第629話 英雄と非英雄
カイト率いる『無冠の部隊』の作戦会議が終わると同時に、カイトの前にエルロードがひざまずく。作戦会議が終わるのを待っていたのである。
「閣下。参りました」
「ああ、エルロードか。指示は受けているな?」
「はっ。物資の搬入が終了次第、出発する予定です」
「そうか・・・どの程度で終わる?」
「10分後には」
カイトの問いかけを受けて、エルロードが再度頭を下げる。どうやら空いた時間を利用して、カイトの所に確認に来た、という所だろう。補佐にはブラスが居る。そこまで必要にはならないのだろう。
「ふむ・・・飛空艇の制御リミッターの解除の許可を下ろす。一刻も早く到着しろ」
「はっ。目的地はミナド村ですね」
「ああ・・・だが、全員は出すな。それと、飛空艇も接地させても即座に飛び立てる様にしておけ」
「まだ領内に祭壇はあるとお考えですか?」
「無いと考える方が不思議だろう。お前らには転戦してもらう事になる」
エルロードの問いかけに、カイトが笑う。ここは、カイトの治めるマクダウェル領。大陸最大の国家であるエンテシア皇国が誇る最大の英雄の治める地にして、同時に一貴族が治める土地としては世界で一番大きな領地だ。祭壇がたった2個だけで終わるはずが無かった。
「わかりました。部隊編成はそれを考えて配置します」
「そうしてくれ。他の援護も出すが、ミナド村は貴様らの担当だ」
「御意」
カイトからの指示を受けて、エルロードが頭を下げる。ここからミナド村まで、リミッターを解除した飛空艇ならば30分の距離だ。それまでに部隊編成を考えて、といろいろとやらないといけないのだ。休んでいる暇は無かった。
そうして彼が去ると同時に、ソラが慌ただしく通り過ぎる。アル達の飛空艇に乗る為に、移動していたのである。それを見て、カイトは何時もの姿に戻った。激励の一つでも掛けてやるか、というつもりだった。
「おーい、ソラー! 気をつけろよー!」
「おーう!・・・って、無茶増えてる!?」
いつの間にか増えていた統一感の皆無な戦士達に、ソラが思わず仰天する。その声に、急ぎ足でアル達の飛空艇に向かっていた夕陽達も気付いた。
「んぁ? うぉ!? 誰それ!」
「・・・オレの友達」
同じように気付いた生達徒に対して、カイトはそうとだけ告げる。間違いではない。彼らにはここに集まっているのが『無冠の部隊』だとは告げていない。別に知らなくて良い事まで、知らせる必要は無かった。
「お前らも気をつけろよー!」
「あ、おう! そっちもなー!」
カイトの激励に対して、生徒達も激励を返す。お互いに、普通に考えれば死地に向かうに等しいのだ。死なない様にするのが、第一だった。
「気を付けろ、か・・・」
「誰に言ってるんだろうね」
何も知らない生徒達の激励に、ユリィが少し苦笑する。相手は、勇者カイトとその相棒ユリィだ。怪我があり得ない。と、そんな二人に対して、男性隊員が近づいてきた。
「俺らに言って欲しいなー・・・なんて」
「あ? お前らオレ以上に死にそうにないだろ」
「誰がどの口で言ってるんだか・・・」
やれやれ、と『無冠の部隊』の一人が出立していく飛空艇を見送りながら、首を振る。まず間違いなく、一番死にそうにないのはカイトだ。彼は腕や足、土手っ腹という身体の各所が吹き飛んだ事がある。だと言うのに、未だにピンピンしているのだ。死にそうにない奴の筆頭だった。
ちなみに、この部隊では多くの奴が腕か足、最低でも指程度は吹き飛んだ事がある。土手っ腹が半分程度吹き飛んで、コアが2つ砕け散った、という者もザラだ。そんなのコアが3つあっても肉体側が普通は保たず、死ぬだろう怪我だ。全員リーシャやミースを筆頭にした衛生兵の尽力ですでに元通りにはなっているので、そうは見えないだけだ。というわけで、結局全体的に死にそうにない奴らだった。
「さて・・・シアの飛空艇がこっちに到着すれば、こっちも戦闘開始だな。全員、準備開始ー! もうちょっとしたら、レイシア皇女殿下が来られて、皇女殿下のお話だぞー!」
まだ、戦闘準備は整っていない。いや、正確にはカイト達の用意は整っているのだが、それ以外の準備が整っていないのである。彼らが暴れるのにも、準備が必要なのだ。その指揮を行っているのが、臨時でこちらに来る皇国軍を率いているシアだった。
