第628話 英雄達 ――無冠の部隊――
その日。全員が予感があった、という。それは血の滾りを伴った物だ。何かが起こる。それ故、誰もが酒を飲む事もせず、その予感に備えていた。そうして、その予感は正しく、起きた。
「・・・今すぐ出る!」
「あぁ、やっぱりか。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「楽しい時間の始まりだ」
「やれやれ・・・」
皇国中。その隊章を持つ者達は全員、隊章に起こった異変にほぼ同時に気付いた。まあ、全員が異変の起きる一時間ぐらい前からほぼ数分に一度は隊章を眺めていたのだから、当然だろう。
「「「総大将のお呼び出しか」」」
全員、同じ表情でつぶやく。隊章は『無冠の部隊』の物だ。これは家族に教えている者、教えていない者問わずで全員にとっての誇りだった。それに蒼色の光が灯ったのである。それは、カイトからの呼び出しだった。
何時もなら酒飲みでもやるか、という程度なのだが、この血の滾りこそが、何が起こっているのかを簡単に理解させた。そしてその信号が行っていたのは、何も戦闘面子だけではない。技術班にも、行っていた。こちらにはカイト達からの連絡が入っていたので、何が起こっているか、というのは完全に把握出来ていた。
「おい! 新兵器の搭載急げ! 10分で用意! 10分で出発だ!」
「試したい武器は全部積み込め! 使い手と的は選り取り見取りだ!」
「こっちは自分で使うんだよ!」
「そっちは置いてけ!」
公爵邸地下の研究所に、怒声が響き渡る。半ば仮眠を取っていたり晩飯を食べていたりしていた所だったので、かなり不機嫌だ。
が、カイトの呼び出しだ。おまけに全軍の招集だと言うのだ。否やは無いし、不満も無い。実験台が山ほど来てくれるのだ。不満があろうはずがない。そんな彼らがどうやって移動するのか、というと、飛空艇は使うつもりは無かった。
「到着。準備ー」
「おう! ちょいと待ちな! 後ちょっとで終わらせる!」
顕現したアウラに対して、気付いた技術班の一人が声を上げる。彼らには、アウラという積載量も移動速度も飛空艇より遥かに圧倒的な輸送手段があるのだ。使わない道理は無かった。
そんなアウラだが、彼女も流石に今回だけは、戦装束を身に纏っていた。彼女も曲がりなりにも『無冠の部隊』の一員だ。戦装束を纏って居る以上、戦うつもりだった。と、準備がもう少し必要だ、と言われたアウラは少し周囲を見回す事にする。
「えーっと、とりあえず用意しておいた魔砲の準備はオッケー。誰が持ってくー!」
「それ、後ろからぶっ放させるー!」
「わけぇのは後ろでぶっ放せ! 間違っても俺らにあてんなよ!」
「計測器忘れてんじゃねぇ! こりゃ試験だ! 忘れる馬鹿があるか!」
「あ、はいはい! それ、一個頂戴! 担いで持ってく!」
持っていくのは、当然戦闘に使う物だ。ということで、『無冠の部隊』技術班の趣味が満載された魔砲が山ほど用意されていた。
が、これは別に彼らが使うわけではない。後ろから普通の軍人や若い技術者――実戦経験の有無にかかわらず――に使わせるつもりだった。自分達は近くから結果を観察するつもり、らしい。
まあ、一部には大砲をまるでバズーカ砲の様に肩に担いでぶっ放そうという猛者も居たが、それが普通なのが、この『無冠の部隊』だった。と、5分ほど待っていた所で、クズハがやってきた。当然、彼女も戦装束を身に纏っていた。
「用意は?」
「あとちょっと」
「お兄様がお待ちです。急いで下さい」
許された時間は、たったの一時間。それにしたって『化物』との開戦まで一時間というだけで、他の祭壇はすでに戦闘が始まっている。そちらの異変はこちらの敵が片付かない限り、止まる事が無いのだ。
可能な限り早く、というのが皇国側からの正直な所である。とは言え、用意をしなければ、死ぬのはこちらだ。急いでは居るが、用意に時間は必要だ。
その一方、カイト達は、というと、少しだけ揉めていた。それは司令室に篭って各種の手はずを整えていたカイトに呼び出されたソラ達と、だった。
「ああ、来たか・・・お前らは一度ミナド村に戻れ」
「あぁ!? 今更帰れ、ってのかよ!」
「ああ」
「足手まといって事かよ!」
