第701話 到達
なんとか到達する事が出来た第二層の最終エリアは、その階層で最も重要なエリアだった。ちなみに、なぜあの巨大ゴーレムを倒せば開くのか、という最もな疑問なのだが、それはここが迷宮だと言う事を考えれば、理解出来た。
「人造で迷宮って作れるんだねー」
「今の技術だと無理らしいんだけどもね」
「なんで、無理になったんだろう・・・」
最後のエリアにたどり着いた魅衣とカナンは、その場で腰を下ろしていた。休まないと調査を再開出来ない状況だった為、一度休憩に入る事になったのだ。二人が話し合うのはこの遺跡そのものについて、だった。
「研究者さん曰く、構造を擬似的に迷宮に似せる事で、世界側に迷宮として認めさせてるんじゃないか、って話。今じゃもう誰もその理論を理解出来なくて、作れなくなっちゃってるんだ、って」
「ふーん・・・」
魅衣の言葉に、カナンが相槌を打つ。イマイチ理解出来てなさそうな顔で、どうやら言っている事の半分程度しか理解出来なかったようだ。ちなみに、この研究者とはティナである。魅衣も同じ疑問を持った事があり、問いかけたのであった。
「ここは所謂、最後の宝部屋、って所にすることで絶対に外からは入られない様に出来るけど、逆にボス倒されちゃうと、確実に入られる事になる、って。その代わり、ボスには迷宮の補正が掛けられて強固には成るから悪い手じゃない・・・とかなんとか」
「あれ相手に剣士だけしか無理、とか馬鹿も良いとこだもんねー。殺す気かって話」
「殺す気でしょ」
「あはは」
魅衣の言葉に、カナンが笑う。そもそも入られては困るからこそ、門番を配置しているのだ。殺す気か、ではなくて、殺す気満々なのである。
ちなみに、魅衣の説明を補足しておくと、迷宮である以上、入場に制限が掛けられる。それに加えて、次の入場の時にはボスや遺跡内部のトラップが復活するのだ。
同時に入られる場合は流石に仕方がないが、迷宮である以上、逆に連続で入られる事に対しては対処可能だ。それ故、悪い手ではなかったのである。
「まあでも・・・なんとか、死者無し、か・・・結構良い結果」
「そう?」
「初めて入る迷宮での死が冒険者の一番多い死因だよ?」
「あー・・・」
カナンの言葉は、魅衣もわからない気はしないでもなかった。迷宮には前情報が通用しない。こういった常に一定の構造ならまだ良いが、天然の迷宮は大半が何から何まで変化するのだ。
初手で安心した挙句、というのはかなり多かった。現にユニオンの出している会報でも、迷宮の解説や特集が組まれると必ず注意されていた。が、それでも犠牲が出るのである。
「でもまぁ・・・結構悲惨っちゃあ、悲惨かな」
「それでも、幸いだよ」
「まあ、ね」
カナンの言葉に対して、魅衣はどこか苦渋を滲ませる。彼女らの所は幸いにして彼女自身とカナンが居たお陰で、対処が間に合わない場合が殆ど無かった。
カナンも藤堂達も気付け無い様な突発での蒸気の噴出に直撃してしまった場合でも、魅衣の魔術で対処出来たからだ。が、それは彼女らの所だけだ。他は散々たる有様だった。
武蔵の弟子達とて例外ではなく、結構ひどい火傷を負った者は多かった。治療薬や魔術による治療を含めたとて、重度のけが人達は明日の参加は無理だろう。
「さて・・・とりあえず、休憩終わって調査入ろっか」
「うん」
魅衣が立ち上がったのを受けて、カナンも立ち上がる。二人は下側で戦っていた為、魔力の消費はそこまでではなかった。なので一足先に休憩を終えるか、となったわけである。
「オペレーター。こっち、休憩終わり。作業に取り掛かるけど・・・どこ見ればいいの?」
『あ、ちょっと待った・・・研究者に変わります』
『変わった。では、頼む・・・えっと、まず、変わった所は無いか? 何か赤ランプでも点灯していると良いんだが・・・』
「赤ランプ・・・」
二人は周囲を見回して、無数にある計器を観察する。ちなみに、この階層にはここと同じような部屋が数部屋存在しているらしい。一日一部屋探索する、という事だった。モニタリング以外にも持ち込んだ簡易検査機での検査も行うので、時間が必要らしい。
「・・・なさそう・・・かな」
『やっぱり、か・・・まあ、そんな簡単に見てわかる様な異常が出ていれば、話は早い。そうではないのだから、行ってもらっているんだしな』
「あはは」
研究者の愚痴に、魅衣とカナンが笑う。彼が言うことはもっともだった。と、そうして何か紙をめくる様な音が聞こえてきた。
『さて・・・そうなると、エラーのチェックをしていかないといけないわけだ・・・えっと、確か・・・今、どのコンソールまで使ってる? ああ・・・ああ・・・5番までは、確認に入ってるのか。わかった、サンキュ・・・良し。今5番までは使ってるらしいから、二人には6番と7番を使ってもらう。幾つかコンソールがあるだろう?』
