第742話 女王とお姫様達
さて、カイトの伝手によりアリサのコンサートに潜り込む事の出来たカイトとシャナであるが、彼らは気付いていなかった。ここは、カイトの伝手で潜り込んだのだ。つまり、それと同じ伝手があれば、カイトがここに来た事がバレるのだ。
「ふぅ・・・」
カイトは飛空艇の展望室に備え付けのレストランで昼食を食べ終えて、深く椅子に腰掛ける。アリサ達のコンサートはとりあえず昼で終わりで、後は夜に別の歌手のコンサートがあるぐらいだ。その間に観客の入れ替えや大道具の入れ替えが行われるのである。
「こんな場所があるのですね」
「あはは。どちらかと言うと、コンサートやオーケストラの方が稀だ。普通はこういうコンサートの方が多い」
「そうなのですか?」
「ま、好むやつも居る、という程度だ」
カイトは笑いながら、シャナへと告げる。知らないのも無理はない。彼女は本来は女王様。そして籠の鳥だ。知らせてなぞもらえなかったのだろう。と、そんな時だ。後ろから、声が掛けられた。
「ロリコン」「変態」
「エロエロ」「鬼畜」
「「強姦魔」」
「あぐっ」
二重奏で語られた罵詈雑言に、カイトが思わず椅子からずり落ちかける。そうして振り返る瞬間に、シャナの顔が引き攣っている事に気付いた。
「・・・え?」
「いや、してねーですよ!? 一応全部合意と同意を得ていると自負してます! なんでしたら親御さんの許可も得とりますよ!? と言うか、言わせない!」
きょとん、となっているシャナへと、カイトは断言する。流言飛語にも程があった。罵詈雑言や事実無根ではない。事実は事実として、それは横たわっていた。
ではあるが、曲がりなりにも女王というか依頼人と言うか、いたいけな少女の前では言わないで欲しかった。が、そうして後ろを向いた所に居たのもまた、結構いたいけな少女だった。
「で、誰だ、人を悪し様に言う奴!?・・・あ?」
そこに居たのは、白と黒の双子のお姫様っぽい女の子だ。年の頃はシャナよりも少し上、もしかしたら見た目的には同等という所だろう。勿論、カイトの知り合いである。
「メリアにメルア・・・よぅ、久しぶり・・・で、なんで居るんだよ」
「自由。必然」
「そりゃ、どこかの誰かさんが人ん所のしきたりぶち壊しまくってお役御免になって暇にしてればここにも来ますわね。そもそもディ様から私達の所にも情報が回ってきていますし。なのでそれ故、貴方がここに来るかどうかの確認、という事です。そもそもクオンは連絡を送らないし・・・」
「片方は情報量少ないし片方は情報量多いな、相変わらず・・・」
カイトはため息混じりに首を振る。居たのは、珠族の双子通称『白真珠の姫』――パールメリア――と通称『黒真珠の姫』――パールメルア――だ。
違いはドレスの色と胸の宝石の色、目と髪の色だけだ。表情はメリアが明るい様子で、メルアは凛とした様子だ。顔立ちに差は無いが、浮かべる様子から容易に差別化は可能だった。
で、彼女らの言いたい事をまとめると、カイトが何らかの事をして自由の身になったので動きやすい彼女らがカイトの有無を確認する為に代表でやって来ていた、という所だろう。
「で、その前に訂正しろ。オレは強姦魔じゃねぇよ」
「ああ、ベッドに押し倒すだけ押し倒してやり逃げしてるだけですものね」
「私達は都合のいい女」
「珍しく長文発しやがったな!」
姉のメルアの言葉に、カイトは思わず怒鳴る。彼女は基本的に、かなり短く要件を告げる。それ故、情報量は少ないのだが、基本的には妹のメリアが一緒なので問題が無い。
その妹の方は聞いての通り、おしゃべりだ。基本的に言葉少ないメルアと、言葉数の多いメリアだった。共通点は二人共口が悪い、ということだろう。
「えーっと、あの・・・カイトさん。それで、その方は・・・」
「ん? ああ、おっと・・・彼女らは珠族の少女達だ。珠族に名を問い掛けられぬのは、知っているか?」
「ええ、勿論」
