第711話 謎解き ――解明――
少し前に投稿した断章・11『第8話』にちょっとしたお知らせを掲載しています。断章の投稿に関する事です。興味がある方は一読ください。
カイトとティナがレガドの問いかけに応じて気付かなければならないこと、とやらの解明を始めてから、数日。この日には全ての部屋の調査が終わり、それを使って二人は謎解きの前の問題文の解明に努めていた。が、それは一向に成果は上がっていない様子だった。
「・・・わからん・・・」
「なんも無い、じゃと・・・?」
二人は大いにしかめっ面をして、眉間にしわを寄せていた。ティナの発言からわかろうものだが、地球に関する資料は中津国と未知の世界とのやり取り、という程度では記述されていたが、それが地球である事も実験をしていた国が日本であることも、どちらも記載はされていなかった。
唯一、それが関係していることと言えばやはり第五層にあるとされる召喚装置のアイデアになっていた、という所だろう。この研究所が研究所であるが故に、そして秘密にされている施設があるが故に強大な力を持つ者を多様出来ず、万が一の際には何の事情も知らぬ『哀れな』異世界の者を召喚して、騙すなりして事に当たらせる事を考えた、という程度だ。
「儂らを哀れとはのう・・・ま、何も知らんのは事実じゃったがのう」
資料の纏めを読みながら、武蔵が苦笑する。今回の調査でなぜ異世界の自分達でならなければならなかったのか、という事が分かったが故の発言だった。
まあ、その召喚装置の機能そのものは発案者達の意図通り確かに起動したが、その代わり、もはや誰もそれについて何も知らない、というのは逆に哀れだろう。
「まあ、この様子じゃと、送還装置は存在しとるじゃろう」
「でなければ単なる馬鹿、という所じゃ」
武蔵の言葉にティナが応ずる。召喚装置は確かに強大な力を持つ可能性のある者を呼び出せるが、そうであるが故に自分達で抑えきれない可能性がある事は明白だし、何より、要らぬ事を探られては彼ら古代の研究者達にとって有り難くない。強制送還装置とでも言うべき物を切り札として持ち合わせていないとは、思えなかった。
「まあまず探すべきはこのサンプルとやらじゃな。それが、今後の鍵となろう」
「何か、ってなんだろうな」
「知らん、そんなもん」
カイトの問いかけに、ティナがわからないと丸投げする。それは調査の中で分かった事だ。アル達の入った研究室の一つに研究者の手記が瓦礫に紛れて残されており、その本来の持ち主はどうやらこの召喚装置の開発チームの一員だったようだ。
そこには異世界からの召喚に関する記述が記されていたのである。そこに、日本から転移してきたとされるなんらかのサンプルがある、と記載されていたのだ。
「地球からの召喚は偶然ではなく、必然じゃったわけか」
「聞いた時にはなるほど、と思いましたけどね」
「まあ、当然といえば当然じゃな。普通に考えて、全ての世界に検索を行っておっては時間があまりに掛かり過ぎる。危急を告げておる時にそんな時間はあるまい。そもそもどの世界に文明があるかはわからん。であれば、必然文明がある事がわかっている所を目安とした方が良い。道標が要ろう。その道標が、このサンプル、なんじゃろうな」
「儂らじゃったのは偶然か、それとも将来性を認められたが故の必然か・・・そこはわからんか」
ティナの推測に武蔵はできれば後者であってほしいな、と思いつつも笑うように自分達が召喚されるに至った理由を更に推測する。まあ、同時に二人の対となる様な剣豪が呼び出されているのだ。偶然と考えるよりも、必然と考える方が正しいだろう。
「さて・・・とは言え、それがわかったからと言って、どうなるというわけでもなし。結局、問題は何もわからず、か」
「そうなんじゃよなぁ・・・余にもなんにもわからん。なぜ余らでなければならなかったのか・・・もしや、勘違いなのか?」
「勘違い?」
「うむ。レガドは余らが地球で何か高位の地位についており、そこで得るべき情報を得ておる、と勘違いしておるのではないか、と考えたんじゃ」
「その場合は、もはや大笑いだな」
最悪といえば最悪のパターンに、カイトが苦笑する。こうなっては、もはやどう頑張っても解き明かせない。そもそも重要なヒントが足りていないのだ。
「・・・しゃーないか・・・まだ後少し部屋は残ってるから、その調査を行って、最後の結論を下すか」
「そうするしかあるまい」
カイトの言葉にティナも同意する。もし彼女の推測が正しければ、完全にレガドの見込み違いだ。問題が解ける筈のない者に問題を出している事になる。
