第635話 英雄達の集い
カイト達の圧勝で幕が下りた『破戒の魔使い』出現に纏わる騒動だが、魔物との戦いが終わった後にも、戦いが残っていた。それは金色の女性と、白銀の女性の戦いだった。
「あーもう、鬱陶しい!」
フランが放たれた飛び蹴りを苛立ち混じりに回避する。蹴撃は音速を超えた速度で放たれていたが、回避は余裕そうだった。
「あら? 雌犬如きの蹴撃も避けられないとは・・・お姫様は運動不足ですこと」
「淫乱な雌犬が吠えないで!」
「あらあら。一昨日も旦那様の閨で可愛らしく吠えていたのは貴方も同じですのに」
「うるさい!」
まあ、わかるだろうが、あえて明言しておく。フランが戦っていたのは、ルゥだった。実はレイが地上に降りた後、彼女の下に頭に青筋を浮かべたルゥが顕現したのである。口は災いの元、とどうやら雌犬発言を聞かれていたらしい。
「あー・・・まーたやってるよ、あいつら・・・」
戦いを終えた後。カイトが今だ響いていた爆音に首を傾げたわけであるが、交わり合う真紅と銀の光に全てを察した。片や誇り高き神獣の娘で、片や誇り高き<<夜王>>の血族だ。お互いに月に関係する者として、不倶戴天の敵に近かった。
「欲求不満なんじゃないのー?」
「一日一回抱いてやりゃ、収まるんじゃねえっすかね」
「お前らオレを殺す気か!」
隊員達の声に、カイトが怒鳴り散らす。すでに述べられているが、二人とは一昨日交わった所だ。なぜ二人一緒だったのか、というのはカイトの名誉と無粋なので伏せておくが、とりあえず二日前に交わった。発情期のある獣人が発情期でもないのに欲求不満になられては堪ったものではない。
「我の妹をまるで何処かの売女の様に言うのはよせ」
「おろ、レイ。来てたのか」
「赤い光はフランじゃなくて、貴方だったのね」
「フランに会いに来ただけだが、俗物が五月蝿くて仕方がなくてな」
フランがルゥと戦っている光だと思っていた隊員達は、中での戦いをサボって外で無双をしていたらしいレイに挨拶を交わす。発言が許可制のレイなのだが、すでに『無冠の部隊』の一同については諦めていた。
彼らは許可があろうがなかろうが、勝手に話し掛けるし勝手に喋る。おまけに軽く攻撃した所ではギャグのような対応になるだけだ。諦めた方が楽、と気付くのに時間は掛からなかった。まあ、そんな気楽な付き合いに喜びを覚えていた事も、彼は否定はしない。
「まあ、とりあえず駆けつけ三杯」
「頂こう」
とりあえずレイはそこら辺に腰掛けると、差し出されたワイングラスを受け取って真紅のワインを注いでもらう。戦いが終わったのなら、次にすべきは野営地に戻って祝勝会だ。
ということで、一同はフランとルゥの戦いをバックに宴会を行っていた。と言うか、二人の戦いは宴会の余興として受け入れている様子だった。
「そう言えば、レイ。メリーの奴元気か?」
「あ、おい」
そんな宴会の最中、ある隊員がレイにフランとは別の妹について問いかける。が、その名に、カイトは聞き覚えが無かった。
「メリー?」
「我の即位の少し前に生まれた妹だ。メリージェーンが正確な名だ」
「あら? 新しい妹が居たんですか?」
「ああ・・・が、すでに死んだ」
ルゥの蹴撃を防いだフランの問いかけ――彼女はカイトと共に地球に居た――に、何処か悲しげな顔でレイが首を振る。それに、問いかけた隊員が申し訳なさそうに首を振った。
「そりゃ・・・すまん。知らなかった」
「だろうな。気にはせん。流行り病で死んだのだ。仕方がない」
隊員の言葉に、レイが苦笑して首を振る。それぐらい考えるまでもなく理解していた。彼らはぶっ飛んだ奴らだが、決して人格面でぶっ飛んでいたわけではない。気遣いは出来る。
「なら、そのメリーに」
「メリーに」
「馬鹿共が」
自らも盃を掲げながら、カイトの音頭で掲げられた手向けの酒にレイが感謝を示す。カイトの黙祷は心の篭った物だった。喩え自らが知らなかろうと、自らの家族と捉える者の家族が死んだのだ。そこには嘆きが見えた。もしかしなくても、この他者への共感こそが、彼をこの部隊の長足り得る者としているのだろう。