開口一番に下されたカイトからの指示に、ソラが怒声を上げる。どう考えても人手が必要な状況なのだ。だと言うのに、まるで足手まとい――事実そうなのだが――の様に告げられれば、怒りもしよう。
とは言え、カイトは力が足りていないから、というわけではなかった。きちんと理由があった。だからこそ、カイトが怒声を上げる。急いでいるので結論から告げたが、そのせいで誤解を招いたらしい。
「怒鳴る前に話を聞け。まだ説明の途中だ。落ち着け、っつってんだろ?」
「っ・・・」
「はぁ・・・落ち着け。指揮官が焦ってどうする。足手まといなんて一回も言ってないだろ・・・お前にゃお前のやることがある。ナナミさんはこちらでマクスウェルの病院に収容する。お前らはアル達と合流して、ミナド村付近の祭壇を潰せ」
「どういう・・・ことだ?」
なぜ魔力を送るしか出来ない祭壇を、と言う事の意味が理解出来ずコラソンが首をかしげる。彼らはまだ祭壇が魔物を引き寄せている事も、祭壇から発せられる特殊な力場によって集まった魔物が強化されていく事も知らされていなかった。それを知らせる為にここに呼んだのだ。
「情報を映せ」
「はっ」
カイトの指示を受けてぴきゅん、という音とともに、飛空艇の一室に設置されたモニターに映像が展開される。それは先程とある貴族が送った軍によって新たに発見された祭壇の映像だった。どこかの谷間らしい。状況が良く理解出来る画像だった。それはすでに魔物達が群がっており、群れを成していた。
「ゴブリン・・・? だけどなんか・・・変な・・・」
黒々としたモヤに侵された魔物達が、周囲に破壊を振りまいていた。魔物の姿そのものにおかしさは無い。が、まるで黒いモヤに侵食されたかの様に凶暴化していた。同士討ちや普通は狙わないはずの野生動物まで見境なく攻撃していたのだ。
「祭壇から発せられる特殊な力場によって、完全に凶暴化している・・・力量にしても、ゴブリンでワンクラス上昇している。およそ倍にはなっていると考えて良い。しかも、祭壇には周囲からうじゃうじゃと魔物が集まってくる・・・結界の設営、終わってないんだろ?」
「まさか・・・っ!」
カイトからの説明を受けて、ソラが即座に危険度を悟る。ミナド村は現在、結界の再設置の真っ最中だったのだ。そんな所に魔物を呼び寄せる力場が発生しているのだ。そして残念ながら、この呼び寄せる力は結界の効力を遥かに超える。遠からず、ミナド村には危険が及ぶ事になるだろう。しかも、普通は近くに居ないはずの魔物さえ、祭壇に引き寄せられて現れるだろう。
そして、今のミナド村には人を殺した事による精神的なダメージで弱った冒険部の面々が待機している。他人を守る力はあまり残されていない。援軍が今すぐにでも必要な状況だった。
ゴブリンならば多少強化されていてもなんとかなるかもしれないが、それがランクCのトレントになると、まず間違いなく命に関わる事になるだろう。いや、下手をしなくても村が壊滅する可能性もあった。それに、ソラも気付いたのである。
「アル達は何時頃着くんだ!」
「こっちにこさせていたし、そもそも乗ってるのも特殊部隊仕様の高速船だ。後少しで到着するはずだ。補給物資とともに、お前らは何時でも乗れる様に準備をしておけ。馬鹿共が呼んでた。そちらで援護物資も貰っとけ」
「すまん」
「おう! 悪い!」
「良いって・・・行って来い」
コラソンと共に慌て気味に出て行く直前に謝罪したソラに、カイトが苦笑気味にそれを送り出す。何処か早とちりしやすいのは、ソラの悪いところだった。性格の問題だろう。
「で、桜。悪いが・・・」
「いえ・・・私も病院船に乗ってマクスウェルにもどれ、という事ですよね?」
「すまん。助けに来て、それだけしか出来ん。埋め合わせは後で絶対」
現状、このまま放置していれば国が滅ぶ。『無冠の部隊』は呼んだし、カイト自らが出なければいけない状況だ。幾ら彼が勇者だとて、助けたお姫様の側に居るわけにはいかなかった。
そして、桜もそれはわかっていた。彼女は聡い子だ。成すべきこと、為さねばならぬ事。そういった事を理解していた。だからこそ、一度だけ抱きついて、それで終わりだった。
「はい・・・あの、それで・・・大丈夫なんですか?」