まあ、いくら古代文明の遺産といえども異世界の事情を完璧に理解出来るわけではないだろう。こればかりは、仕方がないと諦めてもらうしかなかった。
「じゃ、今日は解散じゃな。儂ももう戻って寝るぞ」
「はい、お疲れ様でした。明日は旭姫様ですから、明後日ですか」
「うむ・・・ではな」
会議の終了を見て、武蔵が立ち上がって後ろ手に手を振って部屋を後にする。旭姫と武蔵を同時に出す必要はなかった為、片方ずつが調査に参加していた。
「じゃあ、オレ達も寝るとするか・・・はぁ・・・そろそろ終わってくれないと困るんだけどなー」
「そろそろ、各地の冒険者共が集まり始めるからのう・・・ほぼ同時に王侯貴族共も到着しよう。それまでには、なんとかケリをつけたい所じゃな」
二人は段々と近づく大陸間会議の開幕を前に、ため息を吐く。すでに各国の使者の中でも先遣隊や打ち合わせの職員達は船で乗り付けてレインガルドの上層部と話し合いが行われていた。
会議が始まれば流石に彼らも動き様が無い。宿題としない為にも、今の内に終わらせたい所だった。そうして、そんな二人は今日はこれで終わる事にして、床に就く事にするのだった。
翌日。結局なんの目新しい発見は無いままに、今日の調査はボスを討伐して終わりとなる。
「はぁ・・・今日も収穫無し、か・・・」
『全部の資料を見るべきかもしれんなぁ・・・』
如何に彼らとて、時間が足りない。なので資料は全て完璧なまでに読破したわけではなく、必要と思われた資料のみを読破することにしていた。その省かれた中に、答えがあるのでは、と思っていたのだ。そんなカイトの疲れた様子を、魅衣とカナンは見ていた。
「疲れてるっぽい?」
「なんかまた抱え込んでるっぽいからね」
「知らないの?」
「機密だってさ」
「恋人なのに?」
「そこら、カイトのすごい所というかなんというか・・・」
少し苦笑混じりに魅衣がカナンに告げる。分からないではない。夫婦だからといって、仕事の事をなんでも語れるわけではない。恋人も一緒だ。いくら信頼していようとも、語れない事はある。カイトはそこの所の区別を付けていた。そしてその機微は、冒険者だからこそ、カナンにも僅かにわかったらしい。
「ふーん・・・」
「まあ、疲れたのなら、後で慰めてやるわよ・・・で、カナン。ここ当分何リズム刻んでるの?」
「あ、これ? ほら、ここって外だから、排気管の音聞こえるでしょ?」
「え・・・? あ、そう言えば・・・」
カナンに言われて、魅衣も耳を澄ませてようやく気付いた。ここはボス部屋ではなく、遺跡の中だ。それ故、配管を通る空気の音は聞こえてきていて、それがリズムの様に聞こえていたのである。
「ちょっと前に資料室でやっちゃった・・・って、知らないっけ」
「あー・・・急に吠えたってあれ?」
「うん、それ・・・あれで配管の音がリズム刻んでるっぽいって気付いたの。あそこだとなんか不協和音だったんだけど、気付いたんだけど、ここだったら綺麗に聞こえるから・・・で、リズム取ってるだけ」
「なんだ・・・でも確かにリズムっぽいわね。バラード・・・クラシック? っぽい」
どうやらカナンが資料室で大声を上げたのは、静かだったから余計に配管の音による不協和音が気になったのだろう。慣れない書類仕事に不協和音は確かに気になる。
まあ、それで大声を上げて良いかどうかは、別だろうが。と、そんな会話を聞いていた周囲の者達も、耳を澄ませてその音に聞き入る。
「とん、とととん・・・あ、ホントだ」
「なんかどっかで聞いた音っぽいね」
「気のせいだろ」
一度誰かが気付けば後はネズミ算式に周囲に広まっていく。それがカイトとティナの耳に入るまでには、そう時間が掛からなかった。
「音が音楽に聞こえる、ねぇ・・・まあ、原初の音楽なんてそんなもんか」
『じゃろうな。こちらはノイズカットで切っておるから全くわからんがのう・・・ま、カナンはもうちょいそこら我慢出来る様になるべきじゃな』
カイトの言葉に対して、ティナが笑う。彼女ら研究者達は入り込む配管の音は全てノイズとしてキャンセリングしていた。そもそも通信の異常を引き起こしていたのが、この配管の関係だ。当然だろう。と、そんな二人に光明をもたらしたのは、そのカナン、だった。
「・・・あ、これ・・・やっぱり何処かで聞いた事がある」
「・・・うん? どういうこと?」
「うん・・・これ、多分・・・」
「『月の女神』だ」
その瞬間、カイトとユリィが同時に目を見開いて、ようやく、自分達の抱いていた大きな間違いに気付いた。
「そっか・・・もしかして・・・」
『なんじゃ、どうした?』
「ティナ! そこはどうでも良いから、急いでカナンに今聞いている音を口ずさませて! はっきり聞かせて! もしかしたら、私達思いっきりミスしてる!」
