第638話 修行再開
ソラと由利、そしてナナミの一件から、数時間後。カイトは瑞樹の呼び出しを受けて、旭姫の所にやってきていた。
「ふーん・・・まあ、色恋沙汰は仕方がない事だからな。なるようにしかならないだろ」
「色恋沙汰の関係無かった身としては、羨ましいですか?」
「んぐっ・・・相変わらず痛いところを突いて来ますね・・・」
カイトの笑顔での言葉に、旭姫が思わずお茶をむせ返る。今二人が居るのは、最上階のカイトの私室の一室だ。和室に改造して、彼女の部屋としていたのである。畳など和室に必要な物は中津国から輸入した。
「ふふ・・・まあ、それでも逢引きなぞさせて頂いたので、そこまで羨ましいわけではありませんよ」
「それは光栄。では今度、ご一緒に行きましょう」
「お願い致します」
基本的に、旭姫もカイトを愛している。であれば、そのデートのお誘いとあらば受けないはずがない。ちなみに、そのせいで一度着物姿の和風美人と浮気している、という噂が立った事がある。
「まあ、そうは言いましても、私から何かアドバイスを送れる事はありません。私は武家の女。戦国乱世に生まれた者です。大奥や内裏等の事を知ればこそ、私の常識はそれと認識していますからね」
「ええ、二人もそれは承知していますでしょう。ですので、一度二人には遠征の事もありましたので休息を言い渡しました。今は何よりも、必要でしょう。修行に同行したい、と申し出ましても、却下する様に命じております」
「身体を動かしてもそれは逃げているだけ。よく覚えていましたね」
カイトの言葉に、旭姫が満足気に頷く。これは旭姫の教えに則った物だった。今、二人が鍛錬をした所で、それは身にはならない。
傍目には熱心に鍛錬をしているように見えるだろうが、考えたくない事から逃げているだけだからだ。身になるはずがない。そうして、話が一段落ついたのを見て、相席していたチューンが口を挟んだ。
「カイト兄弟子。そろそろよろしいですか?」
「ん? ああ、すまないな。頼んだ。修行の行程を教えてくれ」
「わかりました」
カイトの許可を得て、チューンが畳の上に地図を広げる。それはマクスウェル近郊の地図だった。これから今までの修行の大詰めに、旭姫率いる剣道部の遠征隊として修行の旅に出る事になっていたのである。
今まで彼らがあまり冒険部に大々的にかかわらなかったのは、この修業のルートを調査する為でもあったのであった。ぶつかり稽古もさせているが、あまり役に立たなそうだった――実力差があまりに有りすぎた――が故の結論だった。
「ルートは幾つか考案しました。ですが、最終目的地としてマクダウェル領中央部にある遺跡群と、魔導学園の一件があった遺跡は除外しました。軍と研究所の邪魔をするわけにもいかないでしょう」
「そうだな。すまない、わざわざ練って貰ったんだが・・・」
チューンの言葉に、カイトも首を振る。調査段階では森を抜けて遺跡を見てどういう特訓を行うのか、というのが第一候補になっていたのだが、運悪くこの間の一件だ。
周辺の遺跡についても改めて調査を行う事になり軍が先んじて調査を行っており、立ち寄っても邪魔になるだけだろう、と除外されたのであった。
「いえ・・・それで、どうされますか? 北部ルート以外が提案出来るプランになります」
「そうですね・・・」
「ふむ・・・」
チューンの言葉に旭姫とカイトが少しだけ、知恵を巡らせる。選ばれているルートは、古都レガドの遺跡の中に居る魔物――正確には遺跡の警備ゴーレム――と同じぐらいの強さや特製を持つ魔物の生息地を通るルートだ。遺跡探索に向けての前準備の総仕上げなので、というわけだ。
「旭姫様。今の剣道部の面々の調整具合は?」
「そうですね・・・現在はランクCの上位クラス、という所でしょうか・・・攻撃力だけで言えば、ランクBにも匹敵しています」
「ふむ・・・攻撃力特化はわかっていたが・・・攻撃力だけならば、ランクBクラスか・・・遺跡だけなら、問題はなさそうか。あそこ硬い敵が多いだけだしな・・・」
暦も然り藤堂も然りだが、基本的に刀使いというのは攻撃力と回避力が高い。一撃特化型と言える。それ故、剣道部の面々については総じて攻撃力が高かった。それを、カイトが考慮に入れる。
「考えられるプランとしては、西ルートを通って北上か、南下か。そのどちらかが最適では無いですか? 後々を考えたいですし・・・」
「最終目的地を妖精達の里にするか、南の村にするか、ですか・・・」
カイトから提案された提案を、旭姫が考え始める。が、ほとんど考える必要も無かった。
「どちらでも問題はありませんが・・・問題が無いというだけですね」
「かと・・・では、北側ルートでよろしいですか? あそこは小型の魔物が多いですから・・・それに、妖精達も協力してくれるかもしれませんしね。そこら、今から相談しますけど・・・」
