第652話 その頃の冒険部
昨日で断章は終わりましたので、今日からは一日一話です。
カイト達が修行の旅に出た後の冒険部。当然だが、こちらでも依頼とは別に訓練を積んでいたわけだが、剣道部や刀使いの一部の生徒達の様に主力として活動する事は考えていない。なので、自主練習の傍ら、いつもどおりの営業を行っていた。
「あれ? ティナちゃんは?」
「あ、確か研究所に行って、武器の調整をしてくる、って言ってました」
執務室に顔を出した魅衣が、何時もならば居るはずのティナが居なくて首を傾げる。が、どうやら桜の言葉によると、公爵家の仕事に行ったらしい。
「ああ、そういうこと・・・お仕事?」
「らしいです。どうやら何かの作業が大詰めを迎えているらしく、との事ですね」
魅衣の問いかけに、更に桜は続けて明言する。良くはわからないが、何かの仕事だ、とは言っていた。なのでそういうことなのだろう、と思っていた。
「で、魅衣さんの方は?」
「私? ああ、外での活動が終わったから、とりあえず帰って来ただけ。一日掛かる、って言われてたけど、実際は3時間ぐらいで終わっちゃった」
自分の椅子に腰掛けた魅衣が、少しだけ疲れを見せる。一緒にカナンも出ていたわけなのだが、彼女は自室に戻って持って行った道具を置いていた。魅衣は先に後片付け出来たので、という所だった。
「やっぱり忙しいのかな?」
「だと思います・・・」
二人の話題は再度、ティナに移る。彼女が忙しいのは冒険部を更に自由に活動させる為だ、とは聞き及んでいた。それ故、二人の声には少しだけ申し訳無さが滲んでいた。
が、そう言っても二人に何か出来るわけではない。なにせ二人には手を出せない領域だ。居た所で邪魔にしかならない。人にはその人の立場や役職がある。手助けして良い事と、悪い事があった。そしてこれは、悪い方の事だった。それを、彼女らは理解していた。
そうして、暫くの間二人は更に後から来たカナン――魅衣とティナ、由利と最も仲が良い為、執務室によく居る――らと執務室で訓練傍ら待機することにするのだった。
魅衣が来てから、数時間。お昼すぎの事だ。その頃になり、来客があった。
「みなさーん! お客様でーす!」
今日も今日とて元気なシロエが、壁を突き抜けて執務室に現れた。どうやら来訪者らしい。
「依頼人ですか?」
「はい!・・・あ」
元気よく答えたシロエだったが、執務室を見渡して、しまった、という顔をする。どうやらなんらかの手違いが起きてしまったらしい。
「そ、そういえば・・・マスターって・・・」
「はぁ・・・カイトくんでしたら、来週までは帰ってこれませんけど・・・」
「やっちゃった!」
引きつった顔で桜に問いかけたシロエだが、どうやらカイト目当ての依頼人だったらしい。すっかり忘れていたようだ。とは言え、折角来てくれたのだ。それに、カイト以外でも受けられる可能性は無きにしもかなである。なので桜は来てもらう事にする。
「あ、もしかしたら可能かもしれませんから、来ていただいて一度相談、でも大丈夫ですが・・・それに、カイトくんの場合は通信機を持ち合わせていますから、場合によっては相談も可能ですが・・・」
「んー・・・そうですね。じゃあ、お連れします」
シロエも少し悩む素振りを見せると、それで良いか、と判断して一度依頼人と相談に向かう事にする。そうして、待つこと10分弱。シロエが再び帰って来た。
「一度話したい、だそうですけど、どうします?」
「あ、でしたらすぐに用意しますね」
「はい! じゃあ、お連れしまーす」
桜が立ち上がって接客の用意を始めると同時に、シロエが再び壁を突き抜ける。と、そうしてそれを見ていたカナンが、少し苦笑していた事に、魅衣が気付いた。
「どうしたの?」
「便利だなーって・・・」
「やってみたいの?」
「まだ死にたくないからヤダ」
魅衣の問いかけに、カナンは笑いながら拒絶する。壁を突き抜けられれば移動に便利ではあるが、その為には便宜上肉体を捨てなければならないのだ。嫌だったらしい。
ちなみに、シロエは別段死んでいるわけでは無いので、そこの所は要注意だ。最近入ってきた者達はよく勘違いしている。天桜の生徒達も勘違いしている者も居るので、仕方がないのだろう。そうして暫くの間そんな雑談をしていると、シロエが依頼人を連れて戻ってきた。
「お連れしましたー!」
「お邪魔します」