とは言え、それも少しの間だけだ。不意の出来事で湿っぽくなったが、祝勝会はそんな為にあるのではない。生きている者は生きている事を喜び、亡くなった者に対して強引に区切りを着ける為にあるのである。
「かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「何度目だ、こいつら・・・」
何度目かの祝杯に、レイが呆れる。が、そんなカイトは別の方向に呆れがあった。
「オレとしちゃ、何時までやってんだ、と思うんだが・・・」
「あれはルゥ殿の前でだけは、おてんばに変わる・・・そう信じている」
カイトが呆れていたのは、まだまだ戦っているルゥとフランだ。すでに一時間程戦っていた。スタミナが切れないのか、と思うが、彼女らのスタミナはカイトからの魔力供給だ。自分のスタミナが切れるときは敵のスタミナ切れでもあった。
「・・・感謝する」
「あん?」
「フランだ。あれがああまでおてんばな姿を見せるのは、悪い事ではない」
「良いってこった」
レイから注がれた酒を呷り、カイトが笑みを浮かべる。仲が悪い仲が悪いと言いつつも、ルゥとフランは仲が良いのだろう。喧嘩をするほど仲が良い、とも言う。本当に犬猿の仲であれば、お互いに無視し合うだろう。と、そうして二人の男が盃を交わし合っていた所に、アウラが突撃してきた。
「うごっ!」
「まちなさーい!」
「カイト、ヘルプ」
「イタタタ・・・中身飛び出るかと思った・・・」
タックルを食らわされたカイトが、何事か、と自らの姉を確認する。すると、そんな自らの姉はカイトを盾にするかの様に、一人の女性隊員と相対していた。そうして、盾にされたカイトがアウラに問いかけた。
「何やってんだ?」
「<<勇者の盾>>」
「カイト、三角形に変形するの?」
「しねーよ」
アウラと一緒だったユリィの問いかけに、カイトが首を振る。なお、この時にはすでにレイは何処かに行っていた。巻き込まれては堪らない、と考えたようだ。薄情である。
「で、メイリン。何やったんだ?」
「アウラがブラ着けないのよ」
「またやってんのかよ!」
戦いの前も起きていた騒動に、カイトがツッコミを入れる。と、ふと見ると、メイリンと言われた女性隊員はかなり顔が赤らんでいた。そして目は半開きで、よく見れば身体は揺れていた。
「酔っ払いに絡まれた」
「確かにそうだが、ブラはつけろ・・・あ。やっべ! 思い出した! 衛生兵! 衛生兵!」
「うっぷ、なによぉう」
カイトの大声に、メイリンが半目で問いかける。呂律が回っていなかった。そうして、カイトの求めを受けて、リーシャがやってきた。
「はい、衛生兵です」
「薬薬! メイリンがやばい!」
「へ? あ、はい、お薬調合してますので、こちらをどうぞ」
「げふっ!」
揺れているメイリンを見たリーシャは、口の中に強引に薬を突っ込む。容赦が無い。そもそも容赦をしていてはここの部隊ではやっていけない。そうして、強引に薬を飲まされたメイリンはそれがトドメだったらしい。ぱたん、と倒れた。
「うきゅう・・・」
「これでよし・・・」
「あの、それで御主人様・・・ご褒美を・・・」
ほっと一安心、とメイリンを眠らせた――飲ん兵衛だが、同時に揺れてから少しすると吐く為――カイトであるが、その後にリーシャがカイトに絡みつく。その頬は赤らみ、目は潤んでいた。
「お前も酔ってんのかい!」
「お姉ちゃん、離脱」
「ユリィは逃げ出した」
カイトに抱きついていたアウラが、発情状態のリーシャに気付いて一瞬で消える。転移術で逃げ出していた。おまけにユリィはふわり、と飛んで逃げた。それに、カイトが声を荒げる。
「薄情者ー!」
「御主人様・・・お情けを・・・」
「ここで発情すんな! どこのマゾだ!」
「雌豚ですぅ・・・」
この場でだけは、アウラもクズハもカイトに安易に近づかない。いや、カイトの恋人達全員が遠ざかる。今だけは、誰からもカイトから逃げると言っても良かった。
