第645話 レミィのお悩み相談 ――開幕――
修行が始まったとある日の昼。暦は森の木々の上でしくしくと涙を流していた。ガチ泣きでは無いし泣き喚く、という事でも無い。本当にしくしく、というのが正しい泣き方だった。が、これが尚更心が痛むのであった。
「うぅ・・・」
「あー・・・ごめんね?」
流石にこれはやり過ぎた、とレミィが暦に謝罪する。ちなみに、妖精たちはカイトの命令によって八人――レミィ・ユリィ・ジョシュアに加えて、暦担当の5人――揃って全員正座させられていた。
「だからやめろ、つったんだよ・・・年頃の少女なんだから、そこら気を遣ってやれ」
やれやれ、と言う顔でカイトが苦言を呈する。ちなみに、カイトはそう言うが、原因の極一部――と言っても流石に不可抗力だが――は彼にもある。
流石にあれは恥ずかしいだろう、とカイトが途中で止めていたのだが、それが少々いけなかった。カイトに見られていた事に気づいて、羞恥心が一気に爆発してしまったのである。
「はぁ・・・暦、とりあえず泣き止んでくれ」
適度に説教を終えたカイトは、少し申し訳無さそうに暦に申し出る。流石に偶然だし彼にとっては眼福ではあったのだが、これは罪悪感があった。と、そんなカイトに対して、無遠慮な一言を吐いた者が居た。
「別にさー。そんなスカート履いてるんだから、見られても良い、って事じゃないの?」
「・・・あ?」
ジョシュアの放った一言に、カイト以下レミィやユリィ達が一斉に彼を睨みつける。流石にこれは無遠慮も過ぎた。が、これは何もなんの考えも無しに放った一言では無かった。ある種、それは正解でもあったのだ。
「いやさ。だって、冒険者でスカート履くってさ。そもそもパンツ見られる前提でしょ?」
「うっ・・・そ、それは・・・」
流石のカイト達だが、今の一言には思わず何も返せない。というよりも、ジャンプだなんだと動きまわる冒険者なのにスカートを履いているのだ。見られても仕方がない。というよりも、彼の言う通り見られる事が前提だ。そして更にジョシュアが畳み掛ける。
「だってそもそも、冒険者がスカートを履く理由って暗器の為、でしょ? パンツ見られても身を守る方を取った、って少し好印象だったんだけどなー。持ってないから拍子抜けしちゃった」
「・・・え?」
ジョシュアの少し呆れを含んだ一言に、暦が思わず泣き止んで目を瞬かせる。あえて言うがデザインが可愛いから、の一言で済ませられて彼女にそんなつもりは一切なかったのだが、ジョシュアはさもそれが当然、と言わんばかりだった。というわけで、彼女は涙目のまま、カイトに解説を求めてきた。
「・・・」
「わ、わかった。説明するからとりあえず涙拭いてくれ・・・」
「あ・・・ありがとうございます」
暦はどうやら今の一幕で偶然にも少しの気分転換にはなってくれたらしい。泣き止んでカイトから受け取ったハンカチで涙を拭う。
「はぁ・・・で、まあ、ジョシュアの言った事は事実だ。実はこいつらが少しやり過ぎたのも、そこらに原因があってな・・・」
涙を拭いとりあえず落ち着いてくれた暦に対して、カイトは少しため息混じりに解説を開始する。当たり前といえば当たり前だが、妖精達とて普通は泣くまではいたずらやちょっかいを出す事は無い。
大丈夫だ、と総合的に判断して、ちょっかいを出す事にしている。何時もならその微妙なラインを見極めていたのだが、今回はその微妙なラインの見極めに失敗していたのであった。
「えっと・・・ステラって知ってるか?」
「あ・・・はい。何度かお会いしたことが・・・どんな方だったっけ・・・あの美人なダークエルフの人、でしたよね?」
「あー・・・その様子だと、服装とか覚えてない?」
「あ・・・ごめんなさい・・・」
カイトからの問いかけに、暦がしゅん、とうなだれる。彼女は暗殺者で護衛者だ。説明するならば彼女を例に上げるのが最適なのだが、その役職故滅多に姿を見せないのが、ここでは災いしたらしい。顔立ちは覚えられていても、服装までは覚えられていなかった。
「あいつなら深いスリット入った服でわかりやすいんだが・・・ユハラはそうでもないしな・・・」
カイトはどう説明したものか、と少しだけ考える。残念ながらユハラもステラも次の調査隊の主力に入っているので、今まで片手間だった鍛錬を少々本格的にやらせていた。なのでこちらには居ないのである。
実は旭姫がこちらに来ていないのも、密かに後で合流した彼女らの手ほどきをしていたからだった。そうして、カイトは仕方がないので、自らがわかりやすく見せてやる事にした。