シャナはカイトの言葉に同意する。珠族は親しい者でなければ名前を呼んではならない、という決まりがある。それに従って、呼ぶ時は胸の宝石にちなんだ呼び方で呼びかけるのが基本だった。姉妹二人の場合、黒真珠と白真珠というわけだ。というわけで、その決まりに従ってシャナが頭を下げた。
「『白真珠の君』に『黒真珠の君』。お初にお目にかかります。シャナと申します」
「ロリコン」「変態」
「やめれ!」
ジト目で睨まれて、カイトが怒鳴りつける。どうやら何時も通りカイトが口説き落とした女の子だと思われているらしい。間違いではないが、誤解、もしくは語弊はあるだろう。
「じゃあ、なんですか? 今度はラエリアのお姫様でも口説いたんですか? どこの大貴族の娘ですか? それとも豪族? 豪商の娘? それともどこかの絶滅危惧の一族の?」
「お手付き済み」
二人はどうやら完全に女の子という意味でカイトが口説き落としたと見ているらしい。メルアに至っては断言までしていた。取り付く島も無い二人に、カイトが再度怒声を上げる。
「断言すな! 手は出してねぇよ!」
「足は出したんですね」
「お仕事ですよ、お仕事! てか足ってなんだよ、足って!」
メリアの言葉にカイトは更にボルテージを上げる。が、これにメリアは嫌ですね、という顔をする。なお、半ば演技だ。
「嫌ですねー。年頃の娘にそんな事言わせないでくださいまし」
「随分耳年増な年頃の娘さんだな、おい!」
「教え込ませた方が言いますか」
「悪魔」
「すいません・・・私が悪うございました・・・後悪魔は流石に悪く取られるのでやめて・・・」
二重の非難の眼差しに、カイトががっくりとうなだれる。誰が教え込んだのか、というと勿論カイトその人しか居ない。全部基本的に彼が招いた事だった。
「え、えーっと・・・」
まあ、唯一良かったといえば、シャナは性的にはほぼ無知だった事とこんな怒涛の如く繰り広げられる会話の経験が無かった事だろう。
三人の会話の勢いに気圧されて、話の半分以上が聞き取れていない様子だった。とは言え、カイトが落ち込んでいるのはわかったらしい。とりあえずの気休めを送ってくれた。
「ま、まあ、良いのではないでしょうか・・・?」
「ああ、これからこんな無知で真っ白な少女は夜な夜なこのロリコンのド畜生の色に染められてしまうのですね・・・」
「無慈悲・・・」
「もうやめーや・・・はぁ」
「「きゃ」」
勝手にカイトに供される事が決まっているらしい二人はまるで神様にでも祈るようにつぶやく。それに、カイトは少し小突いてそろそろ強引に話題を修正させる事にした。
「ほら、二人もまずは自己紹介しろ」
「あら・・・乙女の大ピンチにすっかり忘れていましたわね。申し遅れました。『白真珠の姫』。珠族の中ではそう呼ばれております。こちら、双子の姉の」
「『黒真珠の姫』」
「と、申します。姉は何分口数が少ないですが、ご了承くださいまし。これは我々にも事情があります故」
「あ、ありがとうございます」
改めて行われた挨拶に、シャナが頭を下げる。珠族が初対面を相手に本名を告げないのは常識だ。それ故、言われないでもシャナも理解していた。なので失礼とは思っていない。ちなみに、これはシャナがシャーナ女王だったとしても一緒だ。大大老でも文句は言わない。
「あ、ウェイターさん。こちらにもコーヒーを2つ分。私はブラックで」
「ミルク。多め」
「かしこまりました。ブラックとラテですね」
「居座るつもりか」
平然と椅子に腰掛けてウェイターへと告げた二人に、カイトがジト目で告げる。できればこの二人の前からシャナを引き離したい所だったが、そうは問屋が卸さないらしい。
「勿論」「当然」
「はぁ・・・シャナに要らない事言ってくれるなよ・・・」
今更ここから離れるのも不自然だ。というわけで、カイトは二人の滞在を認める事にする。
「で、今度はどこのお姫様なんですか?」
「ノーコメントだ。後お姫様口説いているのが多い様な言い方をするな」
「ひのふのみのよの・・・」
「一二三・・・」
「数えるな!」
「あはは」
巫山戯合う様な三人に、シャナは笑う。そうしてしばらくは笑いあっていたわけなのだが、そこにもう一人、少女がやって来た。人魚姫ことアリサだった。
