第655話 素材集め
クリストフとのやり取りの後。エルド達はこれで用事は終わりだ、という事で帰っていった。そうして、エルド達が去った後、何処か緊張感に包まれていた執務室の雰囲気が弛緩した。
「ふぅ・・・」
『お疲れ・・・ということで、試験は決まったわけだが・・・エリス。これからどうするつもりだ?』
「ん・・・」
カイトの言葉を受けて、エリスが少しだけ、思慮を始める。まずは何をすべきか。それを考える必要があった。
「・・・一つ、考えている事がある」
『ほう?』
「カイトさんの依頼はまた先で良かったから、腕が身に付くまで後回しにしておくつもりだったけど・・・」
エリスはそういうや、懐に仕舞っておいたネタ帳を取り出す。何時良いデザインやアイデアが思い浮かぶかわからない為、常日頃から持ち合わせていた物だ。
「ええと・・・あ、あった。神殿都市の衛星都市に行く必要がある」
『ん?』
「衛星都市にある記録書庫。そこに行きたい。そこには昔の世界樹の記録があるから・・・」
エリスが該当するページを見ながら、一同に告げる。神殿都市は大精霊達の資料を取り扱う傍ら、彼女らが関わる資料についても積極的に収集している。これは神殿の業務として、なんら不思議がある事ではない。というわけで、大精霊達については神殿都市で収集しているわけなのだが、それと関わりがあるも少々本筋から離れる部分については、衛生都市の方で取り扱っているのであった。
「それで、そこまでの護衛を依頼したい」
『ふむ・・・桜、頼めるか?』
「あ、はい。わかりました」
『他には?』
「素材が要る」
カイトから問われたエリスは、当然といえば当然の事を告げる。物を作るには、素材が必要だ。とは言え、それを見繕うには、良い場所に行く事になっていた。
『それなら問題無いだろう』
「うん・・・ただ単に、予算の都合だけ」
『デザインのコンセプトを教えてくれ』
今回、テストはカイトの品を作る事にしている。当たり前だが彼女らの仕事の大半は依頼を受けて、品を作るのが基本だ。なので依頼人から、どういう物を作ろうとしているのか、と聞かれる事が無いはずがなかった。
「一応、今のアイデアだけど・・・こういう風になってる」
『ふむ・・・』
大急ぎでお店から持って来ていたデザイン案を、カイトへと提示する。それは木を中心として緑色を基本としたデザインだった。奇を衒う事はなく、シンプルなデザインだ。が、カイト好みであるといえば、カイト好みであるだろう。
そうして、暫くの間。カイトはエリスから幾つかの解説を受ける。本来ならば自らで読み解きたい所であるが、今回は事情も事情だ。仕方がないので解説を受けた、という事だった。
「と言うデザイン」
『ん・・・まあ、コンセプトとしては、納得が出来るな。それで良いだろう。まあ、後は頑張れ。こっちはそろそろ戦いのお時間だ』
「うん」
カイトの後ろで少し慌ただしく動く気配があり、それに気付いたカイトも少々急ぎ気味に会話を終了させる。魔物の気配が近かったらしい。
今までは鹵獲した竜の上で通話をしていたわけなのだが、流石に戦闘中までそんな事はしていられない。そうして、カイトからの通信が切れた後、エリス達も動き始める事にする。
「それで、何処に行くんですか?」
「神殿都市の衛星都市。ここから竜車で飛ばして2日の場所。そこに、世界樹に関連する知識を収めた小さな図書館があるの」
「図書館?」
「神殿都市はそもそも全体的に知識を集めた学術都市の意味合いも深い。マクスウェルが皇国第一の経済都市であるように、神殿都市は皇国第一の文化都市。この二つが、マクダウェル領の双輪」
神殿都市に訪れた事の無い二人に対して、エリスが改めて二つの概要を語る。行く理由が無かったのは単純に縁がなかったからだ。
まあ、あそこには8大ギルドの一つである<<暁>>とユニオン・マスターの持つギルドの支部が存在しているのだ。こちらにまで依頼が回ってくる事は稀だろう。誰だって依頼出来るのなら実績も実力も確かな大規模ギルドに依頼したい。
「竜車については手配出来るから、そっちで。とりあえず、急げるだけ急ぎたい」
曲がりなりにも彼女はクズハの遠縁だ。なのでそれなりに伝手は持ち合わせている。何時もはあまりおおっぴらに使いたくはない伝手だったのだが、こういう場合では使わないといけない。というわけで、それを使うつもりだった。
