第639話 旅は道連れ
用意の終了から、およそ1時間後。旭姫率いる剣士部隊は一路、北を目指していた。脚力を強化して北へ向かう事3日、更に西に向かう事3日、更にそこから北に向かう事1日で、目的地である『迷いの森』だ。森では数泊――正確には決まっていない――する予定である。
「地図は簡易な物・・・これ、あってるのかなぁ・・・」
暦が地図を見ながら、眉をひそめる。今回は準備はかなりおざなりにしていた。というのも、今回は現地調達が基本だし、そもそも何処に行ってもマクスウェルの様に地図が手に入れられるわけがないからだ。あまり正確では無い地図を見る方法も知っておく必要があった。
なお、一応念のために行っておくが、きちんと正確な地図と現在地を知る為の方法は万が一に備えて持ち合わせている。流石にそこまで危険な事は訓練ではしない。
「戦闘で随分と動いてしまったからな・・・」
藤堂がため息を吐いた。彼らは今回初めて、ランクが桁違いの魔物との戦いに参戦した。が、その結果は、手も足も出ない、ということだった。動きが違い過ぎる。ここらは近寄らない様にしていた――と言うかカイトから言い含められていた――のだが、その理由が良くわかった。立ち寄れば死ぬ。そういう場所だった。と、そんな話をしていると、少し遠く離れた所で土煙があがる。
「なんだ!?」
「冒険者だろ。ここらは危険地帯だが、そうであるが故に人手が入っていない。貴重な薬草とかが豊富にあるからな。それを目当てにAクラスの冒険者が入ってるんだろ」
剣道部の面々の驚きに対して、カイトがさして驚く様子も無く告げる。そしてそれは正解だった。次の瞬間、土煙を割って、巨大な魔物が現れた。大きさは10メートルほどだ。
「ワームか」
「『土蛇』ですね」
カイトの言葉を補足するように、シズカが告げる。魔物は細長く、巨大なミミズにも見えた。土煙で見えていないが、見えている部分はまだ身体の半分程度だ。その身体の大半はまだ地中に埋もれていた。
ここらではそれなりに見かける魔物だった。地中からの奇襲が厄介で、それに気付けるかどうかが、ここらでの生命の安全を左右した。
「ふむ・・・5人組のパーティか」
魔物の様子を見ながら、チューンがつぶやく。よく目を凝らして見れば、『土蛇』の長い身体を駆け上る人の姿が見えた。ケモノ耳が見えたので、獣人の類だろう。
他にも『土蛇』の先端には、盾を持った少し小柄だがごつい身体の人が見えた。大きさや顔立ちの様子から、ドワーフだろう。年の頃はこの面子の中ではかなり上なので、このパーティでのおそらくリーダー格だろう。
他には魔術師の衣服をまとった魔族の姿も見える。種族混成の部隊のようだ。年の頃は総じてこちらより上なので、おそらく熟練のパーティだ。どこかのギルドかもしれない。と、そんなふうに観察していた一同に、どうやら向こう側が気付いたらしい。ドワーフの男が野太い声を上げた。
「おぉーい! 居るんなら見てないで手伝ってくれー!」
「行って来い」
「はい」
ドワーフの男性の言葉を受けて、旭姫がカイトに指示を出す。別に彼らだけで倒せないとは思わないが、援護を頼まれえれば仕方がない。そうして、カイトの姿が変わる。それは優美な着流しの着物を着た姿だった。
「援軍参戦」
「あ? 兄ちゃんだけかよ」
「あんたが必要も無いのに呼ぶからだろ」
ドワーフの男性の言葉に、魔物の身体を駆け上がっていた獣人の男性が呆れた様に応ずる。彼らも必要とは思っていなかったが、単独での討伐は面倒だし楽になるのなら呼んでおくか、という考え程度だったのだろう。
「まあ、来たんなら手伝ってけ」
「あいあい・・・あ、攻撃力に特化してますんで、何処かで足止めしてもらえりゃ、一撃で終わらせられます」
「おいよ・・・おい、フレル! 援護に入ってやれ! 一撃で仕留められる、だそうだ!」
カイトの言葉に獣人の男性が、少し離れた所から魔術で牽制を仕掛けていた魔族の女性に対して声を上げる。全員に気負いは無く、何度もこんな戦いをこなしてきたのだ、という自負があった。
「はいはい・・・じゃあ、援護入れるわねー」
「っと。お願いします」
少し離れてわかった事だが、このパーティは基本に忠実な組み合わせのようだ。近接系の冒険者が二人、遊撃をこなせる冒険者が一人、今のフレルという女性と同じく遠距離の冒険者が二人、だ。
と言っても、今現在『土蛇』と戦っているのは、この女性を含めて三人だけだ。他の二人は『土蛇』の周囲に居た雑魚の魔物を相手取って三人の邪魔をしない様に戦っていた。この掃討が終わり次第、総攻撃を仕掛けるのだろう。
