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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第43章 大陸間会議編 ――千年王国編――

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第737話 女王のお仕事

 ハンナがどこかのスパイだ、という事が発覚しても、カイトが何かを変える事は無かった。動けば大大老だけではなく、千年王国の裏で蠢いている幾つもの勢力に警戒される。そんな中で仕事を果たすには、今はまだ警戒されてはいけないのだ。


「・・・えーっと・・・シャーナ女王陛下? お仕事って・・・今ので終わりですか?」

「ええ。今日は」

「・・・」


 シャーナ女王の言葉にカイトは昨夜ハンナがスパイだとわかった時以上に、愕然となる。というのも、シャーナ女王の仕事はたった5通の書類にサインするだけだったのだ。

 それにしたって朝一で終わってしまい、後は午前10時からの会議の開始を待つだけ、だそうだ。聞けば午後は完全にフリーらしい。今はハンナに紅茶を入れてもらって、読書を行っていた。


「・・・ふふっ」

「嘘だ・・・絶対嘘だ・・・たった・・・たった・・・5通・・・」


 愕然と膝を屈したカイトに、意味はわからないまでもシャーナ女王が微笑む。何か変なことにショックを受けている、とはわかったようだ。と、そんなカイトを見て、紅茶を入れていたハンナが非常に訝しむ。


「・・・何をされているのですか?」

「・・・う・・・あ・・・あ、あまりのショックで・・・」


 精神崩壊一歩手前までたどり着いていたカイトだが、ハンナの声に気を取り戻す。何にショックを受けていたのか、というと非常に簡単だ。仕事がたったこれだけ、ということにショックを受けていたのだ。

 普通に考えれば傀儡だ、という証で憐れむべき事なのだろうが、カイトからすれば、逆に羨ましくてならなかった。カイトは常日頃、書類仕事で一日が潰れている。椅子に腰掛けた時間にすれば、たったの数分。それで終わるのだ。天と地の差だ。泣きたくもなる。


「? わけの分からない事を・・・」

「気にしない気にしない・・・これだけを他国の王様が聞けば、傀儡も悪くない、と言うでしょうね」

「なっ・・・」

「・・・ぷっ」


 あまりにあっけらかんと自らを傀儡と言い放ち、しかも屈託もなく笑うのだ。それに、あまりに不遜かつ無礼な言い方に愕然となるハンナに対して、シャーナ女王は逆に可笑しくなったらしい。


「確かに、そうなのかもしれないですね・・・」


 考えた事も無かった。シャーナ女王は言外にそう告げる。今まで自分は鳥籠の姫とだけ思っていたが、鳥籠の姫は逆説的に言えば、誰かに飼われているということだ。自らで狩りに出る必要は無いし、飼い主以外の危険もほとんど無い。せいぜい地震等の天災で籠が壊れない事を祈るぐらいだ。

 理想郷を作る者(王者)は自らで全てを負う必要があるが、飼われる者(傀儡)は全てを他人に預けられる。楽といえば、楽な仕事だ。考える必要もない。後は好きな時間に好きな事をすれば良いのだ。


「よ、よろしいのですか? 笑って・・・」

「認めるしかないもの・・・私は傀儡。所詮、大大老達に飼われているだけの鳥籠の姫・・・」


 シャーナ女王に朗らかな様子で言われて、ハンナはそれ以上は何も言えなくなる。気持ちがいいぐらいに認められたのだし、そもそも否定が出来る事ではない。


「ハンナ。大昔に、貴方が言った事よ。道化師(トリックスター)愚者(ピエロ)ではない、と」

「!?」


 明るいシャーナ女王の言葉に、ハンナが目を見開く。これは、2つの意味があった。覚えていたのか、という驚きと、今のがカイトから千年王国全体への批判だと気付いたからだ。

 というのも、宮廷に仕える道化師は、宮廷道化師と言われる。彼らの仕事は、普通は他者から馬鹿にされて笑われる事だ。だが同時に、その時々の事象や事件等を皮肉ったりする事でもあった。

 道化とは道化師(トリックスター)でもあったのだ。いや本来の道化師とは、愚者(ピエロ)ではなくこちらの意味だろう。常識と誠実さがあればこそ、務まる仕事だったのだ。愚かでは務められない仕事なのだ。

 貴族だけではなく、それこそ果ては王者を批判したり、誰もが告げぬ悪い知らせを告げる事が許された立場でもあった。その分、勿論主の勘気を買って命を奪われる可能性は高い。

