第713話 召喚・送還装置
レガドの統括を行う人工知能『レガド』の説明を受けてこの浮遊都市レインガルド、ひいてはそれを作ったとされる古代文明に起こった出来事を聞いたカイト達はレガドの言葉を受けて遺跡の更に奥、この遺跡の中でも最重要設備である召喚・送還装置の設置されている最重要機密エリアへと足を運んでいた。
とは言え、それは自分達が見知っていた第五層ではなく、秘匿された更に下のエリアだった。やはりカイト達の想定通り、未だ彼らの知らない領域は多そうだった。
『この先に、召喚装置が安置されています』
「この先に、エレベーターねえ・・・ほんとに見たことなかったんですか?」
「儂は知らんぞ。そもそも、何処にあるともわからん、と前々から言っておったじゃろうに」
「宮本殿がそもそも調べなかったのも戻るつもりも無いから、というだけではないですか・・・私はそもそも戻れなさそう、という話ではありますが・・・」
エレベーターに乗り込んだ武蔵の言葉に、旭姫がため息を吐く。二人共実は召喚装置も送還装置も何処にあるかわかっていなかった。
というのも、武蔵は言われている通り帰るつもりがなかった事と、まだ当初は帰るつもりのあった旭姫だが、彼女も向こうに帰れば死ぬ可能性が見えて諦めたらしい。
お互いにいたずらに触ってしまって不意に転移させられては困る、と触らぬ神に祟り無しを貫いたのである。その結果、今の今まで何の調査もされていなかったわけであった。
勿論、研究者達が中に入れない事も大きかった。まあ、どちらにせよ彼らには研究者が足りていない。ここは元々研究所であっても、レガドが述べた通り大半が殺されたか操られた後だ。調査のしようも無かったのだろう。
「儂も姫も気付いたら遺跡の上層階の展望台に突っ立っておった。それ故、ここには来たことがないのよ」
『召喚装置と送還装置の詳細に触れられては困りますから。召喚後には強制的に今で言う所の展望台に転送させる様に設定されています・・・まあ、『不滅なる悪意』の時にはそれが悪く影響したのですが・・・』
武蔵の言葉に続けて、レガドが変な所に出されていた理由を語る。ここらはきちんと万が一を考えていたのだろうが、やはり自分達ならば大丈夫だろう、という驕りが見て取れた。
取り押さえられなかった場合、を考えていなかった。いや、考えていたのだろうが、考えた以上に強かったというだけだろう。そんな話をしていると、エレベーターが停止する。、
『ここが、ニムバス研究所の秘匿エリア。最重要機密エリアです。このまま直進すれば、その先に本当の所長室があります』
「本当の、ね・・・あの扉がそうか」
「後で見せてもらうことにしよう」
エレベーターを降りた一同を出迎えたのは、何の変哲も無い通路だ。曲がり角は無く、一本道だ。少し進んだ先には分岐路があり、道が左右と真ん中に別れていた。
レガドの言葉に従ってこのまま直進すれば、この研究所全ての情報があるだろう所長室につながっているのだろう。材質は不明だが、扉が見えていた。
「で? 装置は?」
『右に曲がれば、召喚・送還装置の設置されているエリアになります』
「左は?」
『資料室です。召喚・送還装置に関するマニュアルや、軍の極秘資料等が保管されていたはずです』
「はず? 今はないのか?」
『所長が操られる直前、最後の抵抗として転移装置に関する資料の全消去を命ぜられました。おそらく大半は消滅しているでしょう。残念ながら、私はその時すでに『不滅なる悪意』の神気の影響で半ば機能停止状態で、監視カメラの類はほぼ全て停止していました。更に資料室は資料の流出を避ける為、カメラの類が設置されていません。詳細は不明です』
どうやらこの研究所の当時の所長が操られるまでには、僅かなラグが存在していたのだろう。召喚の失敗を悟った彼らは最後の抵抗として、資料の破棄を試みたのだろう。成功しているとすれば自分達にはありがたくない話だが、彼らとしては正解の判断だった。
とは言え、そう言う話であれば、まずはそちらの確認をしたい所ではあった。というわけで、カイトはティナに問いかけた。
「・・・なら、一応先に確認しておくか?」
