第751話 偵察兵のお仕事
大陸間会議が始まって、数日。この日もこの日で、ソラ達は何時も通りに警護任務に就いていた。と言っても警護すべき所は旅館周辺だけで、その外は警護対象外だ。外についてはユニオンに所属するまた別の冒険者達が巡回してくれている。そんな時だ。翔は、一つの事に気付いて、ソラ達を集める事にした。
「・・・視線、感じるよな」
「視線?」
「感じね? 視線・・・ずっと、こっちを見てる様な・・・」
翔の言葉に、ソラが首を傾げる。一応、彼は桜や瞬達の警護の総責任者だ。なので周囲には一際気を遣っていた。そんな二人に、ティナが答えた。それは当然といえば、当然の話だ。
「そりゃ、感じて当然じゃろ。何人の密偵がこの街で蠢いておると思っておる」
「へ? ああ、なるほど。そういうことか」
「・・・なあ、なんとかした方が良くないのか?」
納得した翔を見て、ソラが提案を行う。見張られているというのは、良い気はしない。何もしてこないとも限らないからだ。そして、カイト達が何かをしているとは聞いていない。聞いていないだけで何かはしているだろうが、だ。
「お主らで考えよ。余らは大した提案はせぬよ」
ソラの提案に対して、ティナが丸投げを明言する。今回、彼らには自分達だけで活動して貰うつもりだった。そうしなければならない時期に来ていたのだ。
「うーん・・・じゃあ、どうするべきなんだろ・・・」
ソラが考え始める。考えるべきは、どうやって密偵からの視線をごまかすか、ではない。どうやって中に入り込まれないか、だ。その為にも、まずは何処に誰が居るのか、というのを聞いておかねばならなかった。
「何処に居そうなんだ?」
「うーん・・・」
翔はソラの言葉を受けて、周囲を見回す。見えるわけではない。だが、視線を感じるからこそ、わかることがあった。
それは周囲を見回した時に、そちらを向くと気配が変動する事だ。どう足掻こうとも相手とて人なのだ。対象がこちらに向いた、となるとどうしても揺らぎが生じてしまうのである。そして曲がりなりにも翔は偵察兵だ。その視線にこそ、敏感にならねばならない。相性の問題で気付けたのである。
「やっぱ、屋根の上、だよな・・・」
「屋根の上、ですか?」
「ああ、うん・・・やっぱ屋根の上は監視し易いからか、そっちに数人・・・でも、正確な数はわかんない、かな・・・」
桜の問い掛けに、翔は隣近所の屋根を見る。するとやはり、その瞬間に僅かに気配が揺らぐ。が、次の瞬間、視線そのものが消えた。
「あ・・・逃げた」
やった、と内心で翔がほくそ笑む。だが、それにどちらにもティナが苦言を呈した。
「愚か者。安易に見過ぎじゃ」
「へ?」
「もう二度と、そこには来んじゃろうよ。密偵を見てはならぬのよ」
「あ・・・」
せっかくこちらに気付かれていないウチに、敵に気付けていたのだ。これで相手は更に警戒してくるだろう。安易に動いた結果だった。そこに、翔も気付いた。
「やっちまった・・・」
「やれやれ・・・と言うように、密偵相手には気付いても安易な行動は避けよ。まあ、どちらにせよ屋上に位置する密偵なぞ、たかがしれておるがな」
落ち込む翔に対して、ティナは改めて明言する。それに、半ば落ち込んだ翔が問い掛けた。
「屋上、駄目なのか?」
「時によりけりじゃが・・・この場合は駄目に決まっとろう。普通に屋上なぞ、誰が考えても見晴らしの良い絶好の監視ポイントではないか。相手が見える、という事はこちらからも見れる、という事に他ならん。見付かってはならぬ密偵が見付かる場所に立つなぞバカではないか・・・お主がよほど隠形に優れておる自信を持っておるのなら、良いのじゃがな。そんな一番見やすいポイント、余であればまずどんな密偵が来るか、と密偵を監視する為に監視を置くだけにして陣取らぬよ」
「き、気を付けます・・・」
ティナからの苦言に、翔がとんでもなく落ち込む。今まで彼は出る度に街では背の高いビルの屋上を絶好の監視ポイントとして設定していた。まず確認するのが、そこからだった程だ。
そしてこれは間違いではない。相手が敵対者や監視でない限りは、これで良いのだ。とは言え、それ故にティナの言うことも道理だろう。よほど隠形に自信が無い限りは、敵に見付けてくださいと言っている様な物だった。
「じゃあ、何処が一番最適なんですか?」
「自分で考えてみい。何でもかんでも答えをねだるな」
翔の答えを否定をしたティナは、桜の問いかけにその上で更に自分達で考える様に告げる。ちなみに、こういったティナだが別に屋上から監視するのが悪い、と言っているわけではない。
敵に応じて使い分けろ、と言っているだけだ。監視する場合や集団戦であれば屋上に立つな、と言っているだけだ。監視をするなら見晴らしの良い場所に行くだろう事ぐらい全員が考える。ならばそこを狙うのが上策だからだ。だから、一番良いポイントは腕利きほど陣取らないのだ。そこに同業他社が来る事が目に見えた話だから、である。
