第636話 決断は下されず
シャギら古代の神シャギアを奉る宗教集団の討伐戦から、数日後。この日になり、ようやく大方の検査が終わり、拐われた者達の居た村の有力者達と拐われていた者達の面会許可が下りた。
「身体に変わりはないか?」
「うん。まあ、拐われてすぐに助けてもらえたしね」
ミナド村の村長の問いかけに、ナナミが笑顔で頷く。流石に病院に来た初日は怖くて震えて眠れない事もあったが、既に治療は開始されていたし、ここ数日はソラや由利――エルロードの計らいで飛空艇に乗せてもらえた――がひっきりなしにお見舞いに来てくれていたのだ。既に笑顔も戻り、何時も通りだった。
とりあえず今は検査結果を待ち、問題無い、と言われるのを待っているという所だろう。まあ、それ故に家族との面会許可が下りたのでもあるのだが。
「ふむ・・・では、もう少しで帰れそうだな」
「うん・・・」
村長の言葉に、ナナミが少しだけ、考えこむ様な顔になる。それに、村長はナナミが切り出すのを待つ事にした。彼はソラ達から何があってこんな事になったのか、というのを聞かされていた。それ故、何時かは来るだろう、という事が今なのだ、と直感で理解していたのである。
「ねえ、お父さん・・・」
「うむ・・・」
ナナミが、切り出した。それに、彼もようやくか、と何処か感慨深げでそれでいて、少し寂しそうな顔で、応ずるのだった。
話は少しだけ、遡る。それは、村長の面会許可が下りる少し前の事だ。その日、カイトは一応知り合いとして一度は訪れておくべきだろう、と別の用事もあったのでその待ち時間を利用して、ナナミの部屋を訪れていた。
すると、そこには既にコラソンがやって来ていた。彼は村長達に先駆けて、面会の許可が下りていたのである。一人も会えないのは逆に精神的に悪い、と警備隊同伴など腕の立つ者限定で、先んじて許可されていたのだ。
「カイト・・・だったよな?」
「ええ」
「ありがとう。感謝する」
コラソンがカイトの手を取って、改めて感謝を示す。カイトとコラソンが出会うのはあの救助作戦以降、一度も無かった。まあ、カイトが今回の報告やその続報の取り纏め、捉えた幹部達の尋問結果の検証等でシアやメルと動いていた為忙しく、予定が合わなかった事が大きかった。
「いえ・・・オレは自分の仲間を助けただけ、です。妹さんが無事で良かった」
「ああ・・・」
「ナナミさんも今までお見舞いが遅れて、すまなかった」
「あ、ううん。ソラくんとかひっきりなしに来てくれてたから・・・」
カイトの言葉に、ナナミが笑いながら首を振る。そうして、少しのやり取りの後、ナナミが意を決して、カイトに切り出した。
「あの・・・」
「どうした?」
「・・・私を、ギルドで雇ってください」
ベッドの上から、ナナミが頭を下げる。それに、コラソンが目を瞬かせて、カイトは微笑みを浮かべる。
「・・・恋する乙女は強い、か・・・良いぞ。役職は調理師で良いか? 得意、って聞いてるからな」
「ありがとうございます」
「え・・・? 良いのか?」
即決をしたカイトに対して、コラソンが問いかける。いきなりの妹の発言にも驚いたが、同時にカイトの即決にも驚いた。なにせ理由も何も問わず、だったのだ。
「理由はわかってますし、出来る事もわかっている。人手が足りないのも事実。迷う必要が?」
「はへー・・・」
ここまでの事を一瞬で判断して、それで更に自らの利益等を考慮して、でなければギルドマスターとは務められないのか、とコラソンが思わず口を開けたまま、閉じられなくなる。とは言え、当たり前だが何の条件も無し、では無かった。
「が、当然だが、親御さんの許可は取ってくれ。そこまでは、オレも面倒見きれんからな」
「はい」
カイトの命令に、ナナミが頭を下げる。当然の事だ。彼女はまだ、親の庇護下に居たのだ。親の許可を取るのは当然ではあった。
「じゃあ、全部が終わったら、またオレの所に来てくれ。オレはこちらで必要な手はずを整えておく」
「ありがとうございます」
