第754話 交渉 ――対情報屋――
スイセンを退けてカジノ船へとなんとかたどり着けた楓達は、とりあえずはカイトに言われた通り再び幾つかにバラける事にする。幸いな事に、カジノ船の中は外との連絡を取り合う事は禁じられている。なので他国の密偵達に自分達がここに入っている事に気付かれるのには、暫く時間があるだろう。
というよりも、そういった類の魔術が使えない様な結界が展開されていた。勿論各国情報部はそれを抜いてくるが、少しは安全だろう。情報屋の情報が漏れない様にする為と、何より表向きの稼業であるカジノで要らない事をされるのを厭っての事だった。
「これで、暫くは安全ね」
「ああ・・・」
楓は翔と共に適当にぶらついている様に見せて、数日後のカイトと同じくバーカウンターへと歩いていく。そうして二人はバーカウンターに腰掛けると同時に、ドレス姿のファルネーゼが近づいてきた。獅子の姿では怪しまれるだろう、という判断だった。
「お見事、お二人さん」
「ファルネーゼさん?」
「おうおう。ファルネーゼお姉さん見参だよー・・・あ、見てたなら助けろ、って言葉無しねー」
ファルネーゼは笑いながら、そう告げる。それが、カイトの命令だったからだ。当然だがこれはカイトの依頼である以上、カイトもきちんと監視をしていたのであった。
「マスター。この子達に真っ赤なホワイト・レディ頂戴なー。私にはピニャ・コラーダお願いねー」
「かしこまりました」
バーテンダーはファルネーゼの言葉に頷く。当たり前と言えば当たり前の話だが、秘密にされている情報屋へとアクセスする為の符牒が毎日一緒のはずはない。さらに言えば場所に応じても異なっている。
流石にこれを逐一何も知らない楓達に調べさせるわけにはいかない。なのでファルネーゼが調べてそれを持ってきた、というわけだ。
彼女はカイトの使い魔。そしてここは彼と懇意にするヴィクトル商会の管理下だ。知らないはずがなかった。そうして暫くすると、バーテンダーが一枚の紙とやはり部屋の鍵を持ってやって来た。
「こちらを」
「ありがとー。あ、この子達の部屋に後で飲み物を運ばせてねー。あ、代金は私が持つよ」
ファルネーゼは乳白色のドリンクを片手にしっしっ、と楓達を送り出す。さっさと行って来い、という所なのだろう。というわけで、二人はドリンクを片手に、歩き始める。
「えーっと・・・あの部屋ね」
楓と翔は二人で指示された部屋へと入る。すると、そこには一人のディーラーが待っていた。
「ようこそおいでくださりました。当部屋のディーラーを務めておりますサリアと申しますわ」
二人を出迎えたのは、20代前半の黒に近い青色の長髪を持つ一人の女性ディーラーだ。服装はカジノだからバニー、というわけでは無く、普通にディーラーの服装だ。
「あ、すんません。お金持ってないんで・・・」
「存じ上げておりますわ。何分情報屋は前の依頼人とまだ商談の真っ最中。ですので、情報屋ギルドよりしばしもてなせ、と言いつかっておりますの」
サリアはかなり申し訳なさそうに謝罪した翔に対して、お上品に笑顔を見せる。それは見る者を蕩けさせる様な極上の笑顔だった。おまけに、香水もかなり上質な物を使っているのだろう。高貴な貴族達を相手にする大人の女性、という様な感じだった。
しかも物凄いのは、スタイルだ。確かにティナ程グラマラスというわけではないが、それ故、均整の取れた美の女神の様な姿があった。それは露出の無いディーラー服からでさえ、理解出来た。
色香は無いというのに、思わず恋人持ちの翔でさえ、鼻の下が伸びる程だ。まあ、流石にそれではいけない、と即座に首を振って正気に戻っていたが。
「っと・・・」
「じゃあ、勝負いたしますか?」
「お願いします」
「では、お相手致しますわね。何で遊ばれますか?」
サリアはそう言うと、楓へと問いかける。その問い掛けに、楓はせっかくなのでこちらにしか無いだろう遊びを提案してみることにした。
「こちらにしか無い遊び、というのは有りますか?」
「そうですわね・・・では、『運命の女神』というのは如何ですか?」
サリアは数枚のタロットカード風のカードを取り出す。が、それは裏面に綺麗な絵柄が書かれている以外には、何もなかった。つまり、本来はあるべき数値などを書き記した表面は全て白紙なのだ。ということで、翔も楓も意図が理解出来ず、首を傾げる。
