表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第41章 帰還への一歩編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

720/3941

第698話 レガド ――第二層――

 カイト達の懸念を他所に古都レガドの第二層へと入っていったカナン達だが、そんな彼女らを出迎えたのは、何処かの分岐点らしい通路の一角だった。


「くさっ! 何この臭い!?」

「鼻がひん曲がりそう・・・」

「これは・・・油の臭いですわね」


 第二層に入るなり合流した――部隊編成の関係――瑞樹が、鼻を押さえるカナンと魅衣を横目に少ししかめっ面ながらも鼻を鳴らす。エリア一帯に油の臭いが充満しており、そこかしこで蒸気の音が鳴り響いていた。

 獣人にはかなり辛い場所だろう。見れば武蔵の弟子の中の獣人達にしても何度も来ているはずなのに、顔を顰めていた。


「オペレーターの方。ここは何処なんですの?」

『こちらオペレーター。そこはメンテナンス用の通路につながる侵入口です。そこから先に進んだ所が、メンテナンス用の通路になります。油臭さに気を取られて蒸気の噴出に巻き込まれない様にしてくださいね』

「わかりましたわ」


 オペレーターからの言葉に、瑞樹が周囲を見回しながら頷く。ちなみに、オペレーターはティナではない。幾らなんでもこんな階層の援護を少佐直々に、というのは考えられないだろう。


「んぁー・・・獣人には辛いよ、ここ・・・ろっち向かへばひいの?」

「人間でも辛いもんね・・・」

「パーティ毎に向かう先が違うんでしたわね・・・えっと、私達は・・・」


 鼻を押さえながら問いかけられた問いかけに、瑞樹が自分達の行き先を確認する。流石に数十人もの大人数で一つのパーティを構築するわけではない。幾つかの部隊に分けて、幾つかのルートを同時に突破する予定なのである。そうでもしなければ非効率的にも程があった。


「・・・とりあえず、私達は藤堂部長と一緒、ですわね」


 何処か鼻声で瑞樹が答える。やはり彼女も臭い事は臭いらしい。なお、人数は一つのパーティにつき10人だ。天桜学園冒険部からの面子も一纏めにされており、3つに分かれる事になっていた。

 慣れた者同士の方が連携が上手くいくからだ。と、そんな話をしていると、直ぐに藤堂がやってきた。他にも暦と木更津が一緒だった。


「ああ、いたいた・・・後は桐ケ瀬達だけか」

「あ、いえ先輩。自分もこっちに居ます」


 藤堂の更に後ろから声が響いて、桐ケ瀬と言われた女子生徒を含めた4人組が現れる。これで、藤堂チームの全員だ。ここが一番強い組み合わせになっている予定だった。

 カナンが混じっているのは単に組み合わせの問題だ。一番慣れ親しんでいるのが魅衣である為、ここに加える事にしたのである。


「じゃあ、行こうか。当分はメンテナンス用の通路だから、敵は出ないらしいよ。その代わり、蒸気の噴出に気をつけろ、だってさ」

「はーい・・・」


 少しカナンが気怠げに頷く。獣人にはこの油臭さは耐え難いものがあるらしい。身体機能が人間より遥かに良い以上、しょうがないのだろう。身体能力の高さはメリットとも成り得て、同時にデメリットにも成り得たのであった。そうして、そんな一同があるき始める。向かう先は幾つかに分岐している通路だ。


