第684話 冒険者達の軽い運動6
とりあえず好き勝手に暴れている様に見えて実は意外と連携の取れている冒険者達同士の戦いは、当然だが監督されての物であった。そしてその監督者は必然、ユニオン支部の職員だ。そして、今回は非常に稀な事に本部も見たい、という要望があり、本部からの通信も繋いでいた。
『まあ、いいじゃねえか。そんな事どうでも』
重厚な椅子に腰掛けた一人の男が横で同じように笑う冒険者ユニオン協会のトップ陣営と笑い合う。集まっているのは、種族も年齢も性別も、全てがバラバラだ。共通するのは、ただひとつ。圧倒的な強者である、という所だ。
全員が、ランクSでも最上位の冒険者だった。というよりも、ランクEXも一人居る。かつて述べられたがトップはランクEXだ。
カイトとティナ、グライアらを除けば、この場全てを一人で壊滅させられるだけの実力があった。単騎で国を滅ぼせるだけの化物。それが揃えばこそ、冒険者ユニオン協会は大国の介入をもはねのけられる力があったのである。
ちなみに、どうでも良い、と言ったのはこの監督の最中に持ち込まれた相談内容について、だ。後にカイトが聞いた所によると、何やら何処かの大陸でまた新種の魔物が発見されたらしい。が、目の前で乱舞する男を見ている彼らは一言、興味ない、で切って捨てたのである。
『とりあえず、んなどうでも良い事心配するよりも、次の会議で酒持って来てくれるかどうか心配しようや』
『さんせー。兄ぃなんかしゅわしゅわするジュースも持って帰ってくれるって言ってたんだから、持って帰ってくるでしょーよ』
『お前今回不参加だろーが。大陸会議に8大全部持ってったら逆に荒れる』
『それより飯食おーぜー・・・んな出来レース見た所でぶっちゃけどうでも良いって。女とヤッてたら飯食いそびれたんだよ』
『どーせお前2日ぐらい食ってねーだろ。三度の飯より女が好き、って女なんだからよぉ』
『酒持ってくるかどうか、は重要だろーが』
『そりゃ重要だけどよ・・・飛空艇暇なんだよー。女とヤルぐらいしか暇潰しねーもん。あ、酒の話したら腹が・・・』
『おーい、誰かこの百合ん百合んな女に飯持ってこーい!』
侃々諤々。まともな議論もあったものではない。まあ、しょうが無い。彼らはぶっ飛んだ冒険者達の頂点だ。性格としても色々とぶっ飛んでいる、と言って良かった。
弱い奴は死ぬ。適応出来ないのは、そいつが悪い。新種だろうが対応してみせろ、というのが彼らの総意だった。新種の情報はよほど楽しい奴でなければ、彼らが対応してくれることは無かった。
それでもいたずらに死なれるのは寝覚めが悪い、ときちんと彼らが得た情報は共有してくれるあたり、彼らもきちんとトップとしての仕事はこなしていた。
『そういえば・・・兄ぃの席どうする? 確か片付けたよね?』
『あー・・・何時も通りそこら辺でよくね?』
『兄ぃ怒るよ?』
『良いって良いって。どうせ気付けば誰かが用意するんだからよ』
ユニオンマスターを筆頭に、この場の面子は実は確認したかったのはカイトがきちんと居るか、という事だけだ。集まっているのもそれ故、8大ギルドのトップ全員とかではなく、重役達の中でもカイトを見知った者達だけだ。
横槍からカイトを千年王国の女王の護衛にしたわけだが、これでカイトが違う存在だった場合は援護に入るつもりだったのである。
『なー。ぶっちゃけ、もうよくねー? と言うか、確認しに来たのは良いけど、金借りたまんまなんだよ、あたし』
『あー・・・ぶっちゃけると、どうでも良いなー。とりあえず、奴に丸投げしとけや』
『は、はぁ・・・』
同席していた職員の一人に、ユニオンマスターが気怠げに告げる。一応言うが、彼らは善人だ。なのできちんと心配等はしてくれる。してくれるのだが、その基準は彼らの物だ。丸投げもよくあることだった。
『おーい、ユニオン支部マクスウェルの奴ら。じゃあ、俺らもう引っ込むわ。後よろしく』
「は、はぁ・・・」
嵐の如く勝手に話すだけ話して通信を切断しようとするユニオンの総トップ達に、マクスウェルのユニオン支部の職員達が生返事を返す。それ以外にやり方が無い。見たい、と言ったのは彼らだし、そもそもその理由とて教えてもらえていない。
と、そんな中。フードを被った謎の人物が映り込んだ。が、別に怪しい人物等ではなく、ユニオンの職員ならば誰もが知っている人物だった。
『すまないな。馬鹿共が』
「あ、預言者様」
