第746話 言葉の剣
暗殺者達の襲撃を辛くも阻止したカイトは、軍の兵士達が出て行くのを見送る。が、それに大大老達が声を荒げた。
「これ! 何をしておるか!」
「お主も追わぬか!」
「女王陛下が狙われたのだぞ!」
大大老達は口々に、カイトに対して追撃を命ずる。今の暗殺者が軍の手に余る相手であるのは、彼らの目から見なくてもひと目で理解出来る。それ故、この命令は正しい発言に思える。だが、正しくはない。
「追いませんよ。追うのは間違いでしょう」
「なっ・・・」
あまりに平然としたカイトの一言に、大大老達が絶句する。自分たちに対して、さも平然と彼はそれを間違いと断じたのだ。そこには迷いも惑いも無かった。
「何を言っておるか! 仕留められる時に敵を仕留めるのが、冒険者のやり方であろう! 血を吹いていたのは、皆が見ておる! ならば今を狙わんでなんとする! 次も来るやもしれんのだぞ!」
「だから、でしょうに」
大大老の一人の言葉に、カイトが血の気を纏ったまま告げる。戦いの後なので、抑えが効いていなかったようだ。
「今この場でもし他の暗殺者が来ました場合、どうされるおつもりか」
「その為に軍がおろう!」
「はっ! 笑わせるな! 女王が襲われて来るのに5分!? それで守り切れると抜かすんじゃねぇ!」
カイトが嘲笑と共に、怒声を飛ばす。何があったかは知らない。知らないが、軍がここに来るまでに5分近くも要していた。あまりに、情けない。
王の身は玉体とも言う。玉。すなわち宝石と同じ扱いだ。だというのに、5分。これがもしカイトであれば10秒でストラが遅すぎるとブチ切れて敵に八つ当たりをするだろう。
いや、これは流石に行き過ぎであるが、一分も掛かれば皇国では総責任者が自害しかねないだろう大失態になる。ヴァルタード帝国でもそうは変わらないだろう。変わっても、更に一分遅れるのが限度だ。5分というのは、玉体が狙われたにしてはあまりに巫山戯た状況だった。
「ぐっ・・・」
「挙句、貴様らは身の安全を確実にして、か!? その間、女王陛下はどれだけ怖い思いをなさった!? 腑抜けるな! 貴様らも臣たれば、陛下の玉体こそを第一と捉えろ! 自らの身なぞ二の次だ! 護衛を固めてから来るなぞ、何を馬鹿な事をしたのか! 主の危機には自らを捨ててでも守り抜くのが、文官武官問わずに臣下の真にあるべき姿であろう! 特に軍の者達よ! 何を考えているのか! 貴殿らであれば、ものの十数秒で辿り着けよう! 陛下のお部屋が原因とわからずとも、爆音が起きればまず駆けつけるべきであろうに!」
カイトの叱責に、大大老を含めて誰もが押し黙る。特にカイトから強く叱責を受けた軍の兵士達は、かなり辛そうだった。確かに、彼らは大大老派に属している。だが彼らとて千年王国の兵士なのだ。今の一言は、思わず胸に響いたらしい。しかもこれら全てが正論だ。反論出来ない。
だが、それで終わらないのが、大大老達だ。彼らとてそれだけの胆力と知恵があった。とは言え、流石に気圧されているらしく、罵倒したりはしなかった。それどころか、少し怯えさえ見せていた。彼らは文官。武官に気圧されれば怯えもしよう。
「だが、貴様は今は千年王国に雇われておろう。であれば、我らの言葉を聞く事が正しいはずだぞ」
「千年王国に雇われている。確かに、それはそうだ・・・であれば、その千年王国に問い掛けましょう。陛下。御下知を」
「何をしておる! 命令は下したであろう!」
再び声を荒げた大大老達を無視して、カイトはシャーナ女王の前に跪いて、命令を待つ。だが、傀儡は傀儡である以上、シャーナ女王は何も言えなかった。
「・・・」
