第733話 謁見 ――シャーナ女王――
観艦式を終えると、カイトは即座に取って返す様に魔導機をアイギスとティナに預けて、旅館へと戻って来た。すでにわかっている話だが、シャーナ女王はレインガルドに到着している。彼は冒険者ユニオンから派遣された護衛として、それを出迎えねばならないのだ。
とは言え、流石にシャーナ女王とて即座にレインガルドに降りてくるわけではない。色々な手続きもあるし、大大老達にしても準備もある。暫く間はあった。
「いっそがしい! 椿! 後は頼む! 連絡はお前を通す様に頼んでる!」
「わかりました・・・では、いってらっしゃいませ、御主人様」
カイトは大急ぎで着替えを終わらせると、椿に後を頼んで部屋を後にする。この後ここに帰って来る事が出来るのは、ユニオンから呼ばれた時だけだ。
その時は冒険部の長としての仕事がある為、こちらに合流する事が許されていた。なお、その間のシャーナ女王の護衛はユニオンが見繕った戦士が代わる事になっている。ここは流石に大大老達も日本人の運営するギルドのマスターを呼び出している以上は、と認めていた。
そうして部屋を出たカイトは、急ぎ足で冒険部が集まっているエリアへと足を運ぶ。今日から冒険者は全員仕事なので、ここも忙しかった。
「えーっと・・・まずはソラ! お前は後冒険部全体の取り纏め! 楓と瑞樹はその補佐! 桜と先輩は抜かりない様にな! 魅衣は実働部隊の取り纏めよろ! 翔は揉め事起こさない様に治安維持!」
カイトは矢継ぎ早に指示を出す。与えられた刻限は、冒険者ユニオンからの使者が来るまでだ。その使者が来るのは、もう遠くはない。なにせ観艦式は終わった。カイトの事情を知っているが故に今まで放って置かれているだけで、本来は観艦式の時点で呼び出しがあるのだ。何時来ても可怪しくなかった。そして案の定、ユニオンの使者は指示を全て出し終わる前にやって来た。
「時間だ」
「っ! あと少し! <<布都御魂剣>>には触れるなよ! 神罰あるからな!」
「ダメだ。すでに刻限は迫っている」
「ちっ! じゃあ、後はよろしく!」
カイトは冒険部一同の返事も聞かず、部屋を後にする。彼を呼びに来たのは預言者だ。千年王国は千年王国と称する様に、千年以上の歴史があるエネフィア最古の王国だ。
そして、最大国家の一つでもある。流石に無碍には扱えない。ユニオンからの出迎えの使者もまた、大幹部だったのである。そうして、二人は馬車へと乗ってしばらく会話する。
「・・・落ち着いたか?」
「ああ・・・」
「「・・・」」
二人の間に、沈黙が降りる。が、それを破ったのは、預言者の方だった。
「・・・何か言わないのか?」
「オレ達の間に、会話は必要か?」
「それを言われると困るがな」
「・・・暇つぶしにしても、悲しくなる」
「ふん・・・事実なだけ、悲しいな」
二人はそれだけ言い合うと、再び黙る。別に仲が悪いというわけでも無いだろうに、この二人の間では会話はこんな物だった。ほとんど、会話にならない会話をするだけだ。そうして、今度はカイトが口を開いた。
「はぁ・・・しりとりでもやるか?」
「何の意味がある」
「ねぇよ・・・ああ、そうだ。身体の方はどうだ?」
「有意義な会話だな」
どうやら今度の会話には、預言者も意義を見出したようだ。思い出す様な動作を取った。
「微妙だ。しばらく前に見たが、再生にはまだしばらく掛かるだろう。来年の今の時期に、また見に行くつもりだ」
「レヴィは忙しい、と。こりゃ、オレが見に行く方が早いか」
「貴様の尻拭いだし、更に言えばエネシア大陸だからな・・・後、その名で私を呼ぶな。可愛すぎるだろう」
レヴィ。それが、彼だか彼女だかの名前なのだろう。が、これにカイトが笑った。カイトだけは、実は名前も顔も知っていたのだ。
「レヴィが似合う。綺麗な女なら特にな。レヴィたーん、とでも呼ぼうか? レヴィたんのお顔拝見」
カイトが笑いながら、レヴィのフードを下ろす。そうして現れたのは、蒼い髪の美女の顔だった。が、下げた事に不満げに、顔をほとんど確認する間も無くレヴィがフードを上げた。
「貴様・・・はぁ。無駄だな。何を言っても無駄だ、というのは私が一番よく知っている。女として在りたくて女となっているわけではない」
不満げなレヴィはフードを上げると、そのままそう告げる。だが、やはり我慢出来なかったらしい。無駄とわかっていても、口を開いた。
「・・・一つだけ、やはり言わせろ。キモ・・・いや、悲しくならんか?」
「さぁな・・・つーか、キモいはやめろ」
「やれやれ・・・私なら自己嫌悪で死んでいるな」
「じゃあ、死ねばー」
「良いのか?」
「困るな、色々と。特に今だとオレが犯罪者扱いだ」
「やれやれ・・・」