カイトの側が一番の魔境だからだ。近寄れば、彼女らさえもおもちゃにされる。今ならば手始めで、夜の生活を根掘り葉掘り聞かれるだろう。手始めで、だ。最後は考えたくもない。絡み酒や泣き上戸などなど厄介な酒飲み達の餌食に成りたくないのなら、近寄ってはならないのだ。
「誰か助けてー!」
「はいはいはい! 私も参加!」
「サキュバス来ちゃった!?」
「私も私も」
「妹様追加!? きゃー! たすけてー! うごっ!」
「男が気色悪い悲鳴を上げるでないわ!」
「誰だ、酒瓶投げた奴! ババアか! 中身残ってんだろ! もったいな・・・って、動かない!?」
「だぁれに、ババアじゃと? そこまで若いのが良いんじゃったら、そのまま小娘達に搾り取られておけ!」
ティナの怒声とカイトの悲鳴が、祝勝会に響き渡る。が、誰も助けてくれない。誰だって自分が絡まれたくはない。そして、助けが来る代わりに、要らない者は来ていた。
とは言え、こういう狂乱じみた出来事も、戦を経た後の祝勝会の華だ。そうして、カイトも色々と楽しみながら、祝勝会を過ごすのだった。
それから、数時間。東の空が白んできた頃だ。野営地にはいびきが響き渡っていた。飲みまくったので、全員酔いつぶれていたのだ。レイも痛飲したらしく、寝っ転がるという事は無かったが、ベッドで眠りに就く程だった。
なお、野営地なので危険じゃないか、と思うが、危険が迫れば一発で目を覚ます。そして安眠を邪魔した魔物の末路なぞ、考えるまでもない。苛立ち混じりにこの面子からフルボッコ、である。塵も残らない。
「ぐぉー」
「ぐがぁー」
「・・・外が五月蝿い・・・なんでここまでいびき聞こえるんだよ・・・そして、無茶苦茶あつい・・・そして、何があった・・・」
一度は危機から脱した筈のカイトだが、彼の個室のテントに持ち込んだベッドで目を覚ましてみると、何故か素っ裸だった。
そしてなぜか身体の各所にはティナを筆頭にクズハや争っていたフランにルゥ、何故か数人の女性隊員達が絡みついていた。他にも途中参加したグライアや何故か参加したティア達も一緒だった。
全員素っ裸なのには何があったのか非常に気になるが、寝ていたカイトにその間の記憶は無い。酔って記憶を失うカイトでは無いので、おそらく怒ったティナが眠らせて何かをされたのだろう。非常に気になる所ではあるが、とりあえずは今はスルーする事にした。
「重い・・・人の顔を抱き込むな・・・」
よいしょ、とカイトは身体にまとわり付く女性たちを引剥しながら、起き上がる。何の意味も無く起きたわけではない。テントの中に設置された通信用の魔道具が起動していたのである。
「こちらカイト」
『ああ、繋がったわね』
どうやらシアが連絡をしてきたらしい。時間的に考えて、そろそろ総括が出来ている頃だ。その報告だろう。
「戦いは全部終わったか?」
『ええ・・・皇国全土で確認された祭壇の総数は20。貴方達とユニオンが独自に動いたお陰で、被害は軽微よ。まあ、夜で発見報告が無かった物もあるかもしれないから、正確な数を出すには、もうしばらく必要かもしれないわね』
「結構食い込まれたな」
『仕方がないわ。少数で動かれれば、対処のしようがないもの。一つの祭壇につき、確認されている限りで10人。中規模のパーティと大差無いわ。マクダウェル領の祭壇は際立って多かった様子ね。本拠地が近かったから、人数を回せたのでしょう』
カイトのため息混じりの言葉に、シアが首を振る。地球で言えばユーラシア大陸よりも遥かに広大なエネシア大陸の最大国家エンテシア皇国だ。広大な領土を抱えており、全部は見切れない。カイトのマクダウェル領だけでも、アラスカ州並の広さだ。どうしても、穴は存在していた。
「規模は最低400人ねぇ・・・カルト教団にしちゃ、大きい方か。まあ、一般信徒の大半は洗脳と考えるべきか・・・今回は助かった、という所か」
『そうね。浮遊大陸の神族には借りが出来たわ』
「気にするような方々じゃない。あそこは気の良い奴らばっかだ」
『国として、きちんとしておくのとはまた別よ』
カイトの言葉に対して、シアが道理を告げる。神族としても自らの仲間の力を悪用されている、敵対する神の力を使おうとしている、という理由があるが、それはそれ、これはこれ、だ。
