第637話 どうするか・どうしたいか
ナナミを冒険部で迎え入れる事を決めて、更に数日。ソラは一度ミナド村に戻ると、本来の仕事を終わらせて、再びマクスウェルに戻る事になった。
幸い、今回の帰還についてはアル達が見回りの帰りに一緒に飛空艇で、という事だったので、帰りは一日で済んだ。馬車が戦闘で失われた所為で仕方がなかった、という所も大きかった。
馬は無事だが、荷馬車は破壊されてしまっている。流石にこれでは帰れないのだ。代替の足を用意しようにも、どこもかしこも似たような状況だ。軍も動かざるを得なかったのである。
「はー・・・やっと終わった・・・今思や、むちゃくちゃ疲れた・・・」
「ねー・・・」
ソラと由利は飛空艇から降りると、疲れた様に声を零す。とは言え、まだ終わったわけではない。最後まで、引率は続くのだ。
「よーし! じゃあ、全員、ギルドホームまで帰るぞー!」
「おーう!」
ソラの言葉を受けて、冒険部の面々が歩き始める。が、元々冒険者であった後から入ってきた面子は、はじめての飛空艇だった者も多く、口々に興奮を述べ合っていたりした。
「おーい! 良いから行くぞー!」
「珍しくない・・・のかなぁ?」
「だってさ・・・」
既に飛空艇は乗り慣れたものなので驚かない冒険部の面々に、苦笑というか変な気がしつつも、彼らもそれに従って歩き始める。
そうして、一同は冒険部ギルドホームにまで歩いて行く事になるが、ギルドホームに入ると同時に、ソラと由利、そして一部の面々が、そこに居たエプロン姿のナナミに目を瞬かせる事になった。。
「あ、ソラくん! おかえりー!」
「え・・・? え・・・? えぇ!? 帰ったんじゃなかったのか!?」
「ああ、私も冒険部? で雇ってもらったの」
「えぇー!」
ナナミからの返答に、由利やソラが大声で驚愕を浮かべる。そして、由利はいの一番に、早足どころかホールをジャンプですっ飛ばして、執務室に入っていく。その隙に、ナナミは驚いたままのソラの手を引っ掴んで、少し離れた所に移動する。
「えっと・・・ソラくん。一応、言っておこう、って思って」
「・・・うん」
「好き、です」
どうやら覚悟は完全に固まっていたのか顔を真っ赤にもせずに言われた言葉に、ついにか、とソラは内心で思う。
だが、彼の方には答えはまだ、出ていなかった。出せるわけも無いだろう。そんな性格では、ソラは無かった。人生経験も足りていない。そして、それはナナミも把握済み、だ。だからこそ、勝手にナナミが更に続けた。
「答えは今でなくて良いから・・・でも、何時か、聞かせて? じゃあね!」
ナナミは真っ赤になりながらも朗らかな笑顔でそう告げると、その場を後にする。そもそも彼女はまだ仕事中、だ。そんな場合では無い。
なので、呆然とするソラを前に、ナナミはたたた、と歩き去る。こうして、ソラは暫くの間、悩みを抱える事になるのだった。
その一方、由利の方はというと、カイトに対して烈火の如く怒りをぶちまけていた。一瞬で全てを理解したのだ。
「だから、どういうつもり?」
「そのままだ。人手が足りないから、雇い入れた・・・まあ、それで納得してくれ、というのも無理な話、だろうさ。わかってるって」
カイトは苦笑しながら、如何にも不満です、を満載にした由利にとりあえず落ち着いて座る様に指示すると、更に椿にお茶を用意させる。そうして、椿がお茶を入れた所で、ソラもやって来た。そんな彼の顔に、一同がこの状況と今までの状況から、何があったのかを察する。
「・・・さて・・・じゃあ、まあ、何故ナナミさんをウチで雇い入れたのか、という話に入ろうか」
「・・・おう」
「ん」
不機嫌そうな由利と複雑な表情をするソラに促されて、カイトは口を開く。当たり前だが、彼も何も語らないでおこう、とは思っていない。
「まあ、大義的には人手が足りないから、で済むが・・・」
とりあえず、カイトは先に由利にも述べた大命題を明言しておく。これは当然、存在している。冒険部の特殊な事情があり、如何に戦いに出ない面子だとしても、即座に人を迎え入れる事は出来ない。
それを考えれば、裏取りが終わっているとも言えるナナミはまさに、うってつけの人材と言えただろう。とは言え、そんな事でカイトが彼らに相談も無しに、というわけではないだろう。