「ああ、いたいた。あ、ほんとに居るんだ・・・」
「あ? 居ちゃ悪いか・・・で、曲お見事。当て付けもサンキュ」
「ん、よろしい。ファンゼロ号がそれなら、私も十分なものね」
カイトの差し出した手に、アリサはハイタッチで応ずる。ファンゼロ号、もしくは永久欠番の面目躍如、という所だろう。彼女の場合、不満を歌にぶつけている。それに歌を存分に歌った充足感もあるのだろう。不満は一切述べなかった。まるで昨日別れたばかりだ。
「ま、これでもファンですから」
「ん♪ あ、ウェイター。私にミネラルウォーター」
アリサは満足げに頷くと、彼女も椅子に座ってウェイターに注文を告げる。とは言え、これに疑問を抱いていたのは、事情がわからないシャナだ。
「えーっと・・・あの・・・その方は・・・」
「ああ、さっき歌ってただろ? ちょっと知り合いでな。言っただろ? 伝手ある、って。アイドル当人と知り合いでな。警備隊の隊長も知り合いだからちょっと話を付けてもらったんだよ」
「こういうことは、今回限り・・・と言いたい所だけど、許可下ろしたの私だしね」
アリサはやれやれ、と自分の甘さに呆れる。ファンならば同列に扱うべきなのだろうが、特例としてカイトを特別に扱うと決めたのは他ならぬ彼女だ。ならば、これで良いのだろう。
と、そこまでの会話から、シャナは何かに気付いたらしい。それに、カイトは人差し指を彼女の唇にそっと当てた。
「内緒、です。ここでのオレはシャナの兄のカイト。あそこでは貴方の騎士のカイト。それ以外の何者でもない。違うか?」
「あ・・・はい!」
カイトの言葉に、シャナが少し嬉しそうに頷く。秘密の共有なぞ、彼女はしたことがなかった。全ての事が、大大老達に知られている。それ故、秘密を抱く事さえ出来なかったのだ。だからこそ、こんなありふれた経験が、彼女には嬉しかったらしい。これ以上は何も問わない事にした。
所詮、彼女はお飾り。大大老達に何かを助言してやる必要も無い。そもそも彼女とて好んで死にたいわけではない。黙っておく方が得であれば、彼女とて黙っている。
「はぁ・・・また口説き落としたのね、この男・・・」
「でも当人は否定なさるんですよ、この男・・・」
「鬼畜・・・」
「「「やれやれ・・・」」」
アリサは今の一瞬で全てを理解して、双子と同様に肩を竦める。
「だから、それやめろ」
「じゃあ、女口説くのやめろ」
「口説いたつもりはない」
アリサの言葉に、カイトが告げる。自分が積極的に口説き落とした女性の数は、片手の指でも事足りると思っているのは、この世界で確実に彼だけだ。傍から見れば大半は彼が口説き落としていた。というわけで、その傍から見ている双子が再度肩を竦めた。
「無自覚」
「一番たちが悪いタイプですよね、この男・・・」
「あ?」
二人の言葉にカイトは首を傾げる。ここら、本当に女誑しの面目躍如だろう。女の子が望む行動を彼は天然で行っていた。そしてその気になれば狙っても出来る。厄介な事この上ない。
「自覚が無い、っていうのが一番危険・・・ということで、誰かは知らないけど、気を付けなきゃだめよ? この男、この会場の中だけでも5人ぐらい女侍らせるんだから」
「は、はぁ・・・」
そんな人物には見えないのだけれど、と思うシャナは、アリサの言葉――嘘である。流石に盛っている――に生返事を返す。
が、アリサの側から言わせれば、そんな油断をしている事こそが一番の原因だと思っていた。弱みにつけ込むのも得意だ。彼女自身、油断している所を落とされている。そしてシャナ自身、弱みにつけこまれている。
「自分は大丈夫、なんて思わない事。油断してるとぱくっ、と行っちゃうのが、この男。好きな人が居るなら、きちんと貞操は守りなさい?」
「好きな人・・・好きな人なんて・・・」
アリサの助言は少々、迂闊だったようだ。知らない以上は仕方がない事なのだろうが、彼女の言葉は自らの身の上を思い出すのに十分だったらしい。悲しげで儚い顔を浮かべる。