「・・・ええ」
研究者の言葉に従って、魅衣は周囲を見回す。すると、壁際にまるで研究所のパソコンルームの様に、幾つものコンソールが陳列されていた。
『まず、そこに向かってくれ』
研究者の指示に従って、魅衣とカナンは隣り合う席へと歩き始める。そしてその前に腰掛けると、再度指示が飛んだ。
『まず、電源スイッチを押して起動出来ることを確認してくれ。スイッチは丸印の付いた奴だ。押したら直ぐに起動する』
「パソコンかっての・・・あった。起動したわ」
『良し・・・じゃあ、次は横の球体に手を置いてくれ。操作はイメージで行う。カーソルが思った所に飛んでるか確認してくれ』
「パソコンよりハイテクだった・・・確認」
魅衣は研究者の言葉に従って、パソコンと似たような要領で機器を操作していく。そしてそれを確認した研究者が、次の手筈を教えてくれた。
『よろしい。では、次に検査を開始。セクター12、13、14、15から2つを選んで、システムエラーをチェック、と入力してくれ。それが終わったら、レガド主要インフラ設備のみ、を選択』
「どれ選ぶ?」
「適当でいいじゃん。じゃ、私12と13を」
「じゃあ、私残り」
カナンと魅衣は二人で相談して、お互いの番号が被らない様に操作を行う。そうして、言われた通りに入力すると、直ぐに検査が開始された。
モニターに表示されるのは、当然だが英語ではない。どうやら意味の無い文字の羅列として、イヤリングの効力は効いていないらしい。魅衣には全く見たことの無い文字だった。
「何か変な文字の羅列が出て来たけど・・・」
『ああ、古代語だな。その遺跡が作られた頃の文明が使っていた文字だ』
「で、どうするの?」
『後は待ちだ。大体20分ぐらいで検査が終わる。始め20分は好きにしてくれ』
この部屋で調査に使える時間は、およそ1時間。一人二箇所調査するとすると、解析の手間も考えればほぼギリギリだろう。
そうして、20分後。モニターで動いていた文字の羅列が止まり、魅衣やカナンでも読める字となって表示された。それを見ながら、魅衣は研究者に再度連絡を入れる。
「止まったようなんだけど・・・」
『ん? あ、ああ。そっちも終了したのか・・・えっと、なんて表示されてる?』
「主要部位に異常なし」
『やっぱりか・・・』
魅衣からの返答に、先程の研究者がため息を吐いた。どうやら考えられていた事ではあったらしい。
『さて、そうなってくると、今度は詳細な検査を行う必要があるわけだ。っと、先にもう一つのセクターの検査を行ってくれ。それと平行して、解析を行う』
「解析って・・・私、そんなのしたことないんですけど・・・」
魅衣が不安をにじませる。当たり前だが、彼女は一介の高校生だったのだ。解析作業なぞやった事は無い。漠然とした印象さえもなかった。
『ああ、別に何もデータを見てもらおう、とかじゃない。やってもらうのは単なるエラーチェックだよ。今のはインフラ関連にエラーが起きてないか、というのを調べてるだけ。それ以外の部分でエラーが起きていないか、とチェックしないといけないからな』
「ということは、もしかして・・・この莫大な量の検査項目を確認しないといけなかったり・・・?」
『そういうことだな』
研究者は軽い様子で魅衣の問いかけに答えたが、それに対する魅衣は頬を引きつらせていた。そもそも、この浮遊都市レインガルドそのものがこれだけ大きな一つの生き物なのだ。必然、検査結果そのものも莫大な量があった。
検査された項目だけでも莫大な検査項目があり、それ以外も含めるともはや無数と言って良いだけの規模になるのである。部屋が幾つもあるのは、必要に駆られてだった。幾つかのセクターに区切って管理しているのである。
『まあ、慣れれば20分もあれば終わるらしいぞ。エラーがあったら赤字で表示されるらしいからな。古代人達もそこまで面倒な事にはしていなかったらしい・・・が、赤字の見落としなんて悲惨だからな。そこの所だけは、注意してくれ』
「見落とししたら?」
『最悪は最後までやって、もう一度、全部始めからやり直しだな。飛び立てる様にならない限り、この任務は終わらない。喩え会議が始まっても、だ。そう言う任務、なんだろ?』
「頑張ります」
研究者からの言葉に、魅衣は気合を入れ直す。もしどこか一つでも見落として、それがもしこの浮遊都市の異常を引き起こしているエラーだった場合、全部がゼロからやり直さなければならないのだ。ものすごい労力に成るのは目に見えていた。
