第670話 勘違い
ホタルが孤児院で働き始めて、数日。ティナはというと、最後の大詰めを迎えた魔導機の最終調整を行う傍らでユハラからホタルについての報告を受けていた。
「と、言うわけで、半々、って所ですねー」
「じゃろうな。そこばかりは、余にも読めん」
ユハラの予想を、ティナもまた認める。その予想とは、少し後に瞬に語るホタルがブチ切れるのが先か、感情を感情と認めるのが先か、という事だ。
「にしても・・・ティナ様に疑問なんですけど・・・どうしてわざわざ機械の身体に魂なんて入れたんです?」
「余らしくないか?」
「ええ」
ユハラはティナの問いかけをあっさりと認める。というよりも、明らかに可怪しい。これは彼女を知ればこそ、疑問に思える事だった。とは言え、これはティナも認識していた。
「まあ、仕方がないのう」
「ですよー。普通に考えて、ティナ様が機械の身体なんて与えるわけないですもん」
「じゃろうな・・・まあ、当然か」
改めて思い直すと、違和感は簡単に理解出来た。なにせアイギスは同じく魔石を魂としておきながら、ホムンクルス達と同じ身体なのだ。彼女も同じ様に肉の器に入れていれば、こんな疑問は抱かなかっただろう。だというのに、敢えて機械の身体に入れたのだ。意図が無いとは思えなかった。
「ふふふ・・・まあ、そこら実は全員が勘違いしておるのう。ホタルの奴も含めて、じゃ。アイギスの奴は、同じ存在故に気付いておる様子じゃがな」
「? 思い違い、ですか?」
「そうじゃ。思い違いじゃ」
ティナはまるでその思い違いこそが楽しい、とばかりに笑う。とは言え、そう言われたユハラの方は、意味が理解出来なかった。
「そら、そうじゃろう。そもそも何故、ホタルの奴は機械である事にこだわっておる」
「そりゃ、あの子そもそもゴーレムでしょう?」
「うむ。だからこそ、ゴーレムである事にこだわっておるんじゃな。己はゴーレム、という風にのう・・・いや、この時点でおかしくは無いか? 何故、ゴーレムである事にこだわるのよ」
「はい?」
そもそもの出発点が可怪しい。ティナの指摘を受けて、ユハラが小首を傾げる。何も可怪しい所は無い。なにせ彼女はゴーレムで、魂は持たない。だからこそ、ティナがそれに魂となり得る魔石を取り付けたのだ。彼女の苦悩は、そこから始まっている。だというのに、ティナはそれが可怪しいと笑っているのだ。
「そも、ゴーレムは魂を持たぬ。だのに何故ゴーレムの自分にこだわっておるんじゃ? こだわるのは魔石の方じゃろう? そも、余はきっかけを与えただけにすぎん」
「・・・えっと、待ってください・・・きっかけ?」
「そう、きっかけじゃ」
ようやく気付いたユハラに、ティナが笑う。彼女はきっかけ、と言ったのだ。つまりそれは、ただひとつの答えを表していた。
「元々、ホタルの身体には魂に近い物が宿っておった。だからこそ、機械である事にこだわっておるのよ」
「あり得るんですか? そんなこと」
「うむ。それは余も悩んだ。悩みに悩んだ・・・が、一つの考察を得てのう」
ティナはユハラの疑問に、ここからは推測になるが、と前置きしたうえで、その推測を開陳する。
「人形に魂を入れてはならぬ・・・よく聞く話じゃろう?」
「ええ。誰が言い始めたかは知りませんけどねー」
「魂とは魔力の塊に近い。そして、あそこまで見事な人形じゃ。それ故、余はこう考えた。あまりにも人に似すぎた機械故、莫大な魔力を生み出す魔導炉を入れた事で、それが擬似的なコアの役割を果たして、魂の萌芽があったのでは無いか、とな。まあ、推測じゃから、当たり外れの程は知らん」
知らん、と断言したティナであるが、その言葉には自信があった。そして、彼女は続けた。
「が、付喪神達を見ておると、案外それが一番しっくり来る。あれが大切にされておったことは、余もわかる。余から見れば出来こそ悪いというだけだし、情熱の発端に皇国への復讐心があれど、少なくとも掛けられた情熱に偽りはなく、魂が宿るには不思議がない」
ティナはホタルの生みの親となった人物に対して、掛け値なしの称賛を送る。腕前も自らや彼女の母とその妹と比べたからであって、決して悪い物ではない。魔導炉については掛け値なしに自らを上回る、と賞賛出来た。
