第702話 第三層の戦い
今日の22時に断章の先行公開を行います。来週からは『Fragment』の方でも本投稿しますが、先に読みたい、という方はこちらでお楽しみください。
初日は何事も無く終了した第二層の一同だが、彼らが頑張って第二層を攻略していた頃。当然第三層でも同じように戦いを行っていた。
とは言え、違うのはここは上の実験施設とは違い、研究設備だった事だ。その分通路の広さも狭くなって一度に接敵する敵の数も減っていたが、警戒しているゴーレムの強さは桁違いになっていた。
「くっ!」
廊下と思える場所に、きぃん、という音が響き渡る。第二層も第三層もやることは同じだ。では狭い第三層は早目に片付いたのか、というと、そういうわけではない。
狭い分量産を考えずに防衛を考えられる為、性能を強化出来たのだからだ。おまけに破壊してはならない装置類も多い。所謂人工知能の部分でも、桁違いだった。更に言えば、アル達とて一緒だ。周囲を安易に破壊出来ない為、大火力で一掃、という事は出来ないのである。
「魔宝石のゴーレム! ものすっごい硬い!」
「動きそのまま止めといてよー・・・」
アルが敵の攻撃を引き付けながら足止めを行っている所に、ティーネが力を溜める。魔宝石。それは魔結晶を精錬した物、もしくはそれで作られた金属だ。
魔宝石の強度は、ただでさえ強固な魔結晶よりも更に強固になっていた。そしてその希少性から遥かに量産性も低いはずなのだが、この階層のゴーレムは全て、これだった。
「照準、ロック・・・我は幾重にも刃を束ねる・・・」
力を溜めて、ティーネは敵を睨みつける。周囲を破壊出来ないのは、彼らも一緒だ。であれば、取れる手は限られる。なので、力を集中させるつもりだった。
なお、技に詠唱は存在していない為、彼女のつぶやきは所謂ルーティンの一種だと考えれば良い。高位の技を使用する時に彼女の様にルーティンを行う者は少なくなかった。
「<<束ねの一撃>>!」
ティーネは<<縮地>>を使い加速して、更に<<束ねの一撃>>という魅衣が使う<<幻影刺突>>の上位技を展開する。
こちらは<<幻影刺突>>とは違い全ての刃を集中させる事で、威力を強化するのである。今の様に強固な敵に対して非常に有効な一撃だった。
「・・・動力炉破損・・・撃破確認」
「ふぅ・・・」
がらん、という轟音を立てて崩れ落ちたゴーレムを見て、アルが安堵のため息を吐く。こちらは数で攻めて来なかった為、一度に戦うのは数体だった。ほぼ、アルのチームと同程度の人数であった。
「これ・・・こんな所でわざわざ訓練してるんですか?」
「そりゃあ、ウチはそれが売りでやってんで」
戦いを終えて、アルが疲れた様子で武蔵の弟子の一人に問いかける。彼の実力は免許皆伝だ。カイトがまだこの里で一時期暮らしていた時代の弟子の一人で、カイトの同期に近い存在だった。今では子持ちで時折、カイトと共に飲み交わす様な仲だった。
名を、夏月と呼んだ。種族は龍だ。武蔵の息子のヤマトの少し年上の幼馴染の一人だ。見た目は20代後半から、30代前半という所だろう。少々おっさん臭い故に少し年上に見えているかもしれない。
アルよりもかなり強く、第三層を行く弟子達の平均値よりも遥かに強かった。本来は第四層でも行けたのだが、第三層の援護として、ここに来ていたのである。それ故、桁違いにゴーレムの性能が上がったこの階層でも余裕だった。
今回内部に侵入した剣士の中でもかなり上位層の剣士で、アルのチームの道案内を務めていた。この階層で道案内無しは命取りなので、この階層では混成部隊だった。
「まあ、慣れりゃあ、どうって事も無い奴でさぁ。お若いのもまだまだ、足りてないって所でしょうぜ。あっしもその昔は足りない物が多くて、馬鹿みたいに突っ込んで痛い目を見たもんだ」
そう言う彼は、軽く刀を振るう。それだけで、ティーネが苦労して貫いた魔宝石の装甲で出来たゴーレムを意図も簡単に切り裂いた。これがカイトと同じく皆伝と言われる者の実力だった。
彼ならば、アルが全力でも傷一つ付けられない更に強固な魔鉱石や魔鋼鉄をもまるで紙の様に切り裂けるだろう。
「まあ、とは言え・・・お嬢さんは良い腕前のようで。綺麗に穴が空いてらぁ」