戦いでも奇を衒う事なく、基本に忠実に。主力となり得る三人を強敵に当てて、その他の面子で援護を掛ける。こう出来るまでには、時間と経験が必要だ。練度と経験という今の冒険部には無い戦い方が、彼らには出来ていた。
「あ、少し牽制貰える? ちょっと大規模な魔術でこの場一帯の魔物食い止めちゃう」
「りょーかい。じゃあ、ちょっと駆け抜けて来ます」
「いってらっしゃい」
フレルの言葉を受けて、カイトは走り始める。言うまでもないが、カイトはこの面子の中では新参だ。だからこそ、指示は向こうにまかせて安易に手出しはしない。
とは言え、指示があれば、別だ。なのでカイトは牽制を仕掛ける為に、<<縮地>>を使って残像を生み出す。
「お、若いのに<<空縮地>>使いか。暫く援護は俺とお前のダブルで行くぞ」
カイトの創り出した分身に呼応する様に、獣人の男性が<<縮地>>を使って残像を生み出す。これで敵を撹乱しよう、というつもりだったのである。
「じゃあ、俺はフレルの援護に入るぞ」
「おーう」
そんなカイトと獣人の男性を見て、ドワーフの男性が魔術の展開を行っているフレルの前に躍り出る。撹乱している間に、自分は万が一に備えるつもりのようだ。そうして、20秒ほど。魔術の構築が終わったらしい。
「はい、出来た。<<ストーム・バインド>>」
構築された魔術によって、嵐が生まれる。嵐はまだ身体の半分程度が地面に潜り込んでいた『土蛇』を引きずり出して、上空に打ち上げる。
「で、お次はノーマルの<<バインド>>」
更に続けて、フレルが魔術を展開する。これは普通に敵の動きを縫い止める魔術だ。まあ、力量相応に大規模にはなっているが。そうして、空中で『土蛇』が縫い止められる。
「ほい、援軍くん。出番だぞ」
「はいはい」
獣人の男性の言葉を受けて、カイトは牽制を切り上げて刀を腰だめに構える。そうして、カイトの姿が8個に分裂する。<<陽炎>>を使ったのだ。
「<<八百万閃刃>>」
「なるほど。じゃ、さよなら」
カイトの創り出した斬撃の壁を見て、フレルが笑ってその意図を悟る。そうして、カイトに言われるよりも前に、自らが展開していた拘束用の魔術を切った。
「やべっ。魔物の血塗れなんぞゴメンだ!」
「うっお・・・えっげつねー。お前さん、ガキの癖にえげつないモン使いやがるなー・・・」
落下地点に居た獣人の男性が大慌てにその場を後にすると同時に、『土蛇』が落下を始める。そうしてその下には当然、カイトの創り出した斬撃の壁がある。
『土蛇』に空中を移動する力はない。となると、どうなるか。答えは簡単だ。後は自由落下で地面に真っ逆さま、なので無数の斬撃に切り刻まれて、『土蛇』は簡単に細切れに変わり果てる。そうして、それを見て、更にフレルが続ける。
「じゃあ、後は好き勝手に戦って頂戴。残りに負ける腕前じゃあ無いでしょ」
「あ、そっちもお手伝いですか」
「ついでよついで」
「アイアイマム」
フレルの言葉に、カイトは残る雑魚の掃討を開始する。本来はこちらが片付いてからの予定だったが、カイトという不意の援軍を受けて、『土蛇』の方が早く片付いてしまったのだ。そうして、更に5分ほど、カイトは彼らへの援軍として、戦う事になるのだった。
5分後。とりあえず魔物の討伐を終えたカイトは、刀を収める。そうして、カイトに対して獣人の男性が問いかけた。
「なかなかに良い腕前だったな、小僧。名前は?」
「カイト・アマネ・・・いつもはマクスウェルを中心に活動している」
「ああ、あそこか・・・俺達は神殿都市の方のギルド・メンバーだ。仕事でこっちまでな・・・っと、良い忘れてたな。俺はバルシ。こっちの犬っころがニシュラ。そっちの魔術師がフレルだ。あっちで魔物の残骸から素材剥ぎ取っているのが、クリオとマリオの兄弟」
カイトの自己紹介に、ドワーフの男性――バシル――がほかのメンバーを含めて自己紹介を行う。神殿都市はマクダウェル領中心部にあるので、依頼で少し遠出を、という所だろう。
「神殿都市からここら、となると・・・儀式で使う薬草関連?」
「おう、よくわかったな。それの採取だ。少し遠くに水辺があるだろ? あそこの貴重な薬草を、っつって神殿から依頼があってな」
当たり前だが、マクダウェル領にも川は幾つも流れている。その中の岸辺に生える薬草に用があるのだろう。土地土地によって生える薬草は変わってくるので、ここまで来ても不思議は無かった。