「それが良かろう。余らが求める装置のマニュアル等があれば、これから調査するにも役に立つ・・・頼めるか?」
『わかりました。扉の開閉はこちらで行います』
ティナの求めを受けたレガドが、資料室の扉の鍵を開けてくれる。が、開いて直ぐに、カイト達はこの部屋に立ち入るのが無駄だ、ということが理解出来た。
「仏様じゃな・・・南無」
武蔵が小さくつぶやき、各々が同じように各々の形で冥福を祈る。資料室が開いてカイト達を出迎えたのは、白骨化した遺体だ。それも単なる遺体ではなく、白衣の一部が痛々しいまでに引き裂かれた研究者の遺体だった。そしてその白衣は、真っ赤な血のシミで汚れていた。助かりそうもない傷で、事実助かっていない。この傷がどう見ても死因だった。
扉が開くと同時に倒れ込んできた事から、おそらく扉にもたれ掛かるようにして鎮座していたのだろう。そうして冥福を祈って、カイトはその研究者の衣服に付けられていた登録証らしき物を手に取った。写真付きの物で少し切れている上に血に塗れていたが、彼の名前と階級も読める状態だった。
「・・・隠蔽系術式開発室室長・・・名前は・・・レブナント・オーガスタ。知ってるか?」
『ええ。シャルロット様の後を引き継いで隠蔽系の術式の研究を行っていた数代後の室長です。彼が召喚された者が安全か確認する為の隠形を展開していました。それ故、『不滅なる悪意』からも逃れられる事を期待して資料の破棄を任されたのでしょう』
「そうか・・・中は・・・やはり、ダメか」
カイトは中を覗き込んで、その惨状を理解する。中にあったのは何らかの燃えカスと、書類棚の残骸らしい金属片だ。この様子では資料は期待できそうにはなかった。
壁にはなんら破壊の後が見受けられなかった為、資料だけを完全に破壊する為になんらかの魔術、今で言う所の『古代魔術』を使用したのだろう。詳細はわからなかった。
「・・・ダメだな。何も残っていない」
「こちらもダメじゃな・・・これは完全に破棄されたと見て良いじゃろう・・・む?」
しばらくの間資料室を調査していたカイトとティナだが、やはり全ての資料は破棄されていた。悪態を吐くよりも、彼はあれだけの怪我でも最後の意地で成すべきことを成し遂げたのだ、と賞賛すべきだろう。
と、そうして諦めた二人だが、そこで戻ろうとして、ティナが何かに気付いた。白衣のポケットから茶色い何かが覗いていたのだ。
「これは・・・手記・・・のようじゃな・・・」
白衣のポケットから覗いていた何かを手にとって、ティナがその何かが手帳だった事に気付く。それは彼の書き記していた手記の様子だった。
そうして、ティナはとりあえず一番最後のページを開いた。そこには掠れた字であるが、最後の彼の言葉が記されていた。
「・・・最後の命令はやり通した・・・これで何かが変わるとは思わない・・・だが、ニムバス研究所の最後の意地を見せてやった・・・何処の奴かは知らんが、情報はくれてやらない・・・ふむ・・・だがなぜか、所長が開けろと言っている・・・緊急事態の発令で中からしか開けられない状態だ・・・所長なら、開けか方を知っている・・・あれはもう所長じゃないんだろう・・・最後に、これをお前が読んでくれる事を祈る・・・研究だけに生涯を捧げた様な馬鹿な父で、最後の最後にこんな事をしでかしてしまったが・・・こんな父さんを許してくれ・・・愛しているよ・・・」
どうやら彼の遺言だったようだ。最後には愛する者へのメッセージが記されていた。そうして何があったかを大凡把握して、ティナは前に戻っていく。
「ふむ・・・どうやら研究ノートの類では無いのう。思った事を書き記す雑記の様な感じじゃ」
「・・・研究ノートなら、と思ったが・・・そこまで好都合な事は無いか」
「おそらく持ち合わせておっても、あの灰の中じゃろう」
ティナは燃え尽きた資料の残骸に目を向けて、その中に含まれていたのだろうと推測する。この手記だけは彼が遺言として残していた様だ。それ以外の研究資料は全て、破棄されたと考えるのが妥当だった。
なお、研究ノートとは所謂開発等の研究に携わる者が書き記す研究に関するメモ帳の様な物だ。その研究における全てが書き記されていると考えて良い。