「ここには『無冠の部隊』が来る・・・全員じゃあないがな。まあ、ここらの魔物を潰すぐらいにゃ、過ぎた集団だ」
カイトは桜を抱き留めながら、遠くで集まり続ける魔物の軍勢を見る。ここに集まっている魔物は、平均的に3ランク程は強化されていた。最弱の魔物と呼ばれるゴブリンでさえ、ランクCの魔物に匹敵する力になっていた。
ランクB以上の魔物なぞ、下位のランクSに匹敵していた。並の軍では到底、抑えきれる敵ではなくなってしまっていた。皇国でも有数の装備と兵力を整えている公爵軍でさえ、簡単には行かない。厄災種では無いが、それに匹敵するというのは伊達では無かった。
『閣下! 軍部より連絡です!』
「話せ」
軍務が始まるのを見て離れようとした桜を少しだけ強めに抱き寄せて、カイトが更に先を促す。タイムリミットは、アル達の護衛する病院船が来るまでだ。それまでぐらい穴埋めをしても問題は無いだろう。
『敵の呼称は『破戒の魔使い』で統一! 以後はその名称を呼称せよとの事です!』
「禁忌の魔物使い、か。安直だな・・・了解した。他には?」
軍司令部からの統一呼称に、カイトが苦笑気味に了承を示す。見たままを告げているのだ。わかりやすくはあった。そしてこんなどうでも良い事を告げるだけとは思えない。他にもあるはずだった。
『はっ! クズハ様、アウラ様の出陣用意が整いました! 3分後に来られます! また、病院船もほぼ同時刻に到着・・・いえ、たった今、到着いたしました!』
どうやらアル達も到着したようだ。タイムリミットという事だろう。それに、カイトと桜がうなずき合うと、カイトが桜を転移術で飛空艇まで送り届ける。そうして、カイトは近くに居た軍医に命じて、桜を個室に案内させる。
「かかりつけ医はミースとリーシャだ。彼女らがこっちに来たらすぐに連絡を送らせる。後は彼女らの指示に従え」
「はっ! カルテは受け取っております!」
「頼んだ」
軍医に桜を預けて、カイトが再び踵を返す。そうして、カイトの眼から優しさが消え姿も消える。次に現れたのは、大急ぎで用意させた即席の野営地だった。ここが、『破戒の魔使い』討伐の司令室になる予定だった。
「マスター。こちらを」
転移術で現れたカイトに、一葉が軍用コートを羽織らせる。そして、それと同時に、アウラの転移術によって、クズハ率いる技術班の面々総勢50人が、現れた。
「到着」
「お兄様。おまたせいたしました」
「おっしゃ! 一番乗りもらい!」
「うっしゃー! 久しぶりに大暴れすんぜー!」
自分達が一番乗り。そう思っていた技術班の一同だが、それは違うかったようだ。それを示すように、周囲にいきなり気配が現れる。
「よぅ」
「おーう、なんだ、そっちが先か・・・って、その腰の。一杯くれ」
「あ? てめぇこっちゃ5000キロ程走ったんだよ」
「にししっ・・・新しい武器貰い!」
「あ、おいチビ! それまだ誰使うか決めてねえぞ!」
「だから僕が貰いー!」
技術班が姿を見せたと同時。静寂が支配していたはずの野営地が、一気に騒がしく成り始める。公爵軍の誰も、ここに人が居た事に気づかなかった。飛空艇の計器も反応はしていない。が、カイトが野営地に入るよりも前から、彼らは野営地に入っていた。誰も気づかなかっただけだ。
そうしてそんな騒々しい場にだん、と地響きが鳴り響いた。放っておくと何時までもやりたい放題やるのだ。何処かで締め上げる必要があった。なのでカイトが地面を踏み抜いたのである。
「よう。遠路遥々おつかれさん。今は何時も以上に年齢層引き下げるオレですよ、っと。まずは全員元気そうで何より。まあ、数ヶ月でくたばるタマなら逆に安心するけどな」
あれだけ騒がしかった部隊が、一気に静まり返る。この部隊で一番若いのはカイトだ。それは今も昔も変わらない。だが、一番風格を有しているのもまた、カイトだった。
それ故、部隊全体を黙らせられるのも彼だけだ。それもまた、300年前からも何も変わらない。というわけで、カイトの命令を受けて本格的に戦闘態勢を整えた一同が、ようやく本題に入る。
「で、総大将・・・敵は?」
「あれあれ」
「あー・・・うえぇ」
妖精族の少年――に見えるだけで大人――が、顔を顰める。30キロ先に見える魔物の軍勢を見て、顔を顰めたのだ。全部が黒いモヤに覆われて、身体の各所に目が浮かんでいた。