「とは言え、それにきっかけを与えたのは、やはりカイトじゃろう。あれがまーたぞろ強引な術式を強引に力技でねじ込んだ結果じゃ。まあ、わかりやすく言うと卵の殻にヒビが入りひよこが孵化しそうになっとった所に強引に指突っ込んで卵の殻を引剥した、という所じゃ」
「わーい。超わかりやすい解説ありがとうございます」
ぶっちゃければカイトが悪い、の一言で終わった話に、ユハラが笑いながら礼を言う。実は話の半分ぐらい理解出来ていなかったりしたのであった。ティナもそれがわかっていたからこそ、ぶっちゃけた話をしたのである。
「つまり、ホタルちゃんには始めから意志が宿っていた、という事ですよね?」
「そうじゃな。そういうことじゃ・・・とは言え、それはあのままではやはり、ひよこのまま成長する事は無かったじゃろう。出来ても、雛ぐらい。あれはあくまでも、機械の身体に擬似的に魂に近い何かが宿っただけじゃ」
検査結果を見ながら、ティナが語る。所詮、器に微妙に魔力が宿っていた程度なのだ。意志の元になるコアは何時までも生まれ得ないだろう、というのが、ティナの予想だった。誰の意思も受けず、ただ強大な力を持たされた人形。それが、ホタルの末路だったはずだ。
「とは言え・・・まあ、雛のまま、大空を飛ぶ事を知らぬというのはあまりに不遇じゃ。この世にはまだまだ楽しき事、嬉しき事、心躍る様な様々な事が隠れておる。それを知れぬのはあまりに不遇。とは言え、魂を移す事は出来ん。余でも不可能じゃ・・・が、一葉達の事を思い返し、一つの方法を思い付いた」
「はーい、先生。私そこら知らされてませんよー?」
「む? おお、そうじゃったな・・・って、言った所で理解もせんじゃろうに。まあ、良い。魂は多少傷が付いてもそれを補う様に再生する。それは知っておろう?」
「ええ、まあ・・・これでも長生きしてますからねー」
長生きしていれば、別に対して勉強しなくても経験則等から勝手に知識とは身に付く。それが彼女らの役職であれば尚更だ。ちなみに、これは別に彼女が勉強をしていない、というわけではない。
「うむ・・・だから、余はそれを使う事にしたのよ。実は比較的新しい魔石を使ったのには、訳があってのう・・・魂を持てる程に古く、されど魂が宿らぬ程に新しい魔石であれば、魂の素の様な物にでもなってくれるのではないか、と考えたわけじゃ。賭けではあったが、どうにも勝ったらしいのう。どうやらゴーレムの側に宿っておった魂の萌芽は魔石の側が生きるに最適と判断したらしく、ゆっくりとじゃが、そちらに移動しておる。後はそちらで完璧な形となるじゃろう・・・いや、これはさすがに余も憐れみからやったがのう。神をも恐れぬ行為じゃ、と少々自省した程じゃ。二度とはやるまいな。出来るとも思わん。まさに、奇跡の顕現よ」
ユハラがティナの肩越しにモニターを覗いてみれば、それはホタルの解析結果だった。おそらく魂の定着とやらを確認していたのだろう。左側には回収当時の結果が、右側にはつい先ごろ検査した結果が表示されていた。
「まあ、これを見ても、ホタルはゴーレムというよりも、魂を宿した人形と言うべきじゃろう。機械の身体を与えたのではなく、機械の身体に宿っておっただけじゃな」
「なるほど・・・じゃあ、後々肉の器に入れ替えるとかですか?」
「そりゃ、そこは本人次第じゃ。好きにすると良いじゃろう。まあ、そう言ってもあれほどの身体じゃ。なんらかの要因でぶっ壊れてしまえば、修復は魔術を以ってしても容易ではあるまい。出来はするがぱぱっとは無理じゃ。それでも、と願うのであればアイギスと同じくホムンクルスの身体に移植、となるじゃろう」
どうやらティナとしては、本人が望むままに、という何時ものスタンスを貫くつもりのようだ。いくら手を加えただけとはいえ、今ではホタルは彼女の娘にあたる。なのでその自主性を尊重する、という事なのだろう。そうして、ティナは本題に戻る事にした。
「まあ、そういうことで、じゃ。そこに気付れば、後は早いじゃろう。己がはじめから魂を持っていた、と言うわけじゃからな」
「皮肉と言うかなんというか、ですねー。魂を認めぬお人形さんは、その実魂がはじめからあった、と」
「それで良い。人生は所詮皮肉だらけよ。それを知るのもまた、『人』として生きる為の第一歩であろう」
「ふふふ・・・わかりましたー。じゃあ、そのまま放置にしておきます」
「うむ」