「今日の担当はC-1からC-6だから・・・これだな」


 通路に刻まれた刻印を確認しながら、藤堂が自分達が入るべき通路を見付け出す。


「じゃあ、進もう」

「はい・・・っ!」

「危ない!」


 藤堂の号令に従って一歩を踏み出した暦だが、次の瞬間、バックステップでその場を飛び退く。すると次の瞬間、その場に向けて蒸気が噴出してきた。

 ちなみに、注意の声はカナンの物だ。横の配管からしゅごー、というような小さな異音を聞きつけて、声を発したのである。暦が飛び跳ねたのはその少し前、だった。


「あっぶなかったー・・・」


 ぶしゅー、と白いもやを上げて勢い良く噴出される高温の蒸気に、暦が汗を拭う。一気に周囲の温度が上昇していた。いきなりではあったが、それで足止めを食らってしまった。


「流石にこれは通れないわね」

「うーん・・・途中で足止めを食らうかも、と注意されてはいたけれども・・・こういうことだったのか・・・」


 噴出する蒸気を見て、藤堂が顔を顰める。今は彼一人だけが、通路の先に進んでいる状況だ。流石にこれでは調査を進める事なぞ到底無理だった。というわけで、藤堂は耳に手を当ててオペレーターに状況を報告する。


「こちら第4部隊。水蒸気で足止めを食らいました」

『了解。他の場所でも同じように水蒸気で足止めを食らった報告を受けています。想定の範囲内です。けが人は?』

「誰か火傷は・・・大丈夫です」


 藤堂は一度全員の状況を見回して、誰も怪我を負っていない事を確認する。どうやら水蒸気で足止めを食らっているのはここだけでは無いようだ。ティナが先んじて調査させていた通り、どうやら水蒸気の噴出が多発しているようだった。


「うーん・・・どうにか出来れば良いんだけど・・・」

『魔術師が入れるのなら、氷属性の薄い膜を張って、という事が可能なのですけどね』


 魅衣のつぶやきを拾っていたオペレーターの女性が、笑いながら言外に待つしか無い、と告げる。この水蒸気は超高温だ。しかも殺意や害意のある物では無い為、意識して強力な障壁を展開しなければ素通りしてしまう。

 かと言って、そんな強力な障壁を常時展開すればここに割り当てられたような人員では直ぐにガス欠になる事は請け合いだ。先に戦闘が待っているので、ここは待つのが最善だった。


「高温、ってどの程度?」

『200℃程度です』

「高圧の蒸気が噴出しているわけか・・・」


 魅衣の質問を受けて通信機から響いてきた返答に、藤堂がため息を吐いた。水が100℃で沸騰するのは一気圧での事だ。高圧になれば、水蒸気の温度は更に上げられるのである。


「うーん・・・その程度なら、最悪の場合は私がなんとかします」


 魅衣が温度について質問したのは、こういう理由だった。彼女の手札の中には<<氷海陣(ひょうかいじん)>>を筆頭にして、周囲に冷気を漂わせる(スキル)がある。手札を増やす事に終始していた彼女だから出来る事だった。もし万が一何らかの理由で追い詰められた場合には、考えても良いだろう。死ぬよりは遥かにマシだ。


「そうしてもらおう。何時何処から来るかわからないからね」

「! 皆! しゃがんで!」

「三枝先輩!」

「三枝くん!」


 何時何処から来るかわからない。そういった矢先に、魅衣の頭上付近にあった配管からガコン、という音が鳴って水蒸気が噴出される。

 なお、先に忠告したのはカナンだ。後2つは暦と藤堂である。カナンは配管を通る水蒸気の音を察知出来る為、何処から来るかはわからないものの、少し先んじていたのである。暦と藤堂は噴出口が開いた音を聞いて、である。それ故魅衣単独に忠告を送れたわけであった。


「あっぶなー・・・」


 ぷー、という少し高い音を出しながら自分の顔面狙いで吹き出した蒸気に、魅衣が顔を青ざめる。本気で遠慮無しだった。幸いなのは噴出する向きが上向きであった事で、屈めば通行そのものには影響が無かった事だろう。


