第625話 悩みの始まり
祭壇での討伐を終えて、上層部に出てきたカイトは、晴れやかな顔、だった。まあ、多少なりとも怒りをぶちまけたのだから、当然ではあるだろう。
「はー・・・終わった終わった」
「その様だな」
カイトの身体から溢れていたどす黒い殺意が雲散霧消しているのを見て、グライアが告げる。これでグライアとしても一安心、と言う所だった。
カイトに殺意があって得な人物は――そんな者が居るとすればだが――あの状態の彼を駒として使う者位だろう。それにしたって、敵が消えれば即座に収めてもらいたいだろう。何せ万が一こちらに向けられただけで悶死しかねない。そうして、そんなカイトをストラが出迎えた。
「閣下、おかえりなさいませ。魔力の噴出は上に待機させた飛空艇の計測結果を待つ事になりますが・・・お聞きになられますか?」
「ああ、そうしてくれ。それを見届けてから、オレ達も帰還しよう。何も起きない様にしちゃいるが、万が一はてめぇの尻拭いはてめぇでしねぇとな・・・あ、一応拐われていた者達の中で、この場で見付けられた者については、オレ達と共にマクスウェルに連れ帰ろう。街の病院に連絡して、急患が来る事を告げろ。収容力が足りないとは思えんが、万が一の可能性も考えられる。軍病院にも同様の連絡を入れろ」
「かしこまりました」
カイトからの指示を受けて、ストラが持って来ていた通信用の魔道具を使って、飛空艇に指示を入れる。そこから、マクスウェルの病院に連絡を入れさせるつもりだった。
拐われていた者達の正確な数は把握出来ていないが、ぱっと見でも50人は下らない。流石にこれだけの数を街に到着してすぐに病院に搬送した所で、受け入れ先の状況が整っていなければ満足な検査は不可能だ。その為に先んじて指示を飛ばすのは当然だった。そうして、更にカイトが指示を続ける。
「皇国軍は?」
「現在、こちらへ急行中です。1時間後には、先遣隊が到着するかと。全隊は必要なさそうでしたので、シア様が命じられてすでに出撃待機状態と移行。後は先遣隊からの連絡で順次、予備兵力は全て平常へと戻すつもり、との事です」
「分かった・・・この結界が何時までも保つとは思えん。新しい物の展開を行わせて、更に加えてウチの軍にも確保を手伝わせろ。そうじゃないと、その内魔物だらけになるぞ」
「かしこまりました。地下の祭壇については?」
「そっちは研究者と調査官達の領分だ。捕縛した奴らは意識を奪って確保している。明後日の昼までは目覚めん筈だが・・・その目覚めを待ち、尋問と並列して調査を行わせろ・・・ああ、洗脳の形跡については調べろ。わかっていると思うが、尋問でキツいのはそれの裏取りが出来てからだ」
カイトはそれで取り敢えずの指示は良いか、と頷いて、翔達の所へと帰ろうとして、ふと、一つ気付いた。それはサシャ達洗脳されていたり騙されていた者達の処遇だ。
「んー・・・取り敢えず、最上階清めの間の前に居るえーっと・・・何サシャだっけ・・・ああ、捜索願が出されていたファミリア家の令嬢を確保した。そちらについては洗脳が確定しているから、その護衛の者達と共に連れ帰る、とシアに連絡してくれ。なお、彼女らは保護対象として扱え」
「ああ、あのミリシャ・サシャ・ファミリアですか・・・神殿都市にはいかが致しましょう?」
「すぐに連絡を入れろ。洗脳されていた以上、彼女は皇国法により厳罰には処せん。付き従った護衛達にも同じく薄くだが洗脳の形跡があったからな。こちらも無罪だろう」
カイトはサシャやその分派の者達について、即座に本来の所属に連絡を入れさせる事にする。当たり前だが、サシャ達は洗脳されていたのだ。いくら幹部だから、と言っても罪に問えるはずが無かった。
なにせ自分の意思ではない。他人に操られていたのだ。彼女らも被害者である以上、どれだけ重大な被害を生もうとも、それを罰するのは道義に反する。
「ファミリア家は? 呼び出しますか?」
「そうしてくれ・・・ああ、ここらちょっとワガママだが・・・エルロードに連絡を入れて、ミナド村やその近辺の村長に連絡を入れて、村の有力者は飛空艇で連れて来させてくれ。拐われた者達は無事救助した、と」
「ふふ、かしこまりました。宿の手配も進めておきます」
カイトの配慮に、ストラが微笑んで腰を折った。流石に家族全員を呼び寄せて、と言うだけのキャパは無いが、村長ら地元の有力者位ならなんとかなる。彼らに拐われた者の無事を確認させ、村に取り敢えず安心をさせよう、と思ったのであった。ここら、相変わらず良く気の回る男だった。