「まあ、とは言え。ヒントぐらいはくれてやろう。密偵とは誰も考えぬ場所に潜むからこそ、意味があるのよ。誰もが考える場所に潜む密偵なぞ二流も良い所よ。誰もが考えぬ場所にこそ、死角が存在する」
「誰もが考えない場所・・・?」
ティナの言葉に、一同が首を傾げる。誰も考えないからこそ、そこに潜める。これもまた道理だ。だが、それではどうやって考えれば良いのか、となってしまう。
「それ・・・どうやって見付けるんだ?」
「気付け。発想しろ。想像しろ。常識を捨てろ。馬鹿馬鹿しい、その考えを捨てる所から、全ては始まる」
ティナは最後のヒントとして、それを明言する。そうして暫くして答えを出したのは、ソラだった。
「・・・この部屋の中、とか?」
「はぁ?」
ソラの言葉に、全員馬鹿馬鹿しい、という顔になる。だが、この馬鹿馬鹿しい、という答えこそが、ティナの望んでいた物だった。
「ビンゴ。それも、有りじゃ」
「「「へ!?」」」
「やり」
一同の驚愕を横目に、ソラがぱちん、と指を鳴らす。勿論、考え無しというわけではなかった。というわけで、ソラがその考えを開陳する。
「いや、だって一番秘密の話する、ってなると、やっぱ部屋の中じゃん。じゃあ、そこに居たいんじゃないかな、って」
「うむ、そういう事じゃな。普通、部屋の中に潜むとは考えまい。それ故、部屋の中では誰もが油断する・・・勿論、警備が張り巡らされた部屋の中故に一流程度しか入り込めぬじゃろうがな。逆に入り込めば、後は楽なのよ。相手は気を抜いておるからな・・・まあ、相手も超一流の場合は、殺される可能性が出て来るから下策かあまり良い手では無くなるんじゃが・・・お主ら程度ならば、上策じゃろう」
「なるほど・・・ん? ってことは、俺らってもしかして・・・何処も安心出来る所ない、って事か?」
「「「あ・・・」」」
翔の言葉に、全員がはたと気付く。これはつまり、何処にも逃げ場が無い、という事なのだ。
「まあ、そうなるのう」
「とは言え、それなら対処しているわ」
笑顔のティナと、実は一人先んじて答えを知っていた楓が、口を開く。勿論、これにはティナも気付いている。であれば、対処していないはずはなかった。その対処に、楓を駆り出したのであった。
「どういうことですか?」
「結界よ。全部とはいかないけれど、最上階の各部屋には結界を展開したのよ」
「ということは・・・ここは安全、って事か?」
「そうじゃな。ここは、安全じゃろう。まあ、そう言っても外から覗かれる分には、如何とも出来んからのう。そう言う意味では、会議の間にカーテン閉じるの忘れるな、というのが注意事項じゃな」
ソラの問い掛けを受けたティナは、そこの所は明言しておく。一応、そこらの対処もした結界を展開することは彼女であれば出来る。出来るが、それが出来て当然か、と言われればまた別の話だ。普通は出来ない。ならば、出来ない体を装う必要があった。
下手に動けば、こちらに魔王ユスティーナが居る事が露呈してしまう。それではせっかく情報屋に頼んで隠蔽してもらっているのに、無意味だった。
「と、言うわけでとりあえずお主らはこの旅館内は安全と判断して良いわけじゃ。では、次に気になるのはどこかのう?」
「次?」
「うむ、次じゃ。まず、旅館内が無理となった。そして腕利き共であれば、屋上に座する事はない・・・では、次はどこを監視ポイントとするか、じゃな」
当然だが、一つ無理になったから、と言って監視を諦めてくれるはずがない。多少警備が強化されていようと、それでも敵陣に入り込むのが密偵の仕事だ。そして、これには楓が答えた。
「簡単よ。木を隠すには森。変装すれば良いのよ・・・貴方達は学園生の150人以上の全員の顔と名前が一致してる? 出入りする人の顔が全部一致する? 無理よ、そんなの」
「これ、簡単に明かすでないわ」
ティナが少し苦笑気味に正解、と言外に告げる。そう、何も奇を衒う必要なぞ無いのだ。入り込んでも問題ない様にしてしまえば、誰も気にしない。
なにせ天桜学園の関係者だけでも150人だ。それに各国の大使の使者達が出入りしたり、とかなり人の出入りは激しい。少し変わった人物が居た所で、誰も不思議には思わないのだ。
現在のレインガルドには世界中の人が出入りしている関係で、この近辺にも多種多様な文化が入り乱れている。誰が近くに居ても疑問には思われないのだ。堂々とした密偵程、発見出来ない奴らはいない。
「まあ、そういうことよな。隠れる時点で、密偵としては二流よ。隠れるのではなく、状況に己を隠れさせるのよ。カイトがようやるじゃろ。雑踏に紛れてサボり、と。マクスウェル故に早々にバレるが、他の街じゃとまず間違いなくバレんぞ? 元が冒険者のあれは違和感を覆い隠す事は慣れておる。余なぞ比べ物にならぬよ。サボり、とは言うが事実は事実として、視察になっとるんじゃな」