「まあ、わかってるんだろうが・・・彼女が望んだから、というのが、大きい。そして、ソラ。お前がどうしたいか、という選択肢でもある」
「俺が・・・どうしたいか・・・?」
「遠ざけた所で、そりゃ結局結論を出さない様に逃げているだけだ。そりゃ、流石にオレはオレとして許せない。お前も後悔するだろうさ。まあ、そこらは、とりあえず由利と話し合って決めろ。前にも言ったが、オレはサポートするだけだ」
どうすべきか、と問われても答えを出せないソラに、カイトは改めて明言する。確かに、力になってやる、とは言った。
だが、それは同時に主体的に解決してやる、という意味では無い。あくまで力を貸す、という事にすぎない。そして、その第一歩がまずはこれ、だった。
「とりあえず、お前は由利に言うべきことがあるだろ。それを、まずは伝えろ。全部はそこから、だ」
「・・・ああ」
カイトの言葉に、ソラが真剣な顔で頷く。どうすべきか、を考えるにも、由利に伝えなければならない事があるのは、事実だ。それは言うまでもない事、だった。
「まあ、その前に・・・お前は一度その眉間の皺取るのに風呂入って来い。で、由利は少し話聞け」
「いや」
「俺は・・・とりあえず、風呂入ってきて良いか?」
「ん」
カイトの言葉に拒絶した由利は、ソラの求めには応じる。まあ、どちらにせよ今は時間と距離を置いておきたい、という心理も働いたようだ。そうして、ソラが去った後、由利が告げる。
「そもそもさ。カイトは自分が異常で異質だ、って気づいてないじゃん」
「痛いところをいきなり突いてくるな・・・」
由利の一撃に、カイトは苦笑するしかない。それを言われると、カイトは非常に困る。いや、カイトが異質なのでは無く、この世界が地球とはまさに異なっているが故、なのだが。
「ん・・・まあ、それはそうといえばそうなんだが・・・オレが話をするのは、些か問題がある。悪いが、ティナ・・・頼んでいいか?」
「しょうがないのう・・・まあ、ここらは、余の領分にならざるを得まい」
カイトの求めに応じて、ティナが説明を変わる事にする。当たり前だが、カイトは異性なのだ。まともに話を聞かせるにも、今のままでは問題だ。しかも彼の思考形態は異質だ。話が通じるわけがない。というわけで、由利にティナが問いかける。
「そもそも、由利よ。お主、何を怒っておる?」
「え・・・?」
問われた由利は、思わず呆気にとられて目を瞬かせる。だが、同時にふと、気付いた。自分は何に怒っているのだろうか、と。
「えっと・・・あの・・・あれ・・・?」
「分かっとらんようじゃな。まあ、それでも勝手に動く分、身体の方は、分かっとるようじゃがのう」
混乱する由利に対して、ティナが薄く苦笑しながら告げる。ここら、魅衣や桜はすぐに把握したことだったが、由利にはその経験が乏しかった為、理解出来ていなかったようだ。
「嫉妬した、んじゃろう?」
「・・・うん。多分・・・」
真っ赤になりながらも、由利はティナの言葉を認める。分かれば苦労はしない。嫉妬したのだ。今まで抑え込まれていたからこそ、それが一気に表に出て唐突に身体を動かしてしまったのである。
「それで良い。それが普通じゃ。じゃが、余も魅衣達も普通ではない。故に、アドバイスは送れん・・・が、それでも一つだけ、アドバイスを送っておいてやろう」
嫉妬は普通の感情だ、とティナは敢えて認めたうえで、アドバイスを送る事にする。
「そも、何故ハーレムが成立するのか。それを、考えるのが良いじゃろうな・・・諦め云々は別として、じゃぞ?」
「? わかんない」
ティナは苦笑気味に、一応の所は言い含めておく。これで女の子が諦めたから、と身も蓋もない事を言われてはそれで終わりだ。だからこそ、由利の言葉は当然だった。
「だから、考えてみい。どちらにせよ今のお主らには時間が必要じゃ・・・キャットファイトなぞごめんじゃからな。少々、頭を冷やす意味でも、考えると良いじゃろう」
「むー・・・」
不満気ではあったが、親友からの言葉だ。そして元来、彼女は冷静な少女なのだ。なんとか由利は落ち着いて、とりあえずは考えてみる事にする。こればかりは、彼女が答えを出すしかないことだ。
しかも、ソラは昔からモテてはいたのだ。付き合うきっかけが無かった上に、周囲にティナや由利、魅衣ら一定以上の容姿を持ち合わせる少女達が単なる友人として居た為に誰も告白出来なかっただけだ。