「じゃあ、こちらも用意を急ぎますね。出発は何時頃で?」
「出来るだけ早く・・・竜車の用意が出来次第」
「わかりました・・・じゃあ、とりあえず昼過ぎで良いですか? こちらもそちらもそれぐらいにならないと用意は出来ないと思いますから・・・」
「うん」
桜の提案を受けて、エリスが頷く。どちらにせよエリスとて今すぐといって今すぐに出られるわけではない。お店の事もあるし、幾ら強権を発動した所で、それでもスルー出来ない手続きは幾つか存在している。しなければならない事は山程あった。そうして、一同は大慌てで用意を始める事になるのだった。
少し慌て気味に自らの用意を整えた後、エリスはクズハの所に足を運んでいた。強権を発動、とは言ったものの、実際にはクズハに嘆願して幾つかの書類に判を押してもらう事だった。
「わかりました・・・にしても、エリスも大変ですね」
「クズハ程じゃないわ」
執務室に通された後、幾つか必要な書類に直筆のサインと必要な判を押してもらう間、エリスはクズハと雑談を行っていた。ここらはすでにカイトから指示が飛んでいたので、最優先で処理が為されていた。
ちなみに、年齢としては僅かにクズハが年上だが、実際に300歳も遠に過ぎればそんなたかだか一二歳の差なぞあって無きの如くだった。なので二人は種族も一緒、同じく一族の風習に辟易気味である事から、このように会えば雑談に興じる事が多かった。一応対外的にエリスはクズハの事を様付けしているが、それも二人だけになると、事情が変わるのであった。
「はぁ・・・それを言われると、痛いのですけれど・・・」
「本来は女王様、だもん」
「はぁ・・・本来は、と言ってくれるのが嬉しいですね・・・」
改めて指摘された事実に、クズハがため息を吐いた。頭の痛い事にマクダウェルをここまで大きくしたのは彼女の辣腕の結果、と言って良いだろう。図らずも彼女は自らの適性が治世にある、と証明してしまっていたのである。カイトの為、という前提条件があったのだが、それでも才能が無ければ皇国第一の都市と言われる程に大きくは出来ない。
ということで適性は誰が考えても政治家にあり、血筋としても本来は彼女が王位を継承すべきなのだ。ハイ・エルフの風習と彼らの習わし等を考慮すれば、クズハは女王に即位して然るべき、なのであった。
というよりも、実は公式には王位を継いでいる。それ故のクズハの台詞、なのである。こればかりは致し方がない。王位継承権の第一位が彼女にあり、そしてクズハの父母はすでに死去している。その時点で彼女が女王だ。今は年齢が年齢なので叔父が代行している、という状況だった。
「うぅ・・・私も身分を捨てたい・・・」
「分かる・・・」
二人とも揃ってため息を吐いた。ここら、マクダウェル領のエルフ達が種族の性質を持ち合わせていないのは彼女らの影響も大きかった。と、そうして雑談をしていたのだが、会話が途切れた所で、ふと、クズハが思い出した。
「はぁ・・・あ、そうだ・・・えっと・・・フィーネ。ティーネを呼んでください。確かエルドが来るから、と呼んでましたよね?」
「ええ・・・では、少々呼んでまいります」
クズハの横で給仕をしていたフィーネが、腰を折って退出する。一応曲がりなりにもティーネはエルフの里の族長の娘の一人だ。それもここ最近は冒険部への救援も近場だけだったのでマクダウェルに居たので、急遽挨拶に呼び出した、というわけであった。
「ティーネちゃん?」
「ええ・・・一応はハーミティア家のご令嬢、ですからね。対外的にも公爵家から護衛を一人は送っておかないと・・・」
「ありがとう」
クズハから意図の説明を受けて、エリスが頭を下げる。一応、道中は比較的安全な道だし、馬車を引くのは地竜だ。問題は起きないはずだが、それでもこうしてすでに状況を聞き及んでいるのに名家の令嬢に対して冒険者だけでは対外的に具合が悪いのであった。
ちなみに、見た目からティーネの方が年上に見られるが、実際にはクズハやエリスの方が遥かに年上だ。ここらは微妙とは言えども種族の差だ。エルフは少女期まで人間と同じ様に一気に成長してそこからが長いのに対して、ハイ・エルフは緩やかに成長を遂げていくのであった。と、そういうわけで、少しするとティーネがクズハの執務室にやって来た。