そうして、暫くのやり取りの後。カイトはギルドに入る為に必要な手続きを行う上で必要な事をナナミに伝えると、部屋を後にする。本来の予定は、ナナミとの面会では無いのだ。そちらに向かったのである。
「・・・はぁ。ちっさい妹だ、と思ってたのにな・・・」
「ちっさい、と思っていたら、すぐに大きくなってるもん、ですよ。妹って」
一緒に出てきたコラソンに、カイトが苦笑する。コラソンは村長達を呼びに行く為に出たのである。
「妹、居るのか?」
「ええ・・・まあ、数年前まではよく懐いてくれてたんですけど・・・ね。どうやら反抗期に入ったらしくて・・・」
「そりゃ・・・そうか。お前とは、何時か美味い酒でも飲めそうだな」
「あはは、その時は、ぜひ」
コラソンの言葉に、カイトが苦笑して同意する。幾ら勇者と讃えられようと、結局彼もまた単なる一人の兄に過ぎない事もまた、事実なのだ。それ故、何も知らぬ妹からは、普通の兄として扱われていた。そして少し歩いた所で、カイトとコラソンは分かれて、それぞれの向かうべき所に向かうのだった。
そして、時は今に戻る。村長は娘から、自分の想いを伝えられていた。
「・・・分かった。好きになさい」
「・・・ありがとう、お父さん」
「だが、便りは一週間に一度、送ること。向こうの皆さんにご迷惑をおかけしない事・・・」
村長は娘に、しっかりと送り出す為に必要な事を伝えていく。地球の様に電話一本、というわけにはいかないのだ。時折便りを寄越す様に、という事や、至極当然の事まで様々、だった。そうして、それらを一通り伝え終えると、コラソンを伴い、彼は娘の病室を後にする事にした。
「・・・じゃあ、儂らは母さんに伝えてくる・・・後でしっかり、お前からも言ってあげなさい」
「うん・・・お見舞い、ありがとね」
「うむ」
ベッドから下りたナナミに見送られて、二人は病室を後にする。ナナミの母親とコリン、そしてコラソンの妻がこちらに来ていたが、流石にいっぺんに来るというのはナナミの負担になるかも、と思って先に二人だけが先に来たのである。顔を見せて大丈夫だ、と判断した後、連れてくるつもりだったのだ。
「良かったのか?」
「お前が言うな、バカ息子」
「うっ・・・」
村を出る事に許可を出した父に対して問い掛けたコラソンだが、叱責する様に告げられた言葉に彼は何も言えなくなる。
きちんと父に相談したナナミに対して、コラソンは半ば家出同然に出て行ったのだ。無理もない言葉だったろう。が、それでも、きちんと彼は答えてくれた。今ではしっかり自分がバカな事をした、と理解していたのだ。だからこそ、父となった息子に対して、教えるべき事を教えねばならなかったのだ。
「・・・娘がようやく、自分の道を歩もうというのだ・・・喩えそれが横恋慕の心情、と言えども、親としては応援したいのだ」
「・・・そうか・・・って、なあ・・・もし俺が冒険者になる、っつってたら、了承してくれてたのか?」
「バカモン。普通に怒鳴りつけたに決まっておろう。ナナミは単なるお手伝い。お主の様な生命を賭けるわけでは無い。危険度に天と地の差がある。そこを一緒にするな」
コラソンの言葉に、村長が笑いながら告げる。彼でも、そりゃそうだ、と思った。だからこそ、彼自身が馬鹿な事を、と思っていたのだ。それにコラソンが苦笑を浮かべて、歩いて妻と息子、そして母親の待つ所に向かっていくのだった。
一方、その頃。カイトはサシャの所にやって来ていた。彼女だけは長期間の洗脳の影響か、まだ、目覚めていなかった。病室の前には、二人の老夫婦が立っていた。
「神使様・・・有難う御座いました」
「いえ・・・私も、私の神の力が悪用されているのを見逃せず、手を貸したまで・・・娘さんの状況に気付けず、申し訳ない」
カイトが病院に来た理由とは、サシャの家族だった。彼女の父母が神殿都市からこちらに来たので、カイトは顔を見せに来たのである。
「いえ・・・我が娘も神使様に助けていただき本望でしょう」
「そう言っていただければ・・・娘さんについては、私が口添えをさせていただきました。検査でもこの現状を見れば、公爵家の方々も皇都の調査官達も何も言われませんでしょう」