とは言え、今後も無いとは誰も言い切れないし、現にナナミは告白した。今後彼が告白される度に似たような事は起き得る。
その度に不機嫌になるのは致し方がない事なのだろうが、その度に行動を制御できない程に不機嫌になっても問題だろう。何処かで、何らかの折り合いを付ける事は必要だった。ティナはそれを促す事にしたのだ。
「そういうわけじゃから、とりあえずは風呂に入って来い。落ち着いてみれば、見える事もあろう」
「・・・うん」
ティナの更なるアドバイスを受けて、ようやく由利も納得が出来たらしい。そうしてそれを受けて、由利は一度自室に戻る事にする。
どちらにせよ荷物はそのまま玄関に放置してあるのだ。それを考えれば、取りに戻る必要もがあった。そうして、そんな由利が去る直前、カイトが由利に告げる。
「ああ・・・そういえば、一つだけ、言っておく。オレはソラに何かアドバイスを送る事無いから」
「っ・・・お父さんかって・・・でもまあ・・・その、ありがと」
カイトの言葉に、由利が背を向けながら感謝を示す。結局、この二人には彼女はおんぶに抱っこの状態だ。だからこそ、不機嫌にはなったが、悪くは思わなかった。そうして、彼女が出て行った後、その言葉に瞬が首を傾げる。
「何もアドバイスはしてやらないのか?」
「オレがか? まあ、少し考えがあってな・・・と言うか、先輩。一応、我が身を振り返れ。明日は我が身、だぞ」
「うん?」
「やれやれ・・・」
どうやら彼は自分が並外れた美丈夫である事は理解出来ていなかったらしい。そんな瞬に、カイトは少し呆れ気味に苦笑する。
そんな彼だが、更に悪いのは最近は好いた女が出来た事でオシャレにも少々気を使い始めていた。ということで、好きな人に告白していないのなら、とアピールを掛けられていた事をカイトは知っている。が、当人は気付いていない様子だった。アピールでは駄目なのだ。グイグイ行くべきだろう。
「まあ、それが先輩らしさだろうけどな・・・」
「? まあ、良い。あいつらは答えを出せるのか?」
「出させるし、出せる。オレも通った道だからな」
「は?」
「おいおい・・・オレも元は日本人の少年だぞ? ソラと変わらない道を通った。だから、オレははっきりとしたアドバイスはしなかったんだよ」
カイトは自らの答えにたどり着いて、それを己の答えとした。その結果が、彼のハーレムだ。だからこそ、カイトはソラに何も言わない、と由利に明言したのだ。結果に影響を与える事になるからだ。
そしてそれを直感的に理解したからこそ、由利は感謝を述べたのである。この結果だけは、ソラには誰の影響も受けずに自分で出して欲しかったのである。アドバイスを受けるのも良いだろう。それは仕方がないとわかっている。だが、影響だけは受けてほしくなかった。
「お前はどういう風に結論を下したんだ?」
「オレか?」
この場にはすでに二人は居ない。だからこそ、瞬はカイトに問いかける。彼は自らで答えを出したのだ。だからこそ、誰もがそれを受け入れている。その答えには、少々興味があったのである。そうして、カイトは自らの過去を思い出す。が、そうして浮かんだのは苦笑だ。
「・・・少しだけ、だぞ? オレ、旅の最中に付き合ったのは一人なんだが・・・惚れた女は結構居たんだよ。旅の後半にはな。シャル、旭姫様、アリサ、真珠の双子姫・・・まあ、多いな」
「今思い直せば、余なぞその最後の最後に加わった様なものじゃな」
ティナも苦笑気味に、カイトの言葉に同意する。それだけ、カイトが気付かなかっただけで当時もいい女が多かったという左証でもあった。
「・・・聞いたこと無い名前が結構あるんですが・・・」
「アリサは人魚の姫君。歌姫だ。世界の歌姫、といやああいつが必ず含まれる。本屋行って来い。で、真珠の双子姫は・・・一度語ってないか? 手紙が三ヶ月に一度送られてきてる、って。姉妹のどちらかが、送ってくる。返せないのは、申し訳ないんだがな・・・」
カイトの言葉に、全員が記憶をたぐる。そうして思い出したのは、第二回トーナメントの前日の事だ。あの日、確かにそんな事を言われていた気がする。と、そうして浮かんだのは、何故名前を呼ばないのか、という疑問だった。
「でも、じゃあなんで名前呼んであげないの?」
「一族の風習だ。名前はこれと認めた相手で無ければ呼んではならない、という風習な。こういう名前に関する風習は結構多いから覚えておいて損は無いぞ。当人の居ない所で語れないからな」