『むぅ?』
何かは事情がわからないが、ユリィの声には何処か歓喜が乗っていた。それに、ティナは仕方がなく言われるがままにカナンと自らの回線を繋いだ。やりたくはないが、彼女しか居ない。
とは言え、流石にそのままでは声がバレるので、ボイスチェンジャーに似た魔術でなんとか誤魔化す事だけはやっておく事にした。ボイスチェンジャーを使っても変えられる領域には限度がある。効くかどうかは賭けだ。
『カナン。聞こえておるか』
「・・・あ、はい。なんですか?」
カナンは研究者の一人と思ってくれたようだ。もしかしたら違和感ぐらいは感じているかもしれないが、そこはもう諦めるしかない。が、とりあえずは研究者としてスルーしている様子だった。
『『月の女神』というたな。聞こえている音を口ずさんでくれるか』
「はぁ・・・何の意味があるんですか?」
『まぁ、少しのう』
ティナの言葉にカナンはなんだか釈然としないものを感じつつも、配管から聞こえてくる規則的なメロディーを口ずさむ。そしてそれを聞いて、ティナは即座に、曲名を言い当てた。
『確かに、これは『月の女神』・・・じゃな。一部変化しておるが・・・おそらくこれは古い時代の物じゃな。月の女神を称える賛美歌。今知られておる物の原型かもしれん』
「そうなんですか?」
『うむ・・・感謝する』
ティナはカナンの問いかけに感謝を示すと、いそいそと接続を解除してカイトへと問いかけた。
『で、カイト。これがどうしたんじゃ・・・そうか・・・余らは多大な思い違いをしておったわけか!』
カイトに問いかけようとしたティナだが、そこまで言って、自らも思い違いをしていたことに気付く。そう、全部、勘違いだったのだ。『カイト達』でなければならない、というわけではない。『カイト』個人でなければならなかったのだ。
「そうだ。オレじゃなければならなかったんだ。勇者カイトではなく、女神の神使であるオレが、だ」
『あははは! 考えればわかろう話じゃ! こんなでかい研究所、人の技術だけで隠すなぞ夢のまた夢! 神の力が・・・月の神の力が介在せねばどうにもならんのか! ここは月の女神の力を使って、隠しておったわけか!』
繋がった線に、ティナが笑いながら解説を行う。ここは数十キロにもなる超巨大な建造物だ。そして内部には魔鉱石の量産施設があるという。
そんな国家の命運さえ揺るがしかねない超重要施設をそのまま空中に移動させるだけを安全策にするはずがなかった。普通は、もっと上の安全策を模索する。そのもっと上の安全策とは、とどのつまりは、何時ぞやの狂信者達と同じく月の女神の力しかなかった。
「だから、貴方は素晴らしい知性をお持ちになられた、なのか・・・」
『二重敬語かと思ったがのう・・・過去形だったわけじゃな』
『お持ちになられた』というのは、二人が言うように本来は二重敬語だ。『素晴らしい知性をお持ちだ』、『素晴らしい知性を持たれた』というのが正しい用法だろう。
だが、ここは意図的な誤用、いや、この場合は悪用だった。『れる』という助動詞のもう一つの使い方。可能の方で使っていたのである。二重敬語と勘違いする様に促したのである。本当に、レガドは良い性格をしていた。
「なられた、を二重敬語と取ったこちらがミスだったな・・・なった、を使いたくなかったが故の発言か。敢えて、誤用したな。奴が待っていたのはただオレ一人だ。オレ達と捉えた事が間違いだった。お持ちになった、と言われれば、奴がオレを知っていた事に対する明言になってしまう・・・やってくれたな」
人工知能の悪辣な引っ掛けに、カイトは楽しそうにしつつも呆れを隠さない。もう少し簡単に言ってくれれば、もっと早くに気付けただろう。だが、それを避けたのだ。
そうして、通信機の中に拍手と声が紛れ込んできた。それは女性の声で、カイトとユリィには、何処かシャルの声に似ている様に感じられた。
『お見事です・・・私は待っていました。貴方というもう一人の神使が来るのを』
「もう一人?」
『厳密には私は神使ではありませんが・・・貴方に似たように、加護を得ています。詳しい説明をしたい。私の守り手達と共に、私の所へと来てください。道中の警備システムは私の権限で解除しましょう。気高き魔王よ。貴方も同行をお願いします。条件を解きましょう』
レガドは自分の所へと来る様に、カイト達へと促す。そうして、その促しを受けてカイト達は調査隊を引き上げさせると、そのままとんぼ返りに再び第四層のレガドの下へと赴く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第712話『ニンバス研究所』




