第661話 観察者達
デザイン案の第一弾が決まってから、2日。大急ぎで一同はマクスウェルに戻っていた。とは言え、それでゆっくりと休むわけにもいかない。準備期間は残り一週間だ。素材については風都にて急ぎで集めたので手に入っているが、製作作業が一両日で終わるはずがない。
それに、デザインが決まったからといっても、実際に作るのはハーフリング族のランカだ。作り手とデザインする者では見えている所が違い、事細かな調整は当然、必要となっていた。
「ここはちょっとむずかしい・・・」
「でもそうするとここの意匠が与えるイメージが・・・」
「じゃあ、今度はこっちを少しだけ拡大して・・・」
二人は真剣な表情で、意見を交わし合う。聞けば二人の付き合いは10年近くになるらしい。元々ランカもマクスウェルの生まれではなく、地元の師匠の下で修行をしていて、こちらで店を持つという夢の下、大きな細工屋で見習いとして、働いていたらしい。
そこに、デザイナー見習いとしてエリスが入ってきたのだという。それ以降の付き合いだった。意気投合した二人は店の開店資金を二人で出しあい、それ以降、二人三脚で作業を行っていた。なので相棒の危機であり、同時に専属デザイナーの危機でもあるため、彼女の顔も真剣そのものだった。
「いい顔だ」
そんな二人を店の外から眺めつつ、カイトが頷く。二人の顔は、職人としての真剣な顔だった。幼い少女だ、と思っていた少女も、いつの間にやら本当に大きくなっていたらしい。それを、カイトは時の流れと共に、把握する。
「女は気付かぬ間に女になっているものですよ、お兄様」
「まったくだ・・・と言いたい所だが、女は幼くても女、という意見を聞いた事があるな」
「少女、とは年の少ない女、と書きますから。年が少ないだけの少年とは、違うんです」
「やれやれ・・・」
大昔から女としての嫉妬を覗かせていたクズハは、カイトに対してそう告げる。そんなクズハに、カイトは肩を竦めるだけだ。
ちなみに、二人共こんな所には居ない。今居るのは、お互いに使い魔――クズハは緑色の小鳥――だ。やはり心配だったので、どちらも時々は顔を出す様にしていたのである。
「まあ、良いさ。変わる者もあり、変わらぬ者もある。時が流れた事は、把握している・・・時間だけは、誰よりも残酷だからな」
「ふふ・・・私としては、お兄様が殆どお変わりになられないだけの時間経過で良かった、と時の流れには感謝しています」
「あはは・・・まあ、そう言う意味で言えば、たった少しで可愛くなった義妹に会えた事は、幸運か。確かに、時は残酷、というだけでも無いようだな。お情けは、心得ていたらしい」
クズハの言葉に、カイトが笑う。当たり前だが、親友のルクス達の死に目に会えなかったのは、時の流れが無情だったからだ。それは呪っても良い事だろう。
だが、同時にそのおかげで、普通は見れないはずのクズハやアウラが美しくなった姿が見られたのだ。確かに、無情なだけではなかった。と、そうしてそんな風に評されて、クズハが嬉しそうに笑う。
「まあ、お上手ですね・・・っと、お兄様。申し訳ありません。来客が」
「ああ、頼む」
「はい」
どうやらクズハも仕事の時間が近づいてきたようだ。使い魔から響いていた声が止まり、彼女の使い魔が普通の小鳥らしく振る舞い始める。
と、それとほぼ同時に、店からソラが出て来た。手にはメモがある所を見ると、買い出しなのだろう。買い揃えたと言っても、所詮それはデザイナーの意見で、だ。他に必要になる事もある。
時間が無い為、ランカは常に作業を行い、買い出し等動く事が必要な事にはソラ達先ほど護衛をしていた面子が協力する事になっていたのである。
「えっと・・・魔法銀に乗せる様の・・・魔導集積回路なんだこれ・・・トパーズの15番・・・? 魔法銀の19番・・・?」
メモを片手に、ソラが困惑の表情を浮かべる。見たことも聞いたこともなかった。そもそも彼は地球でもアクセサリー作りそのものを経験した事が無いし興味もなかったのだから、当然といえば当然だった。というわけで、ソラは引きつった顔で歩き始める。
「・・・と、とりあえず、南町の市場に行くか」
「っと、ちょい待ち」
「んぁ?」
響いてきたカイトの声に、ソラが立ち止まる。カイトとて何も意味なく声を掛けたわけではない。南町ではダメだからこそ、声を掛けたのだ。
