第619話 潜入
拐われた桜達を救出する為、占拠されていたカーチャ遺跡に来たカイト達は、入り口から入って暫く進んだ所で、カイト率いる『清めの間』を目指すチームと、翔とグライア率いる『3階左奥の間』を目指すチームで別れて進む事になった。
「なあ、カイト。なんか目印か推察出来る事、ってあるのか?」
「んー・・・あ」
ソラに問われて少し頭をひねったカイトだが、すぐに思い当たる節は浮かび上がった。
『日向。お前、確か桜の所居るよな?』
『うん』
『良し。じゃあ、そこ何処?』
『・・・中心の屋上。天井はガラス張り』
『なるほどな。月の光を浴びせているわけか。確かに、道理ではあるな・・・ということは、この遺跡の最上階、という事か・・・』
ところどころにソラがミナド村の森で使った魔道具と同じ効力のある燭台が置かれていたり水を使う為の魔道具が設置されていたり、と若干手は加えられている感はあるが、大本となる遺跡はカイトの領地にあった遺跡そのまま、だ。なので、該当する場所はすぐに理解出来た。
ちなみに、だがカーチャ遺跡は遺跡であるが、元々は古代文明の崩壊後からマルス帝国興隆までにあった国の古い城だったらしい。
まあ、お城なので財宝狙いの時折盗掘者が入ったりはするが、もうそれも最後に入った、と聞くのはカイトの赴任前だ。元々が単なるお城なので、財宝等が運びだされてしまえば、後に残るのは単なる雨風をしのげるだけの大きな建物にすぎない。それにしたって構造にしてもボロボロで、昔はあっただろう結界は既に消失している。
遺跡としての価値も、冒険者が逃げこむ避難所としての価値も、等しくほとんど無かった。価値の無い遺跡を管理出来るだけの余裕は、残念ながらカイト達にも存在していない。
当然だがそうなると、訪れる者は偶然迷い込んだ者が大半になる。ということで、ここまでやっても、誰にも悟られなかったのだろう。
「であれば・・・最上階5階の2部屋、か・・・」
「どっちだと思う?」
地図を写した魔道具を見ながら、ソラが問いかける。幸いにして地図は入り口の所にご丁寧に貼ってあった。中はかなり広い為、味方が迷わない様にという配慮だろう。
ここらにも、敵がこの拠点の内部は安心だ、という油断が見て取れた。まあ、実際にカイトやユリィでなければ力技になるので、その考えはほぼ正解と言って良いだろう。
「・・・右、だな。左の屋上は僅かに崩落していたはずだ。そこを使うのなら、大規模な改修作業が必要だ。そこまで手を掛けるとは思えんし、そこまでの余裕があるとは思えん」
「じゃあ、俺達は右に行くか」
「ああ、それが最適、だろう」
カイトはソラの言葉に一つ頷くと歩き始める。と、そんな中、ソラがカイトにずっと気になっていた事を問い掛けた。
「あ・・・そういや・・・もう一人誰か拐われたのか?」
「ん?」
「いや、お前、オレの女を二人、って・・・」
少し不安げになりながら、ソラがカイトに問いかける。拐われた、と聞いているのはキリエと桜だけだ。そしてキリエはカイトの恋人では無い。これは誰もが知っていた。
なのに、カイトは『二人』と明言したのだ。気になるのは当然だった。それにカイトがきょとん、と目を丸くする。どうやら、気付いていなかったらしい。
「オレ・・・そんな事言ったか?」
「うん・・・なあ?」
「うんー」
「そういや、そう言ってたっすね・・・」
ソラの問いかけに、由利と夕陽――流石に鎧は目立つだろう、と言うことで解除した――も同意する。それに、カイトは少しだけ顔をしかめた。語るべきか語らざるべきか悩ましい所、だった。
「・・・気にするな。ウチの身内で拐われてるのは、ナナミさんと桜、キリエ、冒険部の奴らだけだ」
「・・・そうか」
「え、いや・・・いいんっすか? 明らかになんか隠してません?」
結局語らない事にしたらしいカイトに、ソラはそれで納得する。隠している事は、当たり前だが、誰もが理解出来た事だ。
だが、それでも良しとしたソラに夕陽が聞くが、ソラはそれを無視する。これは聞いては駄目な事だ、と理解していたからだ。そうして、気まずい沈黙の中、カイトの下に連絡が入る。
