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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第44章 過去からの使者

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第753話 影との戦い

 ファルネーゼの来訪から、翌日。楓と翔は数人の冒険部の冒険者達と共に、浮遊都市レインガルドに横付けしているカジノ船へと出発する事にしていた。


「うおー・・・あれ、なんなんだ、と思ったけど、カジノだったのかー・・・」


 一人が、思わず唖然となる。大きくて煌めく飛空艇だな、とは思っていたが、それこそがヴィクトル商会の運営するカジノ船だった。規模は大凡300メートル。高さは60メートル。個人所有の飛空艇としては、有数の規模だった。


「で、どうなの、山岸」

「・・・駄目だな、こりゃ・・・悪い。完全に見張られちまってる」


 楓の問い掛けに、翔が申し訳なさそうに小さく首を振る。彼が探っていたのは、密偵だ。それも、自分達を付け狙う密偵だった。これは致し方がない事なのだが、この間の一件でどこかの密偵に気付いている事に気付かれた。

 そしてそうなれば、他の密偵達にもそれが気付かれていると考えるのが妥当だ。あれからは基本的に上層部には常に密偵が張り付いている様な状況だった。ということはつまり、今もまた、その密偵が張り付いているわけであった。


「・・・どうにかして撒きたいわね・・・」


 このまま密偵に常に張り付かれている、というのは非常に有り難くない。別にカジノの中に入る所を見られる事そのものには問題が無い。が、問題なのは中に入り込まれる事だ。

 どんな情報を得たのか、など聞かれるのが一番嫌だった。そこら、情報屋も対処してくれるらしいのだが、問題はその後だ。帰り道に手を出される可能性があるのが嫌だった。何処に行ったのかわからない様にしたい、もしくは捕らえておきたい、というのが正直な所だ。


「・・・全員、スマホ出して。幾つかプランを考えたわ」


 暫く考えた楓が、ようやく答えを出す。監視はされているが、監視している、ということは何がしたいかわからない、という事でもある。ならばそれを逆手に取れば、手は無いではないのだ。


「なんでスマホ?」

「口に出して読唇術とかされると面倒だからよ」

「なるほど・・・」


 同行する生徒達が、思わず納得する。翔も実は読唇術を学んでいる。まだ習得途中で完璧ではないが、それでも僅かにならば判別出来るらしい。であれば、専門職である密偵達が出来ない道理は無い。

 であれば、口も手も動かさなければ良いのだ。スマホには覗き見防止の対策が施されている。少々手間が掛かるが、便利な手だった。


「・・・」

「・・・」


 一同はとりあえず、スマホで作戦会議を行い始める。そうして、それが終わり次第、密偵達に張り付かれながらも、旅館を出て移動を開始するのだった。




 移動を開始してから、30分程。楓達は数組に分かれて行動していた。


『そっちはどう?』

『感じない・・・と思う』


 楓の問い掛けに、生徒の一人が答える。幸いと言うか当然と言うか、生徒全員に密偵を貼り付けられる様な余裕はどこにも無い。というよりも、そもそも冒険部の優先順位は他国に比べれば遥かに落ちる。連れてこれる人員に限りがある以上、どこかで切り捨てなければならないのだ。

 なので出入りや幹部の動きこそ監視されているが、普通の一般の生徒達にまで密偵を貼り付けられる事は無い、と楓は読んだのだ。そして案の定、監視が貼り付けられているのは楓と翔だけだった。


「これで、良し。すいません、わざわざお店を・・・」

「あはは。構いませんよ。どうせ来るのは子供達だけですからね」


 桃李が近所の子供の服の裾直しをしながら、楓の言葉に首を振る。今楓が来ていたのは、桃李の店だ。そこで駄菓子を食べて、他の動きを待っていたのだ。

 何をする為に外に出たのか、というのは誰にもバレていない。そもそもそれが露呈する様な事はしていない。カジノへ行く事は想定されていても、何時、誰が行くか、というのはわかっていない。おまけに言えば、誰と誰がどういう関係で、なぞまだ完全には判明していないだろう。

