第672話 遠足 ――本番――
まあ、誰しもに子供時代はあるものなので改めて言う必要は無いかもしれないが、敢えて言っておく。子供達は遠足になると、妙にテンションが高くなる。それは地球で無くても変わりが無い。そして喩え行く場所が何も無い草原であったとしても、やはり遠足ともなると誰しもが興奮していた。
「ちびねーちゃん! おはよー!」
「うん、おはよー!」
ちびねーちゃんこと三葉に対して、子供達が元気よく挨拶を行う。現地で魔物の掃討作戦に参加していたホタルやそれを行うのが仕事の瞬達冒険部の面々に対して、三人娘達はこれが仕事だった。
本来ならばホタルも此方側にしておきたかったわけであるのだが、残念ながらそうなってくると草原側が少々手薄だ。かと言って三人でのセット運用が基本の三人娘を草原に向けると、今度は孤児院側に手が回らなくなる。今回ばかりは、致し方がなしでこの割り振りだった。
「はいはい、みなさんでは馬車に乗ってくださいねー・・・あ、だからってしっぽ触ったらダメですよ? 何処かの女誑しのご主人様曰く、馬に蹴られて三途の川、とか言うらしいんで」
「はーい!」
「じゃあ、一葉ちゃんはこっちに残って年上の子達の勉強、おねがいしますねー」
「はい、任されました」
ユハラの言葉に対して、一葉が頷く。これは役割分担として、致し方がない事だ。一葉は三人娘の中で最も精神的にも年上だ。それ故、遠足には行かない様な少々年上の子供達の面倒を見る事になっていたのである。相手は大体年の頃としては、小学校低学年ぐらいの年頃の子供達だ。
ここらは、残念ながら世界の差、というべきだろう。エネフィアには小学校は存在していない。その代わりに専門教育が始まるのが早いわけであるが、逆に就学年齢は少しだけ、高かったのである。
とは言え、それでも基礎の基礎ぐらいは教える私塾の様な物があるのだが、孤児院の子供達はそこには通わず孤児院で勉強を、というわけであった。一葉はそれの補佐をしていた、というわけである。
「ふたばねーちゃん! きょうはこのごほんー!」
「あ、はいはい。これね・・・えっと、ある日・・・」
馬車に乗り込む前、二葉は子供達からせがまれて絵本を手に取る。基本的に二葉は外で炊事や洗濯、買い出し等の手助けをしているわけであるが、それでも子供達の面倒を見ていないわけではない。
そもそも外に遊びに来た子供達に対しては、彼女が基本的に面倒を見ている。彼女の本分は運動にこそある。ボール遊びなど動きまわる事が好きな子供は二葉によくなついていた。まあ、今の少女は別だったのだが。なので普通に子供の面倒を見る事は出来た。
「ふぅ・・・これでとりあえずは大丈夫ですかねー・・・まあ、ぶっちゃけると、こっちより修行の方が大変なんですけど」
マクスウェルから遠く。妖精達の森の近くから、ユハラがつぶやく。彼女の周囲では、旭姫の分身が超速で動いていた。今の彼女の修行は自らも分身を扱いながら、旭姫に対処する、ということだった。まあ、そう言うよりもこの場の公爵家一同がそうだったのだが。
「はぁ・・・とりあえず、馬車に乗せてる間は、こっちに集中できそうです・・・ねっ!」
ひゅん、とユハラが虚空に向けて、クナイを投擲する。それは木々を避けながら進んでいき、少し離れた所で澄んだ音を響かせる。
「めいちゅ・・・っ!?」
ユハラは感じるままに、身を屈める。すると、そこを旭姫の剣戟が通り過ぎていった。こちらも遠距離からの斬撃だったが、木々には傷一つ付けていない。
妖精達が何かをしているわけではない。旭姫自身が手加減をして、木々を斬らぬ様にしていたのである。相も変わらずの絶技と言える腕前だった。そうして顔を上げたユハラが、通り過ぎていった斬撃に思わず顔を引きつらせる。
「うっそぅ・・・相変わらずぶっ飛んだお方なんですからー・・・森って私達小太刀使いの得手なんですけど・・・」
当たり前だが、刀だ。木々の密集する森の中で満足に振るえるはずがない。それも木々を斬らない様に注意しながらであれば、尚更だ。とは言え、出来るのが、旭姫だ。そしていくら絶技に唖然となっていた所で、旭姫は待ってはくれない。なのでユハラは仕方がなく、次の手を打つ事にする。
