第643話 妖精達の訓練
妖精達と共に行う事になった訓練だが、始めて一つわかった事があった。それは厄介なのは魔物では無く妖精達だ、という事だった。どういうことかというと、簡単に言えば本能で殺気等が垂れ流しの魔物に対して、それらを隠してくる妖精達の方が気付けない、という事だ。
「あ・・・またやられた!」
「またぁ? 情けないなー」
「・・・後ろ後ろ」
叫び声を上げた生徒が、自分の不甲斐なさを笑った女子生徒に対して後ろを指し示す。そこには数人の妖精達が忍び寄っていたのである。
「え?」
「やっり。デザートゲット!」
「あ、こらー! 晩ごはんー!」
「ひゃっほー!」
木の実を盗まれた女子生徒の声と、それを盗んでおやつ代わりに齧って逃走を開始する妖精の楽しげな声が、薄暗い森の中に響き渡る。
一応ここの妖精は大人かそれなりに歳を重ねた妖精なのだが、総じて子供っぽかった。これが、妖精たちの性質だ。いつまでも童心で、子供の様。それ故、誰しもに愛されるのだろう。
「やられた・・・」
「あはは!」
がっくしと膝をついた女子生徒の周囲で、笑い声が起きる。これが何度も繰り返されていた。殺気丸出しで動く魔物達に対して、妖精達は隠してくるのだ。意思を隠した存在がこれほど厄介とは思わなかった。今までに無かった経験に、剣道部一同は今の様に盗み取られていたのであった。
「まだまだ甘いなぁ、君たち」
「うぅ・・・」
果実を齧りながら告げられた言葉に、笑っていた他の生徒達を含めて全員うなだれるしかない。なにせ誰も一度も妖精達の襲撃に気付けた事が無いのだ。仕方がない。
と言うか、何度盗まれたか気付いていない者も少なくはなかった。と、そんな生徒達を見ながら、カイトは一番始めに来た妖精と会話していた。
「さてと・・・さっさとやり方と言うか、間違いに気付けないと、何時までもこのまま17時までコースかなー?」
「お昼食べられるといいな、あいつら」
二人は木々の上に腰掛けていた。ここではカイトも一応訓練していることになっているが、彼の場合は魔術で隠された木の実にも妖精達の襲撃にも気付いてしまう。なので一人別行動した事にしておいて、彼らの援護に入っていたのであった。なので時折、顔は見せる事にしていた。
ちなみに、何故お昼を食べられると良いね、ということなのかというと、お昼はここでの現地調達になっているからだ。まあ、幸い初日だからか手加減されているおかげで、お昼分は残されていたのだが。
「で、ジョシュア戦士長殿? ここ当分どうよ? 守り必要そうか?」
「ううん。君が守ってくれた以降は、特に何か危険は迫ってないよ。実際、君が居なくなって以降暫くはルクスとかバランが守ってくれてたからね。手を出す馬鹿もいなかったよ」
ここは妖精達の暮らす里ではない。それ故、ここには大して貴重な物は無い。が、更に奥。この最奥には『ミストレア大滝』が存在していた。
そこには無数の、そして<<暁>>のギルドメンバー達と別れたエリアよりも遥かに貴重な植物が生えている。それを狙う悪い奴らは、昔から絶える事は無かった。
とは言え、それもカイト達が来るまでは、の話だ。幾ら馬鹿でも公爵家の天領に手を出す奴らは居ない。もし盗みに成功していた所で、次の瞬間には牢屋の中だからだ。そしてどうやら、その威光は未だ健在なのだろう。それに、カイトは安堵のため息を漏らした。
「そうか。そりゃ、良かった。あの原風景が壊されるのは勿体無い」
「帰りに寄ってく?」
「いや、いいや。オレの女の数人があの大滝がなんとか見れないか、と大層期待していてな。失われていないなら、まあ、もう少しオレも我慢しとく」
ジョシュアの言葉に、カイトが笑う。カイトとしてもまた行きたい気はする。なにせ彼基準でもかなりの年月を離れていたのだ。気になるのは仕方がなかった。が、同時にそこに心惹かれている面子も居るのだ。その時までおあずけ、も悪くはなかった。
「また女の子ー?」
「何故か、増えるんだよ」
「ふーん・・・そのうち、がちで刺されるよ」
素っ気ない様子で、ジョシュアがため息を吐いた。何時もの事、としか思えなかったのである。
「・・・敵か。ちょっと多いか」
「やれやれ・・・じゃあ、やろっか」
魔物が近づいてきたのを感じて、二人が行動を開始する。実は密かに多すぎる場合などでは、二人が力を貸していたのである。