ぺこり、と金色の髪を持つ可愛らしい美少女が、頭を下げる。耳は尖っていて、まさに人間離れした容姿だった。そんな少女だが、一同の中の一部は、彼女と面識があった。
「エリスちゃん?」
「お久しぶりです」
ぺこり、とエリスが頭を下げる。どうやら依頼人はクズハの遠縁でマクスウェルでハーフリングの少女と共に細工屋を営んでいるハイ・エルフの少女・エリスだったようだ。
彼女はカイトの事を知っているし、来歴からこの街で最もカイトに懐いている少女の一人だ。なので、カイトに頼ろう、と考えたのも不思議では無かった。
「えっと・・・カイトくんがまた何か注文でもしてたんですか?」
桜の問いかけに、エリスがふるふると首を振る。どうやらそういうわけではないらしい。
「えっと・・・できれば一度お話ができれば・・・」
「あ、分かりました」
カイトの知り合いの少女だ。なので桜は自分の手持ちのスマホ型魔道具を操作して、執務室に常備されている通信用の魔道具を起動させる。そうして連絡するのは当然、カイトだ。
『はい、こちらカイト。何か用事か?』
「あ、カイトくん。エリスちゃんが来られています」
『ん? どうした? 何か用事か?』
画面に入り込んだエリスを見て、カイトが柔和な笑みで問いかける。彼にとっては300年前から変わらぬ少女だ。なので邪険に扱う事は無いし、時折街に散策に出た際にはなるべく立ち寄るようにもしていた。
「えっと・・・その・・・助けて欲しくて・・・」
『助け? 何だ? 出来る事なら、喜んでな』
「あの実は・・・実家が・・・それで今、クズハ様の所に・・・」
『・・・実家って確か・・・エルール家だよな?』
カイトの問いかけに、エリスがこくん、と頷く。長い名前なのでカイトとしてはクズハであっても最後まで覚えるつもりは皆無なのだが、最低でも家名だけは覚えている。
と、そんな二人のやり取りを見てカナンがふと、疑問を抱いた。流石に魔道具が話を聞こえないように結界を展開しているので話は聞こえないが、エリスの顔は朱に染まっていたのである。
「で、なんであの子あんなに真っ赤なの?」
「ああ、どうにも結構前に会ったことあったらしいのよね。で、初恋の人なんだって」
「・・・なんというか、マスターも色々と色々だよねー」
「それだけは、認めるわ・・・」
カナンの質問に答えた魅衣が、そのままため息を吐いた。これにだけは同意しか出来ない。しかもこの一件は魅衣達が出会うよりも遥かに前に起きていた出来事だ。もうどうしようもなかった。と、そんな会話の傍らもカイトとエリスの会話は続いていた。
『はぁ・・・・あいつら来てるのか・・・そりゃ、厄介な・・・』
映像の中のカイトが、ぼりぼりと頭を掻く。彼にとってハイ・エルフからの使者は嫌になる話だった。なにせ無碍には出来ない。
本来ならば女王となるはずのクズハの事があるし、更には彼らの種族が高位だ、という所が何よりも大きい。更におまけはクズハやシルフィの縁から街の立ち上げ時にはかなり尽力してくれており、どうあがいても無碍には出来ないのであった。
『で? あいつらがなんて?』
「多分、帰って来いだと思う」
カイトの問いかけを受けて、エリスが答える。そもそも彼女は閉鎖的な実家を厭って、家出に近いレベルで自分で勝手に出て来たに等しい。そうなるのは至極当然だろう。が、ここに来たということは、帰るつもりはない、ということだった。
『面倒だな・・・えっと・・・』
とりあえずカイトはこのままでは何も始まらない、と通信機を操作し始める。まずは敵の情報を得る事から、はじめなければならないだろう。
『はいはい。こちらユハラです』
『あー・・・お前が出るってことは・・・』
『ありゃ。お分かりですか?』
『当然な』
通常、カイトからの連絡はフィーネに回る事になっている。それが一番確実だし、何より彼女の場合は雑談が滅多に無いからだ。寄り道脇道移動脱線しまくるカイトを知る従者勢としては、何より有り難かったのであった。
そしてそんな彼女が出ないのであれば、それは仕事中に他ならなかった。であれば、現状で彼女が出れない様な仕事となると、この一件しか考えられなかったのである。
『で、誰が来てるの?』
『エルドヴィッヒのお坊ちゃんと、片方は知らないお嬢さんですねー。どっか遠縁じゃないですかねー。それと、護衛の皆さんが沢山・・・』
『エルドのボンボンが来てるのか・・・』
出された名前に、カイトはため息を吐いた。面倒だったので帰還は知らせただけで会いに行った事は無いのだが、ユハラの言い方ならば変わっていない事が見えたのである。