楽しげなカイトの言葉に、レヴィが肩を竦めてため息を吐く。まあ、とはいえ。こんな無駄な会話も、時間つぶしにはなった。というわけで、その会話からすぐに、馬車が停止した。飛空艇の発着場に到着したのだろう。
「預言者様。到着いたしました。すでにレインガルドの方々も到着されている様子です」
「飛空艇はまだ降りてはいないな?」
「ええ。まだ準備中かと」
「わかった・・・降りろ」
「はい」
カイトの言葉に合わせて、レヴィが降りてカイトを続かせる。御者は何も知らない。知らせるわけにもいかない。そうして馬車を帰らせてしばらく待つと、先のシャーナ女王が演説を行った飛空艇がゆっくりと降りてきた。降りるのはこの飛空艇だけだ。揚陸艇と考えれば良い。他は見せに来ただけ、という所である。
ちなみに、各国ともに言える事なのだが、やはりこんな観艦式は馬鹿げているとは思っているらしい。なので人員は船を動かせる最低限の人員だけしか連れてきていない。と言うか、規定から連れてこれない。ここには戦争に来ているのではない。平和的に話し合う為に来ているからだ。
「・・・」
「・・・言う必要は無いと思うが」
「無いから言うな。絶対見てるんだから」
「それもそうか」
レヴィは一応の注意をしようとして、カイトの意見に同意する。シャーナ女王がどういう人物なのかは知らないが、大大老達についてはカイトもよく知っている。レヴィの方はもっとよく知っている。千年王国にユニオン本部がある関係で、常日頃から政治的にやりあっているからだ。
そうして、二人は黙って跪いて、シャーナ女王の到着を待つ。すると、大型の飛空艇から先んじて小さな数艇の飛空艇が降りてきて、儀仗隊と楽器隊が大挙して現れて、二人の前にレッドカーペットを敷いて道を作った。
「預言者殿。そちらの男は?」
「今回、貴殿らが護衛として望んだ日本人の男だ。依頼通り、ランクAの男を連れて来た。問題ないな」
儀仗隊と楽器隊と共に降りてきた老年の男性――所謂千年王国王城の執事長らしい――がレヴィへと問いかけると、彼女は少し胡乱げに告げる。貴様らが望んだ事だろう、と言外に告げていたのだ。
「ああ、問題無い・・・が、若いな」
「それが、貴殿らの依頼のはずだ。それにこれでもランクAだ。<<原初の魂>>こそまだ使えないが、腕は確かだ」
「信じよう・・・その方、顔を上げよ」
執事長の言葉を受けて、カイトが顔を上げる。そうして見えた顔に、カイトは思わず、笑いそうになる。かなり老けてはいたが、見知った顔――勿論当時は執事長では無かったが――だった。が、向こうは気付いていなかった。
「まず、言っておく。シャーナ陛下は見た目こそ幼いが、御年57歳で貴様よりも遥かに年上だ。掟により、御尊顔を拝謁賜る事は叶わん。それで護衛が出来ぬ、なぞとは言うな。貴様は黙って陛下の側に付いて玉体を守っていれば良い。日本人とは言え、冒険者。そこは一切容赦はせん」
「承りました」
掟ではなく貴様らが代理を立てやすい様にだろう、と内心で悪態をつきながら、カイトは努めて恭しく初めて知らされた、という体で頷く。そうして、今度は逆にカイトが問いかける。
「それで一つ、よろしいか?」
「なんだ?」
「護衛は私だけ、でしょうか。敵が大挙して来た時には、如何に私でも守りきれぬものがあります。如何にランクSであろうとランクAであろうと、所詮は個人。個人故に数には抗いきれません故」
「仕事の心得はあるらしいな。冒険者として陛下のお側に配置されるのは、貴様一人だ・・・が、流石に貴様一人では陛下の玉体に何かがある可能性もある。後に陛下のお付きの侍女が軍へと案内する。その者を仲介として、軍と共同しろ」
きちんと聞くべき事を聞いてきたカイトに少し執事長が驚きを浮かべる。が、そこはレヴィの手前、きちんと名言しておく。ここで一人だけ、と言ってしまっては確実にユニオン側から正式に不手際が指摘されてしまう。言質を取ってそれを逆手に取るぐらいの手腕がレヴィにはある。
「わかりました」
「よろしい・・・では、次だ。まず、陛下の前では陛下の許可があるまで、顔を上げるな。大大老殿・・・大大老という役割は知っているか?」
「ラエリア王国にて陛下の補佐を行う、他国で言う所の宰相だ、と預言者様より伺っております」
「それだけわかっていれば十分だ。大大老殿のお言葉の場合も、顔を上げて構わん。が、この次に貴様が顔を上げて良いのは、その2つの場合だけだ」
執事長はそう告げると、それを最後に再び踵を返す。そうして、カイトが小声でレヴィに問いかけた。
「・・・敵か?」
「あそこの執事長が味方だった事があるか?」
「違いない」
レヴィの返答に、カイトは薄く笑みを浮かべる。それは嘲笑とも苦笑とも取れる笑みだった。執事長とは本来、王様にとって腹心中の腹心のはずだ。が、千年王国では、大大老達の傀儡だった。
