第631話 ミナド村防衛戦線2
遠くで煌めく赤い光に、アルは噂が本当だった、と知る。
「8大ギルドが一つ、ウルカを本拠地としたギルド<<暁>>の長の娘・・・もうひとつの、バーンシュタット家・・・」
因果な物だ、とアルは思う。この世界にはヴァイスリッター家もバーンシュタット家も、ともに2つ存在していた。ヴァイスリッター家は言うまでもなく、ルクセリオン教国に残る本家ヴァイスリッター家と、アルの祖先であるルクスが興したエンテシア皇国系ヴァイスリッター家だ。こちらは望まれた分家等ではなく、勝手に名乗っているだけの傍流に近い。
対するもうひとつのバーンシュタット家は、バランタインの一子が正式に興したもうひとつのバーンシュタット家だ。彼の子の一人がバランタインが興したギルドを引き継いで興したのが、ウルカに帰ったというもうひとつのバーンシュタット家だった。こちらは西部バーンシュタット家と呼ばれる事もある。
帰った理由は、ウルカの者達に請われたからだ。奴隷制度の撤廃が本格化し始めた頃に、当時のウルカ王国――現ウルカ共和国――に対して反旗を翻したある男が頼み込んで、錦の御旗として助力したのである。
「・・・僕ともう一つのヴァイスリッター家の彼とどの程度の実力差なんだろう・・・」
2匹の天竜を相手にしながら、アルはふと思う。一度赤い光が煌めく度に、魔物が灰燼と帰するのだ。明らかに、リィルよりも遥かに強かった。
そして思うのは、自らと似ているとされる天才騎士の事だ。もう一つのヴァイスリッター家には、もう一人、天才と謳われる騎士が居るとされる。名は、ルーファウス・ヴァイスリッター。始祖ルーファウスの名を継いだ少年だ。
彼にアルは会ったことはない。大陸間会議に参加した事のある父も無いという。アルと年が同じである所為で、向こうも参加するような年齢では無かったからだ。が、意識した事が無いというと、嘘になる。同じ年で、同じく騎士なのだ。気にならないはずがなかった。
「今度の会議には参加するだろうね、君は」
ごぅん、という音とともに、天竜を殴り飛ばす。幸い、この天竜は『火天竜』では無く、普通の天竜だ。ランクにしても2つ程は落ちる。氷を纏った剣で軽々と打ち落とす事が出来る敵に過ぎなかった。
「おそらく、彼女も」
遠く、赤い煌めきを窺い見る。おそらく、次の大陸間会議ではもう一人の天才騎士も、あそこで無双している赤髪の女性も参加するだろう。
そんな赤髪の女性は、今は南側を後から来た冒険者に任せて、西側に移動して強敵と戦っていた。敵は天竜だけではない。地竜も他のランクAクラスの魔物もゴマンと居る。おそらく彼女は自らの職責や実力者としての役割として、強敵だけを狙って戦っているのだろう。
「・・・まだまだ、多いね。僕より上は」
まず間違いなく、あの赤髪の女性はアル以上だ。それは動きを見るだけで理解出来る。一撃一殺。アルでは到底出来ない領域だ。リィルも無理だ。上はまだまだ遥か高く、化物としか形容出来ない強者揃いだ。そんな現状に、アルが笑みを浮かべた。
「はぁあああ!」
笑みを浮かべたまま、氷の剣を振りかぶる。そして地面に叩きつけた天竜に対して、氷の剣を投じた。
「次・・・まだやるかい?」
血が滾る。高き空に登りたいのは、騎士であれ戦士であれば誰でも一緒だ。強くなりたい、と思わないわけがなかった。その血の滾りを伴った問いかけは、彼に似合わない程に荒々しく、そして獰猛な物だった。そしてその獰猛な問いかけは、竜をも引かせる力があった。
「・・・次は・・・っ」