「おーう!」
「おーっす! って、両方自分の女じゃ無いのかよー!」
「おい、誰だ今の! 何処で聞きつけやがった! 流出経路ゲロれ!」
というわけで、結局戦闘準備と言っても何も変わらない。カイトも弄るが、カイトも弄られる。なので今回はカイトが弄られるターンだったようだ。そんなカイトの声に、女性隊員達がひそひそと話をはじめた。
「まただって」
「なんだかんだ、ってルクスより女落としてるよね、あの人。あーあ、かわいそうに。こんなかわいい妹居るのに」
「あっぷ!」
女性隊員の一人が、クズハに抱きついてその豊満な胸に埋める。何時もならカイトの側に侍っているだろうアウラとクズハなのだが、実はこの野営地に入った時から、無理だった。
部隊にとって二人は妹分だ。つまり、速攻で玩具にされてしまっていたのであった。とは言え、玩具にされてばかりでは無かったのは、成長の証だろう。お上品なクズハは兎も角、アウラは普通に会話に参加していた。が、それでもお説教はされるらしい。
「よよよ・・・お姉ちゃん悲しい」
「アウラ! ブラは着けなさいって何時も言ってるでしょ!」
「あ、やば」
「揺れてる・・・負けた・・・嘘だ・・・」
「勝利」
たゆん、どころかぶるん、という擬音が似合いそうな揺れ方で走りまくるアウラを見て、一部女性隊員が膝を屈する。それに、アウラが少し勝ち誇った様に胸を強調するようなポーズを取る。が、この所為でアウラにブラを着けさせようとしていた別の女性隊員に捕縛されていた。
「やっぱでけーよな、アウラ・・・」
「イクシードのおっさんとか相当臍噛んでるだろうな。絶対死ぬんじゃなかった、って」
「そこ、エッチな目で見るの禁止。お姉ちゃんは弟の物」
「ぎゃあぁああああ!」
「ブラコン、悪化してるよな」
頬を引き攣らせ、冷や汗を流しながら男性隊員がアウラから視線をそらす。危険極まりなかった。で、ふざけあっているのは彼女らだけではない。当然、カイトもだった。
「で、マジでやったのかよ!」
「あ、カマかけやがったな! てめぇらちったー本気でやれ!」
「お前が言うな!」
軽い感じのカイトに対して、軽い感じの部隊の面々が答える。ここは、軍ではない。義勇軍だ。規律も何もあったものではない。言うなれば、カイトこそが規律だ。
そして、魔力とは意思の力だ。心技体全てが合致している事こそ、何よりもの力になる。戦場という非日常の空間において、気負いのない精神は重要だった。そうして、そんなほのぼのとしたやり取りの中。野営地に設置された魔砲に火が灯り、カイト達の戦いが始まるのだった。
一方、出発した飛空艇の中では、エルロードが部隊分けを行っていた。
「アル。お前はミナド村の戦闘を指揮しろ。出来んは聞かん。リィルはその次の街が見付かれば、そこに残る様に。ルキウスは遊撃兵を率いて、何時でも出発出来る様に準備をしておけ。救援は引っ切り無しだろう。詳しい部隊分けはこちらでやっておく。貴様らは即座に地図と作戦を考えろ」
「「「はっ!」」」
エルロードの指示を受けて、三人の若い幹部が敬礼で答える。幾ら始祖達に負けると言っても、この三人は部隊と言う意味では無く、軍全体として強い方だ。アルとリィルであれば、普通には一人で一軍を滅ぼせる。同一地点に配置するのは下策だろう。なので、別々の所に分けた、という事だ。
「ソラくん。君達はミナド村で降りる、で間違いないね?」
「はい、お願いします」
ブラスの問いかけを受けて、ソラが頷く。彼らは冒険部の指揮がある為、全員揃ってミナド村で降りる事になっていた。
なお、そのミナド村だが通信機を使って村に残った冒険部の面子に確認を取った所によると、幸いな事にまだ目に見えるような異変は起きておらず無事らしい。
ソラの言葉を聞いて、早急に防衛戦の準備を整える、という事だった。近隣の村には少々危険だが、警備隊が早馬を飛ばしてくれる事になった、と告げていた。
「ちっ・・・残るべきだった・・・くそっ!」
コラソンが自らの暴走に苛立ちを隠すこと無く、飛空艇の壁を叩く。妹が攫われた、と怒りや焦り、警備隊隊長としての責任感から追いかけたわけであるが、そのせいで、村の危機に対応出来ない状況になってしまっていた。今のミナド村には、全体の総指揮を行える指揮官が居なかった。