「命令は下っている! さっさと行け!」
「・・・貴殿らが、ラエリアの王か」
声を荒げた大大老達に対して、カイトが小さく問いかける。そこから発せられる圧力に、大大老達は再度気圧された。
「何・・・を・・・」
「貴殿らこそがラエリア神聖王国の王者か、と問うたのだ! オレが聞いているのは、ラエリア神聖王国女王シャーナ・ザビーネ・メイデア・ラエリア陛下ただ一人! オレは千年王国、ひいては陛下に、雇われている! 貴様らには聞いていない!」
気圧される大大老達に対して、カイトが再び啖呵を切る。それは王者に相応しいだけの風格を伴っていた。それに、大大老達は最早記憶の彼方に消え失せたある男を幻視する。そして、同時に思い出した。かつて自分達に対して同じように啖呵を切ったのは、カイトと同じ日本人だった、と。
「ぐっ・・・これが、日本人か・・・」
ここで、大大老達は誤解に近い失策をしてしまった。彼らがカイトの他に他に詳しく知っていたのが瞬という武人に近い在り方を示す者で、日本男子そのものがこういう性質なのだ、と思ってしまったようだ。カイトの正体に気付けたはずなのに、気付けなかった。勿論咄嗟に気付ける状況でもなかった。
とは言え、同時に自分達が相手を甘く見ていた事も悟る。厄介な相手を引き入れてしまった、と自らの失策を認めるしかなかったのだ。
「陛下。御下知を」
「・・・一緒に・・・居てください・・・貴方の言う通り、まだ暗殺者が居る可能性がある。軍では些か不安が残ります。所詮、敵は手負い。それで十分でしょう。対してこちらは攻められれば、私だけではなく大大老達も危険に晒す恐れがあります」
「御意」
「ぐっ・・・」
跪いて命令を受諾したカイトに対して、こうなるだろう展開が予想出来ていて、大大老達は忌々しげに顔を歪める。だからこそなのだ。意思を完全に奪えていなかったからこそ、彼らはシャーナ女王を下ろそうと思ったのだ。
それが、ここでついに表に出たのである。これはシャーナ女王自身の命脈を早める事でもあるが、それでも、シャーナ女王に後悔はしないだろう。ここで自分を助けてくれたカイトを貶める為の策略に利用されて死ぬのだけは、彼女は『王様』としてごめんだったからだ。
「っと。爆発と聞いて来たが・・・無事な様じゃな」
「先生・・・来てくださってありがとうございます」
カイトが命令を受諾すると同時に、武蔵が現れる。カイトが呼んだのだ。この場では、如何に大大老達であろうとも武蔵へは命令出来ない。彼と旭姫だけは、人の中で絶対的な中立を許可されている。それ故、大大老達でさえ権限が及ばないのだ。
「ムサシ・ミヤモト・・・なぜここに?」
「これが援護が必要、と言うたのでな。呼ばれて来た」
「なっ・・・」
なんとか起死回生の一手を探す大大老達だったが、ここで完全に無理になった事を悟る。カイトが呼んだのは、この街の守護を担う者達の総トップだ。
カイトが訴えて彼が一言命じれば、彼の弟子達が動く事もできる。そして道理を考えれば、個人戦闘力の高い自分とカイトをこの場に残して、連携力に長けた弟子達に追撃を命ずるだろう。そうなれば、どうあがいても翻意と暗殺は不可能だ。そして口で勝てなくなっては、彼らに打てる手はない。
「何じゃ、不満か?」
「・・・ありませぬ! ムサシ殿にはこの場をお頼みする! 貴様もここを守っていろ! 儂らは他国へ向けて襲撃の事実を通達する! 事の真相は探らねばなるまい!」
武蔵の言葉に対して、大大老達は怒りを堪えながらもその場を後にしていく。それに、軍の兵士達はわずかに逡巡する。