「あまり森は傷付けない様に・・・威力は制御する・・・そして、斬る!」
「お見事!」
「勇者の名は伊達じゃねぇですよ?」
ジョシュアの賞賛に、カイトが笑う。二人はこの場から動いていない。一度も、だ。そして、木々には一つも傷を付けていない。木の葉一つ揺らす事なく、魔物を討伐していた。
「じゃあ、次僕ー」
カイトの次は、大型化したジョシュアだ。彼は弓を引き絞ると、それを上に向ける。
「ふっ」
ジョシュアは空高くに、連続して矢を放つ。そうして、放たれた矢は大きく弧を描き、近づいていた魔物の頭に突き刺さった。そして、その一発目が突き刺さると、即座に連続して矢が雨のように降り注いで魔物を討伐せしめる。
「雑魚いな」
「君が強いという様な魔物が居てもらっちゃ困るよー。僕ら死んじゃうじゃん」
「それはそうだな」
不満気なジョシュアに対して、カイトが笑う。ここは結界が無くともかなり安全だからこそ、妖精達が暮らせるのだ。そうであってはたまらない。
「にしても・・・騒がしいな」
「それに、引き寄せられてるね」
二人は同時にため息を吐いた。魔物は時折彼らの所にもやって来ているが、それを含めても剣道部の面々も妖精達も騒がしい。それに更に魔物が引き寄せられているので、二人は立ったり座ったりの繰り返しだった。ちょっと結界展開するかな、と思うほどではあった。
「はぁ・・・森の中の気配に意識をやれば、簡単に見つけられるのにな」
カイトはそう言うと、背後に手を回す。そちらに妖精が忍び寄っていたのである。
「うきゅー・・・」
「あはは。カイトには無理だよ」
「食べるか?」
「うん」
昼になった事もあって、カイトは妖精達に取ってきてもらった木の実を掴んだ妖精達と齧る。そうして、再び眼下に広がる訓練を窺い見る事にする。
「僕らは森に住んで森の気配に同化するように心掛けているけど・・・所詮僕らは妖精。森とは純然たる意味で、違う。その差を掴んで欲しいんだけどなー」
「その点、オレは少々有利過ぎたか」
「そりゃ、君の人生の半分以上は妖精と一緒、でしょ? 有利なんて物じゃないよ」
カイトの言葉に、ジョシュアが苦笑する。カイトは常にユリィと一緒だし、地球でも相棒は妖精だった。妖精の気配には馴染みが深い。幾ら森の中であっても、何時も一緒が基本のカイトには妖精達の気配はわかってしまうのであった。
「目に頼って、耳に頼って・・・それだけじゃあ、ダメなんだ。肌に感じる感覚を鋭敏に。感じる気配が何なのか、を感じろ。鹿、ウサギ、狼、妖精、エルフ、ダークエルフ、ハーフリング、ウェアウルフ・・・これら全て森に生きる者。木々だけが森なんじゃない。森は彼らを含んで始めて、出来上がっている。森の中に彼らは居るが、同時に森そのものと彼らは違う。その僅かな差を、感じ取れ。この訓練の肝はそこだ」
妖精達に翻弄される剣道部の面々を見ながら、カイトはそうつぶやく。この訓練は最終的には、そこにたどり着く。
どんな場でも、その場所だけで雰囲気が完成しているのではない。場に含まれる全てを含んで、雰囲気は完成しているのだ。その構成要素を感じ取れるか、ということが、この訓練の最大の要点だった。
「魔物なんぞ、一番わかりやすい気配を放っている。あれらは、大半の場合はその場の異物だ」
「ここまで、はっきりとしてるのにね」
騒ぎに引き寄せられたのか狼型の魔物が襲撃してきて、剣道部の面々が急ぎで陣形を整える。強さはそこまではない。彼らだけでも問題は無いし、それに数も3体程度だ。妖精達も居る。カイト達が手を出すまでもないことだった。
「あぁあぁ・・・あんなに無駄な力振るっちゃって・・・普通にあてられる距離なのに、どうして無駄に斬撃を飛ばすかなぁー」
戦いを見ながら、ジョシュアが呆れ返る。木々については問題無い。カイトが魔術で防いでいる。が、それでも本来ならば、周囲への破壊も気にして戦えるべき、なのだ。総じてまだまだ、としか言いようが無い。
「無駄に力み過ぎ。無駄に真面目過ぎ。あの子はもう少し力を抜くべきだね」
ジョシュアが見ていたのは、剣道部部長の藤堂だ。彼が総合的には最も強いわけだが、同時に、最も無駄の多い戦い方をしていた。
「あっちの女の子ほどに力を抜ければ・・・って、なんか慣れてるね」
「オレの弟子だからな」
「取ったの?」