「私は・・・多分、好きな人が出来るよりも前に・・・」
「あ・・・」
「馬鹿」
言外の言葉を読み取って、事情を知らない三人――忠告はメリア――がしまった、という表情になる。どこかの高貴な娘である以上、結婚させられる事は珍しい事ではない。とは言え、それ以上に状況は悪かったのだが。流石に語らない事には、二人にも理解はされない。
「ま、まあ、最悪はこの男に頼めば? 大抵の状況ならなんだかんだってクリアしちゃうし」
「そ、そうですね。この男の場合下手に何人も口説き落としている経験から、大抵の状況は突破してますしね」
「そうそう・・・あ、これ、私達に繋がる連絡先ね。もし困ったらこれ使って。私達がこいつ呼び出すから」
何もわからないでもヤバイ所に手を突っ込んでしまった、とは理解しているようだ。アリサとメリアは大慌てでフォローを行う。そうして渡されたのは、一つの魔術が記されたメモだった。
「これは?」
「私との連絡のやり取りが出来る特別な魔術よ。正確には私のマネとだけど。相談ぐらいは乗ってあげるわ。この後はマクダウェル領に入るから、そこからこの男に連絡も出来るしね」
「いえ・・・いただけません。多分、取り上げられると思いますから・・・」
シャナはアリサの好意を有難く思いながらも、それを遠慮する。これはこれが正解だろう。渡した所で大大老達にすぐに見付かるのが関の山だ。迷惑を掛けるだけになるのは、目に見えていた。
「そっか・・・じゃあ、一つだけ。もしなにかがあれば、ヴィクトル商会の3階に行って、左の窓口でこの男の名前を出して、蒼の3番で依頼。それが」
「あ、おい」
アリサの言葉に、カイトが思わず遮った。ヴィクトル商会、とはこの世界で一番大きな多国籍企業の名前だ。その3階は通例的に情報屋ギルドと暗殺者ギルドの集会場の様な所であった。
その左側は情報屋ギルドの受付――表向きは普通の商会の市民向けの融資の窓口――だが、実際に取り扱うのは主に情報でいざとなれば即座に待機している暗殺者達が出て来る様な場所でもあった。
そこでの『蒼の3番』という依頼は、依頼人がカイトの護衛対象であるという符牒で、いざという場合に彼女らが商会の庇護を求める場合の符号だった。
この符牒は商会のトップが直々に全支部へと命じている物で、無碍にはされない。駆け落ちや家出などでは絶対の力を持っている切り札だった。
「良いでしょ、別に」
「ババアに借り作りたくねぇよ」
「わかってるんでしょうけど、どうせバレてるわよ。私達があんたの事聞いたらさも平然と、あら、そんなことも知らなかったんですの? 貧乏人は辛いですわね、と高笑いしてたわ」
「相変わらず金金金、か・・・」
ヴィクトル商会の女主人を思い出して、カイトがため息を吐く。変わらない様子は安堵をもたらすが、同時に呆れももたらしたのである。
「はぁ・・・っと、もうこんな時間か。そろそろ戻るぞ。さすがにずっとは怖いお姉さんにバレるからな」
「あ・・・はい。ありがとうございました」
時計を見てそろそろ良い頃だと見たカイトは、シャナを連れて立ち上がる。シャナは少しまだ居たそうだったが、これ以上は迷惑になるだろう、と遠慮したようだ。
「良いって良いって。まあ、友達みたいなものでしょ。こいつが連れて来たんだったらね」
「え?」
「ですわねー。こういっちゃあ何ですけど、この男は人を見る目だけは確か。この方が連れてきたのでしたら、人柄は悪くないでしょうしね」
ひらひら、と気軽に手を振る三人に、シャナは思わず目を瞬かせる。友人なぞ得た事の無い彼女にとって、これがはじめての友人だった。
「ありがとうございます」
これが単に言っているだけなのか、それとも本心なのかは、心を読んでいない彼女にはわからない。だが、少なくともその言葉は嬉しかったらしい。そうして、シャナはシャーナ女王へと戻るべく、飛空艇を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第743話『戦いの傷跡』