「・・・白紙?」
「ふふふ・・・それが、このカードの面白い所ですの。触れて御覧なさいな」
サリアが差し出した一枚を翔が手にとって、白紙だったはずの表面を確認する。するとそこには月夜をバックに黒い服を着た男が描かれていた。
「あれ・・・?」
「これは魔術のカード。一種の魔道具、ですわ。では、そちらのお嬢様も」
「はぁ・・・」
サリアの促しを受けて、楓も一枚手にとって見る。そして白紙だったはずの表面を見ると、やはりこちらにも絵柄が浮かび上がっていた。それは薄い青色の背景に杖を持った女魔術師だった。そしてその顔を見て、サリアは更に促す。
「交換してみてくださいな」
「「はぁ・・・」」
サリアの言葉に従って、二人は持っていたカードを交換する。すると、二人の見ている眼の前で絵柄が再び先程二人が持っていた絵柄へと変化した。
「「へー・・・」」
これは地球には無いカードだな、と二人は妙に感心する。と、楓が一つの事に気付いた。お互いにお互いが自らを表している様な感じだったのだ。
「・・・もしかして、その人を映し出しているんですか?」
「お察しの通りですわ。これは今はまだ、貴方方の内面の浅い所を映し出しているに過ぎませんの。お嬢様でしたら、魔術師というわけですわね」
サリアは微笑みながら、そう告げる。今はまだ、というのだから、これからがゲームのルールなのだろう。
「一人につき、三枚。このカードを手にとって、この台座の上に載せますの。すると・・・」
サリアは自らがディーラーの絵柄が描かれたカードを一度見せて、更に三枚のカードを手にとって見せる。そうして、それを裏返しにして台座の上に三枚上に乗せた。
「この台座の上では、出す時の絵柄がそのまま保存されておりますわ。で、自動的にひっくり返せる様になるわけですわね」
サリアはそう言うと、カードをひっくり返させる。そうして現れたのは、勇ましい男性、虹、赤子を抱いた母の三枚だ。
「・・・このように、複数の絵柄で保存される、というわけですわね。この二枚の組み合わせで、勝負をするんですわ。三枚出したのはわかりやすくする為に、とお考えくださいな。まあ、三枚で争うルールもありますが、それはより複雑ですわ。今は、そういう物もある、と」
サリアはそう言うと、カードの組み合わせの一覧を提示する。それはかなりの種類があって、一度に覚える事は流石に難しそうだった。しかも同じ手札でも色によって強弱が変わってくるらしい。
まあ、はじめて触れるゲームだ。そもそもルールを完璧に覚えるのは難しいだろう。聞けば全部覚えている者は稀で、この表は常に勝負者の前に表示されているらしい。そうして更に疑問に思うのは、どういう基準で絵柄が選ばれるのか、だ。
「絵柄はどういった基準で選ばれているんですか?」
「気分、ですわ。その時の貴方様の気分次第。勝ちに行くのなら、ここの勝利を手に取る者。負けない様にするのなら、ここの守る者。栄光を手に入れたいと願うのなら、ここの栄誉を掴む手。勝負の時の貴方が思い浮かべる感情そのもの。それを、戦わせるんですわ。コツとしては、その時の感情だけに流されるだけではなく、しっかりと感情をコントロールして時には益体のない事を考えるのも、重要ですわね」
サリアの言葉に、楓と翔は自らの前に展開された役柄の一覧を見る。すると、そこには確かに勝負に関係が無い様な食事を表す札や、果ては死神なんてものもあった。つまり、感情に流されず欲しい絵柄を想像しろ、という事なのだろう。
「勝敗の基準は、ここに描かれている通り。まあ、物は試し、とやってみた方が早いでしょう。どうされますか? なんでしたら、簡易的なルールのゲームもございますし、今ではそちらが一般的ですわね。元々これは占いの道具でしたもの。種類は多すぎてゲームには向いていないのですわ」
「・・・せっかくだし、お願いします。あ、ルールは簡単な方で」
楓と翔は一度顔を見合わせると、こんな魔術の絡んだ遊びは確かに異世界独特な物だろう、と体験してみることにする。そうして、暫くの間、二人はサリアとの勝負を行う事になるのだった。
勝負が十数回を数えた頃。そこでサリアは勝負の手を止めた。そうして無線機らしい何かに耳を当てて、何かを聞いていた。
