第691話 宮本家
一時中座した会議であるが、そこでカイト達の夕食は、となると、やはりカイトの予想通りだったようだ。
「カイト。どうせお主何も無かろう。兼続も共に儂の家で食っていけ。ここから近いからのう」
「あはは・・・わかりました」
「良いのですか?」
「構わん構わん。そもそも魚釣ってきたのは何のためじゃと思うておる」
考えるまでもなく同意したカイトに対して、藤堂は少しの遠慮を見せる。が、更に魚の事を出されて、どうやら自分達の為に釣ってきてくれていたのだ、と理解したらしい。わざわざ剣豪が自ら釣ってくれて、これで遠慮するのは、と逆にそちらを無礼に考えたようだ。
「わかりました。では、有り難く頂戴致します」
「うむ。では、ついて来い」
藤堂の承諾を受けて、三人は連れ立って歩き始める。武蔵の家はここから少し遠くにあり、しばらく歩く事になった。と、そんな最中で、当たり前といえば、当たり前の話題が出た。
「天音くん。一つ、聞いて良いか?」
「聞く必要が無いと思うので、答えから。そうですよ」
「・・・やけにあっさりと認めるんだね」
「そりゃ、あの会議室だけで10回近くも頭下げられてればね。誰だって気付くでしょうよ」
苦笑混じりに、カイトが推測を告げる。今、何のやり取りがあったのか、というと、カイトの正体について、だ。他国に足を伸ばした時点で、彼の隠蔽はかなり無理になっていたのだ。
そしてさらに、このレガドは一時期とは言えどもカイトが暮らしていた事があるし、定期的に訪れてもいた。その分だけ他の国よりも遥かに知己は多く、必然カイトの事情を知らないそんな者達はカイトを見れば声をかけてくるのであった。実はカイトが先んじて入ったのも、そういった口止めをしたり、というのを考えての事でもあった。
「黙っていてくださいね。一応、これでも国家機密ですんで」
「ああ、わかった」
藤堂であれば、カイトの正体が真実勇者カイトであるなら、その身が国家機密に類するぐらいは簡単に想像が出来た。なので彼は即座にカイトの要請に応ずる。
「でもなぜ、こんな所で学生なんかを?」
「あはは・・・語れば長くなりますよ。まあ、日が暮れる、という所ではすみませんので、端的に言うと、地球帰ったら一時間、でして。大人の姿じゃいられない、というわけで・・・中学生からやり直し、です」
「なっ・・・」
カイトの年齢を改めて思い出して、藤堂が二の句を継げなくなる。中学生からやり直し、という事は考えるまでもなく、中学生でこちらに来た、という事なのだ。それを理解したのであった。
と、そんな藤堂を他所に、武蔵が指で少し遠くの一軒家を指差す。それは周囲の何処かファンタジー系の建屋から浮いた一つの武家屋敷に近い家だった。広さはかなり広いもので、だいたい100メートル四方、という所だ。中には道場と蔵も存在している様子だった。
「お、話はそこらにしておけ。ほれ、あれが儂の家じゃ」
「懐かしいですね、道場」
「後でヤマトと一つ打ち合っていけ。酔った所で負けんじゃろ」
「そりゃ、楽しみですね」
カイトはそう言うと、本来の姿に戻る。すでに藤堂にはバレた後だし、師の奥方と会うというのに姿を偽るのは無礼だった。元気な姿を見せるのが、恩義ある相手への礼儀だろう。そうして、門の扉を開いた所で、武蔵が声を上げる。
「おーう、帰ったぞー!」
「うるさい! アニエスが起きちゃうでしょ!」
「うごっ!」
女性の声が響き渡り窓から飛来した何かに頭を痛打されて、武蔵が仰け反る。飛来したのは、かつてカイトが急遽皇都の幼児用玩具を取り扱う雑貨店で買った玩具だった。
