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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第36章 纏まる旅路編

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第610話 カイトの部屋

 剣士達の鍛錬から、更に数日。カイトがフィオネルの街に入った頃、だ。その頃に、瑞樹の所に一人の客人が訪れていた。その客人とは、魔導学園生徒会会長キリエ、だった。


「と、言う訳なんだ。すまないが、持って来てもらえないか?」

「ああ、そう言う事、ですのね。椿さん、お願い出来ますか?」

「あ・・・申し訳ありません。そろそろアウラ様からお電話が・・・」


 瑞樹の申し出に、自分の仕事机に腰掛けた椿が申し訳なさそうに頭を下げる。椿もそうだが、アウラもカイトの補佐として皇国軍との連携の為の作業をしている最中だ。その仕事の一環で、アウラからの電話がそろそろ来る、と言う話だった。それを受けて、瑞樹が仕方がない、と立ち上がる。


「キリエさん。一緒に来て下さいますか? どんな物なのかわかりませんので・・・」

「ああ、分かった」


 瑞樹の申し出に、キリエが立ち上がる。そんな瑞樹に椿が彼女らの探す物がありそうな場所を告げる。


「申し訳ありません。キリエ様が受け取りに来られましたら、御主人様が机の2番目の棚に、とおっしゃっておいででしたので、そちらかと」

「わかりましたわ・・・キリエさん、では、こちらですわ」


 椿の言葉に、瑞樹が頷いて、キリエと共にカイトの部屋を目指して歩き始める。そうして、ものの数分で、最上階にあるカイトの部屋に辿り着いた。


「まあ、わかっていると言えばわかっていたんだが・・・品の良い品が多いな」


 カイトの部屋に辿り着いたキリエが、少し感心混じりに周囲を見回しながらつぶやいた。彼女の想像とは少し違うと言えば違うのだが、カイトの部屋は一貴族の部屋と言うに十分なだけの調度品が整っていた。

 そう言っても、これはわかる者は分かる、というレベルの調度品だ。決してこのレベルの冒険者が持つのに可怪しい高価な品と言う訳では無い。

 骨董品として眠っていた物を掘り出し物市や訳あり商品として安く手に入れたのである。それに、元々の部屋自体は最上級スイートなのだ。そこに少し手を加えるだけでも、十分な見た目にはなる。


「何かこだわりがある様子、ですわね」

「ああ、その様子だな・・・」


 瑞樹の言葉に、キリエが貴族の令嬢としての審美眼を働かせながら、空返事で同意する。そうして、キリエは本題そっちのけで調度品の鑑定に入った。


「これは・・・もしかして、このタンスは世界樹の破片を使っているのか・・・? 世界樹を使ったタンスなんて、初めて見たぞ・・・こっちの陶器は炎魔族の物か・・・? いや、だがこのルビーのカッティングは・・・ドワーフ達の物にも似ているな・・・合作、なのか? とすれば・・・ウィスタリアス陛下の大交流時代の作か・・・?」

「分かりますの?」

「ああ・・・その年代で最も良いと言われている物ばかり、だろう・・・分かる者には、よく分かる。が、分からない者には全く分からない。それ故、価値は低い。だが、評価は高い」


 キリエが感心した様に唸りながら、瑞樹の問いかけに答える。市場で付けられる価格がそのまま、その物の評価に繋がる訳では無い。然るべき伝手ときちんとした審美眼を持ち合わせていれば、安くても隠れた良い品、つまりは掘り出し物を手に入れる事は出来た。カイトは自らの部屋を、そう言った掘り出し物で統一していたのである。

 そんな物を飾っていれば、きちんとした審美眼を持つ者達には、今のキリエの様に非常に受けが良いだろう。物の価値が分かる、と言っているに等しいしそれが相手も分かる、と言う事は逆説的に相手も物の価値が分かる相手だ、とカイト側からも教養を認められる事になる。

 そして一つでも確実な高評価が出来る所が分かれば、誰もが様々な面で支援は受けやすい。確かな審美眼を持つ、と言うのもその人を測る一つの指標だからだ。そうして、キリエは少し興奮気味に鑑定を進める。


「・・・これは・・・まさか150年前にアーガスの猛雄オーガスタスが使い、最後の戦いで喪失したと言われているアーガスの名匠ティグルスの剣か? 凄いな・・・あの魔物は相討ち的に撃退された後は剣が突き刺さったまま消息不明、だったはずだが・・・生き残っていたのか、それともその傷が元で果てたのか・・・ん? これは・・・?」