そうしてそんな妖精の少年の言葉を受けて、野営地から『無冠の部隊』の総員が観察する。が、見た瞬間、『無冠の部隊』の女性陣が全員悲鳴を上げた。
「気持ち悪っ!」
「無し!」
「グロい!」
「ありじゃね? あの目玉とか結構カッコいいような・・・」
「敵役としちゃ、適役だよな・・・」
「は? 何その寒いダジャレ・・・」
「あんたらぐらい無いわー」
「「あぁん!?」」
基本的に、『無冠の部隊』はやんちゃ者の集まりと大差が無い。というよりも、大戦時代でも自分を曲げられない様なやんちゃ者が集まったのが、この部隊だ。そうである以上、誰もが我が強い。それ故、部隊の纏まりは無いに等しい。だからこそ、カイトだけが纏められるのだ。
なお、ここに現状で集まっている面子は全員未だに現役を貫けるような超長寿の種族だけだ。隠居した奴らも来ようとした様子だが、流石に年が祟った。急な呼び出しは無理だったらしい。なので300年前から見た目も中身も殆ど変わっていなかった。
「はいはい・・・今回の敵は約数名心惹かれつつ、女性陣の受けが最悪なあれだ」
「『不滅なる悪意』の神使の末端が地脈の魔力を大量に取り込んだヤツ、だねー。ぶっちゃけ、ランクSもいいとこの魔物、と見ていいかな。名前は『破戒の魔使い』で統一しろってさ。狂信者が呼び出したから、それでいい名前じゃないかな」
カイトに続けて、ユリィがいつも通りの調子で解説を行う。だが、そんな様子に一同は違和感が隠せなかった。何が、と言うと当然カイトとユリィだ。馬鹿筆頭だった彼らが説明をしているのが、違和感だったのだ。
「・・・やりにくい」
「足りない」
「メガネさせるか?」
「総大将は兎も角、メガネさせても女教師にしちゃ、色気ねぇよな」
「これでも教師だよ! 色気は結構気にしてるんだから、言わないでよ!」
「申し訳ありませんね! 馬鹿筆頭が司令官やってて! つーか、いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ、てめぇら!」
「どうどう・・・はぁ・・・余が代わろう」
怒鳴ったカイトの横から、ティナが説明を取って代わる。どうやら彼女の方の支度も終わったようだ。
「あ、安心感が出た」
「そこの奴・・・なんか言ったか? ことと次第によっちゃ、そのご自慢の角根本から折るぞ」
「何でもない何でもない」
ぼそり、と響いた声に、カイトが睨みつける。呟いたのは鬼族の男だった。カイトに睨まれた彼はこそこそと楽しげに笑いながら何処かに隠れていった。
「どうどう・・・で、余の解説じゃ。バカどもと小僧共は耳の穴かっぽじって良く聞け」
騒がしい様子で始まったブリーフィングだが、普通はそんなはずはない。敵は普通は死地に向かうと百戦錬磨の戦士達が覚悟する相手だ。
が、ここの連中に常識は通用しない。正直な所、この程度の敵では作戦会議に殆ど意味は無かった。他の連中の用意ができるまでの、単なる暇潰し。そう言う所だった。
「馬鹿に何言うても無駄じゃろ。簡潔に言おう。やることは何時も通り。思う存分暴れろ。以上。あ、間違いじゃ。余とカイトの邪魔はするな。以上」
「りょーかい」
「はっ!」
軽い感じで、全員が返事をする。衛生兵や調理人を除いて、全員がランクSの化物達。エネフィアの上位数%の化物しかいない。それが、『無冠の部隊』の英雄達だ。
そう言っても、実は前2つとてランクSに届かないだけでランクAが最低ランクだ。衛生兵や調理人さえ、並外れた英雄。それが、ここだった。そもそも、この先で集結する魔物程度に負ける道理が無かった。
「じゃあ、終わりじゃ」
「うーっす」
ティナの号令を受けて、全員がスパーリング等の軽い準備運動や、持って来た新兵器の最終チェックに入る。そうして、ついに300年ぶりとなる本来の形での英雄達が動き出したのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第629話『英雄と非英雄』
2017年6月2日 追記
・誤字修正
『スパーリング』が『スパークリング』になっていた所を修正しました。皆でワイン飲みたかったんです。多分。