「はぁ・・・身体能力もうちょっと高くしときますか」
彼女の全身に刻まれた刻印が、光り輝く。今のままでは不意打ちを食らえば終わりだ。なので自らの一族の特性を使って、更に身体能力を強化しよう、というわけであった。そうして、ユハラは馬車に乗った分身を操りながら、自らも遺跡調査の為の修行に勤しむ事にするのだった。
そんなユハラはさておいて。馬車は何事も無く順調に進んでいった。まあ、何も起こらない様に幾つもの安全策を講じているのだ。起きてもらっても困る。そうして辿り着いた草原に全員を降ろすと、孤児院の先生が声を張り上げる。
「皆ー! こっち向いてー!」
子供達が元気にはしゃぎ回るのをなんとか宥めながらも、孤児院の先生が幾つかの注意を行っていく。その間に、瞬率いる冒険部の魔術師と弓兵達は密かに、公爵家が用意してくれた馬車に乗り込む。その中には、瞬も居た。
「ふぅ・・・とりあえず今は問題無し、か」
「結界の展開状況はー?」
「とりあえず、問題なし。結界は出力70%で安定」
『周囲に魔物の反応無し。上空の魔物も子供達に気付いた様子もなし』
一同に向けて、ヘッドセットからホタルが連絡を入れる。これが終われば、後は彼女も孤児たちの面倒へ協力する事になっていた。
「なら、大丈夫か・・・まあ、暗くなる前には遠足は終わる。短い時間だからといって、監視は怠るなよ」
「はい」
10人の魔術師達が、瞬の言葉に頷いた。彼らは子供達にバレない様に、馬車の中で待機だ。馬車の中から監視用の使い魔を複数体操作して、結界の全周囲を監視する事になっていた。東西南北二人ずつに、全体を総合的に監視するのが二人だ。半径300メートル程なので、これぐらいで十分だった。
とは言え、これは今の冒険部の一同にも少々困難な芸当で、朝に攻撃もせずに援護に加わっていたのも、この監視作業に注力する為だった。子供達に見付かって遊んで、とせがまれても彼らには遊んであげられるだけの余力がない。泣かれるのも色々と面倒なので、はじめから隠れておく事にしたのであった。と、そんな一同の所に、ホタルがやって来た。周囲の偵察は問題無く終わったようだ。
「偵察任務、終了しました」
「ああ・・・それで、次は?」
「本機はマスターより子供達の面倒を見るように言いつけられています」
「そうか」
ホタルの返事を聞いて、瞬が頷く。すでに彼女に冒険部側から依頼していた仕事は終わっていた。なので後はカイトから与えられた仕事をさせるべきだ、と瞬は判断して、彼女を送り出す事にする。
「では、そちらに取り掛かってくれ」
「必要でしたら本機がお手伝い致しますが?」
「いや、大丈夫だ・・・何、これも俺の練習だ。あまり何時までもカイトに指揮を任せておくわけにもいかないし、ソラに頼りきり、というのも情けない」
瞬は苦笑気味に、ホタルに告げる。実は、今回も主体は桜が動くはずだった。が、そこに瞬が割り込んだのである。やはり彼も上層部の一人、という自負がある。何時までもかつてのトラウマに囚われて居るのはダメだろう、という考えだった。
「そろそろ、俺も指揮に復帰しないとな」
「了解・・・では、マスターより与えられた作業に入ります」
何処か不満気なのは気のせいだろうか、と瞬は思う。が、それでも役割を譲るわけにはいかないし、主からの命令を優先させるべきだろう。というわけで、ホタルはそのまま馬車の外に出て行く。どうやらそこで子供達に見付かったらしく、肩車をねだられていた。
「ふぅ・・・よし。じゃあ、監視は任せる。俺は弓兵の連中に指示と現状を確認してくる」
「はい」
遊びはじめた子供達の監視を始めた魔術師達を横目に、瞬も少し外を窺いながら馬車から降りる。ここで見付かって子供に手を取られると、面倒な事になるからだ。と、そうして馬車の近くに陣取っていた由利に声を掛けた。
「こっちはどうだ?」
「あ、先輩ー・・・うん、問題無いかなー・・・一応、子供達には馬車の見張りをしながら、ひなたぼっこしてる、って言ってるよー」
横でお昼寝しているらしい子供達に笑いながら、由利が少し小さな声で答える。少し後に聞けば、良い陽気だったのでひなたぼっこしている、と答えた所、子供達の中の数人が一緒にひなたぼっこをしたがったので横になった所、いつの間にか気が付けば眠ってしまっていた、という事だった。