そうして、頭を擦る武蔵に対して、一人の巫女服を身に纏った女性が現れた。年の頃は武蔵と同じぐらい。上品ではあるが、少し気の強そうな美女だった。体型はスレンダー、もしくは整った、着物が似合う体型、という所だろう。武蔵の妻にして、神社の巫女であるミトラである。
「いつつ・・・すまんすまん」
「はぁ・・・あれ?」
ミトラはカイトの姿を見ると、少し目を見開く。それに、カイトが頭を下げた。
「ミトラさん。お久しぶりです。ご無沙汰しておりました。この度、変な偶然で帰って来ました」
「あら! カイトじゃない! 元気だった?」
「ええ。幸い地球では殆ど変わりは無く、親兄弟ともに息災変わりなく」
子供を扱う様に気さくに声を掛けるミトラに、カイトが少し照れ気味に応ずる。昔から彼女はカイト程度――と言ってもここに来た当時の話――の年頃の子供の面倒を見ていた為か、未だに子供扱いされるのである。と、そんなミトラの大声に抗議するかの様に、赤ん坊の泣き声が響いてきた。
「あ・・・あちゃ。ちょっと、ごめんね。ついこの間生まれたばっかりで・・・」
「いえ。お二方共、相変わらずで喜ばしい限りです」
「おっちょこちょいな所は変わっておらんがのう」
少し慌て気味に戻っていったミトラに、カイトは頭を振ってそれを見送る。どうやらおっちょこちょいな性格は相変わらず、らしい。何時もの事、と武蔵の言葉をカイトがスルーしていた。
と、そうして消えていったミトラに変わって、一人の青年と美女がカイト達の前に現れた。どうやら家主の帰還、と出迎えてくれたのだろう。
青年の方は顔立ちとしてはミトラに似た上品さがあるが、武蔵と同じ様に少し長めの髪を後ろでポニーテールの様に纏めていた。息子のヤマトだった。
美女の方は、これまたミトラと武蔵に似た雰囲気はあるが、カイトも見知らぬ女だった。とは言え、顔立ちにミトラと武蔵に似た雰囲気がある為、おそらく過日に武蔵が言及しなかった第二子――アニエスが第三子と言っていた――なのだろう。
「おう、帰ったぞ」
「おかえりなさい、父上」
「おかえりなさいませ、父上。お客人ですか?」
「うむ・・・こっちは兎も角・・・ヤマト。こっちは覚えておるか?」
「はぁ・・・あ! 兄上! お帰りになられましたか!」
何処か落ち着いた印象のあったヤマトだが、カイトの姿を見て、顔に笑顔を浮かべる。幼い頃に兄に近い立ち位置だった為、どうやら未だに慕ってくれていたようだ。深々と頭を下げる姿があった。
「よう。すっかりでかくなったな。あの時のやんちゃ坊主が随分とまあ、見違えたじゃねぇか」
「あはは・・・過日はご迷惑を・・・」
カイトの言葉に、ヤマトが頬を赤らめて首を振る。と、そんなヤマトに対して、美女が首を傾げた。
「兄上?」
「ん? ああ、彼がカイト兄上。勇者カイトその人だ・・・隣は・・・すまない。私ではわからない」
妹の問いかけを受けたヤマトが少し申し訳無さそうに首を振る。どうやら藤堂はカイトの護衛だと思われたのだろう。有名だろう、と思ったようだ。
「私は藤堂 兼続。お父君にご夕飯を誘われました」
「ああ、なるほど・・・私はヤマト。ミヤモト家に連なる者です」
藤堂の自己紹介を聞いて、ヤマトが日本からの客人だったか、と把握して、自己紹介を行う。そうして更にそれに続けて、妹の方が頭を下げた。
「はじめまして。アニラです」
「お主は知らんな。ほれ、二人目の方よ。娘子でな」
頭を下げたアニラの言葉を引き継いで、武蔵が二人にアニラを紹介する。かつてカイトが滞在していた頃にはヤマトしかおらず、そのヤマトにしたって齢10前後だった。アニラが生まれたのはヤマトが100歳を過ぎた頃なので、カイトとは会う事がなかったのである。