「確かに、巡回の小型ゴーレムもありますし・・・妖精の里の前、『迷いの森』にも行くべきでしょうね。妖精達への助力は是非とも申し出なさい」
旭姫は地図の一点――妖精達の里――を指差して、更にその周囲の森を指し示す。そこら一体が、妖精達の管理下にある『迷いの森』と言われる地域だった。危険は危険なのだが、遺跡の後も考えて剣道部の面々が練習しておくべき小柄で素早い魔物が多い。行っておくべきだろう、という判断だった。
ちなみに、危険というのは魔物という意味ではなく、その森そのものが危険だ、という事だ。幸いカイトとユリィが同行するので問題は無いがもし万が一、二人や妖精、もしくは妖精族に認められていない者が入った場合は、少々困った事――最悪は死に至る――になるのであった。
「じゃあ、北・西・北のルートで?」
「ええ、それで良いでしょう。カイト、人員の方は?」
「連れて行くのは主力となる剣道部。人数が人数ですし、全員が料理が出来るわけではなさそうなのでご飯を作ってもらうのに椿を連れて行くつもりです。疲れてご飯を、というのも些か、ね」
「他の者は?」
「従者勢はまあ、森の更に奥で鍛錬を。旭姫様にお相手頂ければ。彼らも中層と下層で参加予定ですからね」
カイトは笑いながら、参加する者の中でも更に上の腕を持つステラ達についてを言及する。彼女らも参加予定だ。というよりも、彼女らにも参加してもらわなければ手が足りない。更には軍では力量も足りていない。笑い話にしかならないが、彼女ら公爵家従者勢は軍人よりも遥かに強いのであった。
「わかりました。良いでしょう。たまには彼らの面倒も良いですからね・・・それ以外は?」
「他についてはいつもと同じ依頼をこなし、それを鍛錬とさせています。結局、冒険者の活動と今回の遺跡探索はほぼおなじです。特殊な難易度を誇る所にさえ行こうと思わなければ、それで良いでしょう」
「・・・確かに、それもそうですね。そして学園の事もある身。仕方がないでしょう」
カイトの言葉を僅かに逡巡した旭姫は、それをよしと認める事にする。そうして、とりあえずの道のりが確定する。
「じゃあ、今回は二週間ほどで良いですか?」
「ええ」
「兄弟子も?」
「ああ。それで行こう。道中は頼むぞ」
カイトはチューンの言葉を受けて、立ち上がる。やることは多い。ソラの補佐の手はずに由利の補佐の手はず。遠征に行くのなら、その手はずもある。更には妖精族の族長に森に入る許可を取る必要もある。それに、自らの最終調整への行動も必要だ。
「さて・・・じゃあ、活動開始だ」
カイトの言葉を受けて、全員が動き始める。そうして、その日一日は鍛錬の旅の準備で終わる事になるのだった。
数日後。カイトは古来ながらの装備を背負う。今回の旅路は徒歩だ。馬車は使わない。いや、一応荷物を運ぶ為に地竜は使うつもりだ。が、これは当日に道中で鹵獲するつもりだった。
「ほ、本気・・・ですか?」
「ああ、本気」
藤堂の問いかけに、旭姫――小次郎ver――が笑顔で頷く。今週は旅をする、とは知らされていたが、まさかこんな旅路をするとは思ってもいなかったのである。
「まずは、竜を捕獲。全てはそれからだ」
前提段階で可怪しい。藤堂がそう思うのも無理は無い。そもそも竜とは最強種の一角だ。それを捕らえる事からはじめよう、なぞ旅として巫山戯ていた。しかも、巫山戯ているのはそれだけではない。
「食料は現地調達、一応予備の飲食料とテント系だけは保持・・・完全サバイバル・・・ですか? しかも、森で?」
死ぬ気か、と木更津が言外に問いかける。だがそう問いたくなるのも仕方がない。行く森は妖精達が結界を仕掛けて入り込んだ者を迷うようにしている『迷いの森』だ。一歩でも油断すれば死である。
しかも、ここの最大の悪い所は、簡単に言ってこの森そのものが危険だ、という所だ。妖精達が侵入者迎撃用に<<迷いの結界>>という特殊な結界を展開しているだけでなく、食人植物という危険な植物も生えているのである。
「大丈夫だって。森に食料は豊富だし、妖精のユリィも一緒。基本的に妖精の森は妖精が一緒だったら結界も効力を持たないし、食人植物の所になんて案内されない」
「でも・・・食料は自分で調達、なんでしょう?」
「じゃないと森籠りの意味無いからな」
暦の問いかけに対して、旭姫が平然と答える。彼女としては不安なのは食料が豊富な森よりも、道中の方だった。
「オレとしちゃどっちかというと、道中の方が不安だぞ。魔物の捌き方、食べられる部位、その他諸々の図鑑があるけど・・・取れるかどうかは不明。予備の食料はそっちで使う予定にしとかないと、後で困るぞ。ついでに、採った木の実なんかは乾燥させて保存出来る様に、とかを学んどかないとな」
