第709話 謎解き ――問題探し――
レガドの中枢ユニットであるレガドを名乗る人工知能の起動により、浮遊都市レインガルドの行動停止の理由が自分達を待っていたが故だと把握したカイト達。その次の潜入日からは、作戦目標をエラーのチェックからレガドの出した謎解きの解明の為に行動を起こす事になった。
とは言え、流石にカイト達が目的だ、とは公に出来無い。いくらなんでも情報流出に気を遣っていない。と言う訳で、最下層で得られた情報から原因は部屋の方に有るのではないか、と言う理由にしておいた。
「と、言う訳で今日からはオレもこちらに参加、と言う訳なんだが・・・二葉。オレの心の代弁頼むわ」
「はぁ・・・広い、ですか?」
「そゆこと」
カイトは最下層の調査を切り上げて、冒険部一同と共に第二層の調査に来ていた。とは言え、これは彼だけではなく、ヤマトと武蔵――旭姫は輪番制で休み――も第三層に入っており、人手を増やす事にしていた。全部屋の調査が決まったので、そうするしか無かったのだ。
「と言う訳で、改めてメンバー発表ー」
「やる気ねーな、おい・・・」
「いや、第二層広すぎだろ・・・」
「一昨日こっちはそれやったよ!」
やる気無い様子のカイトに対して、冒険部の少年の一人が怒鳴る。まあ、そのかわりにカイトはより危険な第四層に突入していた事は先刻承知だ。なので単なるじゃれ合いの一環である。とは言え、次の彼の一言には、この少年も同意するしか無かった。
「でも全部屋調査とか気が狂ってると思わないか?」
「・・・うん、思う」
「だろうな・・・まあ、と言う訳で、今回の調査からは武蔵先生のお弟子さんと冒険部をごちゃまぜにします。皆さん、ご迷惑だけは掛けない様に」
「「「はーい」」」
軽い調子で冒険部一同が応ずる。学生気分が抜け切らないと言うよりも、学生気分を演じているだけだ。幸い、昨日の突入で感覚は掴めた。油断さえしなければ、なんとか出来る事が分かったらしい。気を抜いている訳では無いが、少し手を抜いている様子が見えた。
と言う訳で、カイトは昨夜の内に武蔵達と共に特急で練った新しいチーム編成を配布する。すでに明言した通り、全ての部屋を回る為の冒険部と武蔵の弟子の混成部隊だ。いくら二度目だからと言っても道案内も無しに探索は無理だ。
「さて、じゃあ、それに分かれたら出発だ」
「おーう」
カイトの号令に、一同が頷く。今回からは指揮官はカイトになっていた。武蔵の弟子としての立ち位置もカイトは皆伝なので上だ。妥当な判断だった。そうして、そんなカイト率いる第二層攻略部隊が、再び侵入していく事になるのだった。
作業開始から、数時間。昼飯を食べた後、カイトはある部屋でため息を吐いた。そこは所謂、研究所の資料室の様な所だった。ここには色々な資料が収められている事が考えられていた為、部隊3つ分、20人程がここに集合していた。
資料室の広さはおよそ縦横200メートル✕100メートル。かなり広い資料室で、様々な資料が収められていた。一種の図書室の様な感じだった。
「・・・どう?」
「どう? とはなんだよ・・・」
「いや、読書読書」
ユリィの問いかけに、カイトが目頭を押さえながらため息を吐く。見ればわかるが、疲れている様子だった。
「わかんねー・・・そもそもここらの研究所の資料というか上の居住エリアの建設計画とかまで誰も見たことがなかったからな。どれが今回の一件に関係する案件なのかが全く判らん」
『今の今まで放って置いたツケが回ったのう』
「うっせー。ここは武名を轟かせた武の街で、遺跡は修行場としてしか考えられてねーんだよ」
『やれやれ・・・』
通信機の先のティナが、少し疲れた様子のカイトに呆れる。仕方が無い。武蔵も旭姫もどちらもこの遺跡に古代文明としての興味を見出していなかった。二人はそもそも地球人だし、学者では無いのだ。
と言う事で、興味を見出したのは遺跡のゴーレム達の防衛システムだけだ。それ故、研究資料等は殆ど調査された事は無かったのである。
『まあ良いわ。で? 今の資料の報告を聞こうか』
「はいよ・・・まあ、これは当たりだった。研究所にあったらしい居住区の開発責任者や研究における各分野の責任者の名前が記されていた」
カイトは資料を再度見ながら、ティナの質問に答える。これで十数個目の資料だったが、幸いにしてこれはまだ、当たりと言える資料だった。開発責任者の名前が判っていれば、それを取っ掛かりとして関係の有無を調べる事も出来るからだ。
