第697話 少女の謎
昨夜の内に断章・11の投稿等に関する活動報告を投稿しました。興味のある方は一度お読みください。
通信用魔道具の調整の為、自ら出向いたティナであったが、一つだけ、失念してしまっていた事があった。それはカナンが調査隊の中に入っている、という事だ。
「・・・すんすん・・・うーん・・・」
違和感を感じていたカナンが、ティナの横を通り過ぎる瞬間、鼻を鳴らす。彼女の感じていた違和感とは、ティナの臭いが『ソフィーティア少佐』の臭いと一緒だった事だ。
「・・・やっぱり、おんなじだ・・・」
感じた違和感を確信して、カナンが首を傾げる。そんなカナンに、横に居た魅衣が首を傾げた。
「どうしたの?」
「え、いや、そのね? あの少佐さんから、ティナちゃんとおんなじ匂いが・・・と言うか、マスターの匂いも・・・」
「ぐっ・・・」
カナンからの指摘に、魅衣――そして遠くから見守っていたティナ――が思わず顔を顰める。これは完全に油断していたというわけではない。獣人達にバレない様に、ティナとて偽装の為に何時もとは違う香水を使っている。
が、ここばかりは、予想外の事というか、カナンの鼻がすごかった、というべきだろう。ハーフであるにも関わらず、彼女は並の獣人以上の身体能力を持ち合わせていたのだ。
香水は所詮上から付けるものだ。体臭その物を無くせるわけではない。隠し切れない彼女の体臭を嗅ぎ分けて、更にはティナの中に混じっているカイトの匂いを嗅ぎ分けたのである。と、いうわけで、それを聞かされた魅衣が小声で通信機を起動する。
「どうすんの!?」
『わーっとる! と言うか、まさかここまで物凄いとは思うておらんかった!』
通信機の先から、ティナの焦ったような声が響く。幸い、通信機は通話内容を悟られない様に声が漏れるのを防ぐ魔術が展開されている。なのでカナンは会話はわかっていない。そして、通信機を起動した事自体、疑問を解き明かそうとしているカナンには気付かれていない。
『ぐっ・・・本当にどうしようかのう・・・』
ティナの苦悩の声が、魅衣の耳に届く。今までは香水のおかげか獣人達の鼻を騙せていたのであるが、まさか一番バレて欲しくないカナンにバレるとは全く想定していなかったらしい。近くに居すぎた結果、どうしようもなく根本的な部分で誤魔化せなくなってしまったのだ。
「流石にマスターでも軍人さんに手を出さないとは思うんだけどなー・・・うーん・・・」
ティナの匂いそのものについては、どうやら勘違いを含めて考えているらしい。とは言え、それでもカイトの匂いはどうしようもないらしい。カナンはああでもないこうでもない、と首を傾げていた。
「えーっと、カナン? 前向いて歩かないと危ないわよ?」
「え、あ、おっと危ない」
魅衣からの注意を受けて、カナンが慌てて前を向く。どうやら一時期的とは言え、思考を中断させることが出来たようだ。
「・・・ん?」
前を向いて歩き始めて、再びカナンが首を傾げる。どうやら再び違和感を感じ取ったらしい。耳を押さえる様にして、顔を歪める。
「どうしたの?」
「なに、これ・・・ものすっごく五月蝿い・・・」
「あ、そう言えば今日からもう獣人の子が居たか・・・おーい! 獣人の女の子・・・えっと、カナンとか言う女の子はいるか!」
前の方で引率をしてくれていた武蔵の弟子の一人が、ふと何かに気付いたかの様に後ろを向いて声を上げる。その手には耳栓に似た魔道具が握られていた。
「あ、はい!」
「これ、使いな! 耳栓だ! 他の獣人の子達にも配ってくれ!」
「あ・・・ありがとうございます!」
投げ渡された帽子型の耳栓に、カナンが手を振って感謝を示す。彼女が顔をしかめていたのは、蒸気の噴出音が五月蝿かったからだ。そうして、それをカナンがすぽっ、と頭にかぶった。
「あぁ・・・もふもふけも耳が・・・」
「髪だよー」
耳栓のお陰で消えたもふもふのケモミミ状の髪の毛に、魅衣が悲しげな声でカナンの頭を触る。なにげにカナンの髪の毛は羽毛の様に柔らかくてさわり心地が良い、と女子の間で評判だった。
と、そんな雑談をしながらしばらく歩いた所、少し大きな広間らしい空間にたどり着いた。そこら辺に修繕用とみられる工具類が置かれていたので、修理の技術者達が休憩したりする為のエリアなのだろう。
「ここが、メンテナンスエリアへの入り口じゃ・・・通信機の調子を確かめるか。聞こえとるかー」
『・・・うむ。聞こえとる。扉の前じゃな?』
「うむ」
『・・・良し。問題無いのう。では、こちらはこれから司令室へと移動する。その間に通信機のテストを行わせるが、注意を頼むぞ』
通信機の調子を確かめる為に通信機を起動した武蔵の声に対して、ティナが問題無い事を明言して、司令室へと戻り始める。どうやらノイズはきちんと除去出来ていたようだ。