何時もなら荒れ狂う天竜を見逃すアルではないが、今は去るならば追わない。手が足りないのだ。下手に深追いしてミナド村の防衛戦線に穴を空ける方が問題だった。そうして屠った竜の上から周囲を見回せば、村付近の森から敵が溢れかえっている事が見て取れた。
「援護! 何やってんの! かなり抜かれてるよ!?」
『っ! すいません! 森の中の敵が予想以上に強化されています!』
「現状報告!」
『かなり戦線が押し込まれています!』
「ちっ! 防衛線は少し後退! 深追いはせず、敵を村に入れない事を主眼とせよ! 森の中は後回し! 確実に村を守り抜け!」
この様子だと他の防衛線もかなり抜かれているだろうな、と予想したアルだが、やはりそうだったようだ。なのでアルは即座に下知を下して戦線を後退させる。どうやら少しアルが目を離した隙に、いささか深追いをしてしまったのだろう。
『了解!』
「ソラ。もうちょっと耐えてくれよ・・・」
背面の飛翔機に火を入れて、アルは再び飛翔の準備を行う。夜だと言うことでかなり動きが悪かった冒険者達の集団もかなり集まってきており、すでにアルが飛び回って各所の魔物を潰す必要が無い程だった。そうして、アルは飛翔機を噴かせて、一気にミナド村近くの森を目指すのだった。
一方、その頃。ソラは魔物の大軍勢を前に防衛戦を演じていた。
「速い!? こいつらタダのゴブリンだろ!?」
「どう見たらタダのゴブリンに見えんだよ!」
「つーか、キモッ!」
三段撃ちの戦法は、見事に功を奏した。史実に対して、ソラ達は銃の数が足りない。が、持ち手へのダメージが大きいのだ。三段撃ちと言うか、銃の使い回しは最適な戦法だった。
流石に『無冠の部隊』謹製の試作品は使う魔力が違った。そもそも彼らの為に開発された物では無いから仕方がない。一人50発撃つのが精一杯だった。強化されたゴブリンをも容赦なく破壊するだけの威力はあるが、その分、要求される魔力は桁違いだった。
銃で50発なぞ、簡単に撃ち尽くせる。弾幕を張るのなら、尚更だ。直ぐに魔力は枯渇して、動けなくなるのだ。二人一組で一人が弾幕を張り、もう一人は回復する事にしたのである。
「回復薬ー・・・」
「もう無理・・・」
「倒れる前に銃渡せ!」
「ドリンクの補給だ! ほらよ!」
一人倒れては入れ替わりに回復薬を引き換えに魔銃を受け取って、弾幕を張る。その繰り返しだ。が、それも20分が経過した頃には、かなり押し込まれる事になった。
「っ! 柵壊された!?」
「俺がやる!」
村が保有していた荷馬車を即席の柵としていた冒険部一同であるが、やはり傷も銃撃も気にせずに突っ込んでくるゴブリン共には手をこまねいた。ジリジリと押されていき、ついには柵代わりだった荷馬車が破壊されて、防衛線の一部が突破されたのである。
そうしてそんな状況を見て、今まで力を温存していたソラが行動に移った。こうなることは仲間から指摘を受けて想定済みだ。万が一に備えて、戦える2割程度には突破された時を考えて魔銃を使わない様に指示していたのである。
「おらぁ!」
ソラは破壊された防衛線に移動すると、そこを突破したゴブリンに対して斬撃を加える。どれだけの力を込めれば倒せるのかわからなかったので、とりあえず全力だった。
「!? やっぱ結構強化されてんのかよ!」
確かに、倒せる事は倒せた。だが、ゴブリンはわずかにだが、反応していた。それに、ソラが驚きを浮かべた。ゴブリン程度では反応も出来ない速度のはずなのだ。彼の言う通り、かなり強化されているのだろう。
「気を付けろよ! 予想以上に強化されてんぞ!」
斬撃を繰り出しながら、ソラは他の近接役の冒険者達に注意を促す。今までは魔銃で戦っていた所為で、敵の実力がイマイチわかりにくかったのだ。それ故、想定以上、と気付けなかったのである。