『カイト。外、待機終了したぞ。馬鹿共も連れて来ておる。後は、攻めこむだけじゃ』
「ああ、助かる・・・こちらは二手に別れて、人質の救助を開始した所だ」
『目処は付いておるか? こちらからは結界の内側に援護は送れん。流石に余もこの結界ではスルーは出来ん。かなり長い時間を掛けて準備されておるようじゃな』
「片方は、だ。だが、もう片方も日向からの連絡で目星は付いている。要救助者を保護次第、攻め込め」
人質さえ確保してしまえば、後は立て篭もるだけだ。カイトの予想では、人質というか生け贄の中には冒険者も居るはずだ。なんとかはなるはずだった。
『うむ。ステラとストラに援護に向かわせる必要はあるか?』
「・・・いや、その必要は無い」
『カイト。失礼するわ』
「なんだ?」
『お父様からの命令よ。可能なら、首謀者と幹部陣を捕らえろ、だそうよ』
シアからの連絡に、一瞬だけ場が凍りつく。今回のカイトの激怒はとてつもない。ブチギレないかどうか、不安だった。そしてソラ達には、それが止められるかどうかは不明だった。というよりも、明らかに無理だろう。
「・・・どうするつもりだ?」
『今回の一件で使われている結界は明らかに皇国の技術水準を上回る。手に入れる事が出来れば、街へのより強固な結界の展開が可能となる筈。捕らえる事が出来れば、天桜にも供与する、と』
シアの言葉に、カイトは深く息を吸う。それにユリィがぽん、と手を置いた。それにカイトが微笑む。どうすべきか、なぞ理解していた。
「了解だ。首謀者、もしくはそれに近い幹部を捕縛する」
『お願いね』
「ああ。帰るの待ってろ」
カイトは微笑みながら、連絡を終える。渦巻く怒りは絶えない。だがシアも、更には皇帝レオンハルトも、それをぶつけるべき相手ではない。そんなカイトの頭を、ユリィが撫ぜる。
「よく出来ました」
「やめろよ・・・もう、オレはそんな年じゃねえよ。昔みたいに宥めてくれる馬鹿も、正論で返す馬鹿も居ない。オレが、その立場だ」
カイトは、本当に小さくつぶやく。それに、ユリィが再び嬉しそうに、まるで教え子を見る様に、頭を撫でる。
「ちょ、おい」
「なんか子供の成長見てるみたいだねー」
「てめっ・・・オレはガキか!」
「違わないじゃん」
落ち着きさえすれば、後は何時も通りの茶化しあい、だった。かつては、感情に任せて激怒する事は多かった。尾を引いて、こんな風に茶化し合う事も難しかった。いや、今も渦巻く感情は変わらない。そして、一人、いや、ユリィだけなら、問答無用に表から堂々と攻め込むだろう。
だが、今は。彼は一人では無く、そして彼は導かなければならない立場だ。だからこそ、感情に流されて八つ当たりは出来ない。見せなければならないのだ。
司令官とはどうあるべきか、を。感情に流されるでは無く、為すべき事を考えて、為すべき事を為す姿を、見せなければならない。かつて友達が己に見せた様に、自らもそう振る舞わなければならない、と言う事が抑えとなっていた。
「なんか、いいなー。ああいうのってー」
「熟練、ってか・・・相棒、って感じするよなー・・・」
カイトとユリィのそんなやり取りを見て、ソラと由利が少し羨ましそうな顔をする。あそこまで至るまでに、おそらく無数の旅があったのだ。それを経たが故の、絶対の信頼関係だった。
「でも・・・あの二人って付き合ってるんっすよね?」
「ああ・・・だよな?」
「うんー」
「なんっつーか・・・ちょっと可怪しい様な気もするんっすけど・・・」
『だから、だ。オレ達は、比翼連理。二人ではじめて、完全な勇者・・・これ、ユリィには内緒な?』
疑問を呈した三人に対して、カイトが少し照れくさそうに笑いながら念話で密かに告げる。断金の交わりではなく、比翼連理。だからこそ、カイトの見ている方向をユリィが知っているのだ。それが、彼らの在り方だった。
「・・・ここら、どうやって得られるんっすかね。そういう信頼って」
「知るか」
「あ、ソラー? 私信頼してないのー?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて・・・」