「なるほど・・・」
見ている視点が違う。それを、全員が思い知らされる。カイトはそう言う意味で言えば、スパイや密偵としてのスキルは高かった。頭の回転の素早さや演技力が高い事もあるが、同時に冒険者として様々な土地土地を巡った事でどうしても拭いきれない地元民では無い違和感を旅人特有の物として覆い隠す術を知っていたのである。彼のそこらの密偵としての本領は、マクスウェル以外でこそ発揮されるのであった。
「無駄な才能」
「そうですよねー。そのせいでどこぞのメス猫だのひっ捕まえてくるのが、あれの悪い所ですし」
「「「うお!?」」」
唐突に響いた双子の声に、誰もが目を見開く。いつの間にか入り込まれていた。実はティナはこれを察していたからこそ、敢えてこの答えを導き出させていたのである。
「まあ、こういう風にのう。紛れ込めば、ここにまで簡単に入り込めるのよ」
「お久しぶりです」
来ていたのは、メリアとメルアだ。この頃にはまだカイトの帰還を確信しておらず、確認にやって来たわけであった。
服装はここら周辺を歩くレインガルドの子供達が着る服装と大差が無い。流石に学生服は手に入らなかったようだ。雰囲気が高貴である事を除けば、そこら辺を歩いていても不思議の無い容姿だった。言わずもがな、桃李の店で購入したのであった。
「あのロリコン変態鬼畜のど外道野郎の顔を見に来たのですが・・・貴方がいらっしゃるということは、帰還そのものは事実で良さそうですね」
「うっわー・・・」
可憐な容姿からは想像出来ないぐらいに汚い言葉に、全員が頬を引き攣らせる。が、これが彼女らだ。
「で、あの腐れ外道は?」
「おらぬ。仕事じゃ、仕事」
「仕事・・・まーた、どこかの女でも口説きに?」
「天桜の関係で、至極真面目な護衛の仕事じゃ。行かれても面倒じゃから、場所は教えぬぞ」
「不要」
ティナの言葉に、メルアが必要ない、と明言する。必要が無くても、ほっつき歩けば出会えるのが彼だ。そして現に、これから数日後には適当にほっつき歩いていたら出会えた。
基本的に、知り合いの女の近くにいれば彼は見付かるのである。と、そんな平然と会話を行っていた三人に、誰もがどうすれば良いか判断しかねる。
「えーっと・・・」
「あら・・・申し訳ありません、皆様。おそらく正体を知っているでしょうので、敢えてこれで語らせて頂きます。『白真珠と黒真珠の姫』・・・珠族は族長筋、不吉とされる双子の黒白の姫。生贄の姫君・・・今は勇者カイトに救われた白の珠姫と黒の戦姫。同時に、彼の婚約者の一人でもありますわ」
二人は優雅に、そして毅然とした意思を持ってスカートの端を持ち上げる。それに、桜達はああ、ついにこの日が来たのか、と覚悟する。
二人がここに来たのはカイトを探しに来たと同時に、宣戦布告でもあったのだ。彼女らとて自分達が不在の間にカイトが女の子を口説いていないとは、全員が思っていない。
カイトの現在の居場所であるここにもライバルが居るはずなのだ。誰がライバルかを見極める為にも、この宣戦布告は重要だ。それに、過去に座する者達はすでに宣戦布告を交わしあった。ならば、今はまだ安寧に座する少女達に宣戦布告をせねばならなかったのだ。
「此度はついでですし、まだ確証が持てておりませぬ故に私共だけが、参らせていただきました。そして私共エネフィアの勇者カイトの後宮に座する者全員を代表して、地球の皆様方に宣戦布告に参らせて頂きましょう。どうぞ、皆様もご存分に」
お手柔らかに、なぞ言うつもりはない。こちらも存分にやらせて貰うのだ。その代わり、手加減も遠慮もしない。今までずっと待たされ続けたのだ。出来る余裕も存在していない。だからこそ、存分にかかって来いと啖呵を切る。それが、彼女らの流儀だった。
「で・・・一人逢いたい方が居るのですけど」
「ふん・・・弥生、じゃろう?」
「肯定」
「案内、していただけますか?」
「仕方があるまい」
二人の要請を受けて、ティナが立ち上がる。弥生だけは、彼女らの中で別格として見られている。カイトがついぞ忘れる事の無かった女性の一人だ。会えるとは考えていなかったが、それ故、会えるのなら直々に会ってみたいと思うのは必然だった。これは興味でもあるが、同時に敵情視察の趣が強かった。一番の強敵なのだ。
そして、ティナに案内されて二人が消える。その後、微妙な空気が流れるが、誰も何も発しなかった。それは別に発する言葉が見当たらない、というわけではない。
この時、桜達も再認識したのだ。お互いがお互いに味方でもあるが、同時に敵同士でもある、ということを。何を思っていたのかは、彼女らしかわからない。口にする事も無いだろう。そうして、この日はほぼ終始無言で、一日が終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第752話『行動開始』