「研究部門責任者の名はジャン・ジャック。もういっそルソーとでも思っとけって名前だ」
『ジャン・ジャック・ルソーじゃからのう・・・フィレモンでも居たか?』
「そりゃユングだ・・・あ、蝶がひらひらとー・・・ブチッ」
「カッ」
『二人共なんぞ出て来たら言うてくれ。銃口詰めた銃と眼鏡、仮面が欲しければ言うんじゃぞ』
「それ、後ろからなんか出て資料整理手伝ってくれたら嬉しいなー」
カイトが渇いた笑いを浮かべる。某ゲームの効果音であった。どうにももう一人二人は人手が欲しいらしい。彼もユリィも資料仕事は得意では無い。そもそも彼らの根本的な所は戦士系だ。書類仕事が得意な戦士、と言うのも珍しいだろう。
しかも、これは無駄骨の可能性が高い仕事だ。干し草の山から針を見つける様な作業だ。何も知らない冒険部一同に対してそれが分かっている分、カイト達は精神的に辛かった。
『やれやれ・・・まあ、ルソーとユングの正確なツッコミが出来とるから、まだ大丈夫じゃ。頑張れ』
「わーい、スルーだ」
「人の頭の上で踊るな小動物」
「じゃあ大型化するぞ」
「やめれ」
『二人共疲れとる様子じゃな』
カイトとユリィの無駄口と無駄な行動が多かった事から、ティナは疲れている事を察する。まあ、無理が来る時間ではある。既に資料室に来てから7時間。休憩を挟みながらでも、大体6時間は書類を読むだけの仕事だった。
とは言え、20人でこれだけやってもまだ半分も進んでいない。そしてこれと同じような資料室があと3部屋存在していた。勿論、大きい資料室がと言うだけで小さいのもある。気が滅入ると言えば、気が滅入る作業であった。
それでもまだ、二人はまだ良い方だ。書類仕事に慣れている。と言う訳で、彼ら以外の大半の同行者達は、死屍累々の様子だった。
「・・・うふふ・・・私、今まででここまで詰め込んだのってティナちゃんの最後の追い込み以来かなー」
「勉強ってそんなに厳しいんだー」
「「あははー」」
カナンと魅衣が渇いた笑い声を上げる。完全に目が逝っちゃってた。と、それに瑞樹が気付いて、大慌てで二人を揺り動かす。
「魅衣さん!? カナンさん!? ちょっとお気を確かに!? その手の動きはなんですの!? どうしてお互いの手を握ってまるでページをめくる様な動きをなさっているんですの!?」
「はへ?」
「あ・・・ここは何処? 私は誰?」
どうやらカナンは完全に頭がオーバーヒートしたらしい。ゼロからの再起動を図っていたようだ。それに、瑞樹が大慌てで更に彼女を揺らす。
「カナンさん!?」
「ちょ、カナン! カムバックして!」
『壊滅じゃのう・・・』
瑞樹に揺り動かされて正気を取り戻した魅衣は一瞬マヌケな顔を浮かべたが、カナンのヤバさに気付いて彼女はカナンの頬を引っ叩いていた。
そもそも孤児のカナンは兎も角、魅衣は学力としては悪くは無いのだが、残念ながら元地下闘技場で武名を轟かせた不良だった。なので勉強や読書そのものは得意では無い。天桜に入学出来たのはティナの追い込みのお陰である。と言う訳でまさかの慣れない超長時間の書類仕事に正気を失っていた様だ。他も似た状況だった。
「・・・俺・・・今までの一生の倍近くは読書した・・・」
「私なんて読書そのものが初めてよ・・・」
「俺も・・・最後に読んだのって、孤児院の院長先生に読んでもらった絵本位かも・・・」
「それが読書に入るなら私もー・・・」
マクダウェル領で登用した少年少女達は、カナンを除いて総じて手を止めて何処かを見ながらぼー、としていた。なお、カナンはどうやら件の『おじさん』と先輩冒険者であるカシム達のおかげで読書はさせられていたらしく、なんとか魅衣程度で済んでいたと言う事だ。
『「「・・・はぁ」」』
そんな死屍累々の様子を見て、三人がため息を吐いた。武蔵の弟子達はまだマシだが、それでも結構まいっている様子だった。ここでこれでは他も見るまでもない状況だろう。
「今日は少し早いがあとちょっとで脱出させるか・・・で、続きだ。隠蔽系魔術開発室責任者はシャーロット・ニムバス。女性。量産技術開発室責任者はロクサリーヌ・・・資料がかすれてて姓は不明。おそらく女性。光学術式開発室責任者はオットー・リュオン。男性・・・」
『ふむふむ・・・』
