第664話 評定会
アマデウスの挨拶から、一時間後。オーディオン家本邸に設置されたホールに、今回の評定会に関係のある者達が集まっていた。そうして、全員が集まったのを見て、アマデウスが評定会の開始を宣言する。
「では、評定会を行います。立会人はハイ・エルフが『女王』。クズハミサ・フォレスティア・キングレア・フィード・ハイゼット・・・」
長い。クズハは自分の名前が読み上げられるのを聞きながら、そう思う。こういう行事事がある度に、彼女は自分の名前と正式な地位を聞かされる羽目になるのであった。
「い、今ならお兄様が長い、とすっぱり断言した気持ちがよく理解出来ます・・・」
「クズハ様」
長々と繰り広げられる自らの名の読み上げ会に辟易したクズハに対して、フィーネが諫言を与える。曲がりなりにもこれが彼女の本来の役割だ。一応フィーネもその内心はわかるが、それを口にさせないのもまた、彼女の役割だった。
「この名前・・・もういっそクズハでぶった切って良いのでは無いですか・・・?」
「我慢してください。これはクズハ様の父王様の遥か昔。『神葬の森』を神々より受け継いだとされる始祖王様からの決まり事ですので」
「うぅ・・・」
クズハが本当に辟易した様子で、ため息を吐いた。彼女とてそこらは知っている。まだ女王位に立つ事を決められていた時代から、教え込まれていた。が、それで辟易が無くなるわけではない。と、そこでふと、クズハが気付いた。
「・・・いえ、そういえば・・・フィーネも区切っていませんか? と言うか、私の名前をもう覚えていませんよね?」
「・・・い、いえ、そのようなことは決して・・・」
指摘されて、フィーネも自分自らがクズハの名前を区切っていた事を思い出す。まあ、流石にそれをそうです、と公言する様な事はなかったが。
大昔にはカイトに対して『何処の馬とも知れぬ子供が栄えあるハイ・エルフの女王たるクズハミサ様のお名前を区切るとは何事か』と怒鳴っていたのだが、そう言っていた当人がすでに面倒になってクズハミサの名を呼んでいない。
それどころかクズハの正確な名前を忘れていた。大昔には諳んじろ、と言われれば何ら淀むことなく一気に言い切れたが、今ではおそらく15個目ぐらいで躓いて、20の大台に入れば止まるだろう。彼女も彼女でハイ・エルフの風習を蔑ろにし始めていた。
「我々の名前は無駄に長いのです。書類にクズハミサの名で記名しなければならないのでは、と思った代行初日にはどれだけ恐怖したことか・・・そうですね。行政改革の一環として、叔父上にでも名前の簡略化を提言してみましょう」
「おやめください・・・」
大紛糾になる事は請け合いな事を口走ったクズハに対して、フィーネが頭をため息混じりに制止する。カイトの影響で色々と革新的なクズハに対して、叔父の現エルフ王代理の方はガチガチの守旧派だ。大揉めになることは確定だろう。
と、そんなある種どうでも良い話題をしていると、クズハの名前の読み上げが終わる。というわけで、クズハは仕事として、参加者達に告げる。
「公正無私な裁定を望みます。ゆめ、風の大精霊様の眷族の名に恥じる行いをなさらぬよう」
クズハの一言に、ハイ・エルフの全員が頭を垂れる。これで、後はエリスとランカがこしらえたアクセサリーの裁定に入るだけとなる。
そうして、アマデウスからの幾つかの言葉の後、今回の評定会の採点者達5人がホールに入ってきた。それはマスクを装着して緑色か茶色の外套を羽織った人物だった。詳しい風貌はわからない。それどころか男なのか女なのかさえもわからない様な格好だった。
「これなるは我が娘、マリアンネ。今回の評定の主任を務める事になっております」
5人の中でただ一人、茶色と緑色を使った外套に緑色の仮面を身に着けた人物が、アマデウスの言葉に腰を折る。何も言葉は発せないが、おそらくそれが彼の娘のマリアンネなのだろう。
そんな奇妙な格好の5人に疑問を抱いている弥生だが、残念ながら誰かがそれを説明してくれるわけでは無いらしい。当然として処理されているからだ。
『やっほー』
「あら」
『あ、ごめんごめん。言っちゃうと面倒になるから、止めといたよ』
シルフィちゃん、と言おうとした弥生の言葉だが、風に掻き消される事になる。こんな場でシルフィが顕現した事がわかると、それだけで大騒ぎだ。少なくとも評定会は中止になる。
再開される時には、評定会は国を上げての物になりかねない。それは誰も望まない。シルフィもカイトも、だ。ということで、その姿は特定の者達にしか見えていなかった。
