第609話 剣士達の鍛錬
桜がここ数日と同じく魔糸の練習を行っていた頃。地下の訓練場では、暦や藤堂達剣道部の面々が訓練を行っていた。
「<<雷光閃>>!」
暦が雷を纏った剣撃を放つ。極めれば真実雷の速度で剣撃を放てるという技であったが、流石にまだ暦達極まっていない面子ではそこまでは至れない。
「<<雷切一文字>>」
そんな暦に対して、藤堂が刀を振るう。<<雷切一文字>>は読んで字の如く、雷を切る為の技だ。対処としては、正解だった。
そうして、雷の剣撃を防がれた暦は、その反動を利用して一気に距離を離す。元々、防がれるのは想定済み、いや、それどころかこれを狙っていたのだ。それに、藤堂が気付いて、顔を一瞬歪める。
「っ!」
「<<剣牢>>」
距離を離した暦が、刀を納刀して魔力を溜めて、居合い斬りを放つ。そうして現れたのは、斬撃で出来た牢屋だ。カイトがかつて使った<<桜華楼>>の系統の最下位の剣技、だった。
だが、これでまだチェックメイト、というわけにはいかない。使い手が暦で、そして最下位の剣技であるが故に、脱出は藤堂ならば容易だからだ。暦もそれは把握済み、だ。なので、単なる時間稼ぎ、だった。
「すぅ・・・」
「<<業風斬>>!」
暦が再び納刀すると同時に、藤堂が刀を大きく袈裟懸けに斬り上げる。そしてそれと共に、豪風が生まれる。彼の使った<<業風斬>>は、斬撃の攻撃力を散らす代わりに、斬撃の範囲を爆発的に広めた物、だった。
一瞬で良いので、脱出する隙間を作ろうとしたのである。そうして、出来た隙間に向かって、藤堂が一気に飛び出した。
「間に合え!」
斬撃の牢屋から抜けだした藤堂は、そのままの勢いで集中に集中を重ねる暦へと肉薄する。攻撃力で言えば、暦は学内でも有数だ。それは如何に藤堂でも及ばない。
もし彼女に全力の一撃を使われれば、それで藤堂は為す術もなく敗北は確定するのだ。が、そんな僅かな焦りを見せて自分に肉薄する藤堂に、暦が薄く、笑みを浮かべた。
「っ!?」
薄く笑みを浮かべた暦に、藤堂はどうすべきかを逡巡する。何かを仕掛けてきたのは、理解している。だが、魔力の収束も見逃せない。この笑みが藤堂の足を止める為に敢えて見せた物なのか、それとも突撃を見越していて、策略に乗った事で思わずこぼれた物なのかは、彼女にしかわからない。
だが、これがもし足を止める為のブラフなら、それで藤堂はチェックメイトだ。逆にブラフなら進めれば、それで彼の勝ちだ。なので、藤堂はこのまま突っ走る事にした。
「ふっ!」
迷いを断ち切り一足で暦に肉薄すると、藤堂は迷うことなく刀を袈裟に振り下ろす。突っ走った彼には迷うこと無く刀を振り下ろす事しか、出来る事はなかった。
「<<鏡の太刀>>!」
「っ!・・・ぐぅ!」
藤堂の剣撃に対抗するように、暦が刀を振り上げる。そして、二つの刀が衝突し、金属同士の衝突で生まれるきぃん、という澄んだ音と共に一瞬だけ、力の均衡が生まれる。
だが、それは一瞬だけだった。その一瞬の後、一気に暦が押し切って、そのまま藤堂を袈裟懸けに斬り捨てた。斬り捨てた、と言ってもここは訓練場なので、怪我はしない。少し痛かったぐらいだ。
「そこまで!」
袈裟に斬られた藤堂を見て、旭姫が声を上げる。これは訓練なのだから、小次郎状態の旭姫が居るのは当然だった。そうしてその声と同時に、暦が大慌てで自らの一撃によって吹き飛ばされた藤堂に駆け寄る。
「大丈夫ですか、部長!」
「いてて・・・ああ、大丈夫だ・・・」
斬られた部分をさすりながら、藤堂が立ち上がる。血は流れていないし傷跡も無いが、それでも斬られた様な幻痛はある。しばらくは消えないだろう。
「やはり三本に一本ぐらいは、取られるか・・・」
「剣道の試合なら、まだ取れませんけど・・・」