「この子達、朝からというか昨夜からずっと今日を楽しみにしてたから・・・馬車の中でもはしゃぎ回ってたから、疲れちゃったんでしょう」
そんな子供達の一応の監視についていた孤児院の先生の一人が、少し苦笑気味に瞬に告げる。それに、瞬も少し苦笑した。
「懐かしいな・・・自分もそうだった、と聞きます」
「そうですか・・・まあ、お仕事のおじゃまにならない程度で、ここからは移動させます。こうなるだろうな、と思って馬車の中にもベッドを用意してますから」
「あはは・・・お願いします。別にここでも大丈夫ですが・・・まあ、一応、ね」
孤児院の先生の言葉に瞬は頭を下げる。一応、このままでも由利ぐらいならば問題無く子供達を起こすことなく、弓を射る事は出来る。だが、全員となるとやはり別だし、子供達に弓を射る瞬間を見られて魔物を討伐する所を見られても情緒教育に悪い。そう言う判断だった。
「よし・・・じゃあ、後は俺も見回りに入るかな」
由利の所に問題が無い事を確認すると、瞬は再び歩き始める。彼はぐるっとこのまま結界の外周を回って子供達が結界の縁に近づいてきていたら、声を掛ける予定だ。
結界は展開しているが、子供達は集中していると周りが見えなくなる可能性がある。一応出ない様にはなっているし先生達も見ているが、万が一もあり得る。内側に戻してやる事も、彼らの仕事だった。
「・・・ん?」
歩き始めた瞬だが、そこでふと空を飛ぶ影を見付ける。それはホタルだった。どうやら子供達にねだられて、背中に乗せて少し低い所を飛んでいる様子だった。
「・・・少し楽しそうだな・・・ん?」
上を向いて歩いていた瞬の前に、ボールが転がってくる。考えるまでもないが、ボール遊びをしていたボールだろう。そうして瞬はそれを手に取ると、少し離れた所からこちらに手を振る孤児院の先生にボールをゆっくり投げ渡す事にした。
「ほら!」
「ありがとうございまーす!」
「いえ!」
孤児院の先生は女だけではなく、男の先生も居た。キャッチボール、なのだろう。そうしてふと結界の中心の方を見ると、結構色々な物を持って来ている事が分かった。
「へー・・・意外とおもちゃがあるんだな・・・」
「意外でもなんでもないですよー・・・なにせ公爵家が開発した幼児用玩具の試作品の余剰分とかB級品とかをこっちに持って来てもらってるんですから」
「うおっ!?」
「あはは、驚きすぎですよ、もう」
いきなり後ろから声を掛けられて、瞬が跳び跳ねる。声の主はユハラだ。そんな驚いた様子の瞬に、ユハラが快活な笑みを浮かべる。まあ、そもそも気配を消して後ろから近づいていたのだから、当然ではある。
「まあでも、驚く必要も無いですよ。所詮試作品なんて数個残しておけばそれで十分、ですからねー・・・わざわざ不具合の調査の為に大切に保管しておくよりも、子供達が使ってくれた方が職人冥利に尽きるわけです・・・まあ、製品版の前の試作品とかは残してるんですけど、それで十分でしょ。お金、ジャバジャバ使えるわけでもないですし」
「ああ、なるほど・・・」
ここら、玩具会社も経営している公爵家の利点という所だろう。使わなくなった試作品や傷物として売り物にならないB級品等をこちらに安値で回せば、在庫処分にもなる。子供達は新しい玩具が手に入れられる。どちらもお得なのだ。そうして、瞬は話題が途切れたのを受けて、本題に入ってもらう事にした。
「それで、何か用ですか?」
「ああ、これから10分程休憩で輪番で分身が消えてきますけど、心配しないでくださいねー、ってだけです」
「あ、わかりました。本体側は休憩ですか?」
「ええ・・・ええ・・・ぶっちゃけ、全員無茶苦茶疲れてます。多少分身揺らぐかもしれませんけど、そこら臨機応変に」
「はい」
どうやら相当過酷な訓練だったようだ。ユハラは疲れきった顔で瞬に告げる。それを受けて、瞬はヘッドセットを使って、冒険部の一同に連絡を入れる事にして、再度見回りを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第673話『感情』