「有難うございます」
ゴーレムに出来た穴を見て、夏月が感心した様に声を上げる。ティーネが穿った穴は完全に丸になっていて、力が完全に破壊に変換されている証拠だった。
「こりゃ、お若いのは少々防御に徹した方が良さそうだ。イマイチ得意じゃないでしょ? 力収束させて切り裂いたり貫いたりするのは」
「ええ、まあ・・・」
夏月からの問いかけに、アルが頷く。彼としてもここ当分ルクスに頼んで<<聖光剣>>を教えてもらったり、ティナらにアドバイスを受けつつ氷の力を更に強化したり、といろいろな面で強化していたわけであるが、まだまだ完成には至っていない。
特に前者は使えていればここで有利になったのだろうが、如何せん難しすぎて誰も使えないから、と消え去った様な武芸だ。一応一般的な魔物相手ならば使えるが、たった2ヶ月弱の特訓でここで使えるはずもなし、だった。
というわけで、今回の様な相手には、彼のもう一つの利点である氷の鎧を纏って防御力を高めて囮となる方が良かったのである。そしてそれ故、攻撃力を一点に束ねられるティーネが同じパーティなのであった。
「まあ、こういうのは呼吸・・・ああ、どういう所に魔力通ってんのか、ってのがわかりゃ、簡単に切り裂けるもんなんで・・・こう、簡単に切り裂いたり出来るわけでさぁ」
再度、夏月が刀を振るう。先頭を歩く彼は四差路の先で巡回していたゴーレムと運悪く鉢合わせたらしく、一刀のもとに斬り捨てたのである。そしてそれを受けて、再度アル達も戦闘態勢を整える。が、その場所が悪かった為、夏月が顔を顰めた。
「ああ、こりゃ、ちょっとやばい場所で鉢合わせちまった」
「そうですね・・・四差路・・・どっちに行けば?」
「こっち・・・だったと思うんですがね。なにせあっしもここに入るの久しぶりなもんで、イマイチ覚えてねぇ」
夏月はどこかいい加減にしながらも、確かな足取りで四差路を曲がる。気を抜いているだけで、一切手は抜いていない。単に空気を和ませるだけのジョークだろう。
そうして、一同は行き止まりに到着した。今度は四差路の各方向から来る事が予想されたので、数が多くなる、と思ったらしい。背後から囲まれない様に、敢えて後ろを塞いだのである。
「っと、やっぱ結構な数で追撃してきなすった」
「こっちで押さえます。その代わり、動きを止めた所をお願いします」
「おう。お嬢さんももう一仕事お願いしやすぜ」
「はい」
三人はうなずき合い、同時に振り返る。そうして即座に、アルが氷で巨大な壁を作った。夏月は兎も角、ティーネの為に時間を稼がねばならなかったので、夏月の邪魔になるのを承知で壁を作ったのである。
「すいません、ちょっと前を・・・え?」
「よいっと・・・? どうしやした?」
「いえ、何も・・・」
氷で戦えない様にしたはずなのに、その氷を切り裂く事もなくその先のゴーレム達だけを器用に切り裂いていた夏月を見て、アルが非常に気まずい顔で視線を逸らす。思うのは、ランクSは全員揃いも揃って化物だらけだな、という事であった。
「出来た。ごっそり持ってける」
「うん。タイミング合わせ。スリーカウント」
「3・・・2・・・1・・・ここ!」
「今!・・・そりゃ、強いわけだ・・・」
アルはティーネの準備完了を受けて氷を破砕して、一人そうごちる。ここのゴーレムは古代文明の遺産で今で言う所のランクB程度の戦闘能力があるが、それが意図も簡単に切り裂かれているのだ。ここを修行場としている以上、この程度は出来ないと死ぬのだろう。
そしてここで修行をしていた者の一人に、カイトとユリィが居たのだ。そもそも彼らはここに到達した時点で、今のアルよりも遥かに強かった。ランクSには事務処理の問題で上がっていなかったらしいが、実力としては、その位置にあったらしい。
それも彼らの場合は教えてくれる者達が総じて死去した為、不運にも力技しか知らない状態で、だ。そこに更に技を教わってこんな所で日常茶飯事的に修行をしていれば、強くもなるだろう。
「そもそも呼吸ってなんなのさ?」
「あはは。気になりやすか?」
「あ・・・聞こえてましたか?」
戦闘音で聞こえない、と思っていた独り言だが、どうやら夏月には聞こえていたらしい。アルが少し照れた様に問いかければ、夏月は笑って頷いていた。