ユハラの答えに、ティナが満足気に頷く。今の話はカイトにさえ、話していない。そういった全てを、彼女はホタルに知らせるつもりだった。だからこそ、カイトにも黙っていたのである。
「じゃあ、戻りますねー」
「うむ。後は任せる。余もこれさえ終わらせれば、後は魔導機と空母型飛空艇を引き渡して皇帝を迎えて些かの調練を行い、終いじゃ。もう少しは様々な所への補佐を頼むぞ」
「はいはい」
ティナの言葉を受けて、ユハラがその場を後にする。そうして、彼女はそのまま、孤児院に向かう事にするのだった。
一方の孤児院では、相も変わらずホタルが翻弄されていた。当たり前だが子供に暴力は厳禁だ。それはカイトから厳命という形で与えられている。
とは言え、子供達は敏感だ。それ故、ホタルが認めない僅かな感情のゆらぎでも、しっかりと嗅ぎ分けていた。そうして子供達が見抜いたのは、ホタルは仕事の邪魔をされるとすごく怒る、という事だった。と言うわけで、子供達は今日も今日とて洗濯物を干しているホタルの横で静かに待っていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
子供達の誰もが無言のまま、ホタルの布団シーツ干しを観察する。いくらホタルと言えども、やったことの無い事と言うか登録されていない事まで完璧に出来るわけではない。シワになる様な物は任されていない。
というわけで、彼女にはもっぱら簡単なシーツ干しを任されていた。そう言っても子供達の人数分の布団シーツがあるのだ。物凄い数で、干すだけでも一仕事だった。
「・・・終わりです」
「よっしゃ! ロボ姉ちゃん! お空飛んで!」
「肩車!」
「肩車して空飛んで!」
「全ての提案を却下致します。マスターより許可を得ておりません」
ホタルは流れ作業の様に寄せられる全ての嘆願を、一気に全て切って捨てる。逐一相手にしていては何時までたっても仕事が終わらない。それを彼女も理解したのであった。とは言え、やはり彼女はまだまだ練度が足りない。というわけで、今日もこの流れだった。
「待ちなさい」
「うひゃあ!」
ホタルから次の荷物をひったくった少年だが、目の前に転移術で移動されて、思わず驚いた声を上げる。そうしてホタルは無言――と言っても怒りに近い雰囲気はあったが――で回収する。
が、一度騒動が始まると、後はてんやわんやだ。子供達がなんとか遊んでもらおうと必死でホタルの気を引いて、ホタルがそれに釣られて叱り、それに子供達は対してへこたれる事もなく再びいたずらをして、だ。そんな騒動を何度か繰り返した所で、二葉がホタルに問いかけた。
「・・・苛立ってる?」
「否定します。本機はゴーレムです。そのような感情は持ちあわせておりません」
「そう。じゃあ、楽しい?」
「・・・否定します」
ホタルは子供達の顔を見て、本人では理解出来ないモヤモヤを感じて、言い淀む。確かに、苛立ちや言い得ぬ疲労感はある。が、同時に充足感を感じていたのもまた、事実だった。
そうして、そんな幼い否定は、たった数ヶ月とは言え先達である二葉には、まるわかりだった。が、カイトからの命令で、それは指摘しない。
「そう? でもまあ、笑ってたわよ? ホタル」
「否定します。そんな事はありえません」
「今も、笑ってた」
「っ・・・そう・・・なのでしょうか・・・」
自らの頬に手を当てて、確かに緩んでいた頬を知覚する。ここらが、ブチ切れるのが先か、感情を認めるのが先か、という判断が二分されている理由だった。彼女も薄々は、勘付いている。当たり前だ。はじめから持っていたのだ。ならば、気付かないはずがない。自らに感情が芽生えている事に。とは言え、まだその勇気が無いだけだ。
「さぁ? 貴方の思う事が、貴方の正解。だからこそ、マスターはここに来る様に言ったの。私達もそうだった様に、ね」
「・・・了解です」
笑顔の二葉の言葉を受けて、ホタルが頷く。二葉の笑顔は何処からどう見ても普通の人間の笑顔と変わりが無い。誰が見ても彼女をホムンクルスだ、と思う者は居ないだろう程だ。そうして、そんな二葉達の支援を受けながら、ホタルは更に孤児院での活動を行っていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第671話『遠足』




