第692話 家族団らん+1
ヤマトを茶化しながら行われた夕食作りであるが、それも30分程でいい塩梅に仕上がっていた。元々アニラが用意を整えてくれていたおかげで、そこまで手間はかからなかったのだ。
ちなみに、武蔵邸では予定が入らない限りは基本的に家族持ち回りで料理を作る。アニラだったのは偶然今日がアニラだった、というだけだ。
「はーい、出来上がりでーす」
「出来ました」
料理の大皿を両手に持って、カイトとアニラが畳敷きのリビングに現れる。そこにはこれ以上弄られてはたまらない、と逃げたヤマトと、武蔵の酒のお供をしていた為か少し頬が赤い藤堂、そして酒を飲んでいた武蔵の姿があった。
「おぉ、出来たか・・・む? なかなかに美味そうな料理を覚えて来おったの」
「何処かの美食家のバカ皇子のおかげで料理スキルあがったので、地球でも料理覚えたんですよ」
ことん、と長机に置かれた料理の大皿を見て、武蔵が目を瞬かせる。何品か武蔵も知らない料理が紛れ込んでいたのである。
「おーう! ミトラー! 飯出来たぞー!」
「あ、はーい!」
武蔵の呼び声を聞いて、ミトラが返事を行う。少し耳をすませば子供の笑い声があったので、どうやらアニエスと言う赤子は起きていた様子だ。と、そうして少しすると、幼子を抱えたミトラが現れる。
「いや、ごめんね、カイトと・・・えっと、ごめんなさい。そういえば聞く前に行っちゃった。君は誰かな?」
「あ、申し遅れました。藤堂 兼続といいます」
ミトラの問いかけを受けて、藤堂が改めて頭を下げる。先ほどはアニエスが泣いてしまった為、挨拶をするよりも前にミトラが去ってしまったのだ。
「私は武蔵のお嫁さんで、『剣神社』の巫女頭をやっているミトラ。よろしくね」
何処か嬉しそうなミトラの顔に、カイトは内心で相変わらずお熱い事で、と思う。彼女が喜んでいるのは、武蔵のお嫁さん、という言葉だ。300年前もそうだったが、ここも変わっていないようだ。
と、そんなミトラが、ふとカイトに足りない付属品に気がついた。それは常日頃彼の肩や頭の上に乗っていた妖精だ。いつもなら来るのに今回は居ないので、疑問に思ったらしい。
「あれ? そういえばユリィは?」
「ああ、あいつなら、公爵家の邸宅に行っているとおも」
「話は聞かせてもらった! 私ならここに居る!」
カイトの言葉に呼応する様に、ユリィが窓を開けて現れる。不思議と一緒に来ないな、と思ったのだが、どうやらこれがやりたいが為だけに外で待機していたのだろう。そうしてとりあえずやりたい事を終えると、ぽん、という音と共に小型化した。
「ミトラー! 久しぶりー!」
「久しぶり。二年ぶり? 学校はどう?」
「疲れるのよー。もうほんとに。猫かぶるから・・・あ、この子がアニエス?」
「そうそう。女の子」
「やっほー・・・いないいないばあっ!」
ユリィは妖精らしい天真爛漫さを見せて、アニエスの遊びに入る。基本的に妖精族は性格が似ているからかこども好きだし、その嘘を見通すという特質が相まって純粋無垢な赤子とは相性が良い。子守は意外と得意なのであった。
「おーい、お主ら、飯食わんのか? 冷めるぞ」
「とと・・・」
「あ、ユリィ。お茶碗出してあげるから、ちょっとアニエスお願いしていい?」
ご飯前だったのだ。そこで雑談に入ったミトラとユリィに対して、武蔵が問いかけると、ミトラが立ち上がって来客用ではなく彼女専用のお茶碗を用意しようと立ち上がる。が、それを、ユリィが制止した。
「ああ、良いよ。何処にあるかわかるから・・・じゃあ、ちょっと取ってくる」
再び大型化して立ち上がったユリィは、こちらも勝手知ったるなんとやら、と台所にまで歩いて行って、自分専用のお茶碗を持ってきた。