「仕方がないか。あんまやりたくないんだが・・・この場合は、オレも責任取るか・・・」
「・・・ほへ?」
意を決したカイトのつぶやきの後。暦の間の抜けた声が、場に響いた。そうして暫くの間、彼女はただただ目を瞬かせる事しか、出来なかった。
「わかったか?」
「・・・」
「・・・おーい」
「カイトー・・・今のは固まるって」
完全に硬直した暦の目の前で手を振ったカイトだが、そんなカイトにユリィが苦笑気味に告げる。と、そうしてその後すぐに、暦が再起動して、絶叫を上げる。
「せ、先輩が・・・女になったぁああああ!? そして戻ったぁあああ!?」
まるで特大の雷の様な大音は、周囲の野鳥たちを一斉に飛び立たせる事になるのだった。ちなみに、カイトは理解出来たか問うた時点で、元通りに戻っていた。
どうやらよほどのショックで情報の処理が遅れていたのだろう。そうして、暫くの間、カイトは今度は泣き止んだものの大混乱する暦の混乱を宥める事になるのだった。
暦の絶叫から、暫く。どうやらあの一瞬の出来事は完璧に彼女の中から羞恥心による気分の落ち込みを癒やしたらしい。目の前の現象を処理するのに手一杯だったのだろう。よく魔術を理解していない者は時々こういう反応をする。彼女もその例に漏れなかったようだ。
「お、女の子になれるんですね、先輩・・・」
「工事したとかじゃないぞ? 魔術の中には性別を変えられる物もある。使いたくは無かったんだが・・・」
「大昔にとある国の後宮に入り込む必要があってね? メイド服着て女装、でも良かったんだけどねー。その頃はまだ、可愛らしかったのに・・・」
苦々しい顔のカイトと、楽しげなユリィ。その二人が何があったのかをおおよそ告げていた。まあ、後宮とは簡単に言えば王様の妻達が暮らす離宮の事だ。であれば、普通は男は入れない。入れては大問題だ。
なので普通はそう言った魔術を使っても入れないのだが、特例として、時の王様から頼まれて入る事になったのである。王様からの頼みではカイトも断れない。なので止む無く、使って入ったのである。覚えたのもその時だった。冒険者時代の事である。
「ほんとに赤っ恥だ・・・幸い赤っ恥は向こうも一緒だったから歴史書からも消されてるから良いんだけどな・・・」
カイトがもう二度と使うつもりは無かった、と頭を振るう。これが使えるのを知っているのは、カイトやその友人の極一部だけだ。歴史書からも消されていた。
当たり前だが後宮での問題なぞ表沙汰になれば王侯貴族にとっては赤っ恥だ。向こう側からの要請で口止め料込の依頼だったし、歴史書からも完全に抹消されていた。子孫達さえも知らないだろう。カイトにしたって使える事そのものを極秘にしておいた。
なお、口止めは流石に300年経過しているので時効だ、というのが二人の考えだった。当人達は全て死去しているので、それで良いだろう。
「まあ、とは言え・・・分かっただろ? 普通はスカートの内ももの当たりに暗器として小型ナイフとか毒薬とかを潜ませたりするんだよ。完全に武器ロストとかになったりしても、盗賊とかは見逃してくれないからな。パンツ見られるよりも、貞操守る方が良いだろ? 最悪の自決用、でもあったわけだ」
「あ、はい・・・」
てっきり冒険者用のオシャレなスカートなのか、と思っていた暦だが、意外ときちんと実用性を考えられていた事を教えられて、少しだけ照れたように頷く。
ちなみに、彼女のスカートはひざ上程度のプリーツスカートだ。跳び跳ねるには不向きなのだが、元来刀使い達はそこまで跳び跳ねない。地面を滑る様に軽やかに回避するのが主流だ。それ故、動きが阻害されるよりも、とロングのズボンよりもスカートを選ぶ事は不思議では無かった。
なお、刀使いの中にはウェスタンルックの様な格好でホットパンツも居るのだが、暦はそちらは流石に恥ずかしい、という事だったらしい。露出としてはそちらの方が上だった。曲がりなりにも冒険者といえども女性や女の子だ。オシャレに気を使うのは当然でもあったのだろう。
「うーん・・・それでも恥ずかしいなら、アンスコは? もしくは見せパンもありじゃん?」
「アンダースコートは・・・えっと・・・」
レミィの言葉に暦が顔を朱に染めて、少し照れた様にそっぽを向く。どうやら何か理由があるらしい。
「あ、あの・・・ちょっと、ユリィさん・・・」
暦はどうやら男の前で言うのは恥ずかしかったらしく、ユリィを手招きする。
「なーにー?」
「実はあの・・・」
真っ赤な暦が、ユリィにひそひそと小声で事情を説明する。幸い、子供のお悩み相談ならばユリィは非常に口が固い。教師としての矜持があるからだ。そうして、全てを聞き終えて、ユリィが苦笑する。
