第633話 破戒の魔使い2
ついに始まったカイトと『破戒の魔使い』の戦い。それはランクSの位置に居る魔物との戦いの始まりだった。
「はっ!」
だんっ、という轟音とともに、音速の壁をぶち抜いたカイトが一瞬で『破戒の魔使い』へと肉薄する。転移術ではなく、<<縮地>>だ。そうして、笑みを浮かべたカイトが放ったのは、単なる斬撃だった。
「はぁあああ!」
「うっはー・・・ふぁー・・・とかなんとか言ったりして。ゴルフじゃないけどね」
ぶっ飛んでいく斬撃を見て、ユリィが目を瞬かせる。毎度毎度呆れるしか無いが、慣れる事もなく毎度毎度呆れ返っていた。
「飛距離・・・えーっと・・・3キロぐらい行ったなー」
「お、意外と飛んだな」
ユリィの目測に、カイトが少しだけ驚きを露わにする。これで、単なる斬撃だ。しかも全力ではやっていない。だというのに、大凡3キロ先にまで届いていた。
が、これでは足りないのが、ランクSクラスに位置する魔物というか、『不滅なる悪意』の末端の力だった。
「らよっ!」
カイトは更に続けて、斬撃を放つ。それに、『破戒の魔使い』は右の拳を合わせた。
「甘いよ! <<豪雷砲>>!」
カイトと『破戒の魔使い』が打ち合う力の拮抗の間に、ユリィが雷の砲撃を飛ばす。それで、『破戒の魔使い』の身体が真っ二つにはじけ飛ぶ。これは戦いではない。殺し合いだ。タイマンなぞと戯言を言うはずがなかった。
「連射で行くよー!」
胴体を半ばから両断したユリィは、そのまま『破戒の魔使い』に向けて<<豪雷砲>>を連射していく。身体が真っ二つになった程度で、たらふく地脈から魔力を吸収したこの化物が死ぬはずがない。
そもそもこの『破戒の魔使い』に実体は無い。このゲテモノの闇が実体だ。半分になった所で、なんの痛痒ももたらさないのだ。消滅するまで容赦なく、叩き込むだけだ。
そうして、そんな雷撃を連射するユリィをカイトは自らがかがむ事で強引に離脱させる。彼女は牽制役だ。次のカイトの攻撃の為の攻撃だった。
「風よ渦巻け」
カイトは大剣を背負うと、大太刀を両手に構えて風を纏わせる。兎にも角にも一気に押し切る。それが、今回彼らの選んだ選択だった。
「四技・風・<<大龍巻き>>!」
カイトは一息に大太刀を突き出して、ミキサーの様に荒れ狂う竜巻で『破戒の魔使い』を飲み込み、細切れにしながら吹き飛ばす。
「やったか!」
「わざわざ無駄にフラグ立てんな!」
自らの肩に着地して心にもない事を言ったユリィに、カイトが声を荒げる。そして案の定、身体を細切れにされた『破戒の魔使い』は身体全てがモヤに変わると、次の瞬間には元通りに復元していた。
「はっ!」
どんっ、と地面を蹴っ飛ばして、カイトが追撃に入る。が、そうして直進してきたカイトに対して、『破戒の魔使い』が右手を突き出した。
「やばっ!」
収束する闇を見て、カイトが目を見開く。そしてその次の瞬間、収束した闇が雷撃もかくやという速度で闇の光条として放たれた。闇の光条、といってもこれは闇属性では無い。回避か防御が必須だった。
「二刀流・<<二連・十字斬>>!」
「おまけにお返し! <<光焔弾>>!」
ごん、という音と共に地面を砕いて強引に停止してカイトが十字の斬撃を二連続を放つと同時に、ユリィが今度は光の砲撃を放つ。
カイトの攻撃で闇の光条を切り裂いて、それで出来た道を通すつもりだったのである。が、そんな光の砲弾は『破戒の魔使い』の身体に飲まれて消えた。
「うっわ、最悪!」
「わかってた事だろ!」
とんっ、と今度は軽い感じでカイトが地面を蹴る。今度は<<縮地>>ではなく、転移術で消えた。敵の後ろに回り込むつもりだったのだ。そうして、『破戒の魔使い』の後ろに回ったカイトは、そのまま左手に構えた大太刀を突き出す。
「<<光焔刺突>>! からの、<<炎神・焔>>! おまけに蹴っ飛ばせ!」
大太刀による光を纏った刺突を放ち、更にカイトは右手の大剣で袈裟懸けに炎の斬撃を放つ。基本的に、攻撃時の属性のスイッチは彼の得意とする所だ。高威力に成りやすい炎や雷を選んでいるのは、近接系の戦士だからだろう。
「あへ?」
「あ、お先~」
最後に蹴っ飛ばして〆としようと思ったらしいカイトだが、そうして起きた現象に首を傾げる。なお、ユリィは次に起きるだろう現象を理解して、先に離脱した。