『あ、そう。で、どうしたの?』
『あっはは。いや、疑問かなーって。それと、曲がりなりにもエリスは僕が加護を授けた少女だからね。どんな作品を作ったのか、って間近で見たいじゃん』
『あら。助かるわね』
丁度あの奇妙な格好な何なのだ、と疑問に思っていた所なのだ。なので弥生は評定会が始まるまでの少しの間、シルフィから事の次第を聞く事にした。
『緑色と茶色の衣服は、ハイ・エルフが僕とノームの眷族だ、という証。5人なのは、4人はそれぞれの大精霊に対する眷族である事を表していて、最後の一人はその中立である事を表している。マリアンネが緑色の仮面であるのは、エリスが僕の加護を受けて、そして僕の巫女候補である事に敬意を表して、っていうこと。これがノームだと、茶色の仮面になるね。もしどちらでも無い場合は、普通に白だよ』
『地球の裁判官の様な物かしら』
『そんなとこ。黒は誰にも染まらない、という意味だからね。我々は大精霊の眷族であり、各個人の名前は意味を為さない、という宣言だよ』
弥生の意見をシルフィが認める。やはりここらは文化の差、という所だろう。なお、シルフィは説明しなかったが、仮面には特殊な加工が施されており、顔が認識出来なくなる様な細工と名前が意味のある単語として聞こえない様な細工がされていた。これもまた、外からの影響を与えない為だ。と、そんな話をしている間に、どうやらついに始まる時が来たらしい。
「では、エリスクピア嬢の作ったアクセサリーを、ここへ」
「かしこまりました」
アマデウスの指示を受けて、従者達がその場を後にする。そうして5分程で、彼らは台座に一つの箱を持って来た。それはエリスが出来たアクセサリーを入れた箱だった。彼女が入れた時のまま、何も変わっていない。
「こちらが、エリスクピア様が作品をお納めになられた箱になります。クズハミサ様。封をご確認ください」
従者達がクズハの前に、封印を施した箱を持っていく。中身はクズハも見ていない為、封印の方を確認するのだ。そうして、クズハが箱に手を当てて、彼女が封印した、という証を浮かび上がらせる。
「・・・確かに、私が封印した物で間違いありません」
「ありがとうございます・・・では、こちらへ」
アマデウスがクズハの手間に腰を折ると、継いで従者達に命じて箱を台座の上に乗せる様に指示する。台座はエリスが注文した通りの物だ。
台座を特注したのにも、訳がある。アクセサリーはショーケースに飾る物では無く、身に着けて着飾る為の物である為、その場に合わせる必要があるからだ。状況を合わせてこそ、初めてきちんとした判断が出来る、という判断だった。
「では、封を解除致します」
箱が台座に設置されたのを受けて、アマデウスが宣言する。後は封印を解除して、中を見せるだけだ。そうして、アマデウスが鍵を取り出した。それは封印を解除する為の魔道具だ。そうして、その鍵で箱の蓋を軽く叩くと、箱が開いて、中が顕になる。
「ほぅ・・・失礼。こちらが、エリスクピア嬢の作品になります」
思わず目を見開いたアマデウスが、台座にアクセサリーを設置する。現れたのは、当然だがネックレスだ。それは紐を使った世界樹をモチーフとしたネックレスだった。
「綺麗・・・」
設置されたネックレスを見て、エレノアが感嘆の声を漏らす。素直に綺麗だ、と認めるしかなかった出来栄えだった。まあ、それ以前に彼女に無為に貶すつもりはなかったが。
「では、評定を開始してください」
アマデウスの指示を受けて、5人の採点者達がネックレスの周囲に集まる。そうして、彼らによる評定が開始された。
「ふぅむ・・・世界樹をモチーフにした基本的なデザインか・・・奇を衒うわけでもなく、という所・・・」
「ほぅ・・・これはエメラルドとトパーズか・・・だが、変わった形だな・・・」
「研磨で加工しているのでしょう・・・断面が美しい。なかなかに良い腕です・・・使っている金属は魔法銀か・・・これはまあ、年齢と経過した時間を考えれば、やむなし・・・」
採点者達が口々にアクセサリーに対する論評を行う。エリスが作ったアクセサリーは、基本的には彼らの言うデザインだ。世界樹をモチーフにした、上下線対称のデザイン。その上部に生い茂る世界樹の葉としてエメラルドを使い、下部には地面をイメージしてトパーズを使った物だ。上下線対称となっている為、下部にある木の葉は丁度、世界樹の葉が風に煽られている様な印象を与えていた。