カイトの言葉を聞けばこそ、彼らも大大老達よりもシャーナ女王を優先すべきだ、とどうしても理解していた。だが、彼らにも様々なしがらみがある。行くべきか行かざるべきか、と決められなかったのだ。それに、武蔵が苦笑気味に指示を与えた。
「ほれ、ここは儂に任せよ。お主らが居ても儂の戦いの邪魔じゃ。大大老共でも守っておれ」
「はっ。後でまた別の部隊を寄越します・・・では、全員行くぞ」
「「「はっ」」」
部隊長の言葉に、残っていた軍人達が頷いてその場を後にする。全員武蔵の言葉は渡りに船だった。そうして、彼らが去った後、武蔵が大笑いを上げた。
「くくく・・・あっはははは! なんと気持ち良い啖呵ではないか! あの軍人共の恥辱と苦渋に満ちた顔! 千年王国も聞いている以上には腐りきってはおらぬな! まだまだ、命脈尽きてはおらぬよ!」
「全く・・・見てたなら来てくださいよ」
武蔵の言葉を聞いて、カイトがため息を吐いた。明らかに彼はカイトの啖呵を聞いていた。
「・・・で、お主。敵の見込みは出来ておるか?」
「ええ。おそらく・・・」
カイトは逃げていった仮面の暗殺者へと、思い馳せる。彼には逃げてもらわねばならない。と、そんなカイトに、ハンナが問い掛けた。
「ここは、おまかせして良いでしょうか?」
「あ?」
「女王陛下を貴方にまかせても大丈夫でしょう・・・武蔵様もいらっしゃいます。ならば、部屋の修繕を手配致しませんと、陛下の玉体に差し障ります。もう日も落ちる。貴方は陛下を野ざらしにさせるおつもりですか?」
「あー・・・」
ハンナのどこか非難混じりの視線に、カイトは改めて自分の成した破壊の跡を見る。天井と床は破壊されて下の階層から吹き抜けになっており、ベッドには焼け焦げが見えていた。
他にも調度品は戦闘の余波で完全にボロボロだ。暗殺者ギルドの暗殺者達が振るった刃の毒が何処に染み付いているかもわからない。日が暮れるまでに早急に手配を整えないといけないだろう。
「やっちゃいましたね、これ」
「うむ。見事なまでの破壊よ。まあ、いざとなれば儂の家に来れば良い」
「そういうわけにも参りません・・・では、失礼します」
カイトは何処か照れ臭そうに告げると、武蔵もそれに楽しげに応ずる。が、武蔵の言葉に従うわけにもいかない。大国には大国の面子がある。襲撃そのものは会議の度に何処の国でも起こる事なので別に良いが、すぐに修復を終えなければ、他国からの笑い者だ。そうして、去っていったハンナを他所に、カイトは仮面の暗殺者が飛んでいった穴から、外を見る。
「切り札は、使わんかったようじゃな」
「あはは」
武蔵の言葉に、カイトが笑う。彼の今回の切り札は、月花に思える。が、実は違う。彼女は、切り札に見せた見せ札だ。本当の切り札は、この部屋に最初から最後まで、姿を隠していた。そうして、会議場の前にあるとある銅像へ向けて、カイトは指で銃を作って告げた。
「襲撃が何度あるかはわからない。切り札を見せるのなら、更に別の切り札を隠し持て。忘れちゃいねぇぜ、ダチ公・・・」
『何か釈然としませんが・・・ええ、釈然としません』
『あら、不満?』
月花の何処か不満げな言葉に、フランが楽しげな声を送る。そう、カイトの切り札はフランだった。彼女の存在に仮面の暗殺者が気付いていたかは不明だが、流石にカイトと使い魔二人の三重奏になると幾ら彼が奇妙な『手品』を持ち合わせていても避ける事は出来なかった。
『いえ、わかるんですが・・・ええ、わかっています。私の方が見せ札として良い。式神がバレた時に言い訳が出来ますからね』
『じゃあ、不満げにしない』
『わかってますけど・・・』
「さて・・・逃げおおせてくれよ」
