うんですが・・・」
顔を上げた瞬と時同じく資料から顔を上げた桜が、同じように怪訝な顔をする。今日はいつも通るルートが事故で使えなくなった為に別ルートで移動する、と言われたのだが、そこでの停止だ。疑問に思うのも無理はない。というわけで、桜田校長を含めて全員が似たような表情だった。
「何かあったんですか?」
「いえ・・・実はこっち側の港でどうにも魔物の集団に襲われた船が見つかったらしくて・・・数が数で、避難してきた人がこっちに押し寄せてきているらしいのです。足止めを食いましたね」
「船が襲われた?」
ユニオンが用意してくれた御者の言葉に、瞬が南の空を見る。とは言え、そのままではまだ小さな点としか見えなかった。なので視力を強化してみると、するとそこにはたしかに、魔物の群れが見えた。
「警備隊は何を?」
「一部は避難誘導、残りはあそこに」
「なぜ攻撃を仕掛けないんですか?」
ただただ焦ったような沈痛な表情で船が襲撃されているのを見ているしかしていない様に見えた冒険者達を見て、瞬が少し怒りを露わにする。されているのは散発的に弓矢での援護射撃ぐらいだ。
が、これは仕方がない。射程範囲が数キロ、というのはそもそも魔術師や弓使いぐらいだ。瞬の様に近接も出来て射程1キロ強の遠距離攻撃も出来る、というのは非常に稀だったのだ。そして射程距離であれば弓使いはまだしも、魔術師達には近接系の戦士達への援護もある。まだ援護が出来る距離では無かったのだ。
「出来ないんです。あの距離で器用に船以外を、というのは極限られた弓兵や魔術師だけ、ですから・・・」
「・・・すいません、ちょっと自分も行って来ます。天道。悪いが、そちらは頼む。俺は弁は立たないからな」
「・・・わかりました。会議はこちらで」
「私の方からも遅れて参加する、と言っておきましょう・・・ただ覚悟は、しておいてくださいね」
瞬は少し考えて、桜達に断りを入れる。流石にこの状況で手を拱いている事は出来なかった。しかし、桜も参加、というのは逆に悪手だ。なので自分だけでも、と考えたのだろう。
そうして、瞬は御者の言葉を背に、外へと出る。そして人が多くて満足に動けなさそうなのを見て、一度馬車の屋根に登って壁を蹴って人垣を飛び越える事にした。
「あっちか」
壁を蹴って港の方角へと跳ぶと、更に近くの建物の屋根に登る。まず見極めるのは、状況だ。どうやら魔術師達は船がある程度の距離まで近づいた時点で、かつての『ポートランド・エメリア』の時と同じく氷で足場を創り出すつもりらしい。何時でも氷系統の魔術を海に向けて放てる様に準備を行っていた。
「・・・良し。あの人だろうな」
瞬は状況を見極めて、冒険者達の取り纏めを行っている様子の男を発見する。そうして、彼は屋根を蹴った。
「うん?」
「偶然通りかかった冒険者です。援護します。槍使いですが、この距離なら、自分でも攻撃出来ます。投槍使いです」
「おぉ、そうか。悪いな、まだこの距離じゃあ、大半の奴が届かん。おい、この小僧も前に出してやれ!」
中年の冒険者は瞬が来た理由を即座に理解すると声を張り上げて、瞬を前へ通す様に命ずる。すると即座に人波が割れて、海の前へと通される。
「どうなっていますか?」
戦列に加えられた瞬はまずは敵の状況を問いかける。何をするにも、敵を確認する事から。そして視力であれば、弓兵に勝る者は居ない。瞬とて投槍を使う為に強化はしているが、それでも本職には劣る。というわけで、それを受けて横の弓使いの男が教えてくれた。
「鳥が多いが・・・どうやら南の方の魔物を結構引き連れてきたらしいな。もしかしたら・・・ふっ! どっかで魔物に乗り込まれてたのかもな」
「はい?」
「通信機がぶっ壊れてるんだとよ。中がどうなってるかは不明だ。おまけに周囲の状況が掴めん。だから下手に近付けなくてな。向こうがなんとか近づいてくれるまで、こちらからは近付けんのだ」
弓兵の男は矢をつがえながら、今までの情報を教えていく。それに、瞬は取るべき手を決める。
「使うべきは<<神雷槍>>か、<<雷撃槍>>か・・・<<雷撃槍>>だな」
瞬は二者択一の選択肢から、インドの神インドラが使ったとされる<<雷撃槍>>を使う事を選択する。<<雷撃槍>>と<<神雷槍>>の最大の差は、効果範囲だ。
射程距離もそうだが、面としての攻撃範囲は<<雷撃槍>>の方が圧倒的なのだ。そもそも元来は軍勢に向けて投げる為の物なのだから、当然だろう。そうして、瞬の持つ槍の形が金色の槍へと変わる。
「助かったな・・・ついこの間カルナさんとアルジュナさん、コーチが来てくれて。まあ、お陰でゲイ・ボルグは使いにくくなったが・・・」