本来ならば、自らは残って誰か警備隊の者に向かわせるべきだったのだ。彼らも馬車は扱える。ソラ達の足となれるのだ。彼が来る必要が無かったのである。
カイトやティナならば、若さ故の過ち、と言っただろう。まさに、そうだった。焦ったが故の失態だった。それを横目に、ソラ達は準備を進める。
「これ・・・銃っすよね・・・」
「必要、なんだろ」
「そうなんでしょうけど・・・」
ソラの言葉を聞いて、夕陽は手に持った魔銃の感触を確かめる。こんな物をくれるのは勿論、『無冠の部隊』の技術班しか居ない。彼らの中でも夕陽を見知った技術者達が、必要だろう、と試作品を数丁譲ってくれたのである。
これはデッドコピー品でもモンキーモデルでもなく、正真正銘部隊が使う物の試作品だ。性能は市販品とは段違いだ。流石に後で返す様に言われたが、それでも、今の彼らには過ぎたる品だった。
「これ・・・ガチの奴なんっすよね・・・?」
「だろうな・・・おっし。これで大丈夫かな」
魔銃を貰ったのは、ソラも一緒だった。なので彼は鎧の収納様のポケットを弄って、即席のホルスターにしていた。
「貰ったのは、総数で10丁・・・とりあえず、弾幕張って、なんとかすんぞ」
「おう・・・とりあえず、通信機で第一陣の奴らに今は矢で弾幕を張る様に指示しといた」
「わり」
ソラと翔は必死で頭を働かせる。森に打って出るつもりは毛頭ない。周囲の村には悪いが、森の中の魔物は無視する事にしていた。というよりも、そうするしかないからだ。
第一陣の冒険者達や新たに参加した冒険者達は、まだ良い。殺す事にも人が死ぬ事にも慣れている。だが、第二陣の冒険者が問題だった。
彼らは人殺しに慣れていない。現に夕陽も、ようやく自分が殺せる力を振っているのだ、と心の底から理解して顔は真っ青に、身体は震えていた。
興奮が一時期的とは言え治まった事で、ようやく人を殺した実感が来たのである。ソラの経験から来る見立てではおそらく、数日は弾幕を張る事さえ出来ないだろう。
「・・・夕陽。お前、休んどけ。翔、頼む」
「おう・・・ついて来い。この船それなりに知ってるから、医務室案内してやる」
「・・・すんません」
夕陽はどうやら、気丈に振る舞う余裕さえ無い上に第一陣の生徒からの眼差しを受けて、自分は足手まといなのだ、と理解したのだろう。夕陽は辛そうにしながらも、翔の指示に従う事にする。
「・・・とりあえず、弾幕張って持久戦。作戦開始の少し前に到着だから・・・カイトが本気ってことは、2時間も要らねーだろうから・・・」
「ソラ、私どうしよっかー?」
「・・・んっと・・・由利は後方で狙撃お願い。弾幕で耐え抜くつもりだけど、それでも抜けてきたり別方向から来ないとも限らないから、そっち」
「おけー・・・ナナミ、大丈夫かな?」
話の傍ら、由利がナナミについてを切り出す。彼女は、由利にとっても友人なのだ。心配で無いはずが無かった。
「・・・わかんね。でも、酷いことはされてないから、マシっちゃマシなんだと思う。桜ちゃんも居たし・・・」
ソラが一度思考を切り替えて、ナナミについてを思い出す。僅かに出来た会話によると、常に桜が励ましてくれていたらしい。お互いが知り合いであったお陰で、赤の他人の励ましよりは効果的だったようだ。
ナナミはそこまで悲惨な精神状況では無かった。今はまだ辛そうであるが、ソラの俄仕込みの知識でも最悪の状況では無い様に見えた。
「・・・ナナミの帰る家。守ってあげよ?」
「・・・おう」
由利とて、思う所は色々とあるだろう。だが、彼女は友人の為、今は村を守り抜く事を決める。それはそれ、これはこれ、と分けられたのである。
「ソラ。とりあえず、先に森の中に入らない様に指示した方が良くない?」
「あ・・・おう。魅衣、こっちソラ。そっちどうだ?」
『何? こっち今会議中だけど・・・結構参ってる奴多くて、陣形見直してる所』
由利からの提言を受けて、ソラが魅衣に連絡を送る。
「森の中、斥候とか入らない様に注意しておいてくれよ。多分、結構危険っぽい。安易に入って釣り出さない様にしないと、やばいかも。カイトが結構やばい力場発生してるから、アル達に行かせる様に、って」
