第689話 剣神社
カイトとカナン、そして武蔵達は浮遊都市レインガルドの中心部に位置する所に設けられた『剣神社』という神社へと、カナンのかつての仲間であるカシム達の武器を奉納する為にやって来ていた。そうして、巫女の案内の下、一同は鳥居を潜って神社の戸を開けてもらう。
「武蔵様らには釈迦に説法ではありますが・・・ここから、神域へと入り、祭壇へと向かう事になります。奉納するのは、そちらで間違いありませんか?」
案内の巫女は戸を開くと同時に、カナンに問いかける。此処から先は所謂神域等と言われる領域だ。流石に武具を持っていくのは憚られるし、現に武蔵でさえ、防具を解いて武器を専用の置き場にあずけていた。持っていけるのは奉納する予定の遺品だけだ。
「はい」
「一度ご神体に捧げられてしまえば、もう二度と取り出せぬ事になりますが・・・覚悟の上、ですか?」
巫女はカナンに重ねて問いかける。これは奉納の方法上、どうしても致し方がない事だった。だからこそ、巫女達はこの場に立って最後に問いかけるのである。そうして、カナンが少しの逡巡を見せたものの、目を上げてしっかりと頷いた。
「・・・はい」
「わかりました。では、もう何も申しません・・・こちらへ」
カナンの返答を受けて、巫女が再び歩き始める。ちなみに、彼女の名はニーアと言う。そうして、ニーア案内の下、一同は更に奥へと歩いて行く。そうして一同はご神体の納められている奥の建屋へと向かっていく。
「こちらが、ご神体を奉じた奥の間になります」
ニーアは奥の間と呼ばれる建屋の前に立つと、改めて一同に告げる。それは2階建ての一軒家に匹敵する様な大きな祠だった。この中に、カナンの求めるご神体があるのであった。そうして、ニーアが祠の扉を開く。
「お進みを」
「ありがとうございます」
ニーアの促しを受けて、カナンが足を踏み出す。そうしてそれに合わせて、一同も祠の扉をくぐる。すると、中の様子が見えた。それはとても幻想的な様子だった。
「中央の台座にあるのが、『剣神社』のご神体。<<大神剣>>です・・・皆さんが神剣<<キズナ>>とおっしゃる物です」
そこにあったのは、和風の幻想的な空間だった。何処かの森の中なのか周囲には木々が生い茂り、そこだけが開けて、幻想的な光景を作り出していた。
空間の中心には鳥居に導かれる様に注連縄が巻かれた5メートルはあろうかという大剣が苔むした台座に突き刺さっており、如何な力かはわからないが、とてつもない神気を放っていた。
「あれが・・・<<大神剣>>・・・勇者カイトが遺した聖遺物・・・」
「はい・・・」
「先に御手洗を済ませておきましょう」
兎にも角にも参拝前のお清めを行わない事には、ご神体にお参りとは出来ないだろう。というわけで、ニーアは端っこの方にひっそりと設けられていた手洗い用の施設へと足を向けて、参拝の為のお清めを行う。彼女が先んじているのは、ここらが独特な為、わからない冒険者や兵士の為に実演をしてみせるため、だった。
ここら何処か日本風なのは武蔵や旭姫、カイトの影響だ。確かに似た施設は中津国にもあるが、ここまで一緒なのは浮遊都市レインガルドだけだった。そもそもここに純粋な巫女達がいるのだって、三人の影響だった。
設置を提起したのはかつてこの浮遊都市での戦いで活躍した武蔵であるが、大まかな概要は旭姫が決めたらしい。元はといえば彼女は毛利の姫君だ。なので厳島神社には何度もお参りしており、それを原案として、ここの概要を定めたとのことだ。
<<大神剣>>については、カイトが設置した。これは実はティナがかつて言及した、カイトの力のほんの一部をデッドコピーした魔道具だったのである。
「まずは、右手に杓子を取り、左手を。次に右手を洗い、再び持ち替えて最後に口を・・・ああ、杓子に口を付けてはなりません。付けぬ様に、左手に水を溜めて、口にしなさい・・・終われば、最後に杓子を立てて、最後に柄を洗い、元あった様に」