不満げな月花と楽しげなフランの言葉をBGMに、カイトは沈み始めた夕日を見ながら一人ごちる。そうして、なんとかカイトは大大老達の策略から逃れる事に成功するのだった。
一方、その頃。仮面の暗殺者は千年王国の追手から必死で逃げていた。
「ぐっ・・・」
仮面の暗殺者が何人目かの追手を気絶させて、血を吐いた。そうなれば当然、その血が仮面から滴り落ちる。仮面の内側は今頃血まみれだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・ぐぅ!」
敵を前に、仮面の暗殺者が膝を屈する。だが、状況は刻一刻と彼に悪くなるだけだ。
「居たぞ」
「くぅ・・・」
来たのは、武蔵の弟子達だ。武蔵が動いている以上、彼らが動いていても不思議はない。そして千年王国の追手もまだまだこちらにやって来ている。完全に詰みの状況だ。が、彼の運命は、まだ途絶えていなかった。
「ぐぁあああ!」
「なん・・・だ・・・?」
包囲網の一角がまるで漫画かアニメの様に吹き飛ぶ。そうして現れたのは、仮面を被った白銀の美女と、同じく仮面を被ったオリエンタルな服装の美女だ。ルゥとファナの人型形態だった。仮面の力で声は変わっていた。
『あらあら。随分と暴れた様子ですこと』
『遊撃兵、参上』
「こりゃ、まずいねぇ・・・カイトの使い魔勢か。ってこたぁ、カイトが関わってるのか」
二人の姿を見て、偶然武蔵の弟子側でこの場への遊撃兵を取り仕切っていた夏月が事情を悟る。何が起きているかは全くわからぬままに来たわけだが、カイトが襲撃者側をかばった事で大凡の事情を理解したのだ。
「全員、本気でやりなさんなよ。相手は超級。あっしが本気でやんないと、片方でも仕留められない相手だ。それでもできるかどうか・・・この場は逃がす。やれば都市が半壊する。無駄に血を流す必要はない」
「はい」
夏月の言葉は、特殊な技法により武蔵の弟子達にのみ聞こえていた。そして皆伝の言葉である以上、誰もが疑問を抱えつつも迷いなく承諾する。
「さて・・・じゃあ、しばらく遊んでもらいましょうや」
『じゃあ、私が相手だね』
本気の風格を出して前に出た夏月に対して、同じく剣を構えたファナが相対する。剣士同士で戦う、ということなのだろう。そうして、ファナが消える。
「っ!」
まるで、舞い踊るように。ファナはしなやかな身のこなしで空中を縦横無尽に飛び回る。
「<<桜華楼>>」
『遅いよ』
「っ!」
初手から殺しにかかった夏月だが、それでもあまりに平然とファナはその斬撃の檻から抜け出してくる。一応、ファナは夏月が顔見知りなので殺すつもりはない。ないが、今の一瞬は夏月でも油断していれば死にかねない一撃だった。
とは言え、これぐらいやらねば千年王国の兵士達も納得しまい。そんな遊びか本気かわからない戦いを受けて、ルゥも行動を開始する。
『あらあら・・・では、私は周囲を食べさせて頂きましょう』
ごぅ、とルゥから発せられる圧力が増大する。それは神狼の女王に相応しい覇気だった。とは言え、それで作るのは道だ。彼女は腰を落として、正拳突きを放った。
『さあ、行きなさいな。ここは私達にまかせて頂きましょう』
「かたじけない・・・」
一撃で、包囲網が再び完全に開ける。それに、仮面の暗殺者は迷うことはなかった。二人が誰なのかはわからないが、助けてくれる事だけは事実だ。死ぬわけにはいかない彼には、ここで逃げるしかなかった。そうして、辛くも彼も千年王国の謀略から逃れる事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第747話『仮面の内側』