『とりあえず、先の一件でかの冒険者が実力相応か知りたかっただけだ。問題があるならあるで、なんとかしなければならないからな』
「はい、わかりました」
預言者の言葉に、ユニオン支部の職員達が頭を下げる。一体全体トップの連中は何を考えているのだ、と訝しんだが、言われれば理解出来た。
ちなみに、預言者の声は特殊な魔術で加工しているのか、男なのか女なのかはわからない。体格にしてもフードで覆われているので謎だ。僅かに除く部位はかなり綺麗な様子があるので、美形ではあるだろう。
だが、目元はすっぽりと覆われていたし、見えているのも鼻梁から口元程度だ。身長にしても全く不明、だった。まあ、これは何時もの事で、素顔を知るのは誰も居ない。ユニオンマスターも知らないという事だった。
『まあ、あれだけの実力があるのなら、何か裏から補佐をするまでもないだろう。とは言え、彼の護衛の成否はユニオンの信頼にも関わる。こちらでも行うが、諸君らも彼の補佐をしてやってくれ。来るまでに問題を起こされてはこちらの任命責任が問われる』
「はい、わかっています」
ユニオン職員達が、笑顔で頭を下げる。冒険者達から信望の厚いトップ勢に対して、預言者の方は職員達からの信望が厚かった。今の一幕を見てもわかるが、足りない所を彼――性別はわからないが――が補佐してくれるのだ。そのおかげで回っている、と考えても良かった。
『ふむ・・・とは言え、彼には一言言い付けておいてくれ。あまり無茶をしてくれるな。無茶をして煽りを食らうのはこちらだ、と』
「あはは・・・わかりました」
大暴れするカイトを見て告げた預言者に、ユニオンの職員達が少し苦笑気味に頷く。ユニオンの職員の大半がカイトの正体を知らない為、別に何か問題を起こすとは考えていないが後々の土地の修繕もユニオンが行う事になっているのだ。その費用を考えての発言だ、と受け取ったのであった。
『ではな。そちらも後処理を頼む。経費は何時も通り、書類審査等を行ってそちらの支部長に処理させろ』
「わかっています」
ユニオン職員の返答に頷いて、預言者が消える。そうして、ユニオンの職員達は自分達の仕事である戦いの監督に戻る事にするのだった。
さて、戦いに戻ると、桜と戦い始めた暦だが、こちらでは防戦一方だった。というのも、桜の薙刀と暦の剣ではリーチの問題から相性が悪い上に、桜の戦い方は自らの間合いを保つ事に特化していた。逆に今度は自らが戦いにくい思いをする羽目になったのであった。
「<<乱れ散る刃>>」
「っ!」
目の前に出現した無数の薙刀の山に、暦が足を止める。先ほどから、この繰り返しだ。<<縮地>>は使わせてもらえていない。使おうとして身を屈めた瞬間、桜が先の様に薙刀の山を創りだして足止めするのだ。
ソラとは別系統の、守りの天才。それが、桜だった。彼女はソラの様に攻撃を防ぐではなく、自らの間合いを保つ事により相手に戦闘をさせない事で守る事に特化していた。
この点、実は面白い事が起きていた。ソラと瞬が学園の二大イケメンで攻守逆に特化しているのであるが、桜と瑞樹も学園の美姫として有名だ。そして彼女らも同じ様に、攻守で分かれて特化していたのである。そうして足を止めた所に、桜は魔糸を忍ばせる。
「はっ!」
「ここ!」
足を止められて動きを牽制されて、しかも動きを止められそうになった暦の放った左右への二連撃に、桜は今度は薙刀を振るって斬撃を放つ。言い方は悪いが、敵にとっては嫌な戦い方だった。自分のペースを常に乱される。
「っ!」
だん、と暦は後ろに跳ねて、それを回避する。スカートの中は見られるが、そこは気にしている場合ではなかった。そうして引けば、今度は桜が押す。常に、一定の間合い。それが桜の戦い方だった。
「<<背縮地>>習っとけばよかった!」
暦が顔を顰めながら現状の打つ手の無さを嘆く。<<背縮地>>とは、後ろ向きの<<縮地>>だ。バックダッシュに近い。
が、これはやはり前向きに走るわけではないので、難しかったのである。これが出来れば、今の状況からは脱せるのであった。が、出来ない以上は仕方がない。諦めるしかない。と、そんな戦いを繰り広げる二人だが、ふと上を横切る蒼い影に気付いた。
「「・・・え?」」
一体何だ。全くわからない奇妙な影に、二人は一瞬停止する。だが、桜の方は何かを感じ取ったらしい。
「では、失礼致します」
ぺこり、と頭を下げて、桜が魔糸を創り出す。それを見て、暦は大慌てに刀を構える。拘束狙い、と思ったのだ。が、桜としてはそれが狙いだった。そうして、閃光が走る。魔糸を囮に魔術で閃光を生み出したのである。まだまだいろいろな意味で桜が上だった。