ニーアは慣れぬカナンに逐一指示を送りながら手洗いの作法を教える。かなりギクシャクとした動作だったが、こういうのは心持ちこそが重要だ。なのでやろうとしていることこそが重要で、少々の無作法は目を瞑られていた。そうして、カナン以下全員のお清めが終わると、再び歩き始める。
「先と同じで、中央は歩かない。中央は神様が通られる場所です・・・では、あの台座に進み、武具をささげなさい」
「・・・はい」
カナンは神妙な面持ちで、ニーアの言葉に頷く。そうしてかつての仲間達の武器を持つ彼女は<<大神剣>>と呼ばれた剣の前へと歩いて行く。
「そこの台座に、武器を乗せてください。それで後は、向こう側がやってくれます。ああ、鞘はそのままでも構いません」
カナンはニーアの指示に従って、持ってきた武器を魅衣とティナから受け取って<<大神剣>>の前に設置された奉納用の台に武器を乗せた。
ちなみにこの際、中央に立っていた――普通参拝は端で行うのが礼儀――が、こればかりはここの奉納の関係上、奉納者は奉納の時に限って許されていた。幾らなんでも奉納品を端っこに捧げる者は居ないし、立てないからと奉納品を投げるなぞ以ての外だ。そうしてそれを見て、ニーアが再び指示を下す。
「では、一歩下がって礼を・・・」
ニーアの言葉に合わせて、カナンが一歩下がって、一同が二礼二拍手一礼を行う。ここは拝殿では無い為、鈴は無い。流石に大剣に鈴を付けるとどちらにも傷が付く為、鈴は設けられていなかったのである。そうして、その儀式に合わせて、異変が起きる。<<大神剣>>が光り輝いたのだ。
「あ・・・」
<<大神剣>>が光り輝くと、それに合わせてカナンが持ち込んだカシム達の武器も光り輝く。そうして、ゆっくりとだが、武器が浮き上がっていく。
「今までありがとう・・・またね、皆・・・」
つぅ、とカナンの瞳から涙がこぼれ落ちる。これでもう二度と目にできる事は無いのだ。本当に正真正銘、最後の別れだった。
そうして、カナンの目の前の高さにまで浮かび上がった武具達は一瞬強く光り輝くと無数の光の粒子へと変わり、<<大神剣>>に吸い込まれる様に消えていく。そして一つ光が吸い込まれる度、鈴の音が鳴り響いた。
「亡き者達が、迷い無く旅立てます様に・・・」
静かに、鈴の音とニーアの声が響く。それに、一同も改めて黙祷を行い瞑目して祈りを捧げる。そうして、全ての武器が光り輝く粒子に変わり吸い込まれると、<<大神剣>>が強く蒼い光を放った。
「・・・これで、御霊は合祀され、遥か彼方へと導かれました・・・」
「・・・はい」
ニーアの言葉に、カナンは少し悲しげだが、何処か晴れやかな表情で頷く。奉納とは結局、自分に踏ん切りを付ける為の物でもあるのだ。改めて自らで奉納を行った事で、カナンもカシム達が死去した事をきちんと受け入れられたのだろう。悲しさもあるが、ようやく全てに区切りが付いたのであった。
「皆さんも、ありがとうございました」
カナンは改めて、一緒に来てくれた四人に頭を下げる。それに一同も頷いて、その場を後にする事になるのだった。
と、言ったは良いが、実はカイトだけは場を清める必要がある、と告げたニーアと共にこの場に残っていた。理由は場を清める手伝い、としておいた。カナンも申し出たが、色々と区切りを付けたいだろう、とティナ達に命じて外に出る様に命じた。そうして、一同を送り出したニーアが、カイトに頭を下げた。
「・・・カイト様。300年でまた、数多の方が奉納されました・・・どうか、御霊と共によろしくお願い致します」
「ああ、分かっている・・・無下にはしないさ」
ニーアの言葉を受けて、カイトが<<大神剣>>に手を当てる。すると、先ほどと同じ様に<<大神剣>>が光り輝いた。そしてそれはカイトも一緒だ。彼は虹色に光り輝くと、<<大神剣>>の光を吸収し始めた。
「っ・・・」
一瞬、カイトが顔を顰める。300年、数万人分の武具達の記憶を、カイトは一瞬で受け取ったのだ。如何に常人離れした彼でも、処理しきれない。思わず顔を顰めるのは当然の事だった。そうして、儀式は5分程続いて、カイトが手を下ろした。