 道化師は本来、主に対して命がけで諫言を行うのである。まさに、今のカイトだった。そうして、そんな彼は道化師にピッタリな過度に恭しい一礼を行った。


「この国には、道化師が居ませんでしたので・・・僭越ながら、私は女王陛下の笑顔を作りたく存じます。どうか、この振る舞い・・・お許し頂ますよう」

「ふふ・・・良いでしょう。許します」

「!?」


 再び、ハンナが目を見開く。それは下手をすれば、先以上の驚きだったかもしれない。シャーナ女王はカイトの演技に付き合っただけと思い気付かなかっただろうが、これは傀儡の言葉ではない。女王が女王としてカイトの行いを許す、と名言したのだ。今までには無いことだった。

 こうなってしまえば、カイトの行動をハンナは掣肘できなくなる。道化の行いだからだ。ハンナが行き過ぎだと思っても女王が許す限り、罰する事が出来ないのだ。


「有難うございます・・・とは言え、仕事がありますので、道化として振る舞うのはここだけとさせてくださいね」

「ふふ・・・」


 おどけてみせたカイトに、シャーナ女王は再度吹き出す。意外と小心者だな、と思ったらしい。とは言え、これはハンナには演技と見えた。彼は気にしていない。最悪は大大老達にさえ、道化ではなく女王の忠臣としての諫言を行う。そう、理解出来た。


「・・・彼が起点となり、滅ぼされるかもしれませんよ、大大老殿・・・」


 笑顔を浮かべ合う二人と一緒に、ハンナが笑顔を浮かべる。ここ数十年見せていない笑顔を、シャーナ女王は見せている。持ったことのない意思を持ち始めている。今の千年王国の状況を知ればこそ、これが蟻の一穴になりかねなかった。


「・・・たった一日。それで信頼を得る・・・まさか、この男・・・」


 笑顔を浮かべながら、ハンナがまさかの可能性に思い至る。それは千年王国の王家に備わる力を知っているのではないか、という事だ。流石にカイトが勇者カイトであるという事には思い至っていない。考えてもいない。


「・・・」


 ハンナが思うのは、彼女の雇い主の一つからの情報だ。そこは大大老達以上に金を積んだところ、情報屋ギルドに所属する情報屋から密かに連絡があったという。

 更に上から、カイトの情報には情報規制がかかっている、と言われたらしい。これを主達は皇国が先んじて手を回していたが故、と見たが、ハンナはカイトが手を回したのではないか、と思ったのだ。

 そして、それが正解だ。カイトは情報屋ギルドの長とは昵懇の仲だ。頼んで情報の規制を掛けてもらったのである。一番上からの規制だ。如何に情報を取り扱う彼らであっても、もしも漏らせば彼らと懇意にしている暗殺者ギルドから追手が掛かる。ギルドマスターからの依頼となれば、凄腕が来るだろう。命あっての物種。それだけは出来なかった。なので教えられたのも、この程度の情報だったらしい。


「シャーナ様。少々軍部と移動計画の確認を行います。離れてもよろしいですか?」

「ええ」

「ありがとうございます」


 ハンナはシャーナ女王に断りを入れて、その場を離れる。ここに密偵は入っていない、と彼女は判断していた。カイトが見つけ出すと思ったからだ。それぐらいには、彼の事を買っていた。


「・・・私です」

『そちらから連絡とは・・・何の用だ?』


 連絡をしたのは、雇い主の中でも一番彼女が信頼している相手だ。大大老達に敵対している勢力の一つでもある。それに、ハンナは手短に告げた。


「計画の変更を」

『信頼に足る男と見るか?』

「ええ。彼を起点として、大大老を崩せるやもしれません」


 ハンナの言葉に、少しだけカットアウトが思慮を行う。どうすべきか悩んでいるようでもあった。


『・・・そちらは調査を続行しろ。こちらは有難くない連絡が入った』

「何か?」

『ある御方に関する事。それで察しろ』

「っ・・・」


 ハンナの顔に、苦々しい物が浮かぶ。ある御方。それはこの組織でのハンナの雇い主の事だった。一応存在は教えてもらっているし何度か顔を合わせたが、それ故に、これが良い事では無いことが理解出来た。


「どんなお話が?」

『わからん。ついさっきの事だ』

「わかりました。こちらは、調査を続行します」

『そうしてくれ』


 ハンナの返答を聞いて、雇い主とのカットアウトが連絡を途絶する。状況は好転したかのように見えて、悪化もしていた。ハンナがスパイとして雇われている主達の中でも、ここの主にはあまり大大老達には捕らえられてほしくはなかったようだ。

 なので顔には先とは違い、苦い感情が残ったままだった。だが、そんな重い感情を、ハンナは大きく深呼吸して追い出した。


「・・・良し。まだ行ける」


 ハンナは自らで自らを鼓舞する。スパイ活動というのは、自らを偽る仕事だ。それ故、長ければ長い程、本来の自分がわからなくなるという。すでにスパイとなって十数年の彼女だが、それを身に沁みて理解していた。誰にも明かせない以上、自らで自らを鼓舞するしかなかった。


