第616話 最強の援軍
時はかなり、遡る。それはカイト達冒険部の面々が皇都からマクスウェルの街に帰還して少しの頃、カナンが加わるよりも前の事だ。カイトは学園の上層部と冒険部上層部に向けて、一つの通達を行った。
「と、言うわけで・・・新たに人を雇い入れようと思います。冒険者として、です」
「否定的だった君の翻意に、何か理由があるのかね?」
カイトに対して、教師の一人が問いかける。少し前に述べたが、カイトは元々冒険者として、誰かを仲間に入れる、という事は考えていなかった。
それは周知の事実とまでは行かなかったが、それ相応に知られていた事、だった。そしてその理由も、明らかにされていた。だからこそ、彼の翻意には教師達全員が興味を持っていた。
「どうやっても、我々だけでは手が足りない、という事を今になって切に実感いたしまして・・・こればかりは、私の不徳の致すところ。平にご容赦を」
「ふーむ・・・」
カイトの返答に、教師達が考えこむ。この場の教師たちのほとんどが、冒険部の実情は正確には把握していない。
と言うか、冒険部の執行部の苦慮なぞ天桜学園を回す事だけで手一杯の彼らに理解出来るはずがない。だからこそ、冒険部の運営はカイトに一任しているのだ。彼らでも手が出せないからだ。
「・・・若干危なくなる、というのも理解したが・・・まあ、そもそも田畑の拡大等で僅かにあった隠蔽もほとんど無意味になっては来ているしな・・・」
「どちらにせよ、捜索範囲を広くする為には、規模を大きくしないと無理、か・・・そもそも当初の見立てが間違っていた、という事かね?」
「申し訳ありません。少々、甘く見ていた、との叱責は甘んじて受け入れましょう」
教師の言葉に、カイトが頭を下げる。これは嘘だ。始めからそんな事は理解出来ていた。が、自らの正体を知らない者達にそんな事は言えないだろう。
と、言うわけで活動していく上で見えた不具合だ、と語る事にしただけだった。とは言え、不具合そのものは天桜の教師達にしても理解出来ていた。
「構わないわよ。いくら私達でも、そんな事わからないものね」
「そう言っていただければ」
「校長。これは流石に許可を下ろすべき、では?」
「ふむ・・・これ以上遠くに出るのなら、仕方がないか・・・」
教師の問いかけに、桜田校長が少し唸る。一応、飛空艇の使用は考慮している。だが、それでも遠くに行くのなら、絶対数が足りない。
いくら飛空艇の使用を考慮にいれたとしても、一日で遠くの領地に行って依頼を達成、というわけにはいかない。どれだけ短く見積もっても、最低限の期間として一週間は必要だ。それもこれは準備期間を含まず、だ。準備期間を含めば、最低でもその倍は欲しい。
となると、その間はマクスウェルに配置されている冒険部の面々の数が減る、ということだ。場所によっては、一人や二人ではなく、十人単位で減るだろう。
そしてマクスウェルの冒険部の面々が減る、ということは万が一の場合に天桜学園の守りが無くなるに等しいのだ。人を雇い入れる事は、拒絶は出来なかった。
「分かった。許可を出そう。他の先生方もそれで構いませんね?」
「「「・・・ええ」」」
「ありがとうございます。一応、人員の内偵には公爵家の力も借り受けて行うつもりです」
「そうしてくれたまえ」
どうやら、カイトの提言は道理として取られ、了承を得られたらしい。こうして、カイトは内心でほくそ笑みながら、教師達と共に会議室を後にする。今回はカイトが緊急の事案、という事で動議を掛けてもらったので、カイトの案件さえ終われば終わりだった。
そうして、カイトはとある人物へと、念話を送る。今回の一件は実はすべて彼女を仲間に招き入れる為のブラフ、だった。
『許可が下りた。頼むな』
『良いだろう・・・久しぶりに、人と共に暮らすも悪くはない』
『浮気はするなよ?』
『すると思うか?』
『したら嫉妬で狂うな』
『では、余も嫉妬で狂わせてもらおうか?』
二人は茶化しあう様に、会話を楽しむ。それから、数日の間、カイトは単独で密かに、彼女を招き入れる準備を行う事になる。
そうして、その日。冒険者ユニオンのマクスウェル支部支部長キトラは、数日前から緊張で震えていた足をなだめるのに、何時も以上に苦労する事になった。
「本当に、来られるのですか?」
「だから、来るつってんだろ?」
真っ青なキトラに問われたカイトが、苦笑気味にそれに頷く。何度言われようとも、来るものは来る。というより、カイトが呼び出したのだから当然だろう。そして案の定、その人物がユニオン支部へとやって来た。
「よう」
「余が来てやったぞ、カイト」
「ありがと、グライア」
やって来たのは、グライアだった。まあ、キトラがここまで緊張するのも無理の無い相手だろう。そんなキトラを他所に、カイトとグライアは抱き合って久方ぶりの再会を喜び合っていた。