「ほっ・・・ああ、こっちは停止、か・・・じゃあ、蒸気に気をつけながら、先に進む事にしよう」


 魅衣に何事も無かった事に安堵のため息を漏らした藤堂は、先程パーティを分断していた蒸気の噴出が治まったのを受けて、再びあるき始める。

 そうして、出しなから躓いた一同はこの後も調査をしながら1時間掛けて水蒸気が噴出するメンテナンスエリアを突破するのだった。




 それから、一時間後。メンテナンスエリアが終わり、少しキレイな一角へと一同は到達した。


「お、終わった・・・」

「なんで歩くだけでこんなに疲れるの・・・」

「あー・・・鼻がひん曲がるかと思った・・・」


 全員が少しやつれた様子で、腰を下ろす。水蒸気の噴出はほぼひっきりなしで、止まっているのも一苦労だったのである。


「あはは・・・これで、修行場か・・・これは疲れるね」

「某K先輩から聞いたんですけど、上級者はこれを5分で走破する、って言う話です」

「K先輩・・・ああ、なるほど・・・強さの秘訣が分かった気がする・・・」


 暦の言葉に、魅衣が呆れ気味にため息を吐いた。K先輩、とは考えるまでもなくカイトの事だ。正直、ここを修行場にしているカイトや武蔵達には思わず馬鹿か、と罵りたくなったらしい。

 カナンや暦達が常に周囲に注意を払ってくれているからこそ無事に抜けられたのであるが、その彼女らだって走りながらは難しい様子だった。それを走ってやるのである。ハーフとは言え獣人であるカナン以上の鋭敏な感覚を持ち合わせている証拠だった。

 そうして一心地ついていた一同であるが、ここはそんな優しい場所ではなかった。ここに来るまでに体力を使っていては、意味が無いのである。なのでカナンが耳に聞こえてきた金属音に、頬を引き攣らせる。


「・・・えーっと・・・何かガシャンガシャン、って音が響いてるような・・・」

「もう来るのか!?」

「静かだけど一機近い! もう来るよ!」

「っ! <<幻影刺突(ミラージュ・バイト)>>!」


 カナンの指差した方角にある通路に向けて、魅衣は創り出した幻影のレイピアを投ずる。すると、それと同時に高速で卵型のゴーレムが現れて、串刺しになった。


「音は・・・まだ止まんない・・・これ・・・包囲されかけてる」


 やはり実戦経験値の差は大きい。そして何より、熟練の下で何年も共に暮らしていた経験は大きかった。カナンは耳を研ぎすませて、直ぐに自分たちの置かれている状況を把握する。

 彼女は遺跡に入った経験がゼロでは無かったのだ。その中ではこういう風に取り囲まれるような危機的な状況も経験済みだったのである。はじめから落ち着いていて、どうすべきか、も教わっていた。


「何処かに入ってやり過ごそう。このままじゃ包囲されちゃう。オペレーターさん。何処か最適な所は?」

『はい・・・右側の部屋なら、隠れられそうです。セーフポイント程ではありませんがセンサーが一部断絶している為、撒くには最適です。物陰を探して隠れてください』


 カナンの求めを受けて、オペレーターが即座に最適な逃げ道を示す。幸いにして司令室にはセンサーの状況が伝えられており、逃げ道を示す事は可能だったのである。

 そうして、一同は取り囲まれる前に通路の右側の部屋へと逃げ込んで、身を潜める事にする。なお、セーフポイントとは一時的に逃げ込める避難所のような所だ。研究所のセンサー類が完全に途絶しており、安全の確保が容易な場所だった。


「三枝くん。手応えはどうだった?」

「かなり、軽かったです。硬さはそこまで、って感じじゃなかったかも・・・」


 声を潜めながら、一同が話し合う。金属製のゴーレムであったのだが、どうやら速度重視で強度はそこまででは無かったようだ。魅衣が牽制に放った一撃で破壊出来たのであった。


『材質は魔法銀(ミスリル)ですが・・・高速型や偵察型はそこまでの強度は存在していません。先程破壊したのは所謂偵察機、と考えるのが良いでしょう。先んじて破壊出来たのは僥倖でしたね。おそらく警戒前に破壊出来たはずです』


 オペレーターが先程の一件で破壊したゴーレムについてを言及する。どうやら柔らかいには柔らかいなりの理由があるようだ。センサーがあると言っても流石にそこまでの精度ではないのだろう。敵の正確な位置を割り出す為に使われている、とは後のティナの解説だった。