カイトからの返答に、ジョシュアが少しの驚きを浮かべる。弟子となれるほどの力量では無かったのだ。
「まあ、色々とな。ダチの尻拭いした結果だ。正式な弟子じゃあない。ちょっと片手間に教えている程度だ」
「ふーん・・・まあでも、あの子程度に力を抜くのが、正解だね。一番力を抜けている。スタミナじゃああの子が一番高くないかな?」
「微妙な所だな。才覚としては普通程度。努力としては一級品。その程度がオレの見立てだ」
「君の弟子に相応しいね」
カイトからの論評に、ジョシュアが笑う。カイトも、同じだった。才能は普通。秀でた所はあるが、それも更に上が居る、と悟れるほどだ。唯一誇れるとすれば、努力だけ。師に似た弟子。だからこそ、笑うしか無かった。
「所詮、オレの武具創造なぞ手品だ。ネタが割れた今では、大した意味は無い・・・はぁ・・・せめて、英雄達ほどの武芸の才覚が欲しかった」
「嫌味だけど嫌味じゃないのが、困るなー」
笑っていたジョシュアが、カイトの何処か悲しげな言葉に笑みの性質を苦笑に変える。勇者カイトを知る者は、全員が認めていた。カイトに武芸の才能は無い、と。それを補う為の、武器を創り出すという特殊能力だ。
正攻法に勝てなければ、奇策を弄するのが戦いだ。当たり前だが正攻法で正々堂々と、なぞ馬鹿がやることだ。勝てる奴はそれをやればよいが、カイトは無理だ。ならば、奇策を弄するしかない。
が、今となってはもう意味が無い。なにせほぼ全ての者がカイトが武器を創り出せると知っているからだ。ネタの割れた手品ほど、無意味な物は無かった。
「でもまあ、どれか一つに秀でていたからこそ、彼らは英雄になれた。でもどれもに秀でていたからこそ、君も英雄になれた。でしょ?」
「まあ、違いないがな」
カイトは苦笑する。それは分かっている。なのでこれはいわば、隣の芝生は青く見える、という事だった。
「はぁ・・・まあ、とりあえず・・・いちご、凍らせて食うか?」
「あ、うん!」
カイトの言葉に、ジョシュアが笑顔でうなずいて、小型化する。こちらの方が多く食べられるので、妖精達は大半の場合は小さな姿で過ごす事が多かった。そうして、二人は眼下の騒動を見ながら、適当に果物を齧りながら過ごす事にするのだった。
そんな会話から、5時間ほど。結局、カイトを除いた全員規定の量を回収できずに訓練は終了した。そのカイトにしても自分で集めるのではなく暇な妖精達が集めて回ってくれていた物だが、そこらは言わぬが花、だろう。そもそも彼が本気でやれば出来るのだ。意味もない。
「はい、しゅーりょー!」
「はぁ・・・はぁ・・・」
妖精達の声が響いて、同時に剣道部一同が膝をついた。余裕を浮かべられていたのは、最初だけだ。それも14時を回った頃にはこの訓練の難しさを悟り本気でとりかかったわけなのだが、その結果が、今だった。
「ど、どこ居たの、こんなに・・・」
「ひのふのみのよの・・・」
訓練の終了と同時にわらわらと集まってきた妖精達に、全員が唖然となる。多いだろうな、とは思っていたが、まさか20人以上が集まっていたとは予想外だったようだ。と、そこにカイトが現れた。それも、ここ数日と同じく今日の晩ごはんを背負って、だ。
「終わりか?」
「・・・すごっ!?」
「全員分の食料と言うか肉は稼がないとな」
驚きを露わにした一同に、カイトが笑う。彼が背負っていたのは、いつぞやのメルの度の時と同じく鹿だった。それなりの大きさだったので、この滞在中ぐらいは保つだろう。
まあ、食べ盛りと運動しまくっている事を考えて後々野鳥を数匹狩るつもりではあるが、デカブツはこれで良いだろう。出来れば牛肉とかを手に入れられれば最上だが、野牛は滅多に居ない。仕方がない。
「で、だ・・・収穫は・・・籠半分、か」
「うぐぅ・・・」
カイトの言葉に、全員がうなだれる。おそらく収穫した量であれば籠一杯になるのだろうが、その後に奪取された量があったのである。
「まあ、訓練初日だ。諦めろ・・・じゃあ、帰るか」
カイトはうなだれる剣道部の一同を連れて、その場を後にする。後ろには妖精達も彼らがくすねた木の実を持って一緒だ。後でこちらも料理することにしていた。そうして、初日は殆ど誰も満足な成果を出せずに、訓練が終了するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第644話『森の中で』