「で、カイト。お前さんの方は?」
「妖精の里の前にある『迷いの森』まで修行の旅」
「ほっ・・・そんだけ力持ってるのに修行か。わけぇのに・・・あっちの二人にも見習わせてぇな」
バシルが素材集めに集中する若い兄弟にため息混じりに被りを振るう。若いが故に自身の力を過信して、鍛錬を怠る者は少なくなかった。そしてその二人が、今回の彼らの同行者の兄弟だったのだろう。と、そんなバルシを横目に、地図を確認していたニシュラがカイトに問いかけた。
「ってことは、ここからもう少し西に移動して、川を渡るわけか。じゃあ、そこまで一緒に行くか? こっちはそこが目的地でな」
「それは・・・まあ、リーダーに聞くしか無い」
「あっちの着物の人か?」
「ああ」
この距離からでも一同の姿が確認出来ていたのだ。となると、その程度はわかっていても不思議は無い。なのでカイトはそれを認める。
「小次郎・佐々木。ちょっと故あって滞在されている」
「・・・あの、小次郎か?」
カイトから出された名前に、バルシが驚きの表情を浮かべる。旭姫が滞在している事を知っているのは極限られた者だけだ。知らないでも無理はない。
「そりゃ、是非お会いしたい。頼めるか」
「さて・・・そりゃ、向こう次第だろ」
「一応、俺達も行こう」
バシルとニシュラは頷き合うと、素材の回収に集中している二人の兄弟へと声を掛けて、歩き始める。そうして、結局は許可が下りたので、一同は暫くの間、共に行動する事になるのだった。
偶然の合流から、約8時間。幾度かの魔物との遭遇戦を終えて、カイト達はとりあえず第一目標である小川の側にまでたどり着いていた。今日はカイト達はここでキャンプを張る予定だった。
夏故に日は長いが、同時に無理に歩き続けても疲労が溜まる。そして溜まった疲労は次の日の戦闘に影響を与える。それは死に繋がる。この先になんらトラブルが無いとも限らないし、安全地帯が確保出来るとも限らない。安全地帯が確保出来たのなら、休める所で休むのがこういった場所での鉄則だった。
「結界展開・・・ふぅ・・・これで、魔物も動物も問題無いな」
カイトは結界の展開を終えて、そこで一息つく。ここらは毒蛇等の生息地では無いし危険動物も狼程度なので大して恐ろしくはないのだが、やはり結界があるのと無いのとでは精神的に変わってくる。
しかも、ここら一体の水辺はバシル達の探す特殊な薬草の力のお陰で魔物にしても大した奴らは居ない。一緒の天然のセーフゾーンだった。安心できるならそれに越した事は無かった。
「川の水は回収出来る距離だし、飯は・・・うん。あの距離なら、やれるな」
一息ついたカイトは、次いで弓を引き絞る。安全の確保ができれば、次は食料の確保だ。
「ふっ」
カイトは何時も通りに、弓を射る。何も難しい事は無い。ただ、中てれば良いだけだ。
「お前さん・・・弓も使えたのか?」
「まあ、食材の調達だと弓が一番良いからな」
周囲の警戒と獲物の発見・回収の為に同行したニシュラの言葉に、カイトが肩を竦める。要は慣れだ。何度も何度もやっていれば、何時かは慣れる。毎日やっていれば、1年もすれば飛ぶ鳥を落とす事も出来る様になるのであった。
「次、見えるか?」
「ああ・・・目測500メートル。射程内だ」
「回収は任せろ・・・合わせるぞ。タイミングは任せる」
先ほどからこれの繰り返しだ。当たり前だが幾ら野鳥と言っても所詮は野鳥だ。大きさなぞたかが知れてる。一匹で人数分の食料を、なぞ無理だ。
かと言って、ニシュラだけでは食材の調達に時間が掛かる。カイトの力量は言わずもがななので、二人が協力して食料の調達を、という事だった。
「ふっ」
カイトが弓を射ると同時に、ニシュラが<<空縮地>>で一気に虚空を蹴る。彼は聞けばランクAの冒険者らしい。ここの草原の単独踏破実績もある、との事だった。
聞けば、このニシュラとバシル、そしてフレルという魔族の女性の三人で最近ランクBに昇格したばかりのクリオ・マリオ兄弟との連携の練習も兼ねて、ここに来たらしい。
「これで、3匹目・・・このサイズなら、後2匹で十分だな」
「じゃあ、次はあっちだ」
ニシュラの言葉に、カイトが彼の指差す方向を見て、大空を飛ぶ大きめの野鳥を確認する。そうして、彼らは夕食の食材を回収するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第640話『世は情け』