実験結果から、解析結果、その人の推察まで書き記されている場合もある。紙の形式で情報を残す様な研究者なら同じく紙の形式で残す事をしていそうだ、と思ったのだ。
「わかった。先生、有難うございます。次へ行きましょう」
「この遺体は貴方方が調査を行っている間にレガドと話し合い、後ほどレインガルドの墓地に葬る事にしました」
「おまかせします」
旭姫が遺体に布を掛けながら、カイトに告げる。どうやら彼女らはこの研究者も里の同胞として葬る事にしたのだろう。聞けば後で棺を用意して改めて回収しにくる、との事だった。里の古株に似た名前があったので、可能ならば同じ墓に入れてもらう様にする、との事だった。そうして、一同は資料室を出て、改めて召喚・送還装置のある実験室へと歩を進める。
「開けてくれ」
『わかりました』
カイトの求めに応じて、再びレガドが扉を開く。この研究室の扉は全て、研究者としての身分証が無ければ入れないらしく、ドアの開閉はレガドに任せるしかなかったのだ。
「ここが・・・」
『中央に安置されている3つのカプセルが、ニムバス研究所に搬入された召喚装置です。現在は全て日本に設定されています』
「始めから3つとも起動するつもりじゃったのか?」
『いえ、残り2つはかつての戦いの折り、ミトラの願いを聞いた私が最後の策として設定しました。それ以外に文明が存在する世界を私は知りませんでしたので・・・対にしたのは、『不滅なる悪意』の悲劇を回避する為、私が後天的に設定しました。同程度の力量の二者を呼び出す様に、と。肉体の変化は私も想定外でした』
ティナの言葉を聞いて、レガドが事情を説明する。そうして、少し申し訳無さを滲ませた彼女は、武蔵達に謝罪した。
『・・・貴方達には申し訳ないのですが、あの時はああするしか無く・・・』
「かかか。謝ってもらう必要は無いよ。儂はお陰で妻を得れた。感謝こそすれど、恨みは無い」
「私も、本来は齢17そこそこで死ぬ宿命でした。それを考えれば、今このように生きていられる事は貴方のおかげ。感謝こそすれ、恨む事はしません」
レガドの謝罪を受けて、武蔵も旭姫も笑って気にしていないと明言する。二人共、現状に満足しているのだ。今更地球に戻せ、と言うつもりは一切無い。あまりにこちらに縁を結びすぎた。
『有難うございます』
「それは良いわ。ほれ、さっさと送還装置とやらを見せてやれ」
『わかりました・・・送還装置は現在格納庫の中に保管されています。格納庫はその更に奥の部屋です』
レガドの言葉に続けて、実験室の更に奥に続く扉が開く。そこにはここと同じように、円筒状の大きなカプセルが設置されていた。
『これが、送還装置です。こちらの現在の設定は空白。召喚の失敗により地球の位置情報を設定していたのを全部破棄し、再設定の最中でした』
「そう言えば・・・オレ達にも使えるのか?」
ふと、カイトが思い立ってレガドに問いかける。送還装置で自らが帰還方法を作り出すよりも、これを使わせてもらえば話は早いのだ。が、勿論、そうは問屋が卸さない。というわけで、レガドが否定した。
『いえ、この送還装置には転移してきた者以外を転移出来ない様にする安全装置が設定されている上、これを一度使うには、莫大な出力が必要です』
「どのぐらいじゃ? 安全装置であれば、余がなんとか出来るやもしれん」
『そうですね・・・このレガドを浮遊させている全数十個の魔導炉を全て使用して、一台使うのに半年の時間が必要、という程度でしょうか・・・昔は更に外部電源として国から支給された追加のユニットがありましたので、大丈夫だったのですが・・・現在は全て損失している様子です』
ティナの求めを受けて、レガドが取り戻した演算機能を使ってざっと計算を行う。ちなみに、このレガドに搭載されている魔導炉は古代文明の物で、今の最先端の魔導炉よりも性能は良い。
一応今の魔導炉も優れているので比較できない程ではないが、それでも、古代文明の遺産であるレガドの魔導炉の方が優れていた。それが全て必要なのだ。しかも一度使うのに半年だ。まず、プランとしては採用できなかった。
