第680話 冒険者達の軽い運動2
今度の大陸間会議の為、総勢500人の冒険者達で行う事になった軍団戦。それは青軍側が押される展開で始まっていた。そうしてその赤軍側で先陣を切る事になった瞬は、すでに青軍側の前線に切り込んでいた。
「ふっ!」
「瞬。あまりに強い敵だ、と思ったら即座に引け。余が貰う」
「はい!」
グライアの言葉に、瞬が戦いながら応ずる。幸い、今相手にしているのは盾を持つ冒険者で、ランクはCが大半だ。まだ主力であるランクBの冒険者には出会っていなかったおかげで余裕があった。
と、そうして戦いながら更に先へと歩を進める瞬だが、そこで顔なじみに出会う。剣道部の一同だった。<<縮地>>を使えるおかげで、中軍の中でも比較的早めに接敵出来たようだ。
「また、敵は一条か。たまには味方で戦いたいね」
「ははは。どうにもこうにも俺達は模擬戦では味方にはならない運命らしいな」
「さて・・・そう言ってもこっちは何時もとは違い数が居て、しかも小次郎先生からの教えを受けている。何時もと違う結果になるかもね」
お互いに間合いを図りながら、会話を行う。瞬と藤堂はお互いにこういった模擬戦で同じチームになれた事は無い。そして相性の問題から、瞬の方に今までは勝ちが上がっていた。
だが、今は藤堂達は小次郎の教えを受けて、そして集団戦だ。おまけに先の訓練のお陰で、気配を読む事はなんとか出来るレベルに持ち上げられていた。集団戦であれば、まだ勝ち負けは見えない。そうして、次の瞬間。両者の間に魔術の流れ弾が飛来して、土煙を上げた。
「ふっ!」
だんっ、という音と共に剣道部が消える。<<縮地>>を使ったのだ。そうして土煙を切り裂いて現れた藤堂達に、瞬は集団戦での不利を悟る。長時間の持久走ならまだしも、一瞬では振り切れそうにないのだ。
「っ! ダメか! 陸上部全員はここで戦闘を行え! 他は進め! 作戦通りに行け!」
「おう!」
「了解!」
瞬の言葉に対して、二つの行動が起きる。一つは、瞬と共に残って次々と現れる中軍に対して戦闘を仕掛ける者達。これは瞬率いる陸上部連だ。もう一つは、それを尻目に先へ先へと進んでいく者達である。そうして、瞬は藤堂との戦いを始める。
「ちっ! 腕を上げたな!」
「私も負けてばっかりはいられなくてね!」
槍と刀では戦い方が違う。瞬が突き中心の戦い方。藤堂はそれに対して、ひとつなぎの流線型の戦い方だった。とは言え、この戦闘は二人のタイマンでは無いのだ。だからこそ、ここで差が出た。それは初撃を交わしあった次の瞬間だ。
「っ!」
ぞくり。背筋が凍る程の寒気を感じて、瞬が大きく跳び跳ねる。そして瞬はその斬撃だけで相手を悟る。そうして、大きく飛び跳ねた瞬に対して、先の土煙を更に切り裂いて、追撃が仕掛けられる。
「天ヶ瀬か!?」
「はい!」
「天ヶ瀬! 頼んだ! 私は他を相手する! 倒す必要はない! 倒されないだけで良い!」
「わかっています!」
「ちぃ!」
<<縮地>>を使って仕掛けられて空中で更に吹き飛ばされて、瞬は思わず舌打ちする。してやられた。瞬はそれを悟った。
自らに一直線に来て更に自分に対して攻撃を行ったことから、藤堂は自分狙いだと思っていた。それ故に応じたのだが、どうやらそれはブラフだったらしい。土煙の中に一人潜んでいた暦が瞬との戦いに割って入り、瞬は暦と強制的に戦う羽目になる。
瞬としては、これは非常にありがたくなかった。これではこちらは指揮官を欠いた状況で戦わざるを得ず、逆に剣道部は暦という手札一枚で指揮官を抑え込めるのである。
しかも藤堂は剣道部でも有数の戦士だ。自分なら勝てる、という自信で戦うつもりだったのだが、逆に自分でなければ勝てない、とも思っていた。このままでは藤堂にこちらが切り崩される結果になりかねなかったのである。戦闘態勢を取った事そのものが間違いだったようだ。
「・・・<<童子切安綱>>か・・・嫌な気配だ」
「?」
暦の持つ刀から感じるまるで自分の首を切り裂かれたかの様な痛みに、瞬が顔を顰める。いや、これは正確には彼の感じる幻覚だ。
すでに<<童子切安綱>>の力は暦の刀には宿っておらず、普通に何時もの村正流の刀だ。先ほど感じた感覚が消えていないだけである。だからこそ、暦は首を傾げていた。
「どうやら俺は酒呑童子の血を引いている様子でな。時折祖先が記憶を見せてくれているんだ。それが疼いただけだ」