カイトは痛ましげに、未だ集中治療室で眠るサシャを見る。彼女はまだ目覚める予兆さえ無かった。5年以上もの長期間の洗脳は、彼女の中にまだ色濃く残されていたのである。完全に復帰出来るには今から数年の月日が必要だろう、とは医者の見立てだった。
「護衛の方たちは比較的軽度の洗脳でしたので、来月には退院出来るでしょう、と」
「・・・はい」
カイトは伝えるべき事を、二人に伝える。彼らは同時に、幹部としてもこの場にやって来ていた。それ故、カイトは神使として、公爵家からの伝言を伝えに来ていたのである。それ故、神使として応対する必要があったので、漆黒のローブを身に纏っていた。
「ただ・・・やはり、暫くは様子見が必要でしょう。冬ぐらいまでは、通院が必要になる、と」
カイトの言葉に、二人が少し沈痛な表情で頷く。サシャの側近達はサシャの古くからの馴染みで、老夫婦も彼女らとも親しくしていた。それ故、その現状には心を痛めていたのだ。
「あの・・・それで、娘の容体は・・・?」
「幸い信徒による洗脳ですので、かの悪神からの力に汚染されている、などということは無いでしょう・・・が、かなり精神の深い所まで、そして長時間に渡る洗脳が、一気に取り払われたのです。昏睡も致し方がない事でしょう。とは言え、人の心は意外と強い物。安心して良いと、私は思います」
「そうですか・・・」
喩えそれが根拠のない言葉でも、二人はほっと一息吐いた。そしてそれにカイトも一つ頷いて、更に続けた。
「後は医者とサシャ殿の自己治癒力に任せるしか、無いでしょう・・・なんでしたら、神殿都市への転院を依頼致しますが・・・」
「いえ・・・こちらの方が、設備が整っている。こちらでお願い致します」
「わかりました。公爵家にも、そうお伝え致しましょう」
サシャも側近達も事が全て終わってみてみれば、単なる犠牲者だ。彼女の治療費は公爵家と公安長官の私費――辞任出来なかった彼の精一杯の落とし所だったらしい――から保証されているし、病院にしても公爵家の経営している所ならば、どこでも良い。後は施設の問題と、家族の問題だった。
そうして、カイトは伝えるべき事を伝えると、その場を後にする。サシャの両親は更に側近の親族達との面会等色々とあるということでこの場に残る、という事だった。
「ふぅ・・・これで、とりあえずは終わりか・・・だろう? シャル・・・喩え幻でも、一目見れてよかったよ・・・桜達の事、ありがとな」
カイトは全てを終えて、今はまだ会えない神様に問いかける。だが、答えは無い。まだ彼女は、ここには居ない。だから、これは単なる独り言。そうして、カイトはその問いかけに答える様に神器が淡く光り輝いた事に気付かぬまま、病院を後にするのだった。
そんなやり取りから、翌日。カイトの所に、ミナド村の村長夫妻が訪れていた。内容はもちろん、ナナミの事だ。
「娘を・・・よろしく頼みます」
「はい・・・と言っても、ソラと由利に対処させるつもりですけどね」
「ありがとうございます。親の欲目かもしれませんが・・・料理は美味いですし、掃除も得意です。ご迷惑にはならないかと」
敢えて二人に世話役を任せる、と明言したカイトに、村長が頭を下げる。見知らぬ者よりもそちらの方が良いだろうし、ナナミの心情を考えればそれが良いのだろう。
ソラ達には、また事情を説明するつもりだ。それに、これはソラと由利が必ず通らねばならない所だ。彼らがこれから逃げる事だけは、カイトも許容しない。
「ええ。私もソラより聞いております・・・ですが、本当によろしいのですか?」
「いえ・・・それは、こちらのセリフです。本当に、よろしいのですか? こう言ってはなんですが・・・娘は村から出たことはほとんどなく、世間知らずの所はある。ただでさえ特殊な事情を抱えている皆さんが、と・・・」
村長の意見ももっとも、だ。確かにナナミは村の外の事を知らないだろう。そこを不安視するのは、分からない事では無い。だが、これはカイトから見れば取るに足らない事だった。それは彼が誰よりもゼロからはじめていればこそ、だった。