「うむうむ・・・通信機から音が流れるが、聞こえん者は連絡せいよー!」
武蔵は自らの耳に取り付けたヘッドセット型の魔道具に手を当てながら、一同に通達する。この先に入れば、本格的な遺跡だ。通信機の不具合が生命に関わる事になる。というわけで、確認は重要だった。そうして、各々のヘッドセットから音楽が流れ始める。それはアップテンポな女性の音楽だった。
「うぉ。こんなのもあるのか・・・」
「あ、これ結構好きかも・・・」
半分程度が初めて耳にする異世界の本格的な音楽に、冒険部の面々が色々な反応を示す。と、カイトはそれが耳慣れた少女の声である事に気付いた。
「ん? ああ、これ・・・アリサのか」
『うむ。コンサート・ホールでのテストで使われた物が残っておったのでな。10年程前の楽曲じゃ』
「知ってるの?」
「知ってる、と言うか知らない方が可怪しいよ」
魅衣の問いかけに対して、カイトに変わってカナンが答える。そこには何処か呆れというか苦笑が混じっていた。
「そうなの?」
「世界の歌姫。今度の会議でも来るって」
「ああ・・・こんな曲調なんだ・・・」
カナンの言葉に、魅衣が改めてアリサの音楽に聞き入る。彼女にとって歌姫と言えば、地球でファンだった歌姫・エルザだった。
こちらは基本的には純愛やバラード等きれいな曲を歌う事が多かった為、逆にこういったアップテンポなナンバーを聞く事は数少なかったのである。と、そうして更に30秒程流れた所で、唐突に音楽が終了した。
「あ・・・」
ぶつん、と唐突に切れた音楽に、誰もが少し物足りないような顔をする。そもそも聞かせる為の放送では無かったので仕方がないが、良曲であったのは事実なのでこれもまた仕方がないだろう。
「これ以上聞きたければ、街の音楽屋で買え、って事だろ」
残念そうな魅衣を見て、カイトが笑う。音楽屋とは簡単にはCDショップと考えれば良い。違うのは販売しているのがCD形式というわけではなく、店に蓄積されたデータを専用の魔道具にダウンロードする権利、という所だろう。
インターネットが無い所為で再ダウンロードには逐一店を探す必要があるが、一度買いさえすれば何度でもダウンロード出来る為、そこまでの不便さは無かった。
なお、音楽再生用の魔道具を失う可能性を考慮して世界的にダウンロード出来る様にする為、音楽は商人ギルドに所属している所でしか販売が禁止されている。一度買えばどこででもダウンロード出来るので安心である。
「その気になれば、少ししたら聞けるんじゃない?」
「コンサートの当日券とか、売ってるかなぁ・・・」
カナンの言葉を聞いて、魅衣が遠くを眺める。冒険部のここでの活動は基本的には輪番制になっており、可能であればコンサートを見れる可能性はあった。が、それ以前の問題として、チケットが買えるかどうかが問題だった。
「帰って聞いてみれば?」
「あー・・・そうしよ」
「売り切れてるとは、思うけどね・・・」
「やっぱり?」
「そりゃねー」
二人は半ば諦め混じりで、帰ったら確認しよう、とうなずき合う。たまさか近くまでやってくる、というのだ。聞けるなら、聞いてみたいと思うのも普通だろう。
「それでしたら、当家から数枚お譲りいたしましょうか?」
「え?」
「・・・誰?」
横合いに口を挟んだストラに魅衣が期待を滲ませて、カナンは首を傾げる。魅衣は時折会っているが、カナンは会ったことがなかった。
「あ、ストラさんだよ。ほら、東町の・・・」
「ああ、東町の管理人さん」
冒険部の上層部が時折公爵家の上層部と会談を得ている事は、街中が知っている。それはカナンとて例外ではない。なので知り合いでも不思議が無かった為、疑問もなく魅衣の言葉を受け入れる。ストラが近くに居たのは、単にカイトが居たからだ。ちなみに、勿論のことステラも一緒だ。
「良いんですか?」
「ええ・・・こちらに来られた時には当家に宿泊なさいますからね。そこで宴会の余興等で良く歌われていますので、別にコンサートで聞く必要はあまり・・・ね。当家の人間はあまりコンサートに出かける、という事は無いのですよ。かと言って、向こうは友好の為にチケットをくださいますからね。何時も誰かに譲る事になっていましたから」
「あ、そういうことでしたら・・・是非」
曲がりなりにも一国の王女様だ。ホテルではなく、公爵家に宿泊した所で不思議は無かった。なので魅衣は遠慮なく、チケットを貰う事にする。ちなみに、これは関係者に配られる物でも一番上等な物なので、所謂S席に近い良い席だった。
「あはは・・・では、頑張ってください」
「はい!」
「じゃあ、行こっか!」
魅衣とカナンは改めて気合を入れ直して、始まった最後のブリーフィングに集中する。ご褒美が待っているとなると、単なる仕事でもやる気も出るのである。所詮そこらは年頃の少女達、という所だろう。