「終わりました。計画に変更は無し、だそうです」

「そうか。じゃあ、オレは昨日と同じ、で良いんですね?」

「構いません。昨日と同じく、馬車の護衛そのものは軍が行う事になっています」


 ハンナは鉄仮面を身に着けて、カイトへと聞いてもいない事を告げる。そもそも確認する必要も無い事だ。この会議はすでに百回以上行われている。開催地が変わっても、会場はほとんど変わらない。予想外の事でも起きねば、確認する必要があることなぞ出る事が無いのだ。カイトが初参加と思って吐いた嘘だった。


「では、シャーナ様はお着替えをなさいますので・・・覗かない様に」

「信頼ねぇですね・・・」

「道化に信頼があるとでも?」

「うっ・・・」


 ハンナは少し楽しげな顔で、カイトへと告げる。どうやらカイトが一本取られたようだ。そんなカイトのやられた、という顔を見て、ハンナは少し上機嫌にシャーナ女王を伴って、着替えに入るのだった。そうして、カイトは各所への連絡員を行うファナを呼び出した。


「さて・・・ファナ。ファルネーゼには冒険部に連絡を入れる様に言ってくれ。行動は遅らせろってな」

『良いの?』

「良いも悪いも、今のオレにはそれしか手がない。今の会話は聞いていただろう? 何かの計画を変更。今情報を得た所で無駄だ。爺共もまだ動く気配は無いしな。もう暫くは待ちで」

『りょーかい。ウチの妹は有能だから、任せて』


 カイトの言葉に、ファナが再び消える。ファルネーゼとはファナと共に南方で獣人の長をやっていた女性で、種族や地域に統一感の無いカイトの使い魔では珍しく姉妹だった。姉と同じく、褐色の肌が美しい女性だ。南国の生まれなので二人共露出が激しいが、それは慣れだろう。


「・・・さて・・・後2時間程で、会議開始か」


 カイトは時計を見て、更に使い魔を通して街の中心部に設置された大会議場を見る。それは大陸間会議の時だけに使われる会議場だ。巨大なドームで中央には総会の時だけに使われる大会議室があり、そこで今日は全ての国の大使達が集まって開会式が行われるはずだ。

 その後は、天桜学園の処遇が話し合われる事になるだろう。勿論、シャーナ女王は参加するし、宰相として大大老達も参加だ。会ってわかったが、この様子だと暫くはカイトに安心させる為に下手な反対はしないだろう。なので当分は安心だった。


「だが、だからこそ、失態を起こすわけには、いかないんですよねー」


 護衛が離れた途端にこれだ。カイトはため息を吐く。シャーナ女王が着替えている部屋の真上。屋上に敵が立っていたのだ。


「はぁ・・・質の悪い暗殺者だ。狙ってくださいと言わんばかりの場所を放置とか・・・トラップが基本だろうに」


 小さく、ぱんっ、と雷が弾ける音がする。ハンナとシャーナ女王は気付いていないようだ。というわけで、カイトはハンナへと通信機をつなぐ。


「こちらカイト。屋上に暗殺者。軍に連絡して回収してくれ。生かしている」

『・・・わかりました』


 小声でハンナが応答する。シャーナ女王に知らせる必要は無い、と気付かれない程度にしたのだろう。まあ、あんなトラップに引っかかる様な暗殺者だ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、の精神なのだろう。そうしてすぐに、カイトの所へと軍人が数人やって来た。


「どこだ?」

「屋上だ。トラップに引っかかったらしい」

「勝手に罠を仕掛けるな」

「これが仕事だ。あいにくと、みすみす入り込まれて文句は言われたくはないな」

「ちっ・・・回収する。お前は陛下の玉体を損なわぬよう、注意しておけ」


 カイトの言葉に道理を見た軍人は少し苛立ちを露わにするも仕事に取り掛かる。そうして、彼らはシャーナ女王に来た事さえ気付かれぬままに、部屋を出て行く。屋上へはまた別のルートから上がるらしい。

 彼らとて自らの派閥が行う暗殺ならば見過ごすが、そうではない暗殺は彼らにとって益にはならない。仕事はきちんとしてくれた様だ。


「・・・月花。式神の配置を頼む。部屋を見張っておけ」

『わかりました。ええ、わかりましたとも』


 部屋を空にする以上、そして孤立無援である以上、危惧すべき点は多い。カイトがやったように、最も警戒すべきはトラップだ。特に主の居ない間にトラップを仕掛けるのは常道中の常道だ。見張りを置くのは普通だろう。


『解除は?』

「いや、仕掛けるのを見ててくれれば良い。こっちで解除する。こちらに見張りが居る事を理解させる必要はない」

『わかりました。ええ、わかりましたとも』


 再度月花が了承を告げて、消える。作業に取り掛かったのだ。そうして、再度一人になり、カイトはまた、待機を始める事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第738話『大陸間相互協定会議』

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