何が起きたのかというと、身体を貫いた足をそのまま掴まれたのである。そして案の定、『破戒の魔使い』は足を掴んだままブンブンと回転を始める。
「ですよねぇえええ!」
『破戒の魔使い』は数回転で簡単に音速の壁を突破すると、そのままカイトをぶん投げる。まあ、その程度でどうにかなるカイトではない。というわけで、カイトは虚空に刃を突き立てて、強引に停止した。
「おりゃ! おえ・・・気持ち悪・・・」
「カイトー! 敵敵!」
ユリィの言葉に、カイトは下を見る。と、そこには今度は両手を突き出した『破戒の魔使い』の姿があった。どうやら、カイトを敵と認識したらしい。
カイトは『月と死の女神』の神使なのだ。『破戒の魔使い』の奉ずる神である『不滅なる悪意』とは敵対関係にある。それどころか、封じたのは彼女とその兄であるシャムロックだ。仇敵とさえ言えた。カイトの中に眠る神器の匂いを嗅ぎ分けて、自らの神の主敵と理解したのだろう。
「おぉおおおお!」
突き出した両手から、『破戒の魔使い』が先を遥かに上回る威力の闇の光条を放つ。どうやら敵と認識した事で、神の御遣いとしての破壊から、敵としてのきちんとした攻撃に切り替えたようだ。光条は螺旋を描き、更には何らの魔術まで併用されていた。
「あ、やべ」
さすがのカイトも、これには少し焦りを浮かべる。直撃しても問題は無いだろうが、何よりも結界が吹き飛ぶ可能性があった。というわけで、カイトは大剣を正眼に構え、目を閉じる。
「はっ!」
闇の光条が後少し、という所まで近づいた瞬間、カイトはかっ、と目を見開いて大剣を上段に振り上げて、一気に振り下ろす。すると、それだけで闇の光条が完全に消失した。切り裂くでは無く、逆位相の力を与えて完全に消滅させたのである。
「神陰流<<奈落>>」
闇の光条を完全に無効化してみせたカイトはそのまま大剣を振り払い、再び背負う。と、その次の瞬間、カイトの前に『破戒の魔使い』が転移してきた。その時にはすでに右手を振り抜かんとしていた。
殴る態勢を転移直前まで行う事で、転移と同時に殴れる様にしていたのである。はじめから闇の光条を隠れ蓑として、この攻撃を直撃させるつもりだったのだろう。
「ちっ!」
右手の一撃に、カイトは身体を屈める事で対処する。そうして、異空間に手を突っ込んで双銃を取り出した。
「レッツ・ダンス♪」
カイトは笑みを浮かべると、そのまま踊るようにして嵐の如く双銃を乱射する。こんな魔銃の一撃で倒せる敵ではないが、牽制効果にはなる。なのでカイトは双銃の乱射を両手で破壊していく『破戒の魔使い』から、バックステップで距離を取った。
「このタイミング、待ってたよ!」
離れたカイトに対して、今度はユリィが突貫を仕掛ける。彼女は大型化して、シャルの神器である大鎌を構えていた。
「!?」
『破戒の魔使い』に驚きと思われる感情が浮かぶ。神使は理解出来ても、まさか他に神器を使える者が居るとは思っていなかったらしい。そうして、ユリィが大鎌を振りかぶる。
「っ! 外れた!」
外れた攻撃に、ユリィが顔を顰める。『破戒の魔使い』は回避不能を理解すると、その身の障壁を砕かれるのを承知でカイトの銃撃を受けて、その衝撃で強引に離脱したのである。
「ちっ・・・小賢しいな」
「ね。大本が知性ある人間だったからか、変に知恵を手に入れちゃってる」
障壁の修復の為に行動に移らない『破戒の魔使い』を睨みながら、カイトとユリィが苛立ちを浮かべる。おまけに、自分が万全にならない限りは攻撃には転じるつもりの無い様子だ。油断無い事この上ない。
普通の魔物らならばこれで決めれたかもしれないが、大本となったのが知恵を持つ人間であった所為か、油断ならない相手になっていた。
「さて・・・とは言え、余裕だな」
「まぁね」
苛立ちを浮かべた二人だが、顔には笑みが浮かんでいた。この程度、まだまだ余裕だ。この程度で負ける事は有り得ない。
そもそも、本気になればこの『破戒の魔使い』は『無冠の部隊』の隊員達で倒せるレベルだ。今は少し攻めあぐねているが、負ける道理のある相手では無かった。
「じゃあ、第二ラウンド、行っとくか」