ソラの言葉に、由利が小さく怒ってみせる。まあ、見せているだけだ。潜入工作でこんなので良いのか、と思わなくもないが、下手に過剰に緊張されるよりも遥かに良かった。
下手に緊張すれば、それは敵にとって違和感だ。なにせ敵の本拠地とは敵にとって不安になる必要が無い場所なのだ。ならば逆に安心してもらえていた方が、違和感が無い。敵も身内だ、と勘違いしやすいからだ。とは言え、引き締めも大切だ。あまりに巫山戯られても困る。
敵にとって重要な儀式が近いのだから、それなりには真剣さを醸し出さないと、これもまた違和感を覚えられる。
「おい。そろそろ静かにしておけ」
「お前が言うかよ・・・」
「さてな」
呆れた様なソラに対して、フードの下でカイトが笑う。そうして、一同は再び黙ると、ところどころで出会った者から入り口で聞いた『サシャ』なる司教の居場所を聞き出していく。
「ああ、そちらに先ほど戻られたのを見ている。清めの儀式に入られていたので、入れ違いになったのだろう。門番の件、そのまま頼んで良いか? シャッドが聞いていた、と伝えてくれ。そのまま門番への伝言も頼んだ。私は儀式の準備で忙しいからな」
「ええ、わかりました・・・ああ、良かった。一瞬清めの間を間違えたかと思いました」
「あはは、ご苦労。清めの間は最上階右塔であっているぞ」
カイトのほっとした様子に、ある信徒が笑いながら居場所を教えてくれた。少し急ぎ足に通路を歩いていた信徒に問い掛けた所、どうやら彼はそれなりに高位の信徒だったらしい。
儀式の準備に忙しそうにしつつも、カイトからの問い掛けで入り口の見張り達への連絡を失念していた事を思い出したらしく、カイトに伝言まで頼んでくれた。それにカイトは内心で笑みを浮かべつつも、丁寧な口調で頭を下げる。
しかも、ご丁寧に件の司教は何時もは待機している場所に待機してくれていなかったらしい。探しても見つからない、という言い訳が通用してしまった。
「・・・ビンゴ」
「お前らよりも、オレの方が愛されてるんだよ」
シャッドというらしい高位の信徒が去った後、カイトとユリィはそれを最後まで見送って笑いながら頷き合う。これで、清めの間の場所は確定した。後は、そこに向かうだけだ。
「良し・・・じゃあ、行くか」
「おう」
カイトの言葉に、ソラが頷く。が、そうして歩き出した所で、ふと、ソラが問い掛けた。
「そういや・・・司教様っての・・・どうするんだ? 見張ってんだろ?」
「ん? ああ、オレが抑える。お前らは桜達助けろ。桜達は戦闘音でオレが来たの分かるだろうし、ナナミさんにはお前が顔見せた方が良いだろ?」
「りょーかい」
カイトの言葉に、ソラが頷く。カイト単騎に抑えられない敵は居ない。と言うか居てもらっても困る。そして、カイトは更に続けた。
「ユリィ。どうせ枷されてるだろうから、後は任せる。壊すなりなんなりしちまえ」
「はいはーい」
人質達はユリィに任せれば安全だろう。そうして、カイト達が歩き始めると同時に、翔から連絡が入った。どうやら、3階左奥の間に到着したようだ。
『カイト。こっち、3階奥の間に付いた・・・そっち、どうだ?』
「こっちは清めの間の場所を聴きだした。今から向かう。それまで待機してろ」
『マジか・・・了解』
よもや敵から場所を本当に聞き出してくるとは思ってもみなかった翔だが、まあカイトだから可能なのだろう、と納得することにする。
「良し・・・じゃあ、こっちも急ぐか」
「おう」
翔達も到着した事だし、とカイト達も速度を上げて移動を始める。そうして、5分後。カイト達は清めの間の前に続く通路に辿り着いた。ここを抜ければ、見張りの待つ扉の前で、その奥にはサシャ司教とやらが居て、更にその奥には桜達が居るのだろう。
「用意良いな?」
「ああ・・・夕陽。アーマー使うタイミング、ミスんなよ?」
「大丈夫っす。もう手あててます」
「いや、下手にスイッチ押しこむ可能性あるからやんなよ・・・じゃあ、曲道に出るぞ」
全員で頷き合うと、一同は最後の曲がり角を出て、清めの間の前の通路に、入るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第620話『違和感』




