第630話 ミナド村防衛戦線1
カイト達が戦いを始める少し前。その頃に、ソラ達はミナド村に到着していた。
「親父!」
「おお、コラソン! 何があった! それにナナミは!?」
到着してすぐに、コラソンとソラ達は村長宅へと駆け込む。村長宅には所謂シェルターの役割を果たす地下室があり、そこに村の全員が集まっていたのだ。そこには当然、魅衣達残留する冒険部の面々も集まっていた。
「どんなもんだ?」
「半分ぐらいダメ」
ソラの問いかけに、魅衣が首を振る。その言葉にソラも彼女の後ろを見れば、10人近くの生徒達がへこたれていた。大半が、第二陣の生徒達だ。
仕方がないといえば、仕方がない。今回はそもそもゴブリンとトレントが主敵と考えられていた。対人戦なんぞはじめから考慮に入れていないのだ。そこに勢いだけで殺し合いに臨んでしまった結果が、今だった。幸い仲間が危険だ、という思いで戦いの間はなんとかなったが、終わればこの状況になるのは必然だった。
「はじめて、って辛いですからね」
「誰もが通る道、っちゃあ誰もが通る道、だからなー」
第一陣と新たに登用した少年少女達が、嗚咽を滲ませる第二陣の生徒達や、同じくはじめて人殺しを経験した冒険者に何処か哀れみの視線を送る。ここだけは、どれだけ狂っていようとも誰もが通る道だ。嘲笑は自らに対する嘲笑になる。貶す事はしないのが、冒険者のルールだった。
「で、隊長。どうすんの?」
「あ、そだった。えっと・・・」
新たに登用した冒険者の一人に問われて、ソラが考えていた策を開陳する。それは簡単にいえば、村のギリギリで防衛線を構築して耐え抜く、という作戦だった。とは言え、それに一手間加えていた。
「俺式三段撃ち」
「ただ単に銃の数が足りなかっただけじゃないー?」
「そうとも言う」
由利の問いかけに、ソラが笑う。彼が加えた一手間とは、戦国時代の武将織田信長が使ったとされる『三段撃ち』という戦略の応用だ。
魔力が切れそうになった時点で別の冒険者に魔銃を渡して、自らは回復を行う、という基本的な戦略だった。そうする事で限りある魔銃で弾幕を絶やす事のない様にしたのであった。
と、そうしてしばらく歩くと、完全装備のアルの姿が見受けられた。が、待っていたのは彼と数人の側近だけだ。他の隊員達は全員、すでに各村に飛んで防衛線を構築していたり、森全域を包囲する為に動いていたのである。アル達は村の防衛線が構築されるまで、ここに待機していたのである。
「ソラ、来たね」
「おう。どう?」
「もう少しで来る、かな。これは・・・」
アルが森を睨み、少し遠くから聞こえる魔物の発する様々な音を聞き分ける。どうやら、かなりの破壊を撒き散らしているらしい。火の手も上がっていた。
「油断しないで。多分、君達の想像している以上に、敵は強いよ」
飛翔機付き魔導鎧の背面の飛翔機に火を入れながら、アルがソラに言い含める。身体に感じる禍々しいとしか形容出来ない感覚は、強敵を予想させる物だった。
最低でもワンランク上昇しているのだ。ランクD~Bの魔物が群れとなって挑んでくる、というのは、今のソラ達には厄介な事態だろう。
「なるべくこっちでデカブツは潰すけど・・・気をつけて。万が一はトレントが出て来る」
「トレントなら、なんとか出来ると思う」
「油断しちゃダメだよ」
「<<草薙剣>>なら、相性良いからな。ぶっぱなしゃあ足止めぐらいは出来んだろ」
「わかってるなら良いよ」
倒す事を考えず、足止めを主眼とする。ソラが理解していた事に、アルが頷く。眼は真剣で、油断が無かった。
ソラ達が集まって戦えるのなら、もしかしたら勝てるかもしれない。だが、勝てて一体か二体だ。もしそれ以上居れば、戦線が瓦解する事になるだろう。倒すのではなく、引かせる事だけを考えるべきだった。
と、そうして会話をして最後の注意事項を言い含め終わったとほぼ同時に、木々の間からゴブリン達が姿を現して、別の方角を見ていた由利が声を上げる。
「アルー! 6時の方向ー!」
「・・・行って来るよ」