そうして、更に闘う事10分。幾つかの防衛線が突破されて俄に乱戦に成り始めた頃に、屋根の上から敵を狙撃していた由利が声を上げた。
「っ! ソラ! 魅衣! トレントが来る!」
「っ! 来たか!」
ゴブリンとトレントだと、トレントの方が動きが圧倒的に遅い。強化されていようとも、種族的な問題からそれは変えられない。それ故、来るのは後だとはわかっていた。が、やはり来ると、威圧感が違った。
「魅衣! 頼んだ!」
「はいよ!」
祭壇の力に侵食されたトレントの姿を見た瞬間、ソラが魅衣に合図を送る。トレントの素の実力はランクCだ。それがワンランク上昇しているのであれば、それはランクBだ。即ち、ソラ達では単純には勝てない相手だった。なので、手は考えていた。
「燃やすとシルフィちゃんから怒られるから、<<氷塊>>!」
「ここだ! <<草薙剣>>!」
魅衣がトレント単体を凍りつかせると同時に、ソラが<<草薙剣>>で敵を切り裂く。が、その緑色の光が収まった後、ソラが驚きを浮かべた。
「は・・・?」
ソラが思わず、唖然とする。<<草薙剣>>は植物に対して特攻、というその名に恥じない威力を出した。本来の実力差を気にせずに、トレントに対して有効打を与えていた。
だが、やはり実力差があった。普通には両断を出来ていた攻撃を、なんとトレントは身体の半分が断たれた程度で止めていたのだ。しかも、まだ息絶えてはいないらしい。ソラを絞め殺そうとでもしているのか、彼に向けて手を伸ばしていた。
「ソラ!」
「っ! ソラ、危ない!」
呆然となるソラに対して、魅衣と由利の声が響いた。そしてついで、由利がチャージしていた矢が飛来してトレントを吹き飛ばす。それに、ソラが慌ててバックステップで距離を取った。
「なんだよ、今の!」
ソラが声を荒げる。確実に殺せるはずだった一撃だ。氷は軽々と切り裂けていたし、トレントも簡単に倒せていたはず、だった。が、無理だったのだ。声を荒げたくなるのも無理は無かった。とは言え、誰も答えてくれる者は居ない。誰もが驚いていたからだ。
「<<土よ>>」
そんな中、由利は追撃を仕掛ける為に力を溜め続けていた。勝てなかった事は驚きだが、身体は半ばまで両断されており、後少しで倒せるような気がしていたのだ。そうして、土の加護を使用した由利は、全力で矢を引き絞る。
「ふっ!」
「・・・終わった、か?」
「みたい、ね・・・」
由利の矢を受けて完全に消滅したトレントを見て、ソラと魅衣が安堵の息を漏らす。が、次の瞬間、その安堵の表情には、絶望が滲む事になった。
「・・・これは・・・」
今まで絶えず行われていた弾幕の手さえ止まる。そこには、トレントが群れをなしていたのである。一匹で、これだ。流石に無茶にも程があった。だがどうやら、幸運の女神は彼らを見放していなかったようだ。次の瞬間、斬撃が雨の様に降ってきた。それは降ってきたとしか形容出来ない斬撃だった。
「・・・は?」
意図も簡単に木っ端微塵になったトレントの群れに、全員が唖然と口を開く。そうして、一瞬の静寂が場を支配する。だがそこに、声が響いた。
「四技・鳥風・<<燕一閃>>・・・よう、おつかれ」
声とともに、小次郎状態の旭姫が地面に舞い降りる。そうして更に、銃撃の雨が降り注いだ。
「え?」
「間に合いましたわね」
「微力ながら、援護させてもらおう!」
『到着』
声にソラが上を見上げると、そこには日向の巨体と、テトラに乗ったキリエ、レイアに乗った瑞樹の姿があった。と、どうやら援軍に来てくれたのは、それだけでは無かったようだ。日向の上から、冒険部の一同が降りてきた。