居候その2の方は2年に一度どころか近くに来ればここに訪れる為、自分のお茶碗も常備されているのであった。ちなみに、カイトの方は300年前と同じでは流石に拙かろう、と言うことで新品が用意されていた。
「と、いうことで・・・頂きます」
「頂きます」
武蔵の号令に合わせて、全員で手を合わせて、夕食を食べ始める。そうして、しばらくの間ミヤモト家に藤堂を加えた面子で、晩ごはんを食べる事になるのだった。
そうして夕食を食べ始めたカイト達であるが、ふと、武蔵が一つ疑問に至る。それは皇都では少ししか一緒に居なかったが故、問いかけられなかった事であった。
「そういえば・・・お主。信綱殿以外にもう一人師がおらんか?」
「あむ・・・? ああ、身のこなしの方ですか?」
「うむ。お主の身のこなし・・・儂が教えた物よりも遥かに洗練された物じゃ。が、これは剣士としての物というよりも、戦士としての物と見えた。お主向きと言えばお主向きよ」
武蔵はカイトの身のこなしが変わっていた事に気付いていた。が、そして同時に、それがまだ練習中である事も、だ。
「日本よりはるかに西・・・大陸はオランダよりも遥かに西の果て。そこにイギリスという島国がありまして・・・そこの冥府を治める女王にスカサハ、という女が。彼女より、身のこなしの教授を受けていました」
「ほう・・・西の果てか。剣士ではなかろうな」
「魔術師です」
「「「ぐっ・・・」」」
カイトからの返答に、武蔵もヤマトも藤堂も思わず二の句が継げなくなる。魔術師に自分以上の身のこなしをやられては立つ瀬がなかった。とは言え、これは裏があった。
「ああ、姉貴は普通に魔術よりも武術の方が優れている、とか言う人なんで、気にしないで大丈夫ですよ。実際、弟子も多くが魔術師じゃなくて武術の方で取ってますからね。ぶっちゃけ、軽くオレの土手っ腹に風穴空けてくれましたしね・・・まぁ、魔術でもぶっ飛んだ女性でしたよ」
「軽くお主の土手っ腹に風穴・・・世界は広いのう・・・む?」
地球も意外と広いな、と時代的に普通の感想を抱いていた武蔵だが、そこでふと、右手が掴まれている事に気付いた。彼の右側は、と言うとそこに座っているのはミトラだ。つまり、彼女が掴んでいたのである。
「じー」
「かかか! 別に帰ろうとは思わんよ。今更お主のおらん生活なんぞ考えられん」
「うん、よろしい」
武蔵の返事に、ミトラが満足気に笑う。時々、彼女も不安になる。武蔵とて本来は日本出身だ。カイトと同じように帰ってしまわないか、と思う事があるのだ。
とは言え、武蔵の答えは何時だって決まっている。どれだけエネフィアを歩こうとも、地球への郷愁の念があろうとも、武蔵の今帰る家はここだった。それに、ユリィが甘ったるげな顔で手を合わせた。
「ごちそうさま」
「なんじゃ、もう食わんのか。では、儂が頂くか」
「あ、ご飯という意味じゃない! それは私の!」
「ごちそうさまと言うたじゃろうに」
ぎゃいのぎゃいのとユリィと武蔵が笑いながらカイト作のアジの煮付けを取り合う。基本的に、宮本家の全員が揃った時の晩ごはんはこんな感じだ。マナーなぞあったものではない。
そんな風景に、藤堂が思わず気圧されていた。彼の家は祖父母も一緒で道場である関係か比較的マナーに煩く、こんな騒がしい夕食ははじめてだったようだ。
「す、凄いな・・・」
「申し訳ありません。何時もは父も普通にやっておられるのですが・・・カイト兄上とユリィが来ると、どうしても・・・」
藤堂に対して、ヤマトが謝罪する。基本的に、武蔵もちょっと子供っぽい。ミトラはそこが良い、と言うのであるが、やはり親としてあまり家ではこういう姿を見せる事は少なかった。が、ユリィやカイトが来た時は別だったのである。
そうしてまたしばらく雑談混じりで夕食を食べていたのだが、食べ終えた所で今度は藤堂が武蔵に対して疑問を呈した。それは彼が家庭を築いていたからこその、疑問だった。