「すまん・・・じゃあ、帰還するか」
「はい」
カイトの言葉に、ストラが頷く。そうして、カイトは翔の所へ行きストラ達と共に拐われていた者達を連れて脱出するように告げると、一度ソラ達の所へと向かう事にする。
するとそこには、寝息を立てるナナミと、彼女をお姫様抱っこの要領で抱きかかえたソラの姿があった。そんなソラに、カイトは小声で問いかける。
「・・・寝たのか?」
「ああ・・・」
どうやら、不安や安心がごちゃ混ぜになり、ようやく得られた安堵で疲れて眠ってしまったのだろう。それに、カイトが頷いた。
「何があったかは知らんが・・・まあ、助けられて良かった。悪かったな、色々と止めて」
「いや・・・わかってるって。お前にゃお前の考え方があって、そして大丈夫だ、って分かってたからこそ、止めたんだろ?」
「ああ・・・とは言え、危ない可能性もあった。悪かったな」
カイトは改めて、ソラに謝罪する。あの時点では危険性は無い、と判断するしか無かったので仕方がないのだが、それでも結果的にそれは間違いだったのだ。
それ故、謝罪はカイトにとっては当然の事だった。そう言っても実はあの時点ではまだサシャ達に彼女らの儀式が偽物と僅かにでも思われる訳にはいかないので、やはり拐われた女性達が安全な事は安全だったのは事実だ。
あの時点で陵辱すれば、引き取ったサシャ達が違和感に気付く。洗脳していても表向きは月の女神を呼び出すとしていたからこそ、洗脳は十全に働いていたのだ。
幾ら魔術だからといっても、何でもかんでも完璧な便利な物ではない。魔術が意思の力を流用していればこそ、意思の力で破る事も出来るし意外と人の精神とは強いのだ。どれだけ強力でも定期的に重ねがけしなければ意外とあっさりと破られる事もある。内部事情から、無理は無理だった。
「相変わらず律儀っちゃあ、律儀だよな、お前」
「性分なのかもな、これが元々の・・・取り敢えず、外に出たらストレッチャーを用意させる。それまでは頼む」
「ああ」
カイトの指示を受けて、ソラは少しだけナナミを持ち直す。このまま歩いても問題は無いが、なるべく安静に眠らせてあげよう、という配慮だった。そんな男二人に対して、それを少し複雑な表情で見ている由利にティナが問い掛けた。
「複雑、じゃな?」
「・・・まあねー・・・」
由利の顔は本当に複雑な表情、だった。友人が助かって安堵の表情もあれば、恋敵の事を改めてしっかりと見直す事になって、そこからの不安等様々な感情が渦巻いていた。
彼女には、予感があった。今回の一件はソラと由利にとって、まだ終わっていない。正解だ。ナナミの一件は片付いた様に見えて、まだ片付いていない。それは彼女の恋物語について、だ。彼女は答えを出す前に、拐われたのだ。ナナミの答えは、まだ出ていなかった。
それの答えを出す時が近いのだ、と理解していたのである。そうなれば、また一つの変化が訪れる事になるだろう。彼女の予感はそれ、だった。それは女だからこそ持ち合わせる、謂わば女の勘だった。
「お主はお主で選べ。余は選択させるつもりは無い。指図出来る訳も無い」
「魅衣もこんな風、だったのかなー・・・」
ティナの言葉に、由利が悩ましげに告げる。ここでソラがナナミを振れば、それは正しい決断に見えるだろう。なにせ地球ではそれが普通だ。だがここで問題になるのが彼女の恋人の親友であり、彼女の親友の恋人の事だった。
「・・・すまんのう。こればかりは致し方がなし、と言うしかあるまい」
「それが分かる、ってのも悲しいかな・・・」
真剣だから、だろう。由利は何時もの何処かのんびりした言い方では無く、はっきりとした言い方でつぶやく。そう、親友達は、一夫多妻を認めた。それもまた、一つの答えだ。
そして、この地球と異なる常識で成り立つエネフィアでは、普通の事でもある。つまり世間的には揉め事さえ起こさなければ二股をしても良し、なのだ。それを何が可怪しいのか、と思っている者達はかなり多い。
「このまま地球に帰った所で、私は信じられるかどうかがわかんない」
「・・・良く分かっておったのう」
「私だって色々と考えてる、ってば」
ティナの驚いた様子に、由利が少し不満気な顔になる。彼女が何を信じられないのか。それは、簡単だ。地球に帰った後、ソラがエネフィアに行ってナナミと逢っていないかどうか、だった。