実は、旭姫の命令で日向に乗って冒険部のギルドホームに封印されていた魔銃を持って来たのである。とは言え、日向の移動速度には冒険部の面々はしがみつけない。というわけで、桜に命じて魔糸で魔銃と身体を日向に縛り付けて貰っていた。なので桜も一緒だった。
「騎兵隊到着! 天城! 指示!」
「え、あ、おう! とりあえず弾幕張って、防衛線を構築してくれ!」
「おう!」
ソラの言葉を受けて、援軍の冒険部の面々も防衛線に加わる。それを見ながら、瑞樹が桜にねぎらいの言葉を送る。
「桜さん、大丈夫ですの?」
「ええ、幸いなんともありませんでしたしね」
瑞樹の問いかけに、桜が微笑む。とは言え、桜は戦う事はしない。カイトがキツく禁じたからだ。ティナも同意していたし、旭姫も厳命していた。
実は彼女らが街に戻る間にソラ達が危険な事に気付いて、自分達がソラ達の援護に向かう事をカイトを説得したのである。その後はギルドホームに待機していた椿と旭姫に頼んで以前鹵獲した魔銃の使用許可を貰い、寝ていた冒険部の面々を叩き起こして援護に来た、というわけであった。
「まあ、それも私が思っているだけかもしれませんけど・・・だから、地面には降りません」
桜が首を振る。流石にとらわれていた桜に戦わせる事は、彼の沽券に関わった。それに祭壇からの影響があるかもしれない。肉体的は兎も角、囚われている間に魔術的に何もされていない、と確証の出せたわけではないのだ。
それ故、キリエも同じ様に兄アベルとカイトからテトラに指示するだけに限定されていた。そのテトラにしたって、日向の付近から離れない様に命令されていた。
「では、後はお願いします」
「ええ、任されましたわ・・・と言っても、こちらは空の魔物を退治するので、ここで戦闘ですが・・・っとと。レイア! <<竜の息吹>>! では、行きますわね!」
遠くから集まりつつあった鳥型の魔物を見付けた瑞樹が、レイアに命じて<<竜の息吹>>を放つ。そしてまた別の方向に見付けて、自らの持つ大剣型の魔砲を使って砲撃を放っていた。そうして、そんな瑞樹を、桜が見送る。
「はい! がんばってください!」
『桜は外に出ない。おっけー?』
「はい」
瑞樹の出た後に、日向が桜に言い含める。どうやら、日向にもシャルの加護のような力が働いているらしい。彼女の近辺では祭壇の力は無効化される様子だった。なので、その上からは離れない様に厳命されていたのである。
そうして、旭姫と冒険部の追加人員という助力を得た防衛線は、なんとか村に一匹の魔物も入れる事無く、ミナド村を守りきる事に成功する。
そして更に30分の時が経過した。その時だ。遠く南の方向に、大きな虹色の柱が上がる。およそ100キロは上がっただろう巨大な虹色の柱だった。
「なんだ!?」
「お、結構本気でやってたんだ」
上がった虹色の柱と放たれる莫大な魔力に、旭姫が全てを察する。ここまで強大な一撃は、カイトかティナしか放てない。そして虹色の一撃となると、カイトの絶技の一つが放たれた痕跡だった。と、それと同時に、今まで引っ切り無しに感じていた禍々しい気配が消える。
「終わったな」
旭姫が物干し竿を担ぎ直す。魔物達を侵食していた禍々しい力が、消えてなくなる。それに合わせて、強化されていた魔物が一気に弱くなる。こうなれば、後は簡単だ。そうして、更に大凡一時間程で、大半の魔物は完全に討伐される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第632話『V.S破戒の魔使い』