そうして、カイトはアニラの姿をしっかりと観察する。彼女の身のこなしにも武芸者特有の滑らかさが存在していたのだ。であれば、何らかの武芸を嗜んでいる、と踏んだのである。
「ふむ・・・弓使いか」
「・・・何処をご覧になって、そうお考えになられました?」
「? 身のこなしだが・・・? あ、っと。確かに不躾だったな。悪い」
「「ぷっ・・・」」
カイトの返答と娘の睨み付けるような視線を見て、武蔵とヤマトが思わず吹き出す。実はアニラも母ミトラと同じく、所謂スレンダーな体型だった。
そしてどうやら、母から体型と共にコンプレックスまで受け継いでしまっていたらしい。何も言っていないし殆ど気にも留めないが、勝手に胸に意識が行くようなセリフを吐いていた。
「いや、すまぬな。ほれ、親が言うのもなんじゃが、アニラは胸がちっさいからのう。凹んでおるのよ・・・あ、出とる事は出とるぞ?」
少し笑いながら、武蔵が娘の剣幕に対してカイトに小声で弁明する。流石に藤堂は部外者なので、こういったセクハラ紛いな事を聞かせられなかったようだ。
「あはは・・・ミトラさんそっくりですね」
「のう。まあ、あの程度小ぶりの方が儂は手に収まって丁度良い・・・ああ、お主はでかい方が好みじゃったか」
「胸に貴賎無し。我が家の隠れ家訓です」
「かかか」
カイトの言葉に、武蔵が楽しげに笑う。そういえばそうだった、と思い出したらしい。
「まあ、立ち話もなんか。ほれ、カイトも兼続も、ついて来い・・・飯は?」
「あ、はい。父が何時帰られるかわかりませんでしたので、とりあえず準備だけは。後は焼くだけに。その焼きにしても丁度準備に入った所ですので、丁度良い時間です」
「そうか・・・ほれ。お主ちょっと手伝ってこい。勝手知ったるなんとやら、と言おう。間取りそのものは変わっとらん」
「はいはい。じゃあ、しつれ・・・っと、ただいまー」
「あ、兄上! 自分も手伝います!」
とてとてとて、とカイトはアニラに続いて本当に勝手知ったる他人の家、と淀みなく武蔵邸に上がっていく。それに、ヤマトが少し慌て気味に付き添う。
ただいま、と告げたのは一時期とはいえカイトがここで居候になっていたから、だ。本来住み込みの弟子、というのは取らない――と言うか取る必要がない――のだが、流石に身寄りの無い子供二人を何処かで暮らさせるわけにもいかないし、旭姫の家は色々な理由から却下されていた。
なのでミトラに諭されて、ここも自分の家と扱う様に言われていたのである。なのでユリィもただいま、と言う。と、そんなカイトを見て、藤堂も手伝うべきか、と武蔵に申し出た。
「あ、自分も手伝いに」
「お主は儂の相手をせい。客をもてなすのは家主の仕事。家主が飲んでおるのに客に飯の世話をさせては家主の名折れよ」
「いえ、ですが・・・」
「あれは一応儂の家の家人の一人。家人が飯の手伝いぐらいはするじゃろうに」
「はぁ・・・」
カイトが受け入れられているが故なのであれば、確かにここでの自分は武蔵の客人だ。それを藤堂も把握して、武蔵の言葉に従う事にする。そうして、しばらくの間藤堂は武蔵の酒の供をする事になるのだった。
と、武蔵の相手を藤堂に任せたカイトだが、本当に勝手知ったるなんとやら、とばかりに厨房に立って包丁を振るっていた。
「とりあえず、マアジをどうするかね・・・甘辛焼きにするか」
武蔵が釣って帰ったマアジは自分と藤堂を含めれば丁度ぐらいの量だった。とは言え、今のヤマトやアニラがどの程度食べるかわからない。多めに作る事にした。それ故、カイトは明日の昼飯にもなるように、冷めても美味しい料理にすることを選んだようだ。