藤堂のつぶやきに、暦が少し残念そうに答える。これは剣道の試合とは違う。実戦形式の訓練だ。それ故、暦が食い下がれたのだ、と言外に告げていたが、それでも藤堂は悔しそうだった。
「居合い斬り、と読んだが・・・失敗だったな」
「ええ。居合い居合いばかりだと、もう警戒されちゃってますからね」
藤堂の言葉を、暦もまた認める。暦は居合い主体の剣士として、修練を積んでいる。それは剣道部なら誰もが知っている事だ。
だがそれ故、藤堂もそうであった様に模擬戦形式の訓練では居合いを最も警戒されている。居合いをブラフとして使う手段も覚えておけ、という旭姫の忠告に従った物だった。そうして、旭姫の所に戻った二人に、旭姫が先ほどの評定を行う。
「二人共大丈夫だよな?」
「はい」
「良し。じゃあ、まずは兼継。<<業風斬>>は習得出来ていたみたいだな。よろしい。とは言え、やっぱまだ少し範囲が散逸し過ぎなきらいがある。そこの所の対策は怠らない様にしたほうが良い」
「ありがとうございます」
旭姫からのアドバイスに、藤堂が頭を下げる。この素直にアドバイスを受け入れられる素直さは彼の持ち味だろう。そうして、藤堂の返答を見て、次に旭姫は暦の方を向いた。
「暦は言い渡されていた<<鏡の太刀>>は出来上がっていた様子だな。こっちもよろしい。これについては言うことは無いけど・・・」
「けど?」
「<<剣楼>>については、まだまだだ。甘い。収束をもう少し小さくしろ。あれほど斬撃が広かったら、ユリィとかの妖精なら簡単にすり抜けられる。もう少し密度を高めるように」
「うぅ・・・はい」
旭姫の言葉に、暦は少し肩を落としながら了承を示す。ちなみに、暦の使った<<剣楼>>は旭姫の流派では無くその好敵手である武蔵の流派だが、旭姫は何度も武蔵と好敵手として戦い、そして共に戦った経験から、その大体は把握していた。
それ故、この程度下位の技ならば彼女は見よう見真似でも再現可能だし、ダメ出しも評価も出来たのであった。
「まあ、とりあえず、練習としちゃそれで良いよ。二人共、とりあえずの及第点、かな。じゃあ、休憩に入るように・・・次!」
「「はい」」
旭姫の号令に従って、次に控えていた剣道部の二人が立ち上がり、刀を構える。今日の訓練は実戦形式での模擬戦、だった。これを相手を変えつつ幾度も繰り返していたのである。
そうして、休憩を言い渡された二人だが、決して、休憩に入れるわけではない。身体は休めれても、鍛錬は続けさせられる事になっていた。
「えーっと・・・あ、あった」
「天ヶ瀬。悪いが、私のも頼めるか?」
「あ、はい・・・どうぞ」
「ああ、すまない」
暦から爪型の魔道具を受け取った藤堂は、正座して桜の行う訓練と同じ訓練を始める。そしてそれは魔道具を渡した暦も一緒、だった。
模擬戦の合間合間には、このようにして、剣道部の面々には魔糸を使った魔力の操作の訓練を言い渡されていたのであった。
ちなみに、間違いの無い様に言っておくが、一応きちんとした休憩も取られている。流石に旭姫も不休でずっと模擬戦、という事はするつもりは無い。模擬戦が一通り終われば、そこできちんと休憩に入らせる事にしている。
「・・・あ」
「むぅ・・・」
二人はほぼ同時に、ため息を吐いた。二人共魔糸を創り出せる事は作り出せたのだが、藤堂はなるべく細く、と慎重になりすぎた結果途中で糸が細くなって千切れて、暦は逆に力み過ぎて当初の桜の様に太くなりすぎていたのだった。当然、二人共ささくれは出来ている。
まあ、魔糸の製作訓練だが、これはやはり剣道部といえども一朝一夕には成長しない。というより、桜の様に壊さないで、というのも難しかった。
まだ比較的練度の高いこの二人だからこそどうにか壊さないで出来るのであって、他の面々の場合、時折魔力を注ぎすぎて魔道具を壊す事が多々あった。
「もう少し、魔力を薄く・・・かな」
「少々慎重過ぎたか・・・」