『そうしてくれ。こちらもそんなに長く時間を使えるわけではないからな。まあ、それに最下層は三度目で終了、だ。二週目はそこまで辛くはならないらしいから、ミスりたかったら、それでも良いぞ』
「頑張りますよ!」
どうやらこの研究者はそれなりに軽い性格のようだ。どこか茶化す様に告げる。そうして、そんな研究者の言葉をBGMに、魅衣は改めて作業を開始するのだった。
さて、その検査だが、後追いで検査を始めたのを含めて、大凡90分程で作業が終了した。これは冒険部も武蔵の弟子達もカナン達こちらで参加した冒険部の面子も大差はなかった。
誰も彼も初めてだった為、予定よりも少し時間が必要になってしまったのである。地球でパソコンに慣れている天桜学園の生徒が少し早かった、と言う程度だろう。
「・・・検査終了・・・エラー無し・・・」
「同じく・・・目が痛い・・・」
まあ、それでも疲労度に関して言えば、多少は差が出ていたようだ。現代っ子にとってパソコンは切っても切り離せない存在だ。なのでパソコンに向かう事そのものが慣れているわけで、カナン達の様に慣れない作業をやらされて精も根も尽き果てている様な状況にはならなかった。
「うぅ・・・わかった・・・これの一番の防衛策って、脳筋対策なんだ・・・」
「あ、あはは・・・」
ぐったりして机に突っ伏したカナンの一言に、魅衣は渇いた笑いを上げるしかなかった。一概には言えないが、冒険者の大半はあまり学がない。カナンを見ればわかるが、10歳前後で冒険者を始めた、というのは少なくないのだ。
翻訳のイヤリングという特殊な魔道具のある識字率は兎も角、そもそも就学率だってマクダウェル家を筆頭にした5公爵と2大公、皇族が率いている領土が特別高いだけだ。そこで、約7割である。
エネフィア全土で見れば、平和になってカイト達が勉学を推進して今でさえ就学率は3~4割という程度である。一応戦争や災厄が起きた際等に一時的に低くなるが、今まで殆ど大差はない。
つまり、ここでカナンの言う一番の防衛策とは、馬鹿にはどれを盗めば良いかわからない状況にしてしまえ、ということなのである。そして、ここに数で押し込む様な兵士達に頭はない。今のカナンの様に何をやっているのかさえ理解出来ず、というわけである。
「もう無理・・・少佐さーん・・・明日はおやすみください・・・」
『馬鹿言っとる場合か』
「うきゅ!? ティナちゃんの声!?」
「げ、幻聴じゃないかな・・・?」
「だよねー・・・」
どうやらティナは思わず、口を出してしまったらしい。彼女は心配だったので密かに知り合い全員の会話を盗聴していたのだが、それ故、思わずツッコミを入れてしまったのだろう。
「迂闊に声ださない!」
『す、すまぬ・・・声掛けられたからうっかり返してしもうた』
「はぁ・・・カナン、集合。行こ」
「はーい・・・」
幸いにして、カナンは先程の一件は疲れきった事による単なる幻聴、もしくは疲れていた事による聞き間違え、と思ったらしい。そうして立ち上がって集合を始めた一同の所に、魅衣とカナンも集合する。
「で、どうやって脱出するんだろう・・・もしかして、戻る?」
「どうなんだろ・・・」
そう言えば入る方法は効いても出る方法は聞いていなかった二人は、首を傾げながらも移動を始めた一同に従って歩いて行く。が、その会話を偶然聞いていた横の瑞樹が、答えを出してくれた。
「ああ、それでしたら、ここが迷宮だ、という事がわかっていれば、わかるのではないのですか?」
「? ああ、そっか・・・迷宮なんだから、迷宮のルールに従わないといけないんだ・・・」
「どういうこと?」
一足先に理解したカナンに対して、魅衣が問いかける。どうやらカナンは熟練度の問題で、理解出来たらしい。
「最下層までたどり着いたら、ゲートが出来て脱出出来るでしょ?」
「ああ、なるほど。久しぶりだったからすっかり忘れてた」
魅衣が思い出したのは、マクスウェル近郊で出来た迷宮の事だ。あの時は最下層にたどり着いて宝箱を開けるとしばらくして、脱出用のワーム・ホールの様な物が現れた。
ここも迷宮だとするのなら、最下層にたどり着けば出現しているのだろう。そして案の定、最下層には魔道具だが脱出用の『転移門』が設置されていた。
「じゃ、今日はお仕事終了!」
「おつかれー」
『転移門』を潜る際、口々に全員が労をねぎらい合う。こうして、第二層の面々は一日目は何も異常がなかった、という収穫無しを収穫とするのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日からは断章が22時に投稿されます。
次回予告:第702話『第三層の戦い』