「桐ケ瀬くん。通路の状況は?」

「すごい来てます・・・うわー・・・」


 鏡を応用した非魔術の偵察道具を使いながら密かに通路の先を見ていた桐ケ瀬が、顔を顰める。彼女は所謂偵察兵という職分だった。こういった場合も想定済みで、パーティに最低でも一人は含まれていたのである。


「また足止めか・・・幸先悪いな」


 何度目かもわからない足止めに、藤堂がため息を吐く。進んだ距離としては1キロも進んでいない。ブリーフィングの折りに今日の全行程が5キロと言われた時には訝しんだ彼だが、この後にはまだ何度かメンテナンス用通路もあり、そこでも足止めは確実だろう。一日5キロ、とされた理由が良くわかった。そうして10分程待っていると、今度はオペレーターの側から声が掛かった。


『・・・警戒態勢を解除出来ました。目的の場所へ進んでください。センサー類については、こちらで適時解除していきます』

「わかりました」


 オペレーターの言葉に、再度一同は立ち上がって歩き始める。警戒状態に入っていたゴーレム達だが、司令室からハッキングする事で警戒状態は解除は出来るらしい。同じ要領で一時的にセンサーを無効化する事も出来るようだ。

 権限やシステムの問題から警戒態勢に入らない様には出来ないので逐一解除する必要があるらしいのだが、それでも解除出来る事はありがたかった。とは言え、警戒状態を解除出来ない所もある。それは、検査ポイントでの事だった。


乃亜(のあ)! 早めにお願い!」

「やってるよ! と言うか、私じゃなくてオペレーターの人に言って!」


 <<幻影刺突(ミラージュ・バイト)>>を連続して放って敵を牽制しながら、魅衣が叫ぶ。それに答えたのは先程の桐ケ瀬だ。彼女は本名を桐ケ瀬 乃亜と言った。同級生なので名前で呼び捨て、なのであった。

 そんな彼女らが何をしているか、というと、乃亜はオペレーターの指示に従って検査項目を検査して、魅衣達他の面々はその護衛をしているのであった。乃亜の目の前には配電盤のような魔道具の制御装置があり、それの異常を確認する間、魅衣達が守らなければならなかったのである。


「かったいー! 暦ちゃん!」

「はい!・・・<<一房(ひとふさ)>>」


 カナンの牽制を受けて、暦が斬撃を放つ。カナンは牽制が役割の為、大火力の攻撃は不得手だ。なので牽制して足止めをした所を、暦が大斬撃を放って切り裂く事にしていたのである。連続に不向きな暦を上手に使いつつ戦線を押し戻せて持久戦に持ち込める為、この場では良い戦略だった。

 そうして10分程、乃亜を通して技術者とオペレーターが乃亜のヘッドセットを介して制御装置の検査項目を確認していく。


「D-3番目もグリーン!」

『了解・・・検査項目クリア。以下の項目は除外して大丈夫です。ここは問題無しです』

「よし! 藤堂先輩!」

『6時の方向の右側の部屋に逃げ込んでください。そこで一度小休止を』

「ああ! 天ヶ瀬、木更津! 一気に押し込んで、逃げるぞ!」


 オペレーターの指示を受けた藤堂の号令を受けて、一気に逃走の準備に入る。検査をしていた、ということは止まっていたわけで、そこに敵が集まってきているわけだ。このままでは数の暴力を受けて嬲り殺しにあうだけだ。早急に逃げなければならなかった。


「「はい!」」


 暦と木更津は共に刀を納刀して、腰だめに構える。居合い斬りで一気に道を切り開くつもりだったのである。そうして、二人の居合い斬りで出来た道を通って、一同はなんとかセーフポイントと設定されていた部屋へとたどり着く事が出来たのであった。

 お読み頂きありがとうございました。桐ケ瀬。外伝を読んだ方は分かる名前ですね。彼の娘さんです。

 次回予告:第699話『戦闘準備』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