「おう、頼んだ」
由利が告げた報告を受けて、アルが気合を入れる。見れば、6時の方向にはそれなりに年かさの天竜がやってきていた。どうやら、祭壇の発する波動に引き寄せられていたのだろう。
見た目や動き、大きさ等から推測される天竜の魔物としてのランクはBの上位から、ランクAの下位程度。高くてもランクAの中盤だろう。これだけは、祭壇に進ませるわけにはいかなかった。
「各隊員は森の中の魔物を!」
「了解!」
アルは号令を下すと同時に、一人天竜に向けて飛翔する。隊員達には森の中の敵を討伐してもらわなければならない。だが、天竜も進ませるわけにはいかない。これが強化されれば、アルでも手に負えなくなる。
間違いなく死傷者が出る戦いになるだろうし、確実にミナド村も危険に陥る。アル一人が対処しなければならない状況だった。
「<<氷の鎧>>展開・・・おぉおおおお!」
アルは氷を操って鎧と大剣を作り出すと、そのまま一気に加速して天竜へと激突する。敵として認識してくれるなら、それで良し。が、祭壇からの波動でそちらに一直線に向かう様であっても、衝突の衝撃で吹き飛ばして距離を取らせられる。
「ぐっ!」
激突の衝撃で、天竜が大きく吹き飛んでいく。それに反して、アルは衝撃で顔を顰め、停止していた。とは言え、それも一瞬だけだ。即座に我を取り戻すと、アルは剣を構え直した。
「ふぅ・・・まだまだぁあああ!」
気を取り直したアルは気合を入れて、地面に激突した天竜へ向けて一直線に突撃を行う。今のアルを冒険者のランクとして言い表すと、ランクAの中盤だった。相性の問題も絡んでくるが、ランクAの天竜に油断して勝てるわけでは無いが、油断さえしなければ確実に負ける様な敵では無かった。
「おぉおおお!」
雄叫びとともに、アルは地面に伏した天竜に対して氷の剣を振るう。幸か不幸か、天竜は祭壇に気を取られていて、アルの方を向いてはいない。なのでこの全力の一撃は天竜の障壁を砕いて、その脳天を打った。
「こっちを向け!」
祭壇に向かわせるでは無く、自分を敵としろ。アルはそう言う考えから、大声を上げる。それに引き寄せられたのか、それとも二度もの強撃に怒ったからなのか、天竜は祭壇ではなくどうやらアルを敵と見定めたようだ。大きく息を吸い込んだ。
「っ!」
次の瞬間、天竜の口から<<竜の息吹>>が発せられる。まさかの初手の<<竜の息吹>>に驚いたアルであるが、油断なく盾を構えていたお陰で、防ぎ切る。とは言え、難なくとは行かず、少し吹き飛ばされた挙句、彼の左手にはしびれが訪れていた。
「つぅー・・・これ、今までで一番強い天竜かも・・・」
確実にランクAの天竜だろうな。アルは内心でそう苦笑しながらも、次の一手を考える。とは言え、それを考える為にも、まず見定めるべきは敵だった。
「火天竜、か・・・」
何度か<<竜の息吹>>を受けて、アルが顔を顰める。天竜にも、幾つかの種類がある。その一つが、火属性の超高温<<竜の息吹>>を使いこなす『火天竜』だった。
竜の亜種の一匹と考えれば良いこの火天竜は、基本的に火属性の攻撃を多様するのが特徴だった。が、それはつまり、アルの得意とする氷属性とは相性が悪いという事であった。顔を顰めたのはそのためだ。
「どうしようかな・・・」
勝てないわけではない。が、何かを考えなければ、勝てる事も無い。相性等を考慮して、アルはそう判断する。天竜は今は怒りからか身体は超高温に上昇しており、氷の剣では半ば溶かされて効果が減少させられてしまっていたのだ。
魔術で編まれた氷の剣が単なる体温で完全に溶ける事は無いが、少なくとも鋭さは失われて斬撃が打撃に変わる程度にはなっていた。身体が超高温になるのは、火天竜の特徴の一つだった。
「剣の氷は解いた方が良い、か・・・」
天竜の灼熱の爪を剣で防ぎながら、アルは剣から氷を吹き飛ばす。威力は落ちるが、それでも半減されるよりはマシだった。
「おまけだよ!」