「醤油と砂糖、あとは白ゴマ・・・あ、片栗粉でちょっととろみ付けても・・・あ。ヤマトー! お前とろみ系嫌いだっけー!」
「あ、いえ、今は大丈夫です!」
「意地張ってるだけです」
「あはは・・・じゃあ、とろみは無しで行くか」
ヤマトは少し照れ気味かつ声が上ずっていたのでカイトも勘付いていたが、アニラの言葉からもそれが把握出来た。昔からヤマトはとろみが付いた食べ物が苦手らしいのだが、今もそれは変わらない様子だった。それに、カイトは少しの安堵を得つつも、調味料から片栗粉を抜いておく。
「てか、お前も厨房に立てる様になってるとはなー」
「我が家の家訓は、ご存知でしょう?」
「あはは・・・我流だったオレに料理のいろはを叩き込んだのは先生だからな」
カイトはマアジを三枚におろしながら、ヤマトの問いかけに答える。武蔵は戦国時代の男だ。それ故、男が厨房に立った所で何も不思議に思わないし、それどころか彼自身も料理をする。そして門下生達には、一通りの自炊能力を学ぶ様に通達していた。それが住み込みのカイトやヤマトであれば、という所だろう。
「んー・・・にしても、本当に物静かな嬢ちゃんだな」
「あはは・・・」
アニラを見るカイトの言葉に、ヤマトが苦笑する。実は武蔵の一家は基本的に、おしゃべりが多い。ヤマトにしても落ち着いてはいるが、結構話してくれるので親しみやすい人物だ。それに対して、アニラはあまり口数が多くはない。必要とあれば話すが、それ以外の雑談がある様には見えなかった。
「まあ、自分や父上、母上が基本的に口数が多いですからね。それ故か、人見知りではないのですが、少々口下手で」
どうやら口下手、というのは事実らしい。カイトが見ているアニラの頬が少しだけ朱に染まっていた。
「まあ、家族だからな。ウチもそうだが、兄妹で性格も差が出るか・・・で、ヤマト」
「はい?」
「隣の風月ちゃんとどうなった? あ、答えなくても良いぞ」
「げっふぅ!?」
カイトの問いかけの瞬間、ヤマトが大いに取り乱す。風月とは所謂、幼なじみだ。龍族の女の子で、色々と考えれば、そろそろ縁談の一つもあって良い頃だった。というわけで、300年で何か続報は無いかな、と思ったわけである。
「い、いえ・・・何かとは?」
「いや、進展は?」
「は、はて・・・なんの事かわかりません」
頬を真っ赤に染めながら、ヤマトがそっぽを向く。どうやら何も無かったわけではないらしい。
「ふむ・・・アニラー。後で蔵案内して。まぁ、案内しなくても夏月に聞くから良いんだけどなー」
「ダメ。あそこで今日も密会があるから」
「ちょっ、おい!」
アニラの答えに、ヤマトが大いに焦る。どうやら口下手でも、性格としては悪くはないようだ。きちんとカイトの聞きたい事を答えてくれていた。
「へー・・・どこまで進んだ?」
「ぐっ・・・あ! お刺身出来上がったので、失礼します!」
「「あ、逃げた」」
アニラが作っていたお刺身の盛り合わせが出来上がったのを目敏く見付けると、ヤマトはそれを持って一目散に逃げ出していく。どうやらこの様子だと、ミヤモト家の跡継ぎは安泰だろう。
「「あはははは!」」
逃げたヤマトを見て、アニラとカイトが顔を見合わせて笑い声を上げる。そうして、和気あいあいとした様子で、この日の夕食が作られていくのであった。
お読み頂きありがとうございました。今回の章では結構正体が露呈します。と言うか、最初から露呈してそこから始まってる気もしますけどね。
次回予告:第692話『家族団らん+1』