ナナミは気付いていないが故に怖がって告白出来ていなかったが、異世界なのだから結局別れなければならないのでは無いか、という事は実は誤解だ。
天桜学園の最終目標は、普遍的な方法による異世界転移術の開発、ないしは発見だ。つまり、エネフィアは非常に近い世界になってしまうのである。地球に戻ればもう二度と会えない、と言う事は有り得なかったのだ。
「まあ、どうするかはお主らの決断じゃ。余が何かを言える訳でもなし・・・アドバイス位はしてやりたい所じゃが・・・なにせカイトにそれを命じたのは、余じゃ。出来る訳も無し。魅衣に頼むのが最適。じゃろう」
ティナが申し訳無さ一杯で告げる。彼女では、由利の立場には立てない。なにせ彼女は王者として二股どころか三股四股上等だ。そしてカイトにそれをさせた側でもある。そうなれば、必然アドバイスは出来るはずが無かった。
「そこら、ソラの決断次第かな・・・」
「じゃろう・・・その上でお主がどうしたいかは、考えておけ。まあ、余は答えは聞かんし、余に答える必要も無い。それに、考える時間は必要じゃろう」
「・・・ありがとう」
ティナの配慮に、由利は淡い笑顔を浮かべる。今答えを出せ、と言われた所で、彼女は答えられない。それはソラも一緒だろう。
「まあ、取り敢えず今はまだ、その時では無い。戻る事にするかのう」
「うん」
ティナの言葉に、由利が頷く。そもそもまだナナミは目覚めていない。どうするかも、まだわからない。ただ単にこれは二人の女の勘に従ってのお話だった。
そうして、その帰り道。ソラはカイトに相談をしていた。それは当然だが、これからの事についてだった。彼も当然だが、ナナミに由利とキスしている所を見られた事は、気にしていた。
「・・・見られたんだ。キスしてる所」
「・・・そりゃ、また・・・」
ナナミがソラに懸想している事は、カイトも把握している。と言うか、誰からも丸わかりだった。そんな状況でのこれだ。どうすべきか悩むのは、当然だった。そして出されたカイトの問いかけは、奇しくも、ティナと一緒だった。
「お前は、どうしたいんだ?」
「・・・わかんね。わかんねーよ・・・」
だが、ソラの答えの方は、違っていた。当たり前だ。決断しなければならないのは、好意を向けられている彼だ。その決断を待つ由利とは重みが違う。下手をしないでも、女二人の人生を左右しかねない。
彼には、重すぎた。優柔不断とも思えるが、それだけ二人に対して真剣だという左証なのだから、責められるべきではないだろう。
「そうか。まあ、アドバイスが出来る立場じゃ無いが・・・一つだけ、言っておいてやる。覚悟があるのなら、どんな決断でもオレはお前を支持してやる。これだけは、忘れるな」
「え・・・あ・・・お、おう・・・」
カイトから真摯な眼差しで告げられて、ソラは思わず呆気にとられる。まさかここまで真剣に支持してやる、と言われるとは思っていなかったのだ。
だが、ソラはこれで少しは、気が楽になった。どんな決断を下すにせよ、誰かの庇護が受けられると言うのは素直に、有り難かったのだ。とは言え、ここまで真剣な言葉だ。少し疑いたくなっても、仕方がない。
「いや・・・マジ?」
「ああ・・・だから、後悔のしない決断を下せ。由利と相談しながらでも良い。オレに相談をしても良い。今、結論を下す必要も無い・・・だが、ナナミさんの為にも、答えは真剣に出してやれ」
「・・・ああ。ありがとよ」
微笑み混じりのカイトのアドバイスに、ソラが少し照れくさそうではあるが――ナナミを抱えている関係で首だけだったが――頭を下げる。そうして、歩き直した二人だが、カイトは小さくつぶやいた。
「いいさ・・・かつての礼だ。それ位、やってやるさ」
ソラに聞こえない程に小さな言葉は、カイトの感謝、だった。それはかつての学園襲撃の折り、彼らが自分達を受け入れてくれた事に対する感謝だった。
あまり見せる事は無いが、カイトにとってソラは無二の親友の一人だ。ルクス達と同様に、絶対の信頼を置いている。そして、彼らと同等にソラの為に力を尽くすつもりだった。そうして、カイトの密かな感謝をソラは気付く事無く、彼らは飛空艇に戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第626話『再会は未だ果たせず』