「南町の市場じゃダメだ。道具屋筋へ行け」
「道具屋筋?」
聞いたことの無い単語に、ソラが首をかしげる。とりあえずいろんな店がある南町の市場に行けばあるのではないか、と思ったわけであるが、残念ながら南町の市場は一般向けの商品が多い。職人達が使う道具は揃っていないのであった。
「南町と東西の街の間に、道具屋筋があってな。東町の方向には色街に暮らす者達の為のアクセサリーや媚薬なんかの大人の色々な道具が売ってて、西町側には職人達が使う専門の素材が売ってるんだ」
「へー・・・」
今まであまり大通り以外の道を通って来なかったソラは、そんな物もあるのか、と少しだけ驚いた様な顔になる。可怪しいようにも思えるが、この街は大陸最大の都市だ。ここで生まれ育っても知らない所がある、という者は少なくない。
アル達だって全部を把握はしていない。油断をすれば時折迷う事があるらしい。全部を把握しているのは、それこそクズハやユハラ等街の創設に関わって、なおかつ今の上層部に居る者達ぐらいだろう。それでも、何処まで把握していることやら、という所だった。
「で、流石に魔導集積回路は南町には売ってない。これは道具屋筋に行くべきだろうな」
「そういや・・・なんなんだ、これ?」
「ああ、これと他の魔道具を繋いで特定の状況で特定の反応をさせる為の魔道具、という所か。最近になって出て来た物らしい・・・まあ、パソコンの集積回路と同じ、と思っとけ」
「そっちも原理とかわかんねー」
「あはは・・・まあ、とりあえず、店で店員にでも魔導集積回路くださいと聞けば、通じるだろう」
「そっか。サンキュ! じゃあ、行ってくる!」
「ああ、気を付けてな」
カイトのアドバイスをもらったソラは、少し足早に笑顔でその場を後にする。この街は大きい。緊急時ならば屋根の上を走れるが、そうでなければ、少し急ぎ足にならなければ時間がかかるのであった。
「ふぅ・・・後は、あいつらに任せるか」
ソラが走り去ったのを見て、カイトは再び近くの看板の上に使い魔を乗せる。少し前には魅衣が少し急ぎ気味に店で動く全員が食べる為の食料を買い物に行っていたし、桜達にしても買い出しだなんだと忙しなく動いている。とは言え、流石に単なる買い物に何か危険があるわけでもない。
なのでカイトはとりあえず問題が無い事を見届けると、使い魔とのリンクを切断する。そうして、カイトは目の前で不満気な少女に対して、苦笑した。
「不満そうだな?」
『そうじゃのう・・・吾の事を無情、と言い放った主様には、少々文句を言いたい所じゃなぁ』
「無情だろ? 時の流れは常に進むだけ・・・お前の力を借りなければな」
カイトは不満気な少女に対して、笑う。だが、ここで一つ、おかしな事があった。それは、少女が一緒に居るというのに、誰も気付いていない事だった。
少女は年齢としては童女と呼んで良い年齢だ。が、童女の容姿とは異なってその雰囲気にはアンバランスな妖艶さがあり、声は愛らしい童女の様に澄んでいるにも関わらず、口調は何処か偉そうな老女のそれに近かった。
更に服装は黒の着物をはだけさせていた。着物の柄はシンプルな装いに反して豪奢な金の木々に時計の針の付いた少し変わった絵柄である。
顔立ちはもはや神々さえありえぬ程の可愛らしい顔であるが、やはりそこには妖艶な雰囲気が浮かんでいた。総じて、何処か矛盾した存在だった。幼いのに、老いている。そんな感じで矛盾していた。
「どうしたんですか、先輩?」
「ん?」
「急に笑って・・・」
童女の姿は、カイト以外には見えていない。気ままに飛び回るユリィだって、誰よりも鋭敏な感覚を持つ旭姫にだって、見えていない。だからこそ、暦は急に苦笑を浮かべたカイトに問いかける。
「大精霊達が色々と喚いているだけだ」
「はぁ・・・」
『間違いでは無いのう・・・姿を現して良いか?』
「おいおい・・・時の大精霊が、安易に顕現するなよ」
カイトは笑みを深める。彼女こそが、ティナ達が答えに辿り着いてなお未だに存在の確証を得られていない大精霊。つまりは、時の大精霊だった。彼女は何時でも何処ででも顕現出来る。魔力の濃度などは一切関係がない。なにせ時があるかぎり、それは彼女の影響下にある事と同義だからだ。