「あ・・・お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
まあ、そういう事情があるので、基本的にはティーネはエリスに対しては丁寧な言葉遣いだ。エルフの上位種であるハイ・エルフだから、と言うのではなく、ただ単に幼子の頃からの癖が抜けきっていないのであった。一方、エリスは当然幼少期から見知っているので、ちゃん付けタメ口だった。
「と、言うわけです。お願い出来ますね?」
「はい、かしこまりました」
「お願い」
クズハとエリスから事情を説明されて、ティーネがそれを快諾する。当然といえば当然なのだが、ティーネもエリスがマクスウェルで細工屋をやっている事は知っていた。なのでそれを知る者として、協力を買って出た、というわけであった。そうして、エリスはティーネの用意が整うのを待って、再び冒険部に向かう事にするのだった。
一方、冒険部では誰が行くか、という所で一悶着起きていた。
「じゃあ、ソラさんが行かれるのですわね?」
「ん」
瑞樹の問いかけを受けて、由利が頷く。ソラは用意に忙しく、この場には来れなかったのであった。というわけで、由利が代わりに、というわけである。
「今ちょっと、ソラスランプ気味だからー」
「・・・そうですわね。まあ、気晴らし、という面があるのでしょうね」
少し苦笑した由利の言葉を聞いて、瑞樹も今のソラの現状を思い出す。今のソラは表向きは何時も通りだが、何処か悩んでいる風が親しい者達には見えた。
とは言え、仕方がなくはある。なにせソラにとっては人生初の経験だ。まだまだ悩んで、そして答えを出さねばならない事は山程あったのであった。
「で、由利さんは残られるのですわね?」
「うんー・・・ちょっとナナミと話し合いたいから、さ」
由利は口調をしっかりとした物に変えると、ソラとは同行しない事を明言する。とは言え、今回は流石に近場だし危険性は無い。そして料理等にしても出来る者達が同行する。一緒で無くても問題は無かった。
「あ、別に喧嘩を売る、とかじゃないよー?」
「わかってますわ」
先とは一転のんびりとした口調で苦笑ながらに告げられた言葉に、瑞樹も苦笑ながらに同意する。今の由利からは、そんな痴話げんかになりそうな雰囲気は無かった。それは何度も痴話喧嘩に似た状況を経験している瑞樹だからこそ、わかったことだった。
どうやら由利の方はソラとは違い、落ち着いた事で早々に何か自分なりの答えに辿り着く事が出来たらしい。何処か穏やかな表情がそこにはあった。
と、そうして話していると噂をすれば影が差す、とばかりにソラがやって来た。が、武器を持っていない所を見ると、鍛冶場に向かう途中に偶然に二人を見つけて、という所だろう。
「悪い悪い・・・ん? なんか問題あったか?」
「ああ、そういうことではありませんわ」
「そっか・・・っと、わり。じゃあ、武器取って来るな」
「ん、いってらっしゃいー・・・って、ソラー。防具の留め具、一つ付け間違えてるよー」
改めて事情を説明するよりも用意を整える方が先、とソラが足早にそこを後にしようとして、由利から指摘を受けて慌てて留め具をしっかりと付け直す。
「細かな所に、ミスがありますわね」
「ん・・・」
やはり精神的に少し負担になっているのだろう。他にも何時もなら誰かの手伝いで遅れるならまだしも誰かに連絡を頼む事は滅多に無いのだが、今回の様に自分の準備に手間取って誰かに連絡を頼んで、という事は割りと起きていた。
「ん、とりあえず、お願いねー?」
「わかりましたわ。自らでやる、と言っておきながらカイトさんからも頼まれておりますもの」
「ふふ・・・うん、じゃあ、いってらっしゃいー」
瑞樹の言葉に由利が笑うと、これ以上引き止めるのもなんか、と送り出す事にする。そうして、ソラを新たにメンバーに加えた一同は、一路神殿都市の衛星都市の一つを目指して、出発する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。ソラ、数年ぶりにまたうじうじと悩んでます。
次回予告:第656話『悩み』