いきなり弾け飛んだ氷の衝撃で、爪を交えていた天竜の腕が大きく上にかちあげられる。そうして出来た一瞬の隙を突いて、アルが盾を構えて突っ込んで、天竜を地面に叩きつける。天竜の纏っている熱波は彼が身にまとう氷の鎧で完全にシャット・アウトされていて、熱さは感じなかった。
「っ!」
更に追撃を仕掛けようとしたアルであるが、その次の瞬間、その場から一気に遠ざかる。そして、まるでそれを見計らったかの様に、一筋の光が天竜へ向かって舞い降りた。
「・・・火天竜だったか。失敗したな」
「誰だ!」
響いた声に、アルが誰何する。現れたのは、20人程度の武装した集団だ。声を発したのは、その中でも先頭に立っていた赤髪の女だ。
「ギルド<<暁>>。神殿都市支部の者だ。付近の別支部からの連絡を受けて、危急を知った」
「神殿支部の赤髪・・・支部長ですか?」
告げられた言葉に、アルが目を見開く。どうやら各地で巻き起こる祭壇関連の事件を聞いて、ユニオンが動いたのだろう。この様子だと各地の祭壇にも援軍が向かっている様子だ。そして、赤髪の女がアルの問いかけに頷いた。
「ああ。バーンシュタット本家・・・いや、西部の本家の人間だ」
「8大ギルドのトップの娘。伺っています。援護、感謝します」
西部の本家の人間と、意味深な形で名乗った女性に、アルが敬礼で答える。かなり有名な女性らしい。そうして、そんな赤髪の女性はアルに対して東の空を顎で示した。
「ここは任せな。あんたとあいつは相性が悪い。私も良くはないが、あんたよりはマシだ」
「お願いします」
アルでも勝てないわけではないが、今は時間が惜しい。そして機動性であれば、この赤髪の女性は兎も角他の冒険者よりも飛翔機を使えるアルの方が速い。役割分担は考えるべきだった。
「お前らも先に行け! 私はこいつを討伐してから向かう! 村に一匹も入れるな! バシル! 残りの指揮しな!」
「おう!」
赤髪の女性の指示を受けて、彼女を一人残して他のギルドの冒険者達が再び駆け足を始める。そうして、残された赤髪の女性は、一人地面にめり込んでなんとか抜け出そうとする天竜を睨みつける。
「・・・時間が惜しいな。ほんとはこんな雑魚相手に使うモンじゃあないが・・・」
赤髪の女性は暴れる天竜を片足で強引に地面に押さえつけながら、遥か遠くを睨みつける。祭壇に呼び寄せられているのは、これだけではない。たまたま近かった天竜がこいつ、というだけの話だ。
なので遠くの空から、天竜が何匹も迫ってきていた。アルに東の空を示したのは、そのためだった。東からまた数匹の天竜がやってきていたのだ。そして、今もまた、別の方向から天竜が近づいてきていた。
「西から3体、南から2体・・・西は別の連中が向かってるな・・・北は・・・別の連中が向かってくれていると良いが・・・」
祭壇の話を聞いたのは、何も彼女ら<<暁>>だけでは無かった。他のギルドも話を聞いていた。なのですでに西側には冒険者の集団による援護が向かっており、戦闘が始まっていた。が、南側は手隙だった。
「さて・・・さっさと終わらせるか。ランクSがランクS足る所以。<<原初の魂>>・・・あんた如き雑魚には過ぎた一撃だが・・・まあ、良い。ここは私ら<<暁>>始まりの地。そこで暴れられると、親父が本家は弱くなった、だのとうるさいからな・・・耳に入る前に片付けるか。持ってけ!」
赤髪の女性が、赤色の光を纏った拳を放つ。灼熱の超高温に上昇する火天竜に、火属性の攻撃の効きは悪い。そのはずだった。
だが、赤髪の女性の放った拳はそんな物を一切無視して、一撃で火天竜を塵に変えた。これが、ランクSとランクAの差。相性の良し悪しに関係なく、並の敵ならば圧倒する。全ての冒険者の憧れとされる位階に立つ者の実力だった。
「さて・・・次だ」
たんっ、と地面を蹴って、赤髪の女性が一人南へと進軍する。そうして、赤い煌めきが輝く毎に、ありとあらゆる竜が灰燼に帰する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第632話『ミナド村防衛戦線』