これはこれで美しくはあったが、やはり物足りなさはあった。よく使われるイメージだし、細工の事細かさ等細かな所を除けば、さして称賛に値する物ではなかった。が、そこで一人が、気付いた。
「む・・・? いや、これはもしや・・・」
「どうした?」
「この紐は魔糸か・・・?」
「む? おお、確かに・・・このしなやかで強靭な糸は、魔糸に違いない・・・なるほど、冒険者が使うには、最適だ」
これを使う者は冒険者――カイトの名は伏せてある――だ、と聞いている。なので普通の紐よりも遥かにしなやかで強靭、ちぎれても魔力を与える事で復元可能な魔糸でネックレスの紐を作っていた事に、エリス達の細かな心意気を見て取る。冒険者であれば、紐の破損は良くある話なのだ。材料要らずで修復出来る事は、重要だった。
なお、当然といえば当然だが、これを編んだのはエリスだ。ランカよりも彼女の方が適性が高いのである。ちなみに、これに気付けたおかげで商品の幅が広がった、と二人で喜んでいた事は横においておく。
「ふむ・・・とは言え、それ以外に変わった点は・・・いや、何故、線対称なんだ・・・?」
至って平凡。そう判断しようとした緑色の衣を羽織った一人が、ふと、当たり前といえば当たり前だった事に疑問を覚える。よりデザイン性を重視すれば、線対称にしなければ選択肢の幅が広がるのだ。当たり前だが、普通には木々は線対称にはならない。上に向かって成長するし、上の方で木の葉は広がるからだ。
「いや・・・まさか・・・もしや、これは・・・エリスクピア嬢。このネックレスの宝石・・・色が変えられるのではないか?」
「そうです。ご覧に入れます」
採点者達が気付いた事に、エリスが笑顔で頷く。実は、結構な賭けだった。このデザインの意味する所に気付いてもらえれば、勝てる。が、それに気付かれなければ、負ける。そういう戦いだった。実はこれはエリスの力量を評価されると同時に、密かに、見る方の腕前も試されていたのであった。
「ほぅ・・・今度はトパーズが緑色に染まった・・・なるほど、何かを仕込んでいるな?」
「『魔導集積回路』を」
「なるほど。これは草原に生える世界樹、か・・・世界樹とは、全ての生命の母だ。荒れ地でさえ、世界樹は草原に生まれ変わらせる・・・それを、イメージしたわけか・・・」
若干色が違う緑色に染まったトパーズ――後ろから光を当てた――を見て、採点者達はエリスの意図を悟る。始めに茶色だったのは、世界樹が生えたばかりの頃を表していて、時が経過して世界樹が生命を育み、というサイクルを表していたのだ。そうして、仕掛けに気付いてもらえたので、エリスは更に続けた。
「上も変えられます」
「ほぅ・・・上が茶色で下が緑色に・・・」
「これは・・・世界樹が滅んだ、ということか・・・」
「横にしてみてください」
「ふむ?」
エリスの言葉に、採点者達の一人がペンダント・トップを横に寝かせる。そうすると、彼女が意図する所がようやく、彼らにもわかった。
「これは・・・なるほど。世界樹が倒れ、それを萌芽として生命が芽生え・・・そしてまた、別の世界樹へとなる・・・」
「そうか・・・だから、色を変えられる様にしたのか・・・」
再び縦向きにペンダント・トップを置き直して、ようやく全員がエリスのペンダントの意図を把握する。
「なるほど・・・所詮、偉大なる世界樹といえども、生きているものには変わりが無い・・・世界樹さえも世界のサイクルの中に抱かれている、という事を表していたわけですか・・・では何故、トパーズとエメラルドを使ったのですか? わざわざ手間のかかる細工をしなくても、良い宝石があったはずですが・・・」
「光や魔力で色の変わる物を使わなかったのは、時と場合によって使い分ける為です。本作はペンダント・トップを外してブローチとしても使える様にしました。なので衝突や不意の出来事で向きの上下が入れ替わる事もあります。そう言う場合に、自動で上下を把握して、違和感のない様にしています」
「なるほど・・・実用性との兼ね合い、ということですか・・・」
マリアンネが、エリスクピアの意図を把握して頷く。確かに、そういう事であれば固定化出来る技術を採用した意図も理解出来た。
「ふむ・・・もう、私は結構だ。おおよその採点を終えた」
「私もです・・・他、皆様方はどうか?」
マリアンネの問いかけを受けて、他の採点者達が首を振る。どうやら、全員採決を下せるレベルの観察が終わったようだ。そうして、評定会が終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第665話『それぞれの待ち方』