「そうなんですね・・・酒呑童子って誰だろ・・・」
お互いに再び間合いを図りながら、訝しげな様子の暦に対して瞬が苦笑気味に告げる。過去の事を見せてくれるのは有り難いのだが、奇妙な感覚まで与えてくれるなよ、とこの時ばかりは流石に苦笑するしかなかった。そうして、暦が少しの苦笑を浮かべたのが、戦闘再開の合図だった。
「・・・っ」
「ふっ!」
きぃん、という音が鳴り響く。暦が再び<<縮地>>で肉薄したのだ。直線距離であれば、加護無しの瞬よりも<<縮地>>を使う暦の方が速そうだった。
それに尚更、瞬は顔を顰める。これでは加護を使ってここから遠く離れない限りは逃げられないのだ。そうして、瞬の苦々しい攻防戦が始まるのだった。
一方、敵側面に攻撃を仕掛ける事にしたカイトは、というと、一言で言えば大盛況の状況だった。
「敵にはこっちの側面にかまけてる余裕は無い! じゃんじゃかこっちに突っ込め!」
バシルの大声が、周囲一面に響き渡る。それは状況が彼らに有利である事の証明だった。しかも、敵の司令官がカイトの正体を知る者だったことが、更に災いした。
「グライア殿。側面にカイト殿が」
『ふむ・・・こちらの援護が終わり次第、こちらから向かおう』
「お願いします・・・オリヴィエ。貴方もお願いします」
「伝説を相手に、か・・・嫌だけど、仕方がないね」
かつて洞窟で出会ったオリヴィエもまた、今回の集団戦に含まれていた。彼女はランクAの冒険者だ。ギルドには所属していなかったが、お呼びが掛かっても不思議は無かった。そうして、オリヴィエがカイト側に移動したのを見て、更に指示を下す。
「よし・・・獣化部隊! 側面に来たのはランクAの冒険者! 食い破られる前に出陣しなさい! 逆側からくる可能性もある! 注意を怠らない様に!」
「支部長! 左翼に攻撃です! 敵は槍のヘクター! 部隊を率いての襲撃です!」
「言った側から、ですか・・・そこまでの余裕は無いはずです! 右翼も左翼もその敵を食い止める事に専念する様に通達! 合わせて獣化部隊は急がせなさい! 敵総大将はランクSの冒険者! 討ち取るにも時間が必要です! この戦闘は神速こそを上策としています! 時間は敵です!」
キトラは声を張り上げて、全員に号令を送る。そうして、更にカイトの下へと敵が送り込まれる事になる。
「うっわ。大人気」
遠距離から仕掛けられる無数の攻撃に対して、カイトは苦笑気味に武器創造で対応する。結局、手数ではカイトに対して勝ち目はないのだ。なにせこちらは使い捨ての盾を山程持っている。
というわけで、カイトは目の前の盾持ちの集団に対して、突貫を決めた。と言っても、やるのは<<縮地>>での突撃ではない。それを応用した牽制を織り込んだ突貫だ。
「ほい、ほい、ほい」
「っ!? なんだ!? <<幻惑>>か!?」
「違う! <<縮地>>を使った分身だ! 気をつけろ! 小僧と思って油断したら一瞬だぞ!」
消えては現れて、を繰り返すカイトに盾持ちの集団が思わず困惑させられる。しかもゆっくりとだが近づいてきているのだ。
近づく距離は、約2歩分。小刻みに<<縮地>>を刻む事であたかも瞬間移動でもしているかの様に見せているのである。そうして、両者の距離が最初の半分程度にまでなった所で、カイトは更に業を加える。
「!?!?」
「さて・・・<<胡蝶の舞>>を見抜けるかな?」
8体に増えたカイトに対して、全員が思わず困惑する。しかもそれら全てが先の<<縮地>>の繰り返し移動を行うのだ。しかも、今度は詰める距離こそ同じであるものの全てがバラバラに別々の場所に現れていた。
ちなみに、カイトの使った<<胡蝶の舞>>は旭姫の四技・花の<<遊女の舞>>と武蔵の武芸である<<陽炎>>を組み合わせたカイトのオリジナルだ。
由来は舞踏の『胡蝶』ではなく、莊子の説話『胡蝶の夢』の方だ。この由来まで知っていれば、この武芸の真の姿が理解出来た。
「ちっ。こんなもん、全部まとめてぶっ潰しゃ問題無いんだよ!」
と、そこに連続して銃撃が加えられる。遊撃隊のオリヴィエが到着したのである。しかし、そうして起きた現象に、思わずオリヴィエさえ瞠目した。何と全てのカイトが同時に斬撃を放ち、魔弾を全て切り裂いたのだ。
「!?」
「はてさて・・・それは残念。どれが偽物か、なぞどうでも良い事・・・」