「というわけで・・・こいつ加わるから、よろしく」
「うむ」
「・・・はい。これからよろしくお願いいたします・・・」
笑い合う二人に対して、キトラがかろうじて絞り出せた言葉は、これだけだった。と言うかこの一言だけでも、必死で絞り出したぐらいだ。それぐらいに、グライアとは本来ありえない存在だったのである。
なにせ歴史上の偉人どころか正真正銘世界の最高位の存在の一人だ。普通にそれが自分の指揮下に加わる、という事があり得ない。言うなれば大精霊が加わった様なものだった。そうして、支部に帰ったキトラは、ぐったりとした様子で椅子にもたれ掛かる。
「あぁ・・・胃痛が・・・」
「・・・これを、支部長」
「・・・有難うございます」
支部の副部長から差し出された胃薬を、キトラは水と共に一気に飲み干す。そうしてその日からまた、彼の胃痛の日々が始まるのだった。
そんな会話から、更に数ヶ月。桜達が拐われた頃に時は戻る。
『と、いうわけで・・・すまん。頼めるか?』
「いいだろう。余も暇だったからな」
『助かる』
「久方ぶりに、少し暴れるとしよう・・・手加減は出来んが・・・構わんな?」
『存分にやれ。お前を止められる存在は、この国には誰一人として存在していない』
カイトの言葉に、グライアは入っていた温泉から上がる。基本的に、彼女は冒険部に所属しようと、カイトの妻となろうと、やることは変わらない。気楽に世界中の温泉に入って、気が向いた依頼を受けてだ。
まあ、カイトも彼女を自分の手勢として動かそうと思って仲間に引き入れたわけではないので、何か苦言を言うつもりは無い。好きにしてもらうつもりだった。単純に助力を得たい時があるだろうから、その偽装がし易いように、という程度だ。そして今がその時だった。
「む? なんじゃ? 愉快な事か?」
「カイトから助力を頼まれてな・・・あれの方に行けば、面白い事になりそうだが?」
「ほう・・・まあ、妾も気が向いたら、とするかのう・・・」
ぱしゃん、と温泉のお湯をかけながら、ティアがどうでも良さ気に告げる。今回来ているのは、何処ともしれないフリオニールしか知らない温泉地だった。詳細は不明だ。
周囲には空が一面に見える大パノラマなので、もしかしたら何処かの空に浮かぶ大地なのかもしれない。ここは剣と魔法の世界。空中に大陸が浮かんでいる以上、火山があっても不思議はない。であれば、温泉があっても不思議は無かった。
「とと・・・そうだ。カイト。余は保湿クリームやらを塗ってから行くが・・・問題無いな?」
『まあ、ゆっくりでも問題は無い。拐った奴らは本拠地に戻るらしいからな』
「ほう・・・なら、そこらの采配は余がやっておこう」
『頼んだ』
保湿クリームや美容液等を塗りながら、グライアが用意を始める。ちなみに、今回の温泉地も美容に良い、というフリオニールからの触れ込みだった。彼女らとて一人の女で、そして今は一人の男の妻だ。美容には気を遣う。
「さて・・・では、行ってくる」
「うむ。気が向けば、妾も向かう」
ティアに見送られて、グライアはその場から飛び降りる。そしてその場から、真紅の巨龍が飛び立っていく。と、その羽ばたきの音で、寝ていたグインが起きた。
「・・・ほえ?」
「ようやく起きよったか・・・お主、のぼせ・・・ておるではないか! おい! ちょっとこっちへ来い!」
「ふゅー・・・」
起きるまで放っておくか、と思っていたティアだが、どうやらグインはのぼせていた様子だ。そうして、ティアはグインの看病を始める事になり、結局、事件に関わる事は無いのだった。
そんなグライアの出立とほぼ同時。彼女が増援として来るとは露とも知らないままカイトの到着を待つソラ達の下に、あまりよろしくない情報が舞い込んだ。
「・・・あ!」
「どうした!?」
『先輩、これ、むちゃくちゃ速くなってねっすか!?』
「わかってるよ・・・ちっ! ソラ、確実に乗り換えやがった! 多分、向こう竜種を牽引に使ってる! 速度が段違いに上がってやがる!」
一気に速度を上げた大司祭とやらの乗る馬車に、翔と夕陽の二人が慌てた様に声を上げる。それを聞いて、コラソンが焦った様に声を上げた。今でも限界ギリギリなのだ。これ以上は無理だった。
「ちっ! 流石に竜使われたら追いつけないぞ!」
「ソラ、もう一回カイトに連絡を入れろ! このままじゃあ探知範囲を大幅に超過しちまう!」
どうやら馬車を引く竜はかなり足の速い物を使っているらしい。ぐんぐんと引き離されていくマーカーを見て、翔が忌々しげにソラに連絡をするように命ずる。
と、それとほぼ同時だ。馬が嘶きを上げて、急停止した。幸いな事に馬車には安全装置として急停止しても急制動の掛からない様な魔道具が仕込んでいたおかげで怪我は無いが、流石に大きく振動があり、悲鳴が上がる。