そして、時はなくならない。地球やエネフィアを問わず、どこの世界でも、時は流れる。彼女は世界を越えてでも、変わらない存在だった。
『ふぅむ・・・まあ、良い・・・あまり吾の事を悪しざまに言うと、我が儘を聞かぬぞ?』
「あはは・・・悪いって、時乃。拗ねないでくれ」
時の大精霊こと時乃の言葉に、カイトは苦笑気味に謝罪する。実は今、カイトは一つの我が儘を、彼女に聞いてもらっていた。それは時に関する事で、彼女にしか頼めない事だった。本来ならば無理なお願いだ。が、やはりカイトだから、という事で聞き届けてもらえていたのである。
「まあ、それに・・・粋なことはしてくれてるじゃん」
『吾のやった事では無いがのう・・・』
彼女は通常、何かをすることはない。時の運行を司る事は司っているが、それにしたって何かをやるわけではない。時が無茶苦茶になればそれを修繕する、という所だ。他にも何処かの馬鹿が安易に時を巻き戻そうとした時などには顕現して、それを強引に修正したりもする。
『まあ、良いわ。あまり吾の事を悪しざまに言うではないぞ? 吾が聞いておらんでも、あれは聞いておる』
「はいはい」
消え去る直前の時乃の言葉に、カイトが笑う。実は一般に隠されている大精霊は、時乃だけではない。他にも3人存在していた。大精霊の総数は一般に伝わる8人ではなく、彼女ら4人を加えた12人だったのである。
今は時乃以外には顔を出していないが、彼女らは全員シルフィ達8属性の大精霊達よりも上位に位置する大精霊だった。それ故、その権能も桁違いだった。そうして、カイトは顔に獰猛な笑顔を浮かべる。お仕事の時間だった。
「さて・・・じゃあ、せっかく顔を出してくれた事だし・・・チート、行っとくか」
姿を現した巨大な魔物に、カイトが刀を構える。それはランクAの魔物だ。妖精達が戦う用意をしていたが、その前にカイトが行動に移る。少しだけ暴れたい気分だった。
「<<時よ>>」
カイトの求めに応じて、彼の右手の指輪に時計の意匠が浮かび上がる。そうして、それがゆるやかになっていくに従って、カイトの周囲の動きも一気に緩やかになっていく。
「<<時の舞踏>>」
緩やかな流れの中。カイトは普通に動く。いや、それだけではなく、周囲が緩やかになっていくにしたがって、カイトの時が加速していたのである。時の流れの加速は相対的に100倍程度だろう。
時の大精霊の力を使って世界の時を緩やかにしたと同時に、カイトの時だけを加速させたのである。停止させたり巻き戻さない限りは、別に大した事とは世界も考えていない。
そして世界そのものの時を遅くされては、大抵の者は対処が出来ない。カイトがチートと言ったのも頷ける。彼にしたって卑怯すぎて滅多な事では使わない秘中の秘だった。
「時の牢獄の中で、裁かれよ」
自分だけが自由に動ける世界の中でカイトは巨大な魔物の全周囲を駆け抜けながら、斬撃を連続させる。誰ひとりとして、何が起きているか見えていない。
ただでさえ馬鹿げた速度であるカイトの速度が更に100倍になっているのだ。見えるはずがない。そうして細切れになっていく魔物は、しかしゆっくりな時の流れの中ではまだ崩れる事はなかった。
「終わりだ」
カイトは最後に真正面に回りこむと、腰だめに刀を構えて、居合い斬りを放つ。それで、終わりだった。それと同時に時の流れが正常に戻る。
「きゃあ!?」
いきなり起こった閃光に、暦達の悲鳴が上がる。あまりに速過ぎる斬撃が連続していた為、もはや閃光としてしか認識出来なかったのだ。
「一体何が・・・」
そして認識出来なかったのは、暦達だけではない。妖精達も同じだった。唯一、何かをしたのだろう、と認識出来たのは、旭姫とユリィだけだ。というわけで、旭姫は呆れ、ユリィが首を傾げる。
「はぁ・・・」
「何があったの?」
「ちょーっと楽しいこと。たまにゃ、暴れるのも悪く無い」
ユリィに対して、カイトが笑う。これが、カイトの切り札の一つ。誰も逃れられない時の中で放つ超速の斬撃だった。そうして、アクセサリー作りに精を出すマクスウェルの傍ら、こちらでは修行が続く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。遂に大精霊の総数が発覚。でも名前はまだ。
次回予告:第662話『神が葬られし森へと』