「そうなのか?」
「ウチの領土の中にも居るが・・・そうか。多いのは北西部の森林地帯だから、お前らは行ったこと無いのか・・・」
カイトは意外と誰も行っていない方向だった、と思い直す。多いのは北西部なのだが、そちらに行くのは稀だ。というのも、あちらの方向はマクスウェルからは遠く、それ関連の依頼が持ち込まれる事が稀だからだ。マクダウェル領はエンテシア皇国一広いのだ。行ったことが無いのは仕方がない。
「獣人系の一族の一部には、そういうのはある。誇り高い一族が多いからな。気をつけろよ。と言うか、実はぶっちゃけると、神狼族とかガチでそれだ。死んだから良いよね、とルゥは言ってるが・・・あそこ、ガチで殺されかねないから気をつけろよ」
「え?」
いつもニコニコと主を弄ぶ未亡人の狼の隠された真実に、一同は唖然となる。と、そんな所に、ルゥが現れる。
「まあ、貴方達は良いのですわ。なにせ、旦那様のご友人。大半の方については過去から見知っておりますし」
「大昔はこれでも本気で一撃死とかやってるからな。まあ、ルゥルの方はまだマシなんでそこまで気を付けないで良いんだが・・・それでも、安易に人前で名前は呼ばないようにな」
「早めに言っておいてくださいな・・・」
いつのまにやら執務室に入ってきていた瑞樹がカイトの言葉にため息を吐いた。彼女は実は唯一、ルゥルと遭遇済みだった。その時はそんな事を匂わせてもいなかったのである。
「あー・・・そういえば会ってるんだっけ・・・あはは。まあ、あれは例外と言うかなんというか・・・」
「旦那様の所為、の一言で済みますわ」
「いや、ごもっとも」
ルゥの言葉に、カイトは苦笑しつつも頷くしか無い。大戦後、甚大な被害を被った神狼族はとりあえずカイトの庇護下に入る事にして、幼くして族長を継ぐ事になったルゥルも母親と共に居た方が良いだろう、と一緒に来たのだ。
が、それがいけなかった。カイト達と一緒ということは、色々と常識が吹き飛んだ部隊も一緒なのだ。ということで、彼女はそんな部隊の下で育つ事になり、天真爛漫さを持ちあわせてそんな風習なぞどこ吹く風、という族長になってしまったのである。
「ちなみに言っておくけど、クズハと街にいるエリスのハイ・エルフもそうだからね」
「・・・はい。私の責任です」
ユリィの言葉を聞いて一同が注目したのを見て、カイトが言外の言葉を認める。が、これについては、ルゥも一家言あったようだ。
「まあ、そうじゃないとクズハちゃんも今の性格にはなりませんでしたので、これは良い事、なのでしょう。特に彼らエルフ種はお高くとまりすぎですもの」
フィーネやティーネを見ていると不思議に思われるのだが、実はエルフ達は本来排他的かつかなりお高くとまった性格だ。友好的なエルフなぞマクダウェル領でしか見られないのであった。まあ、これはドワーフ達も然り、なのだが。実はそれ故、クズハは滅多に里帰りしない。嫌になるからだ。
「はぁ・・・」
「で、瑞樹。仕事が終わったのか?」
「え? あ、ああ、そうでしたわ。カイトさん、小次郎さんがお呼びですわよ? そろそろ訓練をやれ、と」
「あ・・・そうか。もうそんな時間か・・・」
瑞樹はどうやらカイトを呼びに来ただけらしい。ぽむ、と手を叩いて要件を伝える。そもそもその修業の前に仕事を終わらせておこう、としていた所に今の騒動だ。すっかり忘れてしまっていた。
「すまん、桜。悪いがソラと由利には鍛錬を再開してくるから、と伝えておいてくれ。あいつらは今度の潜入の頭数に入っていないから、少し休憩を兼ねておけ、と言っておいてくれ。当分は訓練にも身に入らないだろうからな」
「あ、はい。わかりました」
カイトの言葉を聞いて、桜が頷く。彼女の訓練は基本的に今も変わらず爪型の魔道具を使ってやっている。ここででも問題は無かった。ティナに頼まなかったのは、彼女にも仕事があるからだ。
色々とその後の経過を観察しておいてあげたい所だったのだが、仕事は仕事だ。しなければならない。そういうわけで、カイトが立ち上がって、歩き始める。こうして、カイトは再び修行をやり直す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。暫くソラはお休みです。
次回予告:第638話『修行再開』