「皆、始めは未経験ですよ。はじめから知ったかぶってる奴がバカなだけです。それに、最近前線に出る面子を増やしたのは良いんですが・・・如何せん、後ろで支援してくれる面子に事欠く状況になってまして・・・シェフは雇いたいと思っていた所なんですよね。幸い、ナナミさんは事務方も得意でしょう。こちらとしても、ナナミさんの申し出はまさに渡りに船、とも言える。我々に問題は無く、後はそちらと」
「そうですか・・・私としては確かに横恋慕ではありますが・・・それでも、娘が真剣に選んだ道。応援してやりたいと思うのが、親の道なのです」
「まあ、横恋慕云々に関しては、複数の恋人を抱えた私が言えた義理では無いのですが・・・そこらは、こっちからも発破を掛けさせてもらいます。手は出しませんが・・・どんな結末になっても、後悔させないためにも。見守るつもりです」
村長からの言葉にカイトは苦笑しつつも、夏の終わり頃には決着させる、と明言する。というより、それ以上長引かせるのは、カイトとしてもその他面々としても、少し頂けない。少々優柔不断も過ぎるだろう。
今はまだ様子見をさせるつもりだが、ところどころで発破は掛けるつもりだった。そんなカイトに、村長が苦笑に近い笑みを浮かべる。
「あはは・・・貴方は父の様だ・・・とりあえず、娘をお願いします。それで、ソラさんに挨拶は本当にしない方が良いのですか?」
「ええ。どうせなら、驚かせてやろうかと・・・」
「あはは・・・わかりました」
カイトのイタズラっぽい笑みに、村長が笑いを浮かべる。まあ、どちらにせよソラと由利は相変わらず2日に一度はナナミのお見舞いに行っているので、そこからバレる可能性は無くはない。
当たればめっけもん、という所の悪戯だ。それ以前としてソラ達は昨日には飛空艇でミナド村に戻っていたのだ。作業の残りを終わらせて、更には部隊をこちらに戻さねばならないからだ。
「では、我々は一度村に戻り、用意を整える事にします。荷物は馬車でこの住所に送らせれば良いのですね?」
「ええ・・・すいません。ドタバタとなってしまい・・・」
カイトが村長へと小さく謝罪する。ナナミはこのまま、マクスウェルに残る事になっていた。幸い着替えは村長らが来る時に持ってきてくれていたし、他に必要な物――と言っても化粧道具程度――は郵送してくれる事になった。ナナミは戻る必要が無かったのだ。
「人員不足は結構深刻、でして・・・早い内にナナミさんには来てもらいたいんですよ。で、できれば、という事ですが・・・」
「いえ。所詮村とマクスウェル程度。その気になれば数日で会える距離です。別に別れを気にする事もありませんからね」
村長は少し寂しそうではあるが、笑ってそう告げる。何時かは来ると思っていた娘の独り立ちだ。下手にその時を長引かせたくない、という複雑な親心が混じっていたのかもしれない。そうして、そんな会話の後、村長夫妻が立ち上がった。あまり長居は出来ない、と判断したのである。
「わかりました・・・椿、お見送りを頼む。こちらは色々な手はずを整える」
「かしこまりました」
カイトの命を受けた椿に案内されて、村長夫妻がその場を後にする。そうして、その後。ユリィがカイトに語りかける。
「色々と変わってくね、世界は」
「だろうさ・・・後は、奴らに任せるしか無い」
「どうなるのかなー」
「さて、な・・・それはわからん・・・が、とりあえずわかってるのは、修行をそろそろ開始しないといけない、という事だろう」
カイトは苦笑気味に立ち上がる。理由は簡単。修行があるから、だ。浮遊都市レインガルドでの調査任務まで、残り一ヶ月。別にカイトには修行は必要が無いが、剣道部には必要だろう。そろそろ、強化合宿が必要な頃合いだったし、出来る頃合いでもあった。
それにそろそろカイトも本格的に修行をしていないと、対外的にも内部的にも問題な頃だったのだ。そうして、カイトは久し振りに旭姫の修行を受ける為に、移動することにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第637話『どうするか・どうしたいか』