「よっしゃ! じゃあ、やる気出しますか!」
「あはは・・・」
やる気を漲らせた二人に、ストラが苦笑を滲ませる。何の意味も無く、こんな事を告げたわけではない。少し注意をここからずらしてもらう為に、だった。
「閣下。一つ、ご報告が」
「なんだ?」
「例の件について、先程調査結果が出ました。が、そこで少々、お耳に入れたく」
どうやら丁度何かの連絡が入ってきた所なのだろう。小声でストラが報告内容を告げた。
「カナンという少女が所属していたパーティが受けていたと思しき依頼について、問いかけてみました。依頼人は流石に守秘義務があり聞けませんでしたが、依頼内容だけは、閣下の名を出して教えていただけました」
「そうか・・・それで?」
「はっ・・・それが・・・」
カイトの先を促すような声を受けて、ストラは少しだけ言いにくそうな顔をする。が、意を決したらしく、カイトを見て、その内容を口にした。
「・・・カナンと言う名の少女の護衛。それが、依頼内容でした」
「何?」
告げられた内容に、カイトが顔を顰める。カナンとは考えるまでもなく、今そこで魅衣と共に世界的歌姫のコンサートに向けてやる気を出しているカナンだろう。
「あの少女には、何かあるのでは? 検査の結果でも、本人の告げている事と結果に誤差が出ている。明らかに、何かがある」
「・・・検査結果、か・・・」
ストラの言葉に、カイトが考慮に入る。かつてカナンは入団の折り、自分は父が獣人で、母は龍のハーフだ、と告げていた。だが、これは同じく入団の折りに行った身体検査の時に、間違いだった事が確認されていたのである。
「獣人と夜の一族、か・・・」
母親が隠すのも無理は無い。カイトは密かにそう思う。獣人と夜の一族の仲はそこまで良くはない。血統によっては敵視している、とさえ言って良かった。
獣人族が多いブランシェット領で暮らすのであれば、夫の居ない母親が自らの種族を偽って、というのは自己防衛の為の手段だったのだろう。
獣人は獣の因子を持つが故か、一族の繋がりを重要視する。そこから排斥されては、簡単には生きてはいけないのである。カナンがこれを知らなかったのは、そういう事情から致し方がない事だろう。伝える前に母親が死去した、と考えるのが妥当だった。
「・・・両親のどちらかは、何処かの名家の子女、だろうな。駆け落ちしたか、それとも放逐されたか・・・そこを調べるなら、やはり謎のままの父親が鍵だな」
「その線で追加で調べております。依頼人は両親のどちらかの関係者でしょう」
「だろうな。死に目に会えなかった事を恥じた父親が、密かに護衛を依頼した、という所か」
『おじさん、というのが鍵じゃろう。これはおそらく両親に近しい男じゃろうな。大方両親に近しい人物の遣わした護衛、というのが妥当じゃろう』
二人の会話を通信機で聞いていたティナが、口を挟む。彼女はカナンから来歴を口八丁で聞き出していた。そこからの推測だった。
『が・・・もしそうでなければ・・・わかろう?』
「敵対勢力がいざという時の為にとっておいた手札、か。護衛は監視の可能性が高いな。はぁ・・・厄介なヤツを拾っちまったもんだ」
『まあ、正解ではあったじゃろう。悪い判断では無いし、カナンも悪い子では無い』
「それが唯一の救い、か・・・対策は練っておくか。もし後者なら、内部抗争に巻き込まれかねないからな」
カナンのお陰でカイトは評判を上げる事が出来たし、人員の追加にしても肯定的に受け入れられる様になった。魅衣やティナ達にしても、新たな友人を獲得出来た。それを考えれば、団員の為に多少骨を折る事に躊躇いは無かった。
「はぁ・・・出来れば父親の手勢が殺しに来る、なんてやめてくれよ・・・」
誰にとっても有り難くない未来に、カイトがため息を吐きながら言及する。カナンは父親から狙われるという悲しい事態だし、カイト達にしてみれば貴族たちのごたごたという厄介な出来事に対処しなければならなくなるのだ。
そして残念ながら、カイトにもティナにも手の中にある札を切り捨てる、という事は出来ない。面倒でも、対処しなければならなかった。と、そうしてカナンを見ていたからか、その視線にカナンが気づいた。
「? どうしたんですか、マスター?」
「いや、なんでもない」
何も知る事もなく魅衣と笑い合うカナンに、カイトが微笑みと共に首を振る。こういったことは、自分達が裏で片付けるだけの話だ。血脈についても時を選んで話せば良い話だ。そうして、そんなカイト達の考えを他所に、カナン達は第二層へと侵入していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。ということで、ブランシェット編確定です。
次回予告:第698話『レガド』