「どうやら、先の依頼人との商談が纏まった様子ですわね。お嬢様は中々にお上手でいらっしゃいました。お坊ちゃんも中々、と。今回は相手が悪かった、という所ですわね」
「はぁ・・・中々に疲れるんですね、これ・・・」
サリアの言葉に、カードを返しながら翔が告げる。何も考えないわけではない。相手がどういう心情なのかを読み、更にその上で自分が勝てる手札を探っていくのだ。しかも、感情の揺らぎで手札が変わってしまう事もある。
非常に高度な心理戦だった。そう言う意味でいえば、頭の回転が早くてポーカーフェイスな楓は中々の強者だったらしい。
「そうですわね。『運命の女神』の名が示す通り、何も考えずにやればその人の運命を表している、とさえ言われますわ。元々はそうやって占う道具、らしいですわね」
翔の言葉に、手早く後片付けをしながらサリアが頷く。そうして、彼女は後片付けを終えると、一つ頭を下げて後ろへと下がる。そうしてそれと同時に壁の一部がくるり、とひっくり返って、一人の男性が姿を露わにした。
「申し訳ない。前の依頼人が長引いてしまった」
現れたのは、数日後にカイトが出会う情報屋ギルドとは別の幹部だ。こちらは更に上の幹部だ。カイトの正体も知っている。カイトからの依頼によって、更に上の幹部が動いていたのだ。姿を見せたのはお詫び、という所だ。長々と待たせてしまった以上、姿を見せるのが礼儀と捉えたようだ。
「それで、依頼は? 何が欲しい?」
「これを」
楓は自分達の前に座った幹部に対して、カイトから預かった符牒を手渡す。それは前に依頼した情報を受取る時の情報屋ギルドが持つ一種の鍵の様な物だった。依頼人かそれに準ずる者が手に取った場合だけ、これが光ってくれるのである。というわけで、今は光り輝いていた。
「・・・38番の戸棚・・・」
情報屋ギルドの幹部はそうつぶやくと、少しだけ目を閉じる。これは彼独特のやり方で、記憶に通常は封印を施しているらしい。今のは自己暗示による封印の開封のサイン、という様な所だろう。
魔術で記憶を抜き取られた所で、彼が開封しなければ中身の情報は封印されたままだ。情報屋として情報を頭の中にのみ残す彼らのやり方だった。
そうして、そんな彼は3センチ程の円形の魔道具を手に取った。記憶を文章化する為に使う特殊な魔道具だそうだ。
「これが、依頼の品になる。代金は前金で半分は受け取っていると記憶している」
「ありがとう。これが、依頼人からのもう一つの符牒よ」
「確かに、受け取った・・・問題ない」
楓は魔道具を受け取ると、それをしっかりと懐の中にしまい込んで、更に別の魔道具を手渡す。こちらは依頼料が入った財布のような物だ。こちらも、情報屋が依頼人に対して渡している特殊な物だ。金品の受け渡しさえ見られたくないのであった。それを幹部が確認したのを見て、楓は密かに内心で胸を撫で下ろす。
これで後はファルネーゼにこれを渡せば、終わりだった。そうして、それを受けて更に幹部の男が口を開いた。彼は情報屋。楓達が来る事も知っていたし、カイトから別に言い遣っている事も把握しているのであった。
「それだけかね?」
「後、もう一つ。天桜学園についての情報を・・・仕掛けられている策略についての情報を頂戴」
楓は少しだけ緊張を滲ませながら、そう告げる。ここからが、彼女の腕の見せ所だった。
「ふむ・・・幾ら払うかね?」
「おいくら?」
「ミスリル銀貨300枚だ。それ以下は無い」
「なっ・・・」
幹部の言葉に、翔が絶句する。あまりにぼったくっている。そう言う風にしか思えなかった。これは日本円にして、およそ3000万円だ。物凄い暴利だろう。
が、これは当然だ。なにせ彼らが集めてきた情報を全て渡せ、と言ったのだ。総経費などをひっくるめれば、それぐらいは軽く必要だろう。
とは言え、勿論こんな額を赤貧の冒険部が払えるはずがない。そしてそれぐらいは、彼らも把握していた。だからこそ、彼は笑顔で首を振った。
「まあ、無理だろうな。諦めたまえ」
幹部は聞かれたから値段を答えただけだ。別に情報を売り払うつもりは無かった。そして、ここまでは楓もティナから聞かされていた。なればこそ、迷うことも無く楓が切り出した。
「じゃあ、買って欲しい物があるわ」
「ほう・・・」
