第708話 生き残り ――レガド――
第四層の巨大ゴーレムの討伐を終えて胴体が消えた後、カイト達は更に奥のエリアへと歩を進めていた。が、ここでカイトは動力炉の検査を他の面子に任せると、ホタルと二葉を連れて別行動に取る事になっていた。
「で、何を聞けば良さそうだ?」
『そうじゃなぁ・・・まあ、まずは現在の状況じゃろう』
これから向かうのは、この古都レガドの心臓部である動力炉に対して、頭脳に当たるメインのコアユニットとのやり取りが行える所だ。ここはコンソールが一つしかない部屋なので、大人数で行った所で意味がない。なのでカイトと護衛二人を引き連れて行く事にしたのである。
「現在の状況、ねぇ・・・他の所の様子は?」
『他の階層は今の所エラーは見付かっておらんな。まあ、エラーが無い可能性の方が高いんじゃが・・・』
「やれやれ・・・」
二人は予め出ていた推測に、ため息を吐いた。何か問題を起こしているとするのなら、この先の人工知能にこそ問題があると二人は見ていた。そうしてしばらく歩けば、一つの小部屋の前にたどり着く。
「っと、到着した」
『うむ・・・では、何時も通りコンソール前の椅子に腰掛けて、じゃな』
「了解」
ティナの声を聞きながら、カイトは部屋の中に入る。そこは、一つの30センチ程の球体が浮かんでいる部屋だった。球体はガラスの様に透明で遥かに強固な保護ケースに覆われていて、その前には一つの大きなモニターと幾つかのモニター、そしてそれに囲まれてコンソールが一つだけ存在していた。
これこそがこの古都レガドの心臓部にして、古都レガドの由来にもなっているメインユニット『レガド』だった。レガドの意味は古代語故に誰も知らない。口伝によってこのユニットの名前が『レガド』なのだ、と伝わっているだけだ。が、何の意味もなく名前を名付けるとは思えないので、何らかの意味があるのだろう。
「さて・・・二人は手頃な所で休憩しておいてくれ。ここは動力炉以上に安全だ」
自らがコンソールの前に腰掛けたカイトは、コンソールを起動する前に二人に休憩を命じておく。流石にここでは敵は出てこないので、休憩させておこうと思ったのだ。そうして、二人が休憩に入ると、カイトは前に向いてコンソールを起動した。コンソールそのものは他の階層と変わりがない。
「さて・・・」
コンソールを起動すると、モニターに電源が入り光が灯っていく。そうして全て起動した所で、何時も通りに、研究所全体の状況が幾つものモニターに表示されていく。そして最後に、文字が表示された。内容は、『御用は』という所だ。
「現在の研究所全体の様子を教えてくれ」
カイトはコンソールを操って、レガドの問いかけに対して質問内容を口にする。ここだけはどうやらマイクも設置されているらしく対話形式でのやり取りも可能で、コンソールは喋れない者の為の予備なのだろう。
『現在の研究所の状況・・・観測開始・・・』
研究所全体である以上、やはり調査にはしばらく時間が必要らしい。3分程の時間を要していた。が、そうして出た結論は、予想通りの結論だった。
『異常は検知出来ず』
「やっぱり、か・・・さて、どうするかね」
『まあ、そうじゃろうな。異常が検知出来ておらんからこそ、原因不明なんじゃからのう』
カイトとティナは予想された返答に、どうすべきかを考える。これについては既に武蔵が先んじてやっており、一応念のための確認であるだけだ。ということで、カイトが適当に思い付いた内容を問いかける事にした。
「ふむ・・・では、研究所実験エリアのメンテナンス通路にて水蒸気の噴出の増大が確認されているが、排熱系統に異常は?」
『見受けられず』
「調整ということか?」
『・・・再起動プログラムを起動・・・』
カイトの更なる問いかけに対する唐突なレガドの返答に、カイトが思わず身を乗り出す。こんな返答があったのは、今までで初めてだった。
「何!?」
『再起動プログラム!?』
見たこともないシステムだった。今まで300年。それどころか武蔵が初めてここに到達出来てから600年程で一度も無い事だろう。
「先生! 再起動プログラムというのが展開されましたが、知っていますか!?」
『なんじゃ、それは? わしゃ、そんなもん知らんぞ? どこの話じゃ』
「っ! そっちに異常は!?」
『なんも起きとらん。何をそんなに焦っておる』
どうやら、武蔵の方には本当になんの異常も起きていないのだろう。彼の声はカイトと別れた時と同じのんびりとした物だった。とは言え、そのままにしておくわけにはいかない。なので、カイトは即座に指示を出す。
「ホタル! 二葉! 脱出経路の確保を! ティナ! 各階層に脱出を指示しろ!」
『うむ!』
「マスター、教授。その前に前のメインモニターを御覧ください」