旭姫は更に続ける。ここらは剣術とは関係は無いが、旅をする上では必要だ。今回のメインは戦いだが、同時に必要なスキルも上達させておこう、と考えたのである。とは言え、きちんとそこらを考えても居る。
「まあ、幸いカイトもこっちのチューン達も全員出来るから、今回はそれを見て学べ、ってこと。料理は椿がしてくれるしな」
旅の準備を進めているカイト達を、旭姫が指し示す。今回、一同はかなり危険なルートを通るつもりだ。魔物のランクは最低でもC、最高になるとAになる様な危険地帯も含まれていた。それ故、誰もがフル装備だった。
「まあ、ランクCクラスの魔物はお前らが退治、ランクBはカイトとユリィ。ランクA以上はオレとこいつら。そういうわけで、気合を入れてかからないと、本当に死ぬぞ?」
旭姫の言葉に、剣道部の誰かが喉を鳴らした。何ら遜色なく、死ぬ可能性がある、と気付いたからだ。そうして、藤堂達は気合を入れ直す。確かに、ここ数ヶ月の総仕上げに相応しいだけの難易度を誇る旅路になりそうだった。
「あ、後一つ・・・飲水の確保は気をつけること。水辺は当然魔物も動物も集まるからな」
「はい」
一同の引き締めが終わったのを見て、旭姫が改めて注意事項を説明しておく。ここらは藤堂達も冒険者として活動している以上把握していることだが、改めて注意しておいて損は無い。油断大敵だ。
「えーっと・・・後は・・・なんかあった?」
「え? えーっと・・・あ、そうだ。キノコあっても口にすんな。特に怪しいキノコな」
唐突に水を向けられて少し言い淀んだカイトの言葉に、旭姫が何処か訳知り顔で頷く。聞いたことがあったらしい。
「腹壊す、毒にあたる、とかならまだいい」
その時点で良くないだろう、というツッコミは全員胸に仕舞いこんでおく事にする。が、カイトは本当にここらはまだ良い方だと思っていた。そして、多くの熟練の冒険者であれば、そう言うだろう。
「最悪はエロエロというか、催淫効果のあるキノコとかある。あれは色々と厄介だ」
「・・・先輩、そっちのが厄介なのは多分先輩だけです」
カイトの言葉に、暦が指摘する。が、これはそれを知らないからだ。だからこそ、カイトはその指摘に猛抗議を入れた。
「あぁ!? あれ食った後理性ぶっ飛んでどうなったか知ってる奴なら、そんな事言えねーよ! 毒とか腹下すとかは一義的にゃてめぇ一人で被害済むんだよ! 数日旅休んでりゃどうにでもなるからな! エロエロは分かるか! 女絡むんだよ! 最悪はオレの聞いた冒険者の話だとアッーとかあったとか言ってたぞ! こっちのがやべぇんだよ! 分かるか! 厄介なのは肉体に来るモンじゃねぇんだ! 精神にダメージあるのがやばいんだよ! 覚えとけ!」
ぜぇはぁと肩で息をしながら、カイトが語り終える。口調が思わず素に戻る程だ。よほどの何かがあったのだろう。おそらく、カイトは食べたか食べさせられたか、なのだろう。
いや、確かにそれはそうだろう。腹下しや毒ならば、最悪は自分一人が痛い目を見た、で済まされるのだ。まあ、旅の同行者が居ればそれなりに迷惑が掛かるだろうが、所詮それもそれなりに、だ。
が、催淫効果だけは違う。かつてカイトとのふたり旅のメルを見れば分かる。彼女は未だにあの時の事を思い出しては、顔を真っ赤にしている。だが、これはカイトが未遂で終わらせたから良かった、なのだ。
これが見ず知らずの相手に実際に行為に及んでいたりすると、もう目も当てられない。性に奔放な相手ならまだ良いが、場合によっては精神的ショックは大きいだろう。逆でも罪悪感でひどい事になる。両者共に負うダメージが桁違いなのであった。
「あ・・・はぁ・・・えっと・・・すいませんでした・・・」
「分かればいい。じゃあさっさと用意して行くぞ。今日中に結構進むんだし、地竜捕縛も今日中だぞ」
あまりのカイトの剣幕に、暦が謝罪する。カイトもそれを受けて納得して頷いて、用意を進めていく事にする。
「一体何が・・・」
「知らない方が良い事って多いよ? 間違って変な事になりたくないならね」
困惑する一同を前に、ユリィが笑顔で告げる。だが、彼女の目が語っていた。何も聞くな、と。つまり、彼女が関わっていたのだろう。
間違って、と言う所を見ると、どうやら彼女が何時も通り何かのいたずらを仕掛けてそこで何か彼女も想定していない間違いが生じてしまったらしい。
後にそれ以降、食事にいたずらは仕掛けなくなった、と言っていた。ぼそりと笑い茸だって言われたのに、とも呟いていた。どうやら彼女も被害者らしい。
そうして、その二人の微妙に高圧的な剣幕に何も言えずに、暦達剣道部の面々も旅の用意を手伝う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第639話『旅は道連れ』