 であれば、今日の彼らは休暇である事を装う事にしたのである。密偵達が気を抜いてくれる事を期待しているわけではないが、それでも他への監視の目は緩むだろう。翔も別の所で一人休暇を装っている所だ。

 更にはソラに協力を依頼して、出来る限り暇な冒険部の冒険者には外に出て気晴らしをするようにしてもらっていた。これで、どれが本命かなぞわかりっこない。手が限られる以上、どうしようもないのだ。その間に、他がトラップを仕掛ける事にしたのである。


「まあ、悪い手では無いのう」


 そんな二人に、武蔵が告げる。幸いと言うかなんというか、武蔵との伝手は得られている。なので弟子の一人に見回りの最中に接触して、彼に協力を依頼したのだ。武蔵も天桜学園からの依頼であれば、二つ返事で快諾してくれた。


「メンテナンス通路を通りたい、か。さしもの密偵達もメンテナンス用の通路にまでは入れんからのう。あそこの出入り口は儂らが全て管理している。であれば、バレずに入るなぞ夢のまた夢よ。一瞬だまくらかした後に、メンテナンス通路を通って一気にカジノへ、か」

「はい」


 この後の顛末を口にした武蔵に、楓が頷く。彼女の考えはまさにそれだった。監視されているのなら、監視されているで良いのだ。それを逆手に取る。そうして暫く話をしている内に、SNSに似たアプリに連絡が来た。


『準備完了』

「・・・良し。じゃあ、ありがとうございました」

「今度は、服も見てくださいね」


 楓は頭を下げて、桃李へと別れを告げる。武蔵と彼女が合流したのは、勿論理由がある。楓がかなり頭が良い事は誰もが知る事だ。であれば、密偵達もその程度は知っていると考えられる。

 だからこそ、過去の話を聞きに来た体にして、合流したのだ。実際、少しは過去の話を聞いていた。武蔵曰く、密偵達も日本の話となると流石に興味を抱いたらしく、少し注意が疎かになっていた様であった。


「では、頑張れよ」

「はい」


 武蔵と暫く歩いた楓は、翔と合流してそのまま武蔵と別れる。すると当然、密偵達も一つに集まる事になった。


『準備』


 楓はポケットに手を入れて、入力履歴を利用してそう入力する。後は所定の場所にさえ移動すれば、終わりだ。そうして、楓と翔は小さくうなずき合って、歩き始める。

 向かう先は、街の数カ所に設置されたメンテナンスエリアへの入り口だ。すでにカジノへ行く他の生徒は監視が無い事を良いことに、中に入っていた。出入りを見張る見張りは顔見知りだ。何の問題も無かった。そうして、それが近づいた頃に、楓が合図を送る。


『今』


 次の瞬間、周囲に結界が展開される。武蔵に頼んだのは、この結界が展開された後に違和感を見逃してもらえる様に警備隊に口利きを頼んだのであった。

 武蔵の言葉であれば、結界の展開に気付いた冒険者達も気にしない。街の住人達が何かをするのだ、と思ったからだ。というわけで、それを知らされていなかった密偵達は多いに目を見開いて、驚きを露わにした。


「なんだ!?」


 展開したのは、どうということのない簡単な結界だ。ただ単に展開されている隠形を解除する為だけの物だ。それだけに特化した術であるが故に、これは安価かつ強力だった。冒険部上層部に貼り付けられた密偵程度であれば、簡単にその隠形を砕く事は出来た。

 そしてそうであればこそ、密偵達は姿を晒されて敵の次の一手に警戒するしかない。密偵の姿を晒すなら、次に考えるのは密偵の排除だからだ。

 だが、楓達が狙ったのは、その一瞬の隙だ。その隙に、楓は予めティナから学んでおいた式神を使用する。それは精巧な楓と翔の分身となり、一気に走り出した。


「っ!」


 こちらの警戒を誘うだけ誘って、その一瞬の隙を突いて逃げるつもりだ。ある意味間違いでは無い判断を密偵達が下す。そしてそうであれば、追いかけるしか手は無い。密偵達は姿を大急ぎで隠し直すと、ぐんぐんと距離を離す二人を追いかけ始める。