「あー・・・そういう・・・」
「うぅ・・・」
再び顔を耳まで真っ赤に染めた暦が、木々の上で項垂れる。止むに止まれぬでの告白だったが、実は今まで殆ど語った事のない秘密だったのである。
「何?」
「あー・・・うん。ほら、暦紐パンだったでしょ?」
「うん」
一応、ユリィは自分からは語れないので、という事で暦から説明を依頼されていた。ということで、ユリィが苦笑気味に説明を開始する。
ちなみに、暦が紐パンなのは事実だ。しかも大人の女性が履くような色っぽい黒の紐パンである。色っぽいと評されるのも当然だった。まあ、それでも紐、と言えるわけではないのは、やはり女の子だからだろう。
「えっと・・・どうにも紐パンじゃないと落ち着かないらしいの。男を誘惑とか云々じゃなくて・・・」
「うぅ・・・」
うなだれた暦が、真っ赤なまま小さく頷く。ちなみに、彼女も女の子なので、当然勝負パンツは持ち合わせている。勝負パンツはこれよりも遥かに色っぽい物らしく、彼女の言うとおり、これは単に気合の入った物、という所らしかった。
「なんというか・・・腰回りが敏感らしくて、むず痒いんだって」
「あー・・・時々居るのよね、そういう娘って・・・男でもふんどしじゃないと、ってのもいるし・・・」
事情を説明されて、レミィが頷く。気合が入らないとかそういう所なのだろう。結局下着は当人が一番肌に合う物を使うのが一番だ。であれば、その趣味と感覚に口出しはすべきではないだろう。そして感覚そのものは当人の感覚だ。自分が肌に合う、と他人が肌に合うわけではないのだ。
「うーん・・・じゃあ、ちょっと付いて来て。お詫び、ちょっとプレゼント上げるよ」
「へ?」
曲がりなりにも悩みを聞いた上に、そもそも辱めたのはレミィだ。なので彼女は立ち上がると、お詫びをする、と言ってふわりと舞い上がる。
「カイト、ユリィ。暦の案内頼める?」
「道は開けてくれよ」
「やったよー」
カイトの言葉に、周囲に浮いていた妖精達が道を示す。野営地に来る時と同じく、結界を解いて道を作ってくれたのである。
「おっし。ジョシュア。後任せた」
「はい、お任せをー。まあ、僕も後を任せたらそっち行くけどね。所詮僕はカイトに会いに来ただけだし」
「はいさー。じゃあ、行くかね」
「きゃあぁああ!」
「舌噛むぞー」
ジョシュアからの返事を聞いて、カイトは暦をお姫様抱っこの要領で抱きかかえると、そのまま飛び降りる。そしてその途中で木々を蹴って、移動を始める。向かう先は、自分の馴染みの妖精達の里だ。
本来は入るつもりは無かったのだが、事情もあるし族長であるレミィの招きとあっては断れない。暦一人で向かわせるのも問題だろう。そうして、木々を蹴る事5分ほど。カイトと暦、そしてユリィはレミィの治める妖精達の里へと辿り着いた。
「到着」
「わー!」
お姫様抱っこをされている間は真っ赤だった暦だが、それも到着するまでだった。そこには、木々を繰り抜いて出来た小さな家や光る草花や奇妙なキノコが群生し、深い木々の所為で少し薄暗い雰囲気と合わせて幻想的な光景だった。
しかもなにより、そこで暮らしているのは全員妖精達なのだ。そうして見えたまさに物語に語られる妖精達の村と言うべき幻想的な光景に、暦が思わず目を見開く。現金なものだった。
「わっ・・・かわいー・・・」
「いらっしゃい。ここが、私の里『妖精の庭』」
そんな暦を出迎えたのは、一足先に里に戻っていたレミィだ。彼女は一応女王として出迎える為か、きちんと正装に着替えていた。
「じゃあ、こっちよ。いらっしゃい」
レミィは暦を出迎えると、そのまま一際大きな家へと歩いて行く。これだけは一見西洋風な建物だったが、まるでドールハウスをそのまま現実化した様な外観で、住んでいる人もあってかなり幻想的な風貌だった。
「はい・・・あれ? 先輩は行かないんですか?」
「問題だろ?」
「まねー」
カイトの問いかけを、レミィも認める。お詫び、という事はどういうことか理解出来ていたのである。
「まあ、たまさかの里だし、ちび共と戯れとくよ」
「ちび、って言って100歳超えてたりするけどねー」
「? はぁ・・・」
暦は集まり始めた妖精達と戯れるカイトとユリィを少し羨ましそうに見ながら、館の中に入っていく。向かう先はレミィの自室ではなく、彼女の仕事場だ。そうして、そこで暦はお詫びとやらを見る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第646話『お悩み相談』