カイトの言葉に対して、ホタルが制止する。それに、カイトはメインモニターに目を遣って、その目を見開くことになった。
『その必要はありません』
表示されていたのは、その一言だ。それは今までにない程に流暢で、しっかりとした返答だった。それに、カイトは少し恐る恐る問いかける。やはり彼にとっても未知の存在とは怖いものらしい。
「お前は・・・レガドなのか?」
『ええ・・・私は貴方方がレガドと呼ぶシステム。とある事情により機能を停止していた人工知能です。本来音声を出力する機能もあったのですが、経年劣化による破損の対処で現在復旧中の為、文字による対話を行っています』
「機能を停止していた? じゃあ、今までオレ達が会話をしていたと考えていたのは、サブの人工知能の様な物なのか?」
『ええ。私が機能停止や休眠状態に入った際に起動する浮遊系・インフラ系を操作する為のコ・パイロットの様な物です。予備システム、と考えて頂いて構いません』
カイトの問いかけに対して、レガドを名乗る人工知能は自らが本体だと宣言する。口調と言うか文調に女性的な柔らかさがあるので、性別があるとすれば女性だろう。しかし、これに対してカイト達は真偽を判定することは出来ない。あまりに情報が少ないからだ。
「あり得るか?」
『・・・有り無しで言えば、有りじゃ。余でもこれだけ大きな物の場合、いくつかのサブの頭脳を搭載するじゃろう。もし万が一があった場合の被害が計り知れん。都市部に落ちれば、それこそそれだけで都市一つなぞ丸ごと消えるからのう』
「じゃあ、これがメインだという保証は?」
『それは・・・無いな。問うしかあるまい』
ティナは下そうとしていた撤退命令を停止して、自らの考えを纏めながらカイトに助言を与える。彼女にしても古代文明のまさに生き残りとでも言うべき存在に出会うのは初めてだ。全てを疑う事にしている様子だった。今は通信機の通信の確保を万全とするべく、作業を行っていた。そして、カイトはその指示に従う事にした。
「・・・それを信じるに足る証拠は?」
『少しお待ち下さい・・・こちらを』
カイトに待つように依頼したレガドは、室内に隠されていたらしい機械の手に一つの塊を持ってこさせた。それは金属の塊だった。
「これは?」
『貴方方が推測していた魔鋼鉄の量産品です。そのサンプルです。貴方方なら、天然物と僅かに性質が異なっている事がわかるはずです』
「何!?」
レガドからの返答に、カイトもティナも思わず目を見開く。想像通り、やはりこのレインガルドには何処かに量産施設が整っていたらしい。そして、更に彼女は告げた。
『東エリア、第2-5の通路を開きます。最後に開いたのをこの里の者達は知らないはずです。それで、私が高位存在だと理解出来るはずです』
「つまり、この研究所全体を自らの管理下にあることを示す、と?」
『そういうことです』
レガドがカイトの言葉を認める。どうやらレガドはどうにかしてカイトに自らがこの遺跡の人工知能である事を認めさせたいようだ。
「・・・お前がオレに認めてもらいたい理由はなんだ?」
『操ろうとしている、と危惧しているのですね?』
「そうだ」
今度はレガドの問いかけをカイトが認める。これを、彼は危惧していた。もしこれがメインの人工知能であれば良いが、でなければ逆に何らかの悪意ある存在となる。前者ならば協力は欲しい所だが、後者ならば、協力は自らへの仇になるのだ。安々と乗ってやるわけにはいかなかった。
『・・・私はまだ、貴方を認めたわけではありません。それ故、ヒントのみを与える事にします』
「はぁ?」
レガドの言葉に、カイトが顔を顰める。認めてもらいたい、というのに、今度は彼女は自らがカイトを認めていない、というのだ。その意味が理解出来なかった。
『貴方は、気付いていない。それに気付くべきだ』
「気付く?」
『私は貴方にここが重要施設である事を認めました。ならば、貴方は気付かなければならない』
「どういうことだ?」
『ヒントは各階層にずっと置かれています。それでも気付け無いのなら、貴方はここから先に進む資格はない。ですが、もし解き明かせれば、私は貴方にこの研究所の真実を明かしましょう』
「冒険者お馴染みの遺跡攻略での謎解き、というわけか」
『そういうことです』
楽しげなカイトの言葉をレガドが認める。それは何処か楽しそうであった。どうやら認めていない、と言いつつも気に入ってはいるのだろう。
そしてここまで挑発されている以上、カイトに否やはなかった。否やを言えば、今度会うだろうユニオンマスターにぶっ飛ばされる。それに楽しげな様子からもわかるように、カイトもこういった謎解きは旅の醍醐味と楽しむのだ。が、それは一つの前提があってこそ、だった。