ばんっ、という音と雷を残して、カイトが消える。その姿はいつの間にか、雷と軽鎧を纏った姿になり、槍を手に構えていた。そもそも、敵の障壁の修復をカイト達が待ってやる道理は無い。砕けている時こそが、攻め時だ。
「誰が、双剣士だけだと言った?」
あまりの速さに対応できず、棒立ちになっていた『破戒の魔使い』に対して、カイトが槍を突き出す。それは修復途中だった障壁を完全に砕いいた。
そうして、『破戒の魔使い』の土手っ腹に雷を纏った槍を突き刺したカイトは土手っ腹に突き刺した槍から手放す。そして更に、『破戒の魔使い』の周囲に槍を無数に召喚した。
「姉貴直伝のめっちゃ蹴りまくり! ついでにおまけ! 麻痺のルーンを強制付与!」
自らの魔力で創造した槍にルーンを刻んだカイトは、その槍の石突きを蹴りまくる。そしてその結果を見たユリィが、顔を顰めた。一瞬で、『破戒の魔使い』の身体は槍だらけになっていたのである。
「うっわ、針山・・・」
「なー。オレもこうなってたかと思うと、ぞっとするわ」
ケタケタケタと笑いながら、カイトがこの技を使った女性を思い出す。これはカイトが使われた戦法だった。しかも一撃一撃が致死の力を持つ槍で、である。
まあ、カイトよりも遥かに技量の優れた女性だったのでカイトの身体は傷だけで済んだが、それは良かったのだろう。そうでなければ、『破戒の魔使い』の様にまるで剣山の様に槍だらけになっていただろう。
「さって・・・では、どうぞ」
「はーい・・・雷雲招来。雷雨何れは河となりて、海となる」
何処か慇懃無礼なカイトの言葉を受けて、ユリィが詠唱を行う。それを受けて、局所的に雷雨が巻き起こり、雷を槍に降り注がせる。そして、降り注いだ雨は『破戒の魔使い』の身体に巻き付いて、いつの間にかその身体を完全に水で包んだ。
「<<暴風暴雷>>」
ユリィの口決とともに水で包まれた『破戒の魔使い』に向けて、極大の雷が落ちる。そうして、水が完全に消滅すると、そこにカイトが指で銃の形を作った。
「ばぁん♪」
「うきゃあ!?」
カイトが指の先から軽く<<火球>>を撃ち出すと、それだけで爆発が起きる。が、ユリィには何が起こったか理解不能だったらしく、耳を押さえて身を屈めていた。
「何何何? なんで爆発したの?」
「ああ、簡単な中学生の理論だよ。電気分解。水素が生まれてたからな。ちょっとおまけ」
カイトが少しいたずらっぽく、ユリィに解説する。ユリィが生み出した雷雨によって、かなりの時間雷が生まれていた。その結果、それなりの時間電気分解が起きて、かなり大量の水素が発生していたのである。
地球に帰った後にティナが趣味でこの魔術の電圧を調べた結果、超高電圧であった事がわかったのだ。ということは、電気分解が起きて、同時に水素が発生している。それを覚えていたカイトが追加で爆発を起こした、と言う訳であった。
「電気分解・・・ああ、あれね、あれ」
「わかんないんなら、そう言っとけ」
「学校の先生としちゃ、流石にそんな事言えないじゃん」
カイトの言葉に、ユリィが少し不満げに口を尖らせる。どうやら教師としての沽券に関わったらしい。と、そんな雑談をしていると水蒸気のモヤが晴れて、『破戒の魔使い』の惨状が見えてきた。身体はボロボロで、どうやら動く余裕も無い程らしい。ゆっくりと落下していった。
「うーん・・・死なないかー・・・」
「どっかから、魔力流れ込んでるねー、これ。魔法陣消し飛ばさないと無理かなー」
「それか、完全消滅させるか、かー・・・」
地面に落下して動くこともなく蠢く様に再生を始める『破戒の魔使い』を見て、二人がため息を吐いた。おそらく、『破戒の魔使い』に魔力を流し込んでいるのは地下300メートルにある魔法陣だろう。
が、こちらは流石に破壊は難しい。力技でやれば地脈に引火してどかんだ。運が良くても莫大な魔力が吹き出してきて、碌な事にはならなかった。ということで、カイトが取るべき手段は一つだけだった。
「さて。では勇者様のご降臨と参りましょうか」
生半可な火力では修復速度を上回れず、千日手に陥るだけだ。であれば、一撃で綺麗さっぱり消し飛ばす。それしかなかった。なので、カイトは自らの右手に嵌められた指輪を輝かせる。