カイトから寄せられる情報を聞きながら、ティナはメモを取っていく。これら資料を持ち出せるのなら、何もこんな所で調査はしていない。これら資料についてだけは保管用の魔道具を使っても持ち出せなかった為、ここで読んでいたのである。
『この研究所、ないしは工場の総責任者の名は載っておらんのか?』
「工場があるとするのなら、載って無いな。まあ、隠されていた可能性は十二分に有り得る。資料に記載しているとは思えんな。で、研究所の総責任者の名前は掠れていたが、家名だけは有った。ニムバスだ」
『ふむ・・・何処じゃったか・・・ああ、隠蔽系の開発室責任者の家名と同じじゃな。親類縁者の類か』
「だろう。こんな場所だ。身内の一人や二人が研究者であっても不思議は無い」
二人は口々に推測を出し合う。ここらカイトはまだ大丈夫だ、と言うティナの見立ては確かだっただろう。なお、ユリィは疲れ果ててカイトの肩で寝っ転がっていた。
「さて・・・まあ、お陰でなんとか関係のある奴は探せるか」
『じゃのう・・・』
「で、ティナ。お前、問題の方は?」
『分からん・・・そもそも、取っ掛かりが無い。問題が出されておらんのが難点じゃ』
カイトからの問いかけに、ティナが通信機の先で首を振る。研究者達には頼れない為、彼女は一人作戦の総指揮を行いつつ、今回の問題が一体何なのか、と言うのを解き明かしていたのである。が、やはり彼女も流石に問題文も無し、ヒント一つでは何も出来ていない様だった。
「ヒントは気付かねばならない、か・・・」
『そこ、なんじゃなぁ・・・何に気付かねばならんのか。それがわからん』
ティナはため息混じりに再度首を振る。出されている言葉は、たったひとつ。気付かなければならない、と言う事だけだ。
そして『ならない』と言う必然を告げる言葉を使うのであれば、気付いていない方が可怪しい、と言う事なのだろう。それが尚更、問題の追求を困難にしていた。
「気付かなければならない・・・住人である先生達じゃなくて、オレ達が・・・? どう言う事なんだ・・・」
『そもそも、何故今なんじゃ。お主らも余も300年前に何度もここに来ておる。だと言うのに、目覚めたのは今じゃ。つまり、今でなければならない何かが有る筈じゃ。そここそが、気付かねばならぬ事なんじゃろう』
ティナの物言いから、カイトは一つの事に推測するに至る。と言う訳で、彼女に問いかけてみた。
「大精霊達に関する事では無い、と?」
『そうじゃろう。大精霊様達であれば、300年前も変わらずおられたじゃろう?』
「ああ。戦争終結後も免許皆伝の正式な認定試験だの何だのと何度かここに入ったし、あそこにも立ち寄ってはみたが・・・一度もこんな事は無かった」
『であれば、大精霊様の関係では無いじゃろう』
カイトの言葉に、ティナは改めて自らの推測の正しさを説く。そこが更に、事態を混迷へと導いていた。こうなると、カイトとティナ達で無ければならない理由が何処にもないのだ。
彼らの最大にして唯一の特異性は、大精霊達との縁だ。それを除くのであれば、他の誰でも良い筈なのだ。なのにレガドはカイト達を待っていた、と言っている。であれば、あと一つの特異性だけが、そのヒントに成り得た。
「オレ達の転移を把握出来るのであれば、レガドはオレ達が地球に帰った事は知ってる筈だ。であれば、地球に関する事か」
『それが一番、妥当じゃな。特にここは地球との関係がある』
今はまだレガド関連の情報の重要性から何の調査も進めていないが、このレガドには現状確認出来るエネフィア唯一だろう異世界からの召喚装置が存在している。
そしてそれが最後に呼び寄せたのは、他ならぬ日本の剣豪である剣豪・宮本武蔵と剣豪佐々木小次郎だ。両者の関係は見過ごせない。なので二人はこれを地球に関する事なのだ、と推測した様だ。
「重点的に調べるべきは、召喚に関する所か」
『じゃろう・・・とは言え、何処の資料室に有る事やら』
「調べとくべきだったか・・・と言ってもそも論で武蔵先生さえ何処に有るか知らない、って話なんだよな・・・」
今まで手付かずだった巨大な資料室に、カイトがため息を吐く。何処に何が有るのか、と言うのは未だ未調査のままだ。それを進めない事には、なんともならなかった。
そうして、ため息混じりのカイトは再度資料の調査を進める事にして、ティナは改めて寄せられた報告から問題の把握に務める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第710話『謎解き』