「何かの理由がありゃ、挨拶には行こう。シャムロック殿には挨拶に行かないと拙いからな」
『そちらはお願いするわ。お父様も同意していらっしゃるもの。私も同行するわ』
シアは現状、皇女であると同時に公爵の婚約者という地位だ。カイトと共にであれば、浮遊大陸の神様達に目通りが叶う立場であった。感謝を告げる使者となるには、悪い立場では無いだろう。
「あいよ・・・で、他は?」
『ええ。病院に運び込まれたサシャについて、検査結果が出たわ。案の定、強力な洗脳が仕掛けられていた様ね。相当強固で、完全な治癒にはしばらく時間が必要そうよ。当分は眠らせて、痕跡の除去を試みる事になるでしょう。ああ、側近達も封印処置をして眠らせているわ。何が仕掛けられているかわからないもの』
「そうか・・・身体は?」
『そっちは、大丈夫だったようね。まあ、処女性は重要な教義よ。彼らが自分を月の女神を奉じている者と信じ込ませている以上、できなかった、が答えでしょうね』
「不幸中の幸い、か。どちらが幸いかは、わからんがな・・・」
心を踏み躙られる事と、肉体を踏み躙られる事。どちらが良いか、と問われれば、誰にもわからない。どちらもいけないが、その二択を迫られれば、カイトにも判断は出来なかった。
「・・・念の為に聞いておくが、他国からの介入は?」
『それは無いわ。諜報部や公安にも沽券がある。冷戦中にここまで大規模な事をされては、プライドはズタズタよ。今回は西側に割きすぎていた、と考えるべきね・・・まあ、すでにズタズタだけれども。夜にも関わらず、公安のトップ達が相当息巻いていたわ。トップなんて危うく自害する所だったわ』
「公安は増員しないと、か・・・」
シアの言葉に、カイトがため息を吐く。公安とは公安警察の事だ。主な仕事は今回のような国家存亡を脅かすような事件に対処するのが、彼らの仕事だ。今回の一件も本来は、公安の仕事だった。
それはやはり冷戦であるが故に教国と近い西側に重点的に人員を配置していたのだが、今回はそのせいで、間隙を縫う様に事を起こされた、という事だろう。
「まあ、他国とやり取りしていれば、こんなことすぐに発覚するか」
『そうね。それぐらいは、大目に見て上げて頂戴。公安のトップにもその線で慰留しているわ。単独で動いたからこそ、発覚しなかったのだ、とね』
今回の一件では公安の面子は丸つぶれだ。それを受けてトップが辞任しようとしているのだろう。シアの顔には疲れた様子があった。こんな一件を起こされてなんだが、トップとしては有能な男なのだろう。少なくとも後始末が終わるまでは、辞表を受け取るつもりは無い様子だった。
「まあ、対処は任せる。公安の仕事だからな」
『そうね。そちらは公安に任せましょう。お門違いだもの』
現在のシアは皇城の職員ではなく、公爵家の人員だ。皇国の上層部の配置換えや公安の増員等には関われない。立場が違うからだ。
「陛下は?」
『寝てるわ。明日朝には全ての事態が終結した状態で報告するように、とだけ残してね。朝起きたら、臍を噛むでしょうね』
「そりゃ、失敬」
皇帝レオンハルトは間近でリアルタイムに見れなかった勇者の秘技を、シアが揶揄する。滅多に見れる物ではないのだ。戦士としても一流な彼が臍を噛むのは、致し方がない事だろう。その後も幾つかの報告をシアが行う。
『まあ、こんな所よ』
「そうか。じゃあ、お前もおやすみ。夜更かしは毒だぞ・・・もう朝だけどな。少しは眠れ。あまり推奨支度はないが、魔術使えば疲れは取れるだろ」
『あら・・・旦那様にそう言われては、寝るしかないわね』
報告を一通り受けて、シアが背を向ける。彼女はすでに公爵邸に帰還しており、そこで報告を受けていたのである。なので衣服も寝間着姿で、後は眠るだけだった。そうして、カイトはシアを床に就かせると、自らも再び女だらけのベッドに潜り込むのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第636話『決断は下されず』