「ざっと、500人分で250年ね・・・却下だな」
「じゃのう。余でも出力そのものはどうしようもないしのう・・・」
レガドの言葉に、カイトもティナも諦める。これもやはり、参考程度にとどめておくべきだった。
「まあ、幸い地球の位置情報だけは手に入る、か・・・この設計図とかは無いんじゃったな?」
『ええ。ここにはサンプルとこの3つが運び込まれただけです。設計図は何処か別の研究所に』
「わかった・・・で、教えてくれ。サンプルは何処にあるんだ?」
『サンプル・・・ああ、剣ですね。それなら、位置情報を観測する為に今も召喚装置の中央にある装置に設置されています』
カイトの言葉を受けて、レガドが再度召喚装置の部屋へと促す。どうやらサンプルとは剣のようだ。そう聞いたティナを除く三人は、少し期待しつつ前の部屋へと戻って、召喚装置の中央の装置を開いて、中を確認する。
「これは・・・刀にも見えるが・・・」
「内反りですね・・・長さは・・・目測90センチ程でしょうか・・・」
「ふむ・・・儂らが使う物よりも遥かに古そうじゃのう・・・それに、とてつもない神気も放っておるな・・・」
「神々の持つ品の一つ、と考えても良いかもしれません」
やはり刀の事になると、ティナを除く三人共目の色が変わる。現れた古代の日本刀に興味津々だった。と、言うわけでカイトが取り出す事にした。
「まあ、とりあえず取り出してみますか」
「そうせい・・・っと、間違っても落っことすでないぞ」
「わかってますよ・・・一応、白手袋しとくか」
カイトはこれは美術品としての価値があるかも、と思って念の為に白い手袋を嵌めておく。が、そうして手に取って流れ込んできた記憶に思わず、顔を青ざめさせた。
「これは・・・そんな、まさか・・・」
「どうした? なんぞやばい品じゃったか?」
顔を青ざめて絶句しているカイトへと、武蔵が問いかける。少しの警戒感があるのは、やはりカイトの状況を見てだろう。そうして、カイトがこの剣の由来を告げた。
「いえ・・・これは確かに、やばい品ですが・・・そう言う意味でのやばいじゃないです・・・これ・・・<<布都御魂剣>>です・・・正真正銘の本物です・・・」
「「は・・・?」」
「<<布都御魂剣>>? なんじゃったかのう・・・」
カイトの言葉に旭姫と武蔵の二人が思わず脱力して、ティナは何処かで聞いた名前だ、と頭を捻っていた。そんなティナに、旭姫が顔を青ざめさせて告げる。
「<<布都御魂剣>>・・・神武帝が使われたという神剣です。その前には武甕槌命が大和平定に使ったともされています。その神通力は瘴気を切り払い、荒ぶる神をも退ける、と・・・」
「おお、それじゃ。そう言えば何ぞヒメの奴が大昔に原因不明の消失を遂げた、と言うておったのう。ここに呼ばれたわけか」
「それが事実なら、なんと恐れ多い・・・」
ティナからの言葉に、旭姫が恐れを滲ませる。彼女は一応毛利の姫だったのだ。厳島神社の神官達から<<布都御魂剣>>の事も逸話についても聞けていたらしい。
そしてそれ故、いくらなんでも<<布都御魂剣>>を異世界に召喚してそのまま、というのは元日本人として見過ごせなかったらしい。そんな様子を見て、再度レガドが申し訳なさそうに明言する。
『そんな名のある宝剣だったとは・・・当時の者に代わり、改めて謝罪させて頂きます。これはカイト、貴方がお持ちになるのが良い。ここから、日本へと持ち帰ってください』
「しっかりと天照大御神様と武甕槌命様にお返ししてください」
「儂からも命ずる。これはきちんと在るべき神社に奉ずるべきじゃ」
「わかりました。必ず、お返し致します」
旭姫と武蔵の言葉を受けて、カイトが<<布都御魂剣>>をしっかりと握る。今までは一応日本にあったものなので里帰りさせてやるか、という程度だったが、これは流石に持ち帰るのが最適の品だった。日本の建国に携わる物だ。持ち帰るのが最適だった。こうして、カイト達は道標となる<<布都御魂剣>>を手に入れたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第713話『八咫烏』