瞬はそう呟いて、ほくそ笑む。カイトは常々、地球には地球で名を残した英雄達が居て、彼らの一部とは友誼を結んだ、と言っていた。であれば、疑問がある。その彼らがこちらに来る事は無いのか、と言う話だ。そして答えは然り、である。その彼らがちょっとした考えからエネフィアへとやって来たのだ。
そこで瞬はインドラの息子であり、一つの物語では主人公を務めた程の大英雄アルジュナ、その好敵手であり戦闘技能だけならば彼を超える<<神雷槍>>の使い手カルナ、そして<<刺殺魔槍>>の使い手であるケルトの大英雄クー・フーリンと出会う事が出来たのである。
しかもなんの因果か、このクー・フーリンというのは実は中学時代に彼が懇意にしていた地元の投槍のコーチだった。そこで瞬は彼らから槍の使い方について直々に教えを受けたのであった。
そんな中で、カイトから瞬に<<雷撃槍>>を教えた事を聞いたアルジュナが、わざわざ父インドラから<<雷撃槍>>の本物を借りて持ってきてくれたのである。
そして、今までの自分の使う武器技との違いを把握した。更に強力な一撃を放てる様になったのだ。勿論、今までの物も使える。一撃はデカイが燃費が悪いのだ。
「俺が使っている武器は所詮、カイトが俺達の為に性能を落としたデッドコピーを更に劣化させたモンキーモデル・・・元来はもっと上・・・」
瞬ははじめて見た本物の神々の武器を、思い出す。おまけに触らせてももらえた。実際に使っているのも見れた。お陰で、一気に本物のイメージが固まった。
そうして、瞬は黄金の槍の形を更に形を変形させる。それは、仏教で使われる金剛杵という独特な形だ。とは言え、やはりそれは彼の技量で再現出来るレベルだったので、槍の様に長細い近い形だった。
「こんな所か・・・」
50センチ程の少し不格好な金剛杵を手に、瞬は集中する。それは思わず周囲の冒険者達が唸る程の集中力だった。
「行け! <<雷神の矢>>!」
瞬はかっ、と目を見開くと、投槍に近い形の金剛杵を投げる。それは一条の雷となって直進して、後3キロ程度にまで近づいていた船の遥か上空へと到達すると、雷を魔物たちへと降り注がせる。
雷神の武具による、超広範囲への精密爆撃。本来の<<雷神の矢>>とは単に広範囲を焼き尽くすだけではなく、精密射撃の様に敵だけを狙い撃つ事も出来たのであった。まさに、神々の長インドラが持つに相応しい武器だった。
まぁ、ここまで射程距離を伸ばせたのは本物を見れたが故だ。何時もの彼なら、ここまでは出来なかった。船にとっても瞬にとっても、あの出会いは幸運だったのだろう。
「「「・・・は?」」」
いきなり起きた雷の雨に、思わず弓兵達が矢を取り落とす。自ら進み出たぐらいなのだからかなりの自信があるのだろうな、と思っていたのだが、まさかここまでとは思ってもいなかったのだ。
「ははは・・・すごいな、これは・・・」
驚いていたのは、彼らだけではない。使った瞬自身も驚いていた。思わず頬が引きつるような笑いが出た程だった。実は実戦では初使用で、ここまで見事な攻撃が出来るとは少し予想以上だったのだ。勿論、そういう訳なので手加減もしている。
それなのに、今船の上に屯している半数程の飛空型の魔物を撃墜出来ていたのだ。これがもし<<雷神の矢>>の本物であれば、確実にこの程度は軽く殲滅してみせただろう。
それどころか、船の中に乗り込んだ魔物も倒したかもしれない。と、そんな所に、これを見ても驚きは少なかった先ほどの取り纏めの冒険者が声を上げた。
「これだけ減れば問題ない! 救援の船を出せ! 今なら助けられるはずだ!」
「「「おう!」」」
取り纏めの冒険者の号令を受けて、救援の為の船が冒険者達を乗せて発進する。数が数故にミイラ取りがミイラになる事を恐れて近づけなかったが、これほど減れば近づいても問題は小さい。救助艇を出すのなら、まさに今が絶好の好機だった。
そしてそれと入れ違いになるように、先ほどの瞬の攻撃に触発されたのかそれともそれでこちらに気付いたのか、周囲から集まっていた魔物の内幾らかがレインガルドへと向けて進路を変更する。
「こっちにも来るぞ! 全員、戦闘開始だ! 魔術師連中は海に足場を作れ! そっちが終わり次第、船を海に出すぞ! 援護忘れるなよ!」
「「「おう!」」」
周囲の冒険者達に合わせて、瞬も声を張り上げる。そうして少しの間、彼はその場の冒険者達に混じって戦いを行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第758話『策謀の海』