幹部は情報屋ではあるが、同時にヴィクトル商会の幹部でもある。それ故、珍しい物であればその対価として認める事が無いわけではない。特に日本の美術品であれば、好事家は高値で買い取ってくれるだろう。だからこそ、彼も楓の提案に僅かに乗り気になった。
「まずは、これよ。日本の有名な画家が書いた水墨画ね」
「ほっ・・・」
ここでの情報の有無は、明日の天桜学園の命運を左右する。というわけで、天桜学園は今は使われていない理事長室に飾られていた水墨画を提供する事にしたのだ。使われていないのだ。売り払って買える為の足しにしたほうがよほど有効活用と言うべきだろう。桜の祖父とて何も言わないはずだ。
これは日本で買えば数百万はするだろうかなり高価な品だった。そしてそれ故、喩え異世界の幹部にもこの素晴らしさは理解出来たらしい。思わず唸る程だった。
だが、まだ足りない。彼はヴィクトル商会の幹部でもあったが故に、この絵の価値もしっかりと理解出来ていたのだ。日本で見た価値が見えればこそ、もう一声行ける、と踏んだ。
「確かに、良い品だ・・・が、もう一声ほしいな」
幹部はそう言うと、一応交渉には乗る、という姿勢を見せる。最悪はこの一枚だけでも良いが、今はこちらが圧倒的に上なのだ。取れる分は取らねば損だった。カイトが言っていた通り、足元を見てきたのだ。とは言え、これ以上楓は出さないで良いのなら、出さないで済ませたい。
「じゃあ、一つ。買って欲しいモノがあるわ」
「ふむ?」
「先程の暗殺者の生命。それを、買い戻して」
「・・・は?」
楓の言葉に、きょとん、と幹部が目を丸くする。一体何を持ち出すのか、と思えばいきなりの発言だ。一瞬理解が追いつかなかったらしい。
「先程、ここに来る直前の話よ。私達はあなた達の協力者であろう暗殺者ギルドの暗殺者と遭遇して、交戦。これを撃退したわ。その生命は、彼だか彼女だかわからないけど私は預ける、と言った。それを、買い戻してもらいましょう」
「・・・いや、それは道理に合わないだろう。そもそも我々が仕向けた、なぞ何処に証拠がある」
幹部は気を取り直して、ため息混じりに首を振る。確かに、彼女の言っている事は間違いではない。あそこに密偵を配置したのは彼らの指示だ。負かされた事自体、彼も報告を受けていた。
どれだけの足元を見るべきか、彼らの実力はどの程度か、と情報を得ておく為に仕掛けたのだ。情報こそが生命である彼らにとって、冒険者の戦闘能力の情報は何より最重要の情報だった。顧客はこれ求めて情報屋にアクセスするのが大半なのだ。これがなければ、情報屋の意味がない。
とは言え、それは掴まれてはいないはずだ。なればこそ、ここは知らぬ存ぜぬを通すべきだった。が、ここらまだ、楓が頭が良かった、と言うべき所なのだろう。なぜそう判断出来たのか、というのが指摘出来たからだ。
「証拠? 証拠なら簡単よ。私達を殺そうとしなかった。それに過ぎるわね」
「?」
指摘された事の意味が理解出来ず、幹部が首を傾げる。
「あなた達だけが、私達を殺す意味が無い。いえ、殺せない。あなた達は私達を殺してはならない理由がある。勇者カイトの勘気だけは、買えない・・・違うかしら」
「っ・・・」
図星。幹部の顔に驚愕が浮かぶ。そして楓の言葉で、なぜ自分達だけが容疑者なのか、と言う事も理解出来た。彼らだけしか、あの場に冒険部への密偵を配置出来て勇者カイトの正体を知っている所が無いのだ。
もう一つヴァルタード帝国もあるが、それはカイトとの会談を控えている。そちらを考えれば、ここで強襲まがいの事をする意味が無い。こんな強襲紛いの事をしてわざわざ揉める要因は作りたくはないだろう。
更には彼らは今日カジノへと行く事は知らないだろう。まるで見通しているかの様にカジノへの通路の前に密偵を配置は出来ないのだ。となれば、ここまでが既定路線であった情報屋達しか、こんな事は出来ないのであった。
「・・・だが、それでも暗殺者の生命を買い戻す理由にはならないな」
幹部は改めて気を取り直して、しかしダメだ、と言い張る。が、これに次の瞬間しわがれた声が部屋に響いてきた。
「あははは! いや、構わん! くれてやりな!」
壁の一部が再びくるり、と回転して、老女が姿を現す。そうして、交渉は老女の登場でようやく本格的な物へと移動する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第755話『情報屋の長』