「まあ、仕方がないってもんでしょ。おたくの所の総大将は自分が最強って奴ですからね。あれを目標にするのが間違いってもんだ」
「比べては居ませんよ・・・でもまあ、こういうのをやられると、自分も出来ないと、と思っちゃいますけど・・・ね!」
「あはは」
アルはタックルを繰り出しながら、夏月の質問に答える。彼の役割は二人が同時に敵と戦わなくて良い様にする事だ。倒すのではなく、吹き飛ばして囲まれない様にする事が目的だった。
「こういうのは、慣れが大きいんでさぁ。そもそも、あっしも10年近く練習して身に付けた事でね。一朝一夕で身につけられちゃあ、弟子一門立つ瀬がねぇ」
夏月は相変わらず軽々と切り裂きながら笑う。と、そうなると疑問に思うのは、カイトに嫉妬を抱かなかったのか、ということだ。
「それ、カイトは良かったんですか?」
「ああ、あいつですかい。ありゃ、仕方がねぇ。あっしが出会った時には、すでに出来てやがりましたよ」
「へ?」
「吸魔の石、ってモンあるでしょ? あいつあれで出来た鎖持ってやがるんですよ・・・知ってやすか?」
「ええ、まあ・・・」
アルは生返事を返す。ここでの鎖とは、かつてカイトを守って散っていった皇国軍の第17特務小隊隊長ヘクセンの武器だった鎖の事だろう。あれは、吸魔の石で作られていた。そしてアルも聞いたことはあった。
「あれを使いこなすにゃ、まず何より魔力の流れを読めないといけねぇ。流れてはならない所に流さない為に、ものすごい繊細な操作しないといけねぇですからね。あれを使いこなす為に必死で学んだんでしょうよ。そんなの見せられちゃぁ、嫉妬なんぞ抱けやしねぇ。抱くのは逆にあいつに対する無粋ってやつだ」
夏月はこればかりは当然、と片付ける事にしていたらしい。戦いの最中だというのに、軽い調子で笑っていた。
「それ以上にあっしら弟子が嫉妬したのは、師匠と同じ視点で会話出来たって事でさぁ。なにせ日本人、ですからねぇ・・・こっちに日本人は旭姫様しか居やしねぇ。かと言って旭姫様は根が姫君であらせられる故に、あまり話はなさらない方でねぇ・・・やっぱ、なんと言えども故郷への哀愁はあったんでしょうよ。引き取った際にはそれは楽しそうで懐かしい顔をなさってた」
夏月は着物を翻して敵の攻撃を回避しながら、かつてを思い出す。どうやら、武蔵の弟子達は武蔵から粋も学んでいたようだ。粗野というか特徴的な言葉遣いの端々に、粋を感じさせた。これで草の一本でも口に食めば、剣豪の伊達男と言えるだろう。
「そりゃ、嫉妬しましたよ。先生は面倒見がよくてね。慕われてたんですが・・・その先生があいつにだけは、語ったことのねぇ会話されるんですから。あの時はまだ幼かったが故にあんまそこらの機微ってのがわかんねぇもんで、何度も突っかかったもんだ・・・よいっと・・・野点とかに参加してたあいつに誘われて参加した事もあるんですけどね。まあ、思えばあれも先生に強引に参加させられてた、って所でしょうねぇ」
過去語りを行いながら戦う夏月だが、それにアルはただただ絶句して、その技量に見惚れるしかなかった。そんなアルが気付けば、彼はアルよりも前に出ていた。
そうしておいて、一人でアルとティーネの役割を一緒にこなしてしまうのだ。それも、今のように昔話をしながら軽い調子で、だ。ただ見事なまでの技量だった。
「ま、あっしもあれもお互いまだまだの頃の恥ずかしいお話ってやつでさぁ。どうぞ、話半分程度に聞き流してくだせぇ」
かしゃん、と納刀すると同時にアルが作った氷が煌めくように舞い落ちて、夏月がどこか歌舞伎の様に見得を切る。彼も彼で粋な男だった。これで、戦いは終わりだ。
「さて、ちょうどいい。この横の研究室が、目標の部屋でさぁ」
「あ、はい。じゃあ、調査に入ります。アル、援護を」
「うん・・・オペレーター。監視装置の解除を」
『了解』
どうやらこの通路に入ったのは、同時にここに調査対象があったから、らしい。そうして、三人は研究室の中に入って、調査を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。カイトの同期も化物でした。
次回予告:第703話『巨大ゴーレム戦』