「武蔵先生・・・一つ、疑問なのですが・・・」
「む?」
「なぜ、今頃妻を娶るつもりになられたのですか?」
藤堂の問いかけは道理だったのだろう。宮本武蔵は生涯に渡って結婚する事は無かったという。理由は定かでは無いが、事実として結婚はしなかった。世に語られるお通という妻は戦前の小説家の創り出した創作だった。武蔵はその存在を知る事もないし、知っているはずもなかった。
そうして、洗い物をヤマトとユリィに任せてカイトと共に酒を傾けていた武蔵が、すでに遥か過去になった自らの日本での生涯を思い出す。
「ふむ・・・なぜ、か・・・儂は60とそこそこで死去した事になっとるじゃろうが・・・確かに、妻は娶らんかった。別に女を抱かんかったわけではない。島原の乱の前には吉原に通い詰めたからのう・・・お主は、そこらをモデルに東町を作ったんじゃったな」
「どうせ風俗なんぞ規制出来るわけが無いので。ならいっそ、公に管理してしまえば良い。スパイは狩り出せるわ、貴族共の悪銭は拠出させられるわ、そこから不正やってる貴族達見抜けるわ、といいコトずくめですからね・・・それに、綺麗な女を並べるのは、街として悪くはない。性を売り物に、という悪徳を飲めれば、ですがね」
武蔵の言葉に、カイトが悪辣さを見せる。マクスウェルの東町は実は、日本の吉原遊廓をモデル――と言っても町並み等ではない――にしていた。それを公的な物として設立したのが、東町だった。
「お主見てればわかるからのう」
「酷いお師匠様で。来る度に綺麗な姉ちゃんに酒を、と五月蝿い人が言うべきじゃないでしょ」
「じー」
「ひででっ! つ、付き合いじゃ、付き合い! 抱いとらんから!・・・おー、いた・・・今の話は無しにしよう」
藪蛇だった、と武蔵はミトラに抓られた右頬をさすりながら、本題に戻る。
「まあ、あの頃の儂は剣の道に突き進むのに精一杯じゃった。暇にかまけて書を読み絵を描き、とはやったがのう。やはり、ついぞ気を抜いた事は無かった。上を知り、限りある時の中で上を目指さんとすれば、そうするしかなかった。色恋沙汰にうつつを抜かす事が出来ん愚か者じゃった」
武蔵は年を経た含蓄のある表情で、かつての己を語る。武蔵は今でこそ日本で有名になったが、決して、剣豪として優れていたわけではなかった。確かに生涯60の試合で負けなしを誇ったが、決して、最強では無いのだ。
上には上泉信綱や塚原卜伝がおり、他にも同時代には柳生石舟斎、柳生宗矩などなど他にも名のある剣豪は山程居た。彼はその中の一人にすぎないのだ。
そして最初二人は、未だにカイトでさえ及ばないと断言するまさに正真正銘剣の道の極みに立つ者だ。そこに及ばんとするのなら、脇道にそれてはいられなかったのだろう。
「こちらに呼ばれて若い身体と若い精神を取り戻してみれば、まぁやはり思うは剣の道よ。少しの間はかつての様に刀を振るい、としておったわけじゃがなぁ・・・ここは勝手知らぬ世界よ。世話役として巫女じゃったミトラが世話を焼いてくれておったわけなんじゃが、あまりに戦いにかまけるもんじゃから、これが拗おってな」
「だって、全然休もうともしないんだもの」
「かかか。余裕無い愚か者じゃろう? 世話役に心遣い一つ出来ておらん。世話になってばかりじゃった」
少し照れたようなミトラの言葉に、武蔵が愛おしげにミトラの頭を撫ぜながら笑う。その時のことは、良い思い出になっていたようだ。
「で、これの母君から余裕を持て、と叱られてようやく、儂は余裕が無かった事を悟った。叱られたのなぞ40年ぶりじゃったわ。今思えば、伊織らにもすまぬ事をしたのう・・・儂は人の身を捨てれて良かったんじゃろう。時間と言う限りを失って、ようやく人並みに落ち着きと余裕を得た・・・で、余裕を得ると、今度は目の前の良き女に心奪われた。気付けばなんとも世界が色褪せていたことか、と嘆いたものよ。それに、おかげで火事場のクソ力も学べた」