 鑑定を進めていたキリエだが、そこでふと、部屋の片隅に奇妙な物を見付けて、首を傾げる。それは中心に旗があり、ボロボロの布と鎖でがんじがらめにされた幾つかの武具、だった。


「・・・なんだ、これは・・・?」


 前衛的なアートとも言い難く、かと言って、何らかの意味が無い訳では無さそう、なのだ。だが、少なくとも名品の類では無い。どれもこれもが統一感が無い。

 カイトの部屋の調度品や飾りは隠れた名品で統一して、質素ではあるが気品がある調度品だったのだが、これだけは、その統一感からは浮いていた。


「・・・これは・・・古い17の隊章か・・・ブレストプレートはかなり昔の皇国軍の制式採用品だな・・・」


 キリエは中心に誂えられたボロボロのブレストプレートを観察して、その当たりを付ける。建国時から続く軍の名門、と言うのは伊達では無い。ブランシェット家には、建国以来の皇国の制式採用品が収蔵された博物館がある。そこで、彼女は300年前当時の軽歩兵用の制式採用品を見た事があったのだ。なお、古い17の数字の意匠は学校の授業で習った。


「これは・・・一体何なんだ?」

「大昔の仲間の武器、だそうですわね・・・大戦期の物、だそうですわ」


 キリエは一向に理解出来ない来歴に、瑞樹に問いかける。すると、彼女の口から出てきたのは、納得の出来る答え、だった。


「これが・・・」


 キリエががんじがらめにされた武器を、何処か畏敬の念を持って仰ぎ見る。彼女は、軍の名家の人間だ。カイトの軍時代の経歴は把握していたのである。


「たった数人で堕ちし龍に挑み、そして勇者を守って散った知られざる英雄達・・・」


 これがなぜこの骨董品達の中に置かれているのか、だけは誰にもわからない。カイトに問いかけても少し照れた様な笑みを浮かべるだけだ。だが、カイトにとっては如何な財宝如何な秘宝よりも遥かに価値のある宝物だろう。だから、なのかもしれない。


「なるほど・・・それで、ここまでボロボロなのか・・・」


 きちんと研がれ、きちんと調整されている。だが、それでも隠し切れない無数の細やかな傷があった。それは激闘の跡だからだろう。曲がりなりにも軍の名家の令嬢であるキリエは、これを尊敬の念を持って見る以外に感情は出せなかった。


「凄いな・・・一度完全に大破している・・・」

「分かるんですの?」


 自分でさえ初めて聞いた情報に、瑞樹が目を見開く。彼女はカイトの使ったブレストプレートを見ながら、そうつぶやいたのだ。


「ああ・・・ここ・・・僅かにだが、完璧に破壊された跡がある。素材が皇国の使っていた物では無いな・・・どこかで改修されたか・・・」


 キリエがある種の畏怖を滲ませながら、瑞樹にある一点を示して、その上を斜めに指をなぞらせる。それは左の肩の部分から脇腹に掛けてまでごっそりと抉られた様な痕跡だった。


「よくこんな破壊を受けて、無事だったものだ・・・心臓どころか上半身の大半を吹き飛ばしかねない威力だっただろうに・・・」

「その当時には、どうせ技量に見合わない装備、だったのでは?」

「ああ、そうだろうな・・・はは、呆れるしか無いな」


 防具が身を守る物では無く、単なる装飾品と化していただろう当時のカイトを想像して、キリエが苦笑する。ここまでの破壊を受けて無事であると言う事は、それ以外には想像が出来なかった。もし無事でなければ、逆に今居る彼はなんなのだ、というツッコミが出てしまう。


「大方、捨てられなくて修復した、と言う所、なのだろう」

「でしょうね。カイトさんは意外と色々と捨てられない人、ですもの」

「勇者らしい、と思うな」


 瑞樹の言葉に、キリエが微笑んで頷く。公爵としてこんなボロを持っているのはどうかと思うが、勇者としては、それで良いのだろう。と、そうして一頻りカイトの部屋を観察して満足した所で、ふとキリエが本題を思い出した。


「・・・ああ、そう言えば何だったか・・・ああ、イヤーカフか。忘れていた」

「ああ、そう言えばそうですわね」


 キリエの言葉に、瑞樹も本題を思い出す。実はカイトがコネを使って魔導学園の飼育委員達の為にイヤーカフ状の魔道具を開発してもらっていたのだ。その受け取りに来た、と言う訳だった。