『クズハ、頭に青筋浮かんでないか? あいつら相性最悪だろ?』
『多分、浮かんでるんじゃないですかねー。あの子、なにげに沸点低いですからねー』
『はぁ・・・爆発しないかなー・・・まあ、それは良いわ。で、要件はやっぱエリス?』
『いえっさー』
ニコニコ笑顔でユハラがカイトの言葉を認める。どうやらやはり案の定、だったようだ。クズハは王族。それも本来ならば女王位にある人物だ。そしてエリスの居る街の暫定的な統治者でもある。名目はまだ若い彼女が統治の勉強の為、この街に居る事になっている。
なのでもしそこで彼らが人攫い紛いの事をしてしまえば、彼女の面子は多いに損なわれる。それは即ち、現王家の面子が大いに損なわれる事に他ならない。なので先にクズハに挨拶を、というのは至極普通な事だった。
『帰らせるので~、とかなんとか言ってるらしいですねー』
『で、クズハが当人に決めさせろ、で押し問答、と』
『よくお分かりです』
目に見えていた光景に、ユハラが笑う。クズハはハイ・エルフの風習は何処吹く風だ。なので実家から言われようとなんだろうと気にしない。だからこそ、旧態依然としたハイ・エルフ達とは揉めに揉めるのであった。
『で、その当人様は・・・』
「帰らない」
『ということだそうです』
『ですよねー』
帰りたくないではなく帰らないという意思を滲ませたエリスに、ユハラが当然だろうな、と笑う。そもそも魔女達と同程度に引きこもっている上にそれを何ら疑問に思わないハイ・エルフの里から家出するのだ。根本的に里の風潮とは合っていないだろう。
しかもハイ・エルフ達の里は魔女達以上に排他的で時の流れが遅い。変化を望むクズハやエリス達の様なエルフにとっては最も嫌な街、なのであった。
『まあ、それわかってるから、クズハちゃんもやってくれてるんですよねー』
「ごめんなさい・・・」
『気にしないでくださいよー。どうせ全部御主人様が悪いんで』
『うぉい』
全責任をまるなげされて、カイトがツッコミを入れる。が、否定は出来ない。そもそもクズハを引き取ったのはカイトだし、エリスが出奔する原因も彼だ。
『何か文句があるのなら、ぜひとも論理的にご説明をおねがいしますね?』
『・・・すいません。オレの責任でした』
『分かれば良いんですよう・・・で、どうしましょっか? またシルフィ様に頼んじゃいます?』
『そりゃぁ拙いだろ・・・どうすっかな・・・』
ユハラの提案を切ってしてたカイトは、どうすべきかを暫く悩む事にする。とりあえず、彼は戻れない。なのでシルフィに頼む案は却下だ。それにあまり多用しては大精霊の有り難みが失われる。下策だった。
『うーん・・・とりあえず、奴らの話を聞かない事には翻意も何もないか』
『でしょうねー。とりあえず、こっち終わったらそっち向かうと思いますけど』
『ぶっちゃけ、大揉め確定だろうなー・・・わかった。あのボンボンにゃ、エリスは今冒険部のギルドホームに居る事を教えてやってくれ。理由なんぞなんでも良いだろ。オレ達は顧客だから、その相談、とでも言っておけば良い』
カイトの言うことは事実、だった。第二回トーナメント以降も何度か彼女らにはアクセサリーの製作を頼んでいる。今も現に弥生が趣味と実益を兼ねて、何度か協力を依頼していた。その相談、と言えばなんら不思議は無いだろう。
「ありがとうございます」
『良いって。お前らが風穴開けてくれりゃ、それだけオレがやりやすい』
頭を下げたエリスに対して、カイトが笑いながら謙遜を示す。そうして、呼ぶなら呼ぶで、人員を集める必要があった。
『椿はこっちだから・・・えっと、設定変更で・・・シロエー! お茶出し頼むなー!』
「はーい!」
『それで、っと・・・桜。悪いが応対はお前に任せる。あいつらむちゃくちゃ家の格とか気にすんだよ・・・ということで、できれば瑞樹と魅衣以外は部屋の隅っこ待機で。桜はオレの主家といえば、如何に奴らでも無碍には出来ん』
「あ、はい。わかりました」
カイトの呆れ混じりの言葉を聞いて、桜が頷く。大抵の場合は桜が応対にあたる事になっていたので、問題はない。ということで、急遽冒険部はハイ・エルフからの客人を迎え入れる為、慌ただしく行動を始める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。ようやく、クズハの故郷のお話です。
次回予告:第653話『ハイ・エルフ』