思わずカイトが笑いたくなるぐらいには、腐っていた。それでも国が崩壊しないのは、内政に関してはまだきちんと行われているからだ。これが荒れて荒んだ時が千年王国の終わりだろう、とは世界各国の予想だった。勿論、カイト達の予想でもある。
「シャーナ・メイデア・ザビーネ・ラエリア女王陛下、御入来!」
しばらく待っていると、楽器隊のラッパの音と共にシャーナ女王が来る事が告げられる。それに、カイト達は改めて跪いて頭を下げる。平伏は場の関係――特に会議である事もあり――で免除されている。
そうして楽器隊の壮大な音楽と共に、シャーナ女王が降りてきた。流石に公の場であるため、大大老達も臣下としての姿を見せる。なので、先頭は彼女だった。
なお、何時もならば姿を現す時は神輿や専用の馬車に載せられたりするのだが、飛空艇から降りる関係でシャーナ女王も10人の大大老も徒歩だった。
「・・・預言者と、レインガルドの長達よ。出迎え、大義である。顔を上げよ」
大大老の一人が、口を開く。基本的にシャーナ女王はしゃべらない。あの観艦式には大国の王者達が集っていたので口を開いたが、他は各国のかなり高位の使者が来た場合や年末年始、弔事慶事の挨拶ぐらいしか無い事だった。
ちなみに、レヴィはとある依頼の達成時に正体を問わぬ事と誰の前でもフードをかぶったままで、声を偽っても良い、と許可をもらっている。なので彼女は相変わらずフードを目深くかぶったままだ。今となっては許可を下ろした大大老達も臍を噛む事になっているが、それにユニオン全体で高笑いしている。
「して・・・預言者よ。横の男は誰か」
「はっ・・・日本人の冒険者に御座います」
「ほぅ・・・黒の髪に黒の目・・・伝え聞く姿に相違ない」
カイトを観察しながら、大大老達が薄く嘲笑を浮かべる。彼らは、カイトがランクBだと思っている。実力不相応に護衛に任命されて光栄だ、とでも考えてくれている事を期待しているのだろう。
カイトの事を純粋無垢な少年とでも思っている様子だった。それ故、嘲笑していたのだ。とは言え、それを口に出せば大問題だ。なので、口にするのは別の事だった。
「これは縁なものよ」
「おぉおぉ。これは縁起が良い」
「まるで勇者カイトを思い出す様な感じではないか」
「ありがとうございます」
嘲りを隠して努めて喜んでいる様に大大老達が笑う。それに対して、思い出すなら気付けよ、と笑顔の裏側でカイトも嘲笑う。誰も、カイトがカイトだと気付いていない。
ここにユリィがいれば変わったかもしれないが、それがわかっているからこそ、ユリィは置いてきた。それがなくても気付いたかどうかは、微妙だ。
髪の色も変えているし、顔立ちも彼らの前に出た時とは少し変えている。『カイト≠勇者カイト』という前提条件が全く間違っている彼らにバレる事はなかった。そうしてそんな大大老達は一頻り笑い合うと、シャーナ女王に水を向けた。
「陛下もそう思いませぬか? 会議が開始されて今年で150回・・・その節目に日本人が来ますとは、縁ではありませぬか。これはまるで数度の延期がこれを狙っての事では無いですか」
「ええ」
シャーナ女王はか細くも、大大老の一人の言葉に同意する。なお、大陸間会議が150回目というのは事実だ。厄災種の襲来等の重大事項の発生によって甚大な被害を負ったり参加国が滅びたりすることが数度あって延期された所為で、今年がその節目になっていたのだ。
一番最近だと、ジャッターユ王国の建国を受けての延期だ。エネシア大陸ではこれに対する緊急会議が開かれ、その時の開催地だった双子大陸での大規模な水害も重なった事で延期となったらしい。
「では、その方。お主の先達である勇者カイトの名に恥じぬよう、陛下の玉体をお守りしろ」
「仕事の詳しい話は陛下の側付きであるハンナにさせる。しっかりと、聞いておくのだぞ」
「承りまして御座います」
「よろしい・・・ああ、仕事はこれより開始だ。預言者よ、案内ご苦労だった」
大大老達はカイトに対して好意的に見せる。持ち上げているのは勿論、敢えてだ。仕事に失敗してもらわねばならないのだ。カイトにはせいぜい気を良くして油断してくれねば困る。
「承りました」
「うむ・・・おぉ、向かえの馬車も来たか。お主は女王陛下の護衛。共に陛下の馬車に乗るが良い」
「ありがとうございます」
「では、陛下。こちらへ」
レインガルドの幹部の一人が、シャーナの案内を開始する。話をしている間に、発着場には豪奢な馬車が十数台停止していた。そうして、カイトはシャーナ女王の乗る馬車に乗って、移動する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第734話『シャーナ女王』