「やっぱり。幾らプロでも、こればかりは判断出来ない、と思ったのよ」


 ひらひら、と楓は式神の紙をはためかせる。これは冒険部では秘中の秘とされている物だ。なにせ日本の魔術だ。カイトとティナの正体を知っている者の中でも、楓と桜しか使えないまさに切り札の一枚だった。


「おし。急ぐぞ」

「ええ」


 如何に密偵達でも、自分達の知らない事までは思い至る事は出来ない。更には焦っていることもあって、まだ二人が簡易な結界の中に潜んでその場に待機していた、なぞ思ってもみなかった。一瞬全ての密偵達の視線が外れた瞬間に、二人は結界の中に潜んだのである。

 そうして、密偵達の視線を全て外れた二人は暫く分身達に追っかけっ子させながら、自分達は監視の目の無いメンテナンス用の通路を通って、他の生徒達と合流する事にするのだった。




 それから、少し。楓達は何事もなく、メンテナンス用の通路を進み続ける。が、やはり俄仕込み、というのは否めなかったのだろう。出口に近づいた所で、翔が顔をしかめた。


「・・・あー・・・これ、多分・・・」

「何?」

「出入り口、一人居る」


 翔は忍者風の防具を身に纏うと、ヘッドセットを使って更に熱源を感知する。魔術でも全てを完全に隠蔽出来るわけではないのだ。


「・・・やっぱな。どうにも出るには戦わないと無理っぽい」

「密偵なのに?」

「ああ・・・」


 翔は何ら根拠の無い事だが、密偵が堂々と立ち塞がっている事から、そうだ、と判断する。姿を隠すべき密偵が姿を晒しているのだ。そうとしか考えられなかった。


「武器は・・・私の杖と、山岸の小手だけ、ね・・・護身用の道具が通じる相手でもなさそうだし・・・」


 戦う云々以前の話だ。なにせ武器らしい武器はその2つしか無いのだ。そして切り札である式神は流石に警戒されている、と見て良いだろう。であれば、もう使えない。奇策は初見だからこそ通じるのであって、二度目は効果が薄れるのだ。


「・・・」


 暫くの間、楓は敵とどう戦うかを考える。いや、正確に言えば、どうやって敵から逃げるか、だ。まともにやって勝てるとは思わない。ならば、何らかの策を弄しなければならないだろう。


「今ある手札は・・・山岸。確か<<幻影体(ミラージュ・ボディ)>>は出来たわね?」

「ん? ああ。まあ・・・でも、普通にここに来れる様な奴なら、効果は無いと思うぞ?」


 <<幻影体(ミラージュ・ボディ)>>。それは自らの幻影を創り出す(スキル)だ。今の翔であれば数こそ創り出せるが、その代わりに精度はお察し、という程度だ。彼らの策略を見抜く程の腕前であれば、見抜けぬとは思えなかった。


「・・・」


 それは道理だ。だからこそ、楓は少しだけ考え始める。そして、思い違いに気付いた。というわけで、再び楓はスマホを使って、作戦を伝達していく。


「これ・・・本当に通じるのか?」

「通じてくれなければ困るわよ」


 冒険部の冒険者の疑問に対して、楓がため息混じりに首を振る。当たればめっけもん、という程度だ。が、これ以外に最良と思える方策もない。仕方がないのだ。そうして、一同は歩いて、カジノへの出入り口へと向かっていく。


「・・・本当に堂々と立ち塞がってるな」


 出入り口へと繋がる最後の広間にて、完全に風貌を隠した男とも女とも分からない人物が立っていた。武器を構えている風も無く、かと言って何かをする気配も無い。

 が、にじみ出る気配から、一つの意思が見て取れた。それは、ここから先は行かせない、という様な意思だ。まるで門番かのようだった。


「私達を見張っていた密偵の一人、で良いのよね」


 楓の問い掛けに、密偵が無言で頷く。声を発しないのは、自分を悟らせない為だろう。密偵で唯一わかるのは、アメシスト色の目だけだ。それ以外は肌の色さえもわからない。


「姿を晒す・・・その意図は?」


 楓の問い掛けに対して、密偵はやはり何も発しない。まるで気配から察しろ、と言わんばかりだ。そしてそうであるのなら、やはり立ち塞がるのだろう。


「・・・<<水陽炎(ミラージュ)>>」


 敵の意思を見定めた楓は、自らが持つ幻影を生み出す魔術を使う。原理的には普通の陽炎だ。そしてそれと同時に、翔や分身を創り出せる冒険部の冒険者達は全員、分身を生み出す。が、やはり密偵は動揺を見せない。この程度ならば、見抜けているからだ。