『わかった。斥候送るかどうか揉めてたとこ。じゃあ、斥候も無しにしとく・・・カナンー! やっぱ斥候取りやめ! 他の所の情報で結構やばい事なってそう、だってー!』
ソラからの情報を受けて、魅衣がどうやら斥候に向かうつもりだったらしいカナンに待ったを掛ける。カナンならば種族と森の中という状況、実戦経験値からなんとかなるかもしれないが、やはり危険度は高い。やるべきではないだろう。
「えっと、次は・・・あ、第二陣の奴ら収容どうなってんだろ・・・」
ソラはその後も必死で頭を働かせる。冒険部の遠征隊は、彼に全ての指示が委ねられているのだ。まだまだ見習いの域を出ない彼にとって、慣れている事なぞ何もなかった。そうして、かなりおちゃらけたカイト達に対して、必死な様子で飛空艇は進んでいくのだった。
一方、もう一つ慌ただし準備が進められていた飛空艇は、もう一つあった。それは、シアが乗る所謂旗艦と呼ばれる船だった。そこでメルとやり取りを行っていたシアに対して、小夜が頭を下げて報告を持ち込む。
「シア様。陛下よりご連絡が入りました」
「繋いで頂戴」
「はい」
『シア。軍務は得意ではない貴様に総司令を任せるのは心苦しいが・・・』
「大丈夫よ、お父様。幸い公爵家の軍人は有能だし、公爵家の従者勢も居るもの。殆ど私はお飾りよ」
父の言葉を遮って、シアが伝えるべき情報を伝える。シアは<<皇室守護隊>>の総指揮を務めていたが、それは軍の司令官として有能だ、という事には繋がらない。
密偵と軍は密接に関わっているが、同じ存在ではないからだ。シアの軍の司令官としては、皇女の中ではそこそこでしか無かった。とは言え、だからこそ理解出来る事もあった。それは、皇帝レオンハルトが聞きたかった事だ。
『わかっているのなら、大丈夫だな』
「ええ。本当ならばメルに指揮させたかった所、なのでしょうけど・・・今回ばかりはね」
ため息混じりに、シアが父の言葉を認める。皇帝レオンハルトが言いたかったのは、下手に功を得ようと要らぬ事をしてカイト達の邪魔をするな、という事だった。と、そこにメルからの連絡が入った。
『お父様、お姉様。これより魔導機の中隊を率いて、ジーマ山脈の掃討作戦に入ります』
『ああ。怪我をするなよ・・・アイギスだったな。メルを頼む』
『わかりました』
『了解です』
皇帝レオンハルトはアイギスに対して、メルを任せる。メルは現在、アイギスを伴って先程引き上げさせた魔導機と半魔動機の実験部隊と帰った軍基地所属の大型魔導鎧の部隊を率いて、ティナが発見した祭壇に集まる魔物の掃討作戦に乗り出していた。ここは少々強大な魔物が集まっている為、飛空艇の船団と魔導鎧、魔導機の部隊で殲滅する事になったのである。
実験中にこの事態だ。無闇に部隊を動かす事もできず、そのまま掃討作戦の指揮を任せる事になってしまったのであった。とは言え、彼女の実力に加えて、魔導機の性能だ。不安は小さかった。と、そこにヘンゼルと同じくシアの補佐をしていたフィニスが、報告を持ってくる。
「シア様。結界の展開の為の飛空艇の準備が整いました。到着は10分後。ユスティーナ様特製のブースターを取り付けた船ですので、速いそうです。帰りは使えないそうですが・・・」
「ブースターね・・・さすがは魔帝様、という所ね。こういう事態は想定済み、というわけ・・・結界の展開に必要な時間は?」
「船の展開を含めて、10分で終わらせる、との事です」
「正味20分、ね・・・野営地に居る旦那様に、そう伝えなさい」
「御意」
努めて優雅に、シアが命ずる。彼女は優雅に振る舞う事で、自分が勝利を信じている、ということを見せていたのだ。そして、信じられるだけの理由はあった。
勇者カイト率いる『無冠の部隊』だ。勝利を疑う者が居ない。とは言え、彼らの為にも、今の自分達が重要だった。そうして、自らの補佐についていた公爵家従者勢の視線を受けて、シアは準備が整った事を悟る。
「では、全艦隊、発進!」
シアの号令が響き渡り、マクスウェル近郊の軍基地から飛空艇の艦隊が発進する。そうして、ついにカウントダウンが始まったのであった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第630話『ミナド村防衛戦線』