「我は祝福を受けし者。我は輝ける意思と意思を交わせし者。我、祝福を得し者成り・・・大精霊の名代として、氷の加護を汝に授けん」
カイトは宣誓を行うと、右手に嵌められた指輪を掲げて、氷の華を創りだす。カイトの祝福の力には、大精霊の名代として他者に擬似的に加護を与える力がある。その力で氷の加護を授けよう、というのであった。
「では、お姫様。氷の華を差し上げましょう」
「はいはい・・・氷の加護よ! 凍てつかせよ!」
氷の加護を擬似的に付与されたユリィは、その力を使って再生途中の『破戒の魔使い』を氷で包み込む。すでに転移術を使える程の余力は残されていない。動かれる事だけが、厄介な所だった。
「さて・・・初代村正が最高傑作。<<朧>>と<<霞>>よ。鞘から御身を解き放とう」
カイトの口決を受けて、二人の村正が心血を注いだふた振りの妖刀が本来の姿を取り戻す。そうして現れたのは、何時ものカイトが持つ大剣と物干し竿とも言われる大太刀だった。
あのスタイルの為に作られたのが、この妖刀<<朧>>と<<霞>>の第二形態だった。カイトの切り札の一つだった。ちなみに、最終形態はもう一つ上だ。ここは、鞘から抜いた、と言うだけだ。
「妖刀<<森羅>>。妖刀<<万象>>・・・八大精霊、開放」
妖刀を解き放ったのは、力を使う為だ。これを手加減したとて、並の刀では耐え切らない。かと言って、耐え切れる武器を使うには、敵は弱すぎる。見せ札は必要だった。
そう、このふた振りでさえ、彼の本当の切り札では無かった。切り札を使わない為の見せ札。本当の切り札を隠す為の切り札、だった。それでも抜いたのは、十分に敵を認めたが故だろう。そうして、カイトの周囲に8色の光が顕現した。
「全属性融合・・・1割・・・んー・・・2割で良いか」
「ちょっと過剰過ぎない? 1割で十分じゃん」
「折角集まったんだから花火の一つでも打ち上げようぜ」
舞い降りた8つの光が、雑談混じりのカイトの身体に取り込まれる。そうして、取り込まれた光はカイトの身体に宿り、刀に移動していく。
「じゃあ、ユリィ。要塞攻め、覚えてるか?」
「忘れたくないよ! 上空10万メートルからの強襲って、どんだけ怖かったと思ってるのさ!」
虹色の輝くふた振りの刀を構えて、二人が茶化し合う。300年経過しようとも、何も変わらない。カイトがアサルトで、ユリィがサポートだ。というわけで、カイトの肩から降りたユリィが<<増幅陣>>を敵へと一直線に展開する。
「<<増幅陣>>展開」
カイトは虚空を蹴って、ユリィの展開した魔法陣へと突入して、更に加速する。そうして、地面に衝突する瞬間。カイトがふた振りの刀を大きく振りかぶる。
「<<煌めく虹の一撃>>!」
虹色の光が迸り、同じく虹色の柱が上がる。大精霊達の力を借り受けた、全属性を融合させた破壊の一撃。大精霊の祝福を得た、とされる勇者に相応しい一撃だった。かつて先代魔王ティステニアを滅ぼしたのも、この一撃だった。
それが二連撃だ。その二重奏は流石に凄まじい威力だった。喩え手加減されていたとしても、『破戒の魔使い』が耐え切れるはずが無かった。
「おぉおおお!」
「「「おぉおおお!」」」
虹色の柱をバックに、大気を響かせるようなカイトの<<戦士の雄叫び>>が響き渡る。瞬と同じく、カイトも<<戦場で吼える者>>だ。出来ぬはずが無かった。
それに、『無冠の部隊』の隊員達が呼応する様に勝ち鬨を上げる。気付けば、戦いは殆ど終わっている様子だった。ティナとアウラ、クズハが本気になった事で他の一同も触発されて、殲滅速度が桁違いになったのである。
なお、けが人は出ているが、それにしたって殆どかすり傷程度だった。大方ふざけてかすり傷を負ったのだろう。下手をすれば味方の攻撃に命中、という情けない原因の可能性の方が高い。どちらにせよ、後でリーシャとミースに怒られれば終わりだろう程度だ。
「勝利!」
カイトの雄叫びが終わると同時に、カイトの前に舞い降りたユリィがVサインで勝利を宣言する。これでこそ、何時も通りだった。こうして、カイト達は魔物の軍勢に対して圧倒的な勝利を上げたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第634話『圧勝』