「ええっと・・・ああ、そう言えば机の引き出しに置いて行った、と言っていたな・・・これ、か?」


 二人は机を確認して、『キリエへ』と書かれた紙が上に乗った箱を見付ける。そうして、キリエがそれを取り出して机の上において、中身を確認する。

 すると、中に入っていたのは案の定、イヤーカフ――正確にはイヤーカフ状の魔道具――が10個ほど、一人につき2つ使う事になるだろう為、5人分だった。


「・・・ああ、これだな。依頼通りの品だ」

「何なんですの?」

「ああ、防音用の魔道具だ。飼育委員で使っている魔道具は夏場に使い難い、という苦情が来ていてな。カイトもそれを経験して、私費を投じた、と言う訳だ」


 どうせ居るならお前らが作れ、と言う事でカイトが『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』の技術班にイヤーカフの製作を丸投げしていたのだが、それがつい先ごろ完成して取りに来てくれ、と言っていたのである。が、カイトの出発までには今度はキリエの方が少し忙しくて、今になったと言う事だった。

 なお、開発費用などについては公爵カイトでは無く、冒険者カイトの私費を投じて、プレゼントという事にしておいた。そちらの方が不自然が無いからだ。


「にしても・・・もう少し早く出来上がるか、と思っていたんだが・・・意外と時間が掛かったな」

「そうなんですの?」

「ああ・・・」


 ここに使われている術式は、大して複雑な物を搭載しない予定だった。なにせ冒険者カイトの私費、なのだ。そこまで高く予算を見繕えなかった。

 となると、性能はあの耳あて程度になる予定で、試作品も一週間もあれば出来上がるはず、だった。なのに大幅に納期が遅れていたのである。


「何か聞いて・・・は、いないよな」

「そうですわね」


 キリエの問いかけに、瑞樹も同意する。そもそも聞いていなかったからこそ、キリエに一緒に来てもらっていたのだ。当たり前である。

 ちなみに、納期が遅れた理由は簡単で、技術班の面々が何時も通りに大暴走した結果、最終的にイヤーカフに取り付けた魔道具から結構高出力のレーザービームが発射される事になったので、カイトが呆れ顔で再設計をやらせる羽目になったのである。

 なお、そちらはこのまま捨てるのも忍びない、との相変わらずのもったいない精神を発揮したカイトの一言によって、現在は再設計で貴族の令嬢達用に護身用の魔道具として改良中だった。

 後に社交界での婦人用護身具として無粋な男を撃退すると同時に、美術品としても一部で大ヒットする事になるのだが、それは横に置いておく。転んでもただでは起きない公爵家、だった。


「まあ、良いか・・・取り敢えず、確かに受け取った。カイトにもその旨を伝えておいてくれ」

「わかりましたわ」


 イヤーカフ型魔道具を再び箱に仕舞って懐に仕舞い込んだキリエに、瑞樹が頷く。と、そんなキリエだが、瑞樹にふと思い出した様に告げる。


「ああ、そうだ・・・こんな魔道具を君も持っていた方が良いぞ。特に竜をたくさん飼い始めると、威嚇だなんだ、と大声を上げる事もあるからな。飼育舎には防音の設備が整っているだろうが・・・中は酷いからな」

「ああ、それはもう確か手はずを整えてくださっている、と聞いてますわね」

「・・・ああ、それもそうか」


 ふとキリエも考えてみれば、カイトがそこの所の手抜かりがあるとも思えなかった。大方これを量産してテスターとして魔導学園と冒険部に意見を募るのだろう。実際そのつもりだった。相変わらず抜け目無かった。


「では、取り敢えず、有り難く受け取った。一応これを使ってみて、後で確認の連絡はこちらから送るが・・・ユリシア学園長経由で良いのか?」

「おそらく、そうだと思いますわね。どちらにせよ帰って来るまでは暫くありますから、その間は、使ってみてくれ、と言う事では無いでしょうか?」

「まあ、そうだと思うが・・・大方箱の中には取扱説明書も入っているだろう。それに従う事にするよ」


 キリエは箱をとんとん、と叩きながら、瑞樹に告げる。これは新しく開発された魔道具、なのだ。取扱説明書が無いとは思えない。

 それに、瑞樹も頷いて、二人はカイトの部屋を後にしてキリエは学園へと戻り、瑞樹はそれを見送って、再び執務室に戻る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。多分、明日から断章・10の投稿を開始します。何時も通り土日は22時投稿です。

 次回予告:第611話『学園からの依頼』

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