「ふぅ・・・これでなんとか、か」
「ありがとうございます・・・では、例の場所へとご案内致します」
額から流れる汗を拭ったカイトを見て、ニーアが改めて頭を下げる。そうして、ニーアは再びカイトを伴って歩き始める。
それはご神体よりも更に奥。この浮遊都市に住まう者達の中でも僅かに限られた者しか知らない場所だった。それは、ある者達の墓所だった。そうして、ニーアはその場にカイトを案内すると、頭を下げて、その場を後にした。
「では、私はこれにて・・・お帰りの際には、またお声をお掛けください」
「ああ、ありがと・・・よぉ・・・随分沢山と天寿を全う出来たようじゃねえか」
そこには無数の武具が突き刺さっていた。数は優に百は下らない。そのどれもを、カイトは知っていた。いや、知っているどころか、持ち手達の事を忘れた事は無かった。そうして、ニーアを見送ったカイトはその場に腰掛けて、酒瓶の封を開けた。
「ただいま、馬鹿共・・・ここに来る、ってことは余程まだ馬鹿騒ぎがしたりねぇ、って事かよ。阿呆阿呆と思ったが、余程の阿呆か」
カイトは一人、涙まじりに無数の武器達に声を掛ける。表情は苦笑に近く、そして何処か喜びに近かった。かつては、ここまでは多く無かった。それが300年の間でゆっくりと増えた、ということだった。それが何よりもカイトには嬉しかった。
「300年、か・・・天寿全うした、なんぞ昔から考えりゃ笑い話だ・・・ようやく終わった、ってのに、まだ暴れたいか?」
カイトの言葉を聞いて、無数の武器達が浮かび上がる。それはまるで持ち主達が蘇り、それを手に取ったかの様だった。そうして、無数の武器達が光に変わる。色は統一されていない。全てが、かつての持ち主達の色だった。
「・・・約束、果たすぜ。死んでもまだ暴れ足りない、死んだ程度で諦められないってんなら・・・来いよ。オレはお前達を連れて行く。死を超えて、輪廻転生の輪さえも破壊して・・・世界のルールさえも知った事か。オレ達は『世界の破戒者』。世界のルールなんぞ知ったことか。オレ達は何処までも、誰を相手にも、譲れぬ我を通すだけだ」
カイトの言葉を聞いて、笑い声が響き渡る。それはかつて彼と共に戦った馬鹿共の声だった。これをもう一度聞く為だけに、彼らは自らの根幹に埋め込んだ最後の意地を武器に込めて、ここに武器を捧げた。それが叶ったのだ。笑いたくもなる。そうして、無数の光がカイトへと殺到する。
「・・・オレは『無冠の部隊』が総大将カイト。死んだ程度でゆっくり出来るとは、思うなよ。オレは動けるのなら、死人さえも動かすぞ」
くぃ、と酒盃を一気に傾けて中身の酒を飲み干すと、無数の光を取り込んだカイトはもう一度酒盃に残った全部の酒を注ぐ。そうして、カイトはその場に酒盃を置いて、立ち上がった。
「さて・・・」
ごぅ、と風が吹き荒ぶ。この300年で別の大陸で死んだ者達が、新たに彼の戦列に加わったのだ。それはつまり、彼の力が遥かに更に増大したことに他ならなかった。それ故、力は今まで以上だった。
そうして、カイトは指をスナップさせて、上から先ほど取り込んだ武器と、彼が帰還して公爵家に納められていた武器の幻影を地面に突き刺しておく。一応、ここはお墓だ。墓標も無しでは物悲しい。
「・・・さぁ、行こうぜ」
『『『おう!』』』
カイトが背を向けて号令を下したのに合わせて、無数の声がそれに呼応する。そうしてカイトが歩き始めたのに合わせて、軍靴の音が幻聴として鳴り響く。だが、それも一歩だけだ。
カイトが全て取り込んだ。ならば後は彼らの意志一つで、この世とあの世は境目を無くす。共に居るぞ、という証を示したにすぎない。そうして、カイトは新たに数百人の仲間を取り戻して、新たに歩き始める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第690話『ブリーフィング』