「きゃあ!・・・あれ?」
目の前から消えた桜に気付いて、暦が首を傾げる。いつの間にやら居なくなっていた。そんな暦を、桜は前線から少し離れた所から見ていた。体力の回復の為、引いたのである。
「ふぅ・・・危なかった・・・」
頭上を横切ったのは、実はカイトだった。中軍の残りの牽制を程よく行ったカイトはグライアとの戦いをヘクターにまかせて、<<空縮地>>を使って切り込まれた自陣へと戻って来たのである。
あのまま留まっていれば最悪カイトが介入してくる事になりかねず、ということである。意外とカイトは手を抜いてくれない。桜であろうときちんと狙いに来る。恋仲だから見逃してくれるよね、という事は通用しないのであった。
なおヘクターが来なかった理由は<<縮地>>の速度がカイトの方が上、と見て取って彼自身が願い出たのである。と、そこにキトラからの連絡が入る。
『中軍はヘクターの討伐をグライア殿にまかせて、本陣の護衛に入りなさい! 敵の獣化部隊が突撃してきました!』
「・・・後5分。何処まで持つか、ですね」
どちらにせよ桜の立ち位置からでは本陣の援護は間に合わない。体力的にもこれから敵陣営に切り込むのも難しいだろう。桜の今回の作戦目標は暦を瞬の妨害に向かわせない事だ。
それは十二分に達成されていた。これは模擬戦で、軽い運動だ。慣らし運転で無茶をする程でもない。そうして、桜の運動はここで終わる事になるのだった。
一方、暦はというと普通に藤堂の援護に向かう事にしたのだが、そこは激戦区の一つだった。だった、なので過去形だ。すでに戦いは一区切り着いていた。
「ふぅ・・・まさか天城くんがここまで強いとは・・・」
「いや、藤堂先輩も流石っすよ。バレてるんでこれ、使わせてもらいましたけど・・・いや、本気じゃないんっすけどね。結構疲れてるっす」
藤堂が共に戦っていたのは、前線から引いていたソラだった。二人で戦線をなんとか保たせたらしい。が、そうなれば当然だが、激戦は必須だ。二人共切り札を惜しみなく出すしかなかったようだ。
ソラの周囲にはいくつかの風で出来た分身が動いて戦っており、藤堂は<<縮地>>を連続させながら高速移動で牽制と攻撃を行う高度なヒット・アンド・アウェイを披露していた。
「先輩! 援護来ました!」
「ああ、天ヶ瀬か。すまん、他の者は全滅だ。途中でランクAの冒険者が来てね。なんとか討伐は出来たが・・・他はやられてしまった」
「っ・・・私がもう少し早めに天道先輩を振りきれてれば・・・」
どうやら剣道部で生き残った――と言っても結界の外に放り出されているだけだが――のは藤堂以下暦だけらしい。暦が少し無念そうだった。
戦闘後に聞いた話によると、苦境を知ったソラが他数名の冒険者達と共に援護に駆けつけた、という事だそうだ。最後はカークと相打ち、だそうである。
「いや、たらればは無駄だろう。にしても・・・なんとか、増援はこれ以上はなさそうかな」
「ええ・・・天道先輩も結構向こうで休んでるみたいですし・・・」
少し離れた両軍本陣の間でこっそりと休んでいる桜を見つけた――追撃を警戒していただけ――暦が、苦笑気味にこれ以上の敵の増援は無い、と判断する。
ちなみに、流石に後5分を切った状況だ。休める場合は休んだ方が良い。戦場では場合によっては連戦があるのだ。戦闘に加わらないで良い、と判断すれば休める時に休むのは鉄則だった為、この桜の判断は当然の物だったし、他にもこれ以上は無理だ、と判断して休息を取り始めた冒険者がちらほらと見受けられていた。
「・・・とは言え、こちらは中軍で戦いが起きているな。天城くん。君は・・・その重装備じゃあ、行っても無駄か」
「そっすね。流石に加護使って駆け抜けても最前線の援護にゃ入れないと思います」
自らの移動速度や残存魔力量等を総合的に判断して、ソラが自分はこれ以上は無理、と判断する。流石に本気ではないとはいえ切り札の使用は身体に堪えたらしく、到着は出来るだろうがそこで戦闘を、となると少々厳しい物があったらしい。
そうして、それを受けて<<縮地>>で高速移動が可能な藤堂と暦は再び中軍の援護に戻る事にして、ソラはここで戦闘を終了させて休息に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第685話『冒険者達の軽い運動』