「うわぁあああ!」
「ととと!」
「何!?」
馬車に乗り込んだ10人ほどの面子は、一様に驚きの声を上げて、御者を務めるコラソンを確認する。そんな彼は、目の前を見てあんぐりと口を開けていた。
「なんじゃ、こりゃぁ・・・」
目の前に一瞬で舞い降りた真紅の巨龍を見て、コラソンが呆然とつぶやく。彼の見たこともない様な圧倒的な威容を誇る巨体に、馬達も思わず急停止してしまったのである。
だが、そんな真紅の巨龍を見るのが初めてのカナンやソラや翔達以外の面子は呆然とするしか無いが、彼女の事を見知っていた者達は、まさかの援軍に驚くしか無かった。
「何・・・あれ・・・」
「ぐ、グライアさん!? どうしたんっすか!?」
『カイトから頼まれてな・・・余の援軍が必要か?』
にぃ、と口角を上げたグライアの問いかけに、親友の本気度を悟ったソラが、笑顔を浮かべて、頭を下げた。これほど頼もしい援軍はなかった。
「お願いします!」
「え、おい! ソラ、これ、知り合いか!?」
即断を下したソラに対して、後ろを振り向いて驚きを露わにしたコラソンが問いかける。
「おう! ダチの知り合いの女の人!? 龍だよ、龍!」
「は? こ、これがか・・・?」
「そういうこと。まあ、公爵家の人だ」
「ああ、なるほど・・・」
コラソンに事実を語れる事は無い。なのでソラは適当にはぐらかして、彼女が公爵家の人員だ、という事にしておく。
どちらにせよカイトの婚約者の一人なので、間違いでは無い。そして、それをグライアも認める。いちいち詮索されても面倒だし、語るのも面倒だったからだ。
『そうだ・・・ああ、中に入っていろ。落下されても面倒だ』
「あ、ああ・・・頼んだ」
『飛ぶぞ・・・馬は・・・持って行く必要は無いか。拐われた奴らの救助が終わっても、連れ帰らねばならんしな。とりあえず転移、と・・・』
コラソンに馬車の中に入る様に命じたグライアは、自らに怯えること無くおとなしくしている馬達に魔術を行使して気絶させると、そのまま馬はミナド村へと転移術で帰還させる。
そうして彼女は馬車を両腕で抱きかかえる様にして再び大空へと飛び立つ。そして、急加速するやいなや、夕陽が頬を引き攣らせた。
『うっおー・・・ものすっごい速度で追っかけてるっす・・・多分、後1分で接敵っすね・・・』
「お、おいおい・・・ソラ。武器頼む」
「おう、できてる」
夕陽の言葉に同じく頬を引き攣らせたコラソンの求めを受けて、ソラが研いでいた片手剣を彼に返却する。それをコラソンは腰に帯びて戦いに備える事にすると、その一分後に備える。が、そこに、グライアが声を掛ける。
『いや、戦うつもりは無い。このまま敵の本拠地まで案内させる』
「は?」
『どうせなら、敵を一掃する。あれの子らからも頼まれたらしいしな』
「あれ?」
『馬鹿の事だ』
「え、ちょ!」
ソラもグライアが言わんとする事は理解した。だが、ソラにはそれが最適な答えなのかは、判別出来なかった。ということで、少しだけ、ソラはカイトに連絡を取る事にする。
そこで、ソラは桜達が拐われた事、そして、大司祭がそこにいるのなら、そのまま一網打尽にするために、そのままにしておいた方が良い、とカイトに諭される。
「・・・ああ、わかった」
『理解したようだな』
「・・・はは・・・久々にあいつがやべえやつだ、って思いだした・・・」
ソラが少しだけ青ざめて身震いしながら、グライアに答える。怒らせれば、声を聞くだけで恐怖する。それが、彼の親友の本来あるべき姿なのだ。そうして、ソラは一つ身震いして一つ、気になる事があった。
「・・・あれ? オレの女を二人? 桜ちゃん以外に、誰か拐われてるのか・・・?」
『・・・そういうことではない』
ソラの疑問に、グライアが――ソラからは見えなかったが――少し目を伏せて答える。ここらは、彼女も知っていたのだ。ティアと神族が馴染みの関係で、そこから伝え聞いたのである。
「じゃあ、どういうことなんっすか?」
『・・・放っておけ。知られたくない事は誰にでもある・・・では、このまま追うぞ。夜には、奴らも本拠地に到着するはずだ』
「・・・頼みます・・・全員、一度休憩を取ろう。着いたら、夜戦の可能性が高いからな」
「おう」
聞きたいが、同時に今がその時でないことは、ソラも理解していた。そしてそれは他の面々も一緒だ。なので、そんなソラの言葉に、全員が本格的な休息を取る事にする。
そうして、グライアが密かに上空で大司祭の乗る馬車を追いかける音を聞きながら、全員目を閉じて、本格的な体力の回復に務めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第617話『密航者・再び』