「おい」

「おう」


 翔の号令で、冒険部の冒険者達は密偵へと肉薄する様な動きを見せる。それに、密偵は身構える。来る以上は迎え撃つ。それが彼の今の仕事だ。

 そうして暫くの間、分身に混じった実体達が拳を交え合う。幸いな事に、この密偵は持ち合わせているだろう武器を使ってくれる事は無いらしい。時間稼ぎの様子も見て取れた。


「・・・試されているか、それとも時間稼ぎか・・・」


 試されているのなら、まだ良い。だが時間稼ぎであれば、碌な事にはならないだろう。であれば、この戦闘は速攻で決めに行かねばならないだろう。なので楓はそこで、次の一手を打つ。


「っ!」


 響いた小石の音に、密偵の動きが一瞬だけ止まる。いきなり響いた音にびっくりした、というよりも音の発生源がわからず困惑した、という所だろう。これは翔が貰った小手の音響弾だった。

 これの良い所は、発射場所がわからないことだ。その特性上音がどこで鳴っているのかがわかっても、弾の発射場所はわからないのである。カイトやティナ達超級と言われる者でなければ、見切れない程だった。


「っ!」


 だが、密偵とてプロだ。であればこそ、先程の一件と合わせてこれが陽動である、とは本能の領域で気付いていた。というわけで分身に混じって気配を消して密かに近づいていた一人に気付いて、その両手に込められていた昏睡の効果が付与された拳を強引に打ち消した。


「っ・・・」


 が、それこそが、命取りだった。次の瞬間、彼は首筋に何かが当たる感触を受けて、ぐらり、と前のめりに膝を屈する。それは、翔の小手の機能の一つ、麻酔弾だった。


「今の内に突破! あなたの生命、今は預けます!」


 楓の号令が響き渡る。それを受けて、一気に全員が離脱して、カジノ船へと駆け込むのだった。




 一方、彼らがカジノ船へと駆け込んだその瞬間。なんとか意識を失わないまでも行動の自由を奪われていた密偵の所へと、黒い影が2つ舞い降りた。そうして、ばちん、という音が鳴り響いて、密偵の動きを制限していた昏睡の力が消え去る。


「ホムラか・・・すまない」

「油断したな」

「見事してやられた、と言ってやれ」


 声からすると、楓達と戦った密偵は女だったらしい。ホムラと呼ばれた男の密偵に対して苦笑を返す。これは、テストだった。本来ならば毒を塗り込んだ短剣で早々に殺す事も出来た。が、依頼人からの依頼により、テストに留めたのであった。


「スイセン・・・何があったかわかっているか?」


 どうやら舞い降りた最後の一つは、こちらも女性らしい。そして同時に、立ち塞がっていた密偵はスイセンというらしい。全員、コードネームの様な物だろう。


「ああ・・・背筋に何かがあたる感触があった。魔弾の類だな」

「分身が囮。それを逆手にとって、両腕が塞がった瞬間に、もう一人伏せておいた少年が小手から何かを発射していたな」

「なるほど・・・」


 スイセンはもう一人の女の密偵から何があったかを理解する。実は、翔の小手は翔が持っていたのではない。別にスカウトを特化している冒険部の生徒に手渡して、幻影を囮に部屋に入らせて気配を消して潜んでもらっていたのだ。なので小石の音響弾を発したのも、この生徒だ。

 そして後はこちらの策を見抜いた、と思い込んだ次の瞬間に、首筋に向けて麻酔弾を発射して貰ったのである。敵がテストをしてくれていたお陰でなんとか成立した、本当に綱渡りの作戦だった。


「では、報告に戻るぞ」


 ホムラの言葉に、他二人も頷く。そうして、彼らもまた、カジノ船へと入っていくのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第754話『交渉』

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