「はい?」
武蔵の言葉に、藤堂が首を傾げる。脈絡がなかった様に思えたのだ。
「ははは・・・まあ、小っ恥ずかしい話じゃが、愛は人を強くする、という事じゃろう。ミトラが討ち死にさせられた折り、それはまあ、儂は激怒した。まさか儂にこれほどの殺意が抱けるとは、というぐらいにな」
「討ち死に・・・?」
「あ、私はこの古都レガドの最下層にあった魔道具で精神生命体に生まれ変わってるのよ。昔は龍族だったんだけど・・・大昔の戦いの終盤、この人の刀を届けようとして、うっかり攻撃に飲まれちゃって、ね。ギリギリ届けられたんだけど・・・そこでぽっくり、と」
藤堂の疑問を受けて、ミトラが少し照れ気味に過去を語る。何があったかは詳しくは分からないが、とりあえず何らかの理由で武蔵が刀を喪い、ミトラがそれを戦場で戦う武蔵に届ける事になったのだろう。
「まったく・・・今でもあれは馬鹿じゃと思うわ」
「刀も持たず戦場に行く貴方が馬鹿よ」
「お主を守ろうとしただけよ。仕方がなかろう。そのお主が出ては本末転倒ではないか」
「もうっ」
ミトラが恥ずかしげで拗ねた様に見せつつも、嬉しそうに笑う。それに、カイトはやれやれ、と思うだけだ。彼がここを家と認識出来たのは、彼の父母もまた、このように何時までもバカップルだからだろう。
そう言う意味で、ここはカイトの実家に似ていたのである。そうして、少しいちゃついた武蔵が、再び本題に戻った。
「で、年甲斐もなく恋心を自覚して、なんやかんやとやっとる内に姫が目覚め、戦いも終わり共に暮らす様になり、気付けば祝言を上げておった・・・そうして気付けばヤマトが生まれ、カイトとオチビが加わり、アニラが生まれ、アニエスが生まれ、じゃ。帰るつもりが起きるわけがあるまい。剣豪としての宮本武蔵は正しく、日本で死んだ。ここに居るのは人としての、その後を歩む宮本武蔵よ・・・というわけで、じゃ。お主も焦るなよ。どうせ焦っても無駄じゃ。上なぞ高過ぎる。卜伝殿の様に剣鬼に至る覚悟があるなら、まだ良し。そうならねば儂の如き愚者がいたずらに増えるだけよ」
「ご助言、ありがとうございます」
自らの生涯を掛けて出した答えを教えられて、藤堂が頭を下げる。言いたかったのは、ゆっくりと歩いて行け、という事なのだろう。人として大成してこそ、意味がある。それを教えていたのであった。と、それを藤堂が受け取った所で、ユリィが洗い物を終えて帰って来た。
「終わったよー。ヤマトはなんか出かけるってさー」
「・・・逢引きか」
「きゅぴーん! 風月の家行って来る!」
ぼそり、と出されたカイトの一言に、ユリィが小型化して飛び去ろうとする。カイトが知っている以上当然、ユリィも二人のことは把握していたのである。が、流石に出歯亀はカイトが止めた。
「はい、ストップ。流石にまだ手出しは無用だ。それに、今日は警戒してるだろ」
「む・・・それはそうかも・・・良し。今日は待機しよう」
カイトの言葉に、ユリィが道理を得る。どう考えてもさっきの今だ。ヤマトが出歯亀を警戒していない筈がない。そしてヤマトぐらいの武芸者になれば、少々ユリィでも手に余る。油断させる為にも、今日は待機が吉だった。
「ふむ。では、逢引きよりヤマトが戻ってから、一度会議に戻る事にしよう。ほれ、その間お主も飲め」
「あ、はーい・・・ミトラは流石にまだ飲めない?」
「まだ授乳期だからね」
ユリィの言葉に、ミトラが少し残念そうに首を振る。元々彼女は龍族だった事もあり、意外と酒飲みだし、酒好きだ。飲む量としては武蔵よりも実は多いぐらいである。そうして、しばらくの間は酒を飲んで時間を過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第693話『ブリーフィング』