くすくすくす、とカイト達が艶やかに笑う。その動作はなめらかで自然そのものだ。どれが本物か、なぞ見分けがつかなかった。そして重要なのは彼らの言うとおりどれが偽物か、ではない。そうして、全員が消える。
「っ! 構えろ! 来るぞ!」
「胡蝶が舞うぞ。現を抜かすなよ?」
八人のカイトは同時に盾持ちの間近に現れると、同時に振り下ろす様に斬撃を繰り出して同時に口決を唱える。それが、技の起点だった。
そうして、八人のカイトが全員、まるで夢から醒める様に、閃光を放つ。そうして蒼い半透明の蝶が舞い上がり、全てのカイトが消え去った。
「え・・・?」
どさり。音と立てて崩れた盾持ちの8人を見て誰もが困惑を浮かべ、彼らが守っていた内側の冒険者達さえ、思わず足を止める。斬撃は軽い一撃だった。
ランクEの駈け出しならばまだしも、ランクCもあれば十分に防ぎきれる様な斬撃だ。そして、盾の中にはランクBの主力の一人も混じっていた。彼に油断も失敗もありえない。それだけの立ち位置だ。
だというのに、全員がまるで眠りに落ちる様に、静かに倒れていた。そうして、蝶が集まって雅な着物を着流したカイトが出来た穴を悠々歩きながら雅に詠う。
「人間五十年。下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり・・・熾烈なこの世は現。幽玄たるあの世は幻・・・はてさて・・・これ真なり? 雅なりや現世・・・苛烈なりや幽世・・・これが真かもしれぬ・・・どちらが夢か現か・・・くくく・・・主らに見切れるか?」
扇を手にまるで舞台に立つかの様に詠うカイトに、誰もが動けなくなる。動こうにも動けず、ではない。動こうと思えば簡単に動ける。だが、動こうと思えない。意識を呑まれたのだ。戦場で敵の動きを止める為の技法の一つだった。
デメリットがあるとすれば、下手にやれば敵だけでなく味方さえも動けなくしてしまう、ぐらいで使い勝手の良い技――この場合技では無く単なる技術の方――だった。だが、そんな中に一つの笑い声が響いた。
「ははは! 相変わらず雅な奴だ! 惚けるな! 進め! 敵の術中に嵌まるなよ!」
「っ! 急げ急げ! 押し込めなければ負けだぞ! 奴は無視しろ!」
「ありゃりゃ・・・」
グライアの高笑いと号令に我を取り戻して走り始めた冒険者達に、カイトがため息を吐いた。今のは唐突であればこそに意味があるのであって、カイトの演劇を演劇とわかっていれば、呑まれず優雅だ、と流せてしまうのである。所詮は単なる技法だ。魔術的な力は一切無いのだから、致し方がない。
「さて・・・余が来たからには、その様な演劇はさせん」
「おいおい・・・旦那が気分良く詠ってるってのに、一緒に詠ってくれるぐらいしてくれよ」
「そういうことはティアに頼め。余は情熱的なダンスの方が好みだ・・・引け! これは余が引き受ける! 貴様らでは役に立たん! 側面の防備に務めろ!」
カイトの言葉に楽しげに笑ったグライアだが、しっかりと指示も忘れない。やはり彼女はあの叛逆大戦の英雄にして、皇国の国母なのだ。油断するつもりは無いが、油断できない相手にカイトも気を引き締める。
「そいや・・・戦ったこと無かったな」
「夫婦喧嘩よりも先に単なるじゃれ合いを行うとは・・・余も思わんぞ」
二人は笑い合いながら、魔力を高めていく。二人共まさか夫婦喧嘩よりも先にこんなお遊びで戦う事になるとは、まったく思ってもみなかったようだ。
そうして、二人は同時に地面を蹴って<<縮地>>を使う。グライアとしては空中で激突したい所だが、カイトは逆に周囲の敵を掃討すれば良いのだ。地面で戦わざるを得なかった。
「うおぉおおお!?」
ごぅん、という音と共に巻き起こった激震に、走っていた冒険者達が思わず歩けなくなる。カイトの大剣による切り上げとグライアの両手剣の振り下ろしの衝撃が地面に受け流されて、地震となったのだ。
「オレだけとは、思わないよな!」
「ふっ! 可愛い可愛い妹の事を忘れる余ではないわ! 貴様こそ、ここが敵陣ど真ん中と忘れるなよ!」
「当たり前!」
衝突と同時に飛来する無数の光球に、カイトとグライアは笑って振り向きざまに巨大な斬撃を放つ。そうしてその勢いのまま、お互いに対しても剣戟を放つ。それからは、それの繰り返しだ。そうして、カイトはグライアと共に戦場でダンスを始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