「オーケー。じゃあ、謎解きは受けよう・・・が、その前に一つ聞かせてくれ」
『なんですか?』
「今動かないのは、異常が起きているわけじゃないんだよな?」
『ええ。私が意図的に動かさない様にしています』
カイトの問いかけに対して、レガドははっきりと自らが動かさない様にしている、と明言する。本来行動の指示はティナ達が待機している一層目にある司令部から行うのだが、そこからの指示は彼女により強制的に無効化されているのだろう。
「なるほど。それが真実であれば、お前は確かにこのレガドを取り仕切るまさにレガドだろう。では、その前提で話を進めるとして・・・何か異常が起きているわけじゃあないんだな?」
『異常、と言えば無数に上げられますが?』
「ぷっ・・・良い性格してんな、お前・・・気に入った。聞き方が悪かった。運行に支障が出る様な異常、ないしは致命的な支障は無いんだよな?」
『認めます。少なくとも、外からの攻撃が無い限りは後1000年は問題なく飛行可能です・・・次の時には、外部音声システムを復旧させておきます。貴方とは是非とも、言葉で対話したい』
レガドはカイトの質問にしっかりとそこの部分を明言する。カイトが気にするのは唯一、周りに迷惑がかからないか、だ。その場合は問答無用に強引な手段を選ぶ。付き合うのはあくまでゲームを楽しめる状況にある場合のみだ。ここさえ取り除かれれば、後はのんびりとやれる。
「あはは。それは楽しみだ・・・で、問題に入る前に一つ答え合わせをしとこう。お前はオレ達を待っていた、ということでいいな?」
『・・・認めます』
レガドはわずかにだが、驚いた様子を見せる。何処から気付いたのか、そんな風があった。
「お前は、自分の意思でここに停泊した。そして自分の意思で動いていない、と明言した。武蔵先生がこの前に来られた時には、お前は起動していない。であれば、考えられる答えは一つだ。オレ達を待っていた、とな」
『認めましょう。貴方は、素晴らしい知性をお持ちになられた。貴方なら、気付けるはずだ。また貴方に会える時を楽しみにしておきましょう』
レガドはカイトの答えに気を良くして、彼に激励と賞賛を送る。そしてそれを受けて、カイトが通信機で言葉を送る。
「ティナ、オレだ。見ていたな?」
『うむ。一応これが真実であるという想定で話を進める。お主らも一度戻れ』
「アイマム・・・さて、帰るぞ」
カイトはホタルと二葉を引き連れて、その場を後にする。そうして、武蔵達と合流したカイトは、最奥に設置されている脱出用の経路を通って第四層から脱出するのだった。
脱出後。カイトは即座に司令部に顔を出していた。が、その頃にティナは丁度レガドが開いたという通路に人員を送り、その結果を聞いていた。
「さて・・・まず考えるべきは真実か否か、だな」
「・・・うむ・・・うむ・・・わかった。いや、中には入るな。何があるかわからん。こちらで専門の調査団を組む・・・はぁ・・・カイト。どうやら、レガドは真実高位存在と考えた方が良いじゃろうな」
「ということは、その扉が開いていたということか」
「うむ・・・公爵家の手勢の中から予備人員をあそこに向かわせるが、構わんか?」
「奴が敵でないなら、危険は無いだろうな」
カイトはティナの問いかけに対して、言外の答えを送る。気を付けろ、という意味でもあったし、同時に向かわせろ、という意味でもあった。
「わかった・・・エルロード。コフル、何名か見繕え」
『了解』
『おーす』
「うむ・・・さて、では本題、じゃな。問題もわからぬ問題、か。厄介じゃのう」
「だなぁ・・・あ、これお土産」
「うむ。これは余が後で検査を行おう。他の者には任せられん」
ティナはカイトから手渡されたサンプルを大切に異空間に保管する。事はあまりに大きくなっている。密偵を厭って、皇帝レオンハルトどころかこの場の研究者達でもティナしか把握していなかった。
なので今回の事態を知っているのは、武蔵と旭姫、ヤマトのこの里の最重要人物達と、カイト達だけだ。クズハ達にもまだ連絡を入れていない。
「さて・・・まあ、とりあえず明日からはエラーチェックじゃなくて、各部屋の探索にさせるか」
「それが一番じゃろう。おそらく、余らが答えを見付けぬ限りはここから動かぬはずじゃ」
「だろうよ」
レガドは自分達を待っていた、と言ったのだ。であれば、レガドは失望すると言いつつもその目的が達せられるまでここから動かないはずだ。そうして、カイト達は作戦を変更して、新たに謎解きの為に行動を開始することになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第707話『謎解き』
2017年11月24日 追記
・誤字修正
ティナの一人称で『余』が『儂』になっていた所を修正しました。