二人は再度、魔糸を創り出す訓練に入る。が、結果は今度は逆だった。ここらが、難しい所だ。強すぎても駄目だし、弱すぎても駄目。旭姫がやらそうと思ったのも無理のない訓練だった。
そうして、しばらくすると、一通り今回の組み合わせでの模擬戦が終わったらしい。旭姫から、本格的な休憩に入るように通達が出た。
「・・・ふぅ・・・」
「こんな物でも、汗を掻くか」
「あー・・・俺はこの訓練苦手ですよ・・・」
旭姫の通達を受けて、剣道部の面々は口々に力を抜いて休憩に入る。如何に身体を動かさない魔糸の訓練と言っても、極度の集中は必要とする。それ故、汗を掻いている面々は少なくなかった。と、そうして休憩に入った所で、剣道部の女子生徒が暦に問いかける。
「そういえば・・・暦、どうやって藤堂先輩の一撃を押し切ったの?」
「え? ああ、あれですか?」
「ああ、そういえば気になるな・・・一気に押し切られた感覚があった。何時もなら、私もしばらくは押し合って逃げる事も出来たんだが・・・」
藤堂が更に続けて疑問を投げかける。それは彼の得た違和感、だった。いくら暦に負けていると言っても、藤堂は総合的には剣道部で最優の剣士だ。押し負ける事は押し負けても、一気に押し切られる事はほとんどなかった。
だが、今日はそれが起きたのだ。暦に劇的なパワーアップがあったならまだしも、それが考えられない以上、何らかの策を講じたのだろう、としか考えられなかった。
「<<鏡の太刀>>を使いました。えっと・・・なんて言えば良いのかな・・・敵の力をそのまま応用した合気に似た技、という感じです。まあ、<<鏡の太刀>>だと出来るのは普通の斬撃だけらしいです」
カイトから聞いたままを、暦が藤堂や他の剣道部の面々に語る。
「なるほど・・・私はそれにまんまと乗せられたわけか・・・天ヶ瀬が笑った時に、違和感を感じて引くべき、だったか」
「あー・・・あれ、失敗しちゃったんですよね。近づいてきてくれたのが嬉しくて・・・ついうっかり・・・」
どうやら、藤堂は深読みし過ぎていたようだ。敢えてブラフとして笑みを浮かべたのでは無く、物の見事に策が成功して、思わず零れてしまった物、だったようだ。
結果的に藤堂を止める事に成功したから良いものの、もし警戒されれば、そこでおしまい、だった。まあ、ここらは暦がまだまだ未熟ゆえ、と取るしか無いだろう。
「そうか・・・つまり、私はまんまと引っかかったのではなく、深読みし過ぎたわけか・・・」
「そこが、兼継の悪い所、だな」
何処か落ち込んだ様子の藤堂に対して、旭姫がお団子――厨房で貰っておやつとして持ち込んだ――を食べながら告げる。
「兼継はちょっと慎重過ぎる。それで攻め時を失ったり、機を逸したりするのが時々散見されるな。指揮官向きといえば指揮官向きではあるし油断しない、という事でもあるけど、少し戦士としては、もう少し大胆に行く事も覚えた方が良いな」
「やはり、そう思いますか?」
「うん・・・まあ、でも相手が何をしてくるかわからない以上、冒険者としてやっていくのなら、それでも良いんじゃないかな。敵は魔物。一気に攻めきれるだけの自信が無いのなら、引いて様子を見るのも大事だ」
藤堂の問いかけを受けて、旭姫がお団子片手にアドバイスを送る。敵には表情の見えない魔物も多い。死にたくないのなら、藤堂程度が丁度良い、とも言えた。そうして、そんな風に雑談混じりにアドバイスをもらいつつ、一同はしばらくの間休憩を続ける。
「良し。じゃあ、休憩終わり。組み合わせをずらして、模擬戦もう一度」
「はい」
旭姫が立ち上がって一同に練習の指示を下すと同時に、剣道部の面々も立ち上がって身支度を始める。そうして、この日は模擬戦と魔糸の創造の訓練を繰り返して、剣道部の面々の一日は終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第610話『カイトの部